第4話 タエふたたび

 わたしはまた、あの穴のなかを落ちていた。

 ああ、もう、何回目なんだ?

 こんなん、いいのか?

 どっか悪くなったりしないの?

 おなか壊さない?

 ゴツっと、落ちた。

「痛っ」腰うった。

 地面が固かった。アスファルトだ。

 見上げた。

 ああ、電柱だ。電線だ。ビルが見える。道路だ。

 やっと、人間のすがたで帰ってきた。

 ゆるゆると立ち上がった。

 見知らぬ街角だった。どこだっていい、まあ、日本だったらどうにかなる。

 からだを触った。最初に転生した制服のままだ。

 夢か?

 まさか、これまでのことは夢だったのか? 

 いや、いまさら夢オチなんて。

 足元に、魔石が落ちてた。

 ああ、やっぱりな。わたしはそれを拾い上げた。

 ただの石ころのように見えた。さっき見たときのような、すごい光とか出てなかった。

 魔石には手紙がくっついてた。

 クラクションが鳴って、振り返ると、宅配業者のトラックがいた。あわてて路肩に逃げた。



 俺はほっとしてた。

 あの昆虫の魔獣が転生される瞬間、みんなでジャンプしたけど、魔獣のとこにはぜんぜん届かなかったんだ。いっしょに転生されるもくろみはついえた。

 ダリは涙ぐんでたので、かわいそうだった。胸がちょっと痛んだが、しかたないよな。俺もやるだけのことはやったんだよな。

 帰って、冷蔵庫のチューハイの残りを飲もう。ラップで止めてあるけど、早めに帰らないと気が抜けちゃうよな。

 でも、電車賃がもうなかったんだ。

「こうなったら、この世界で成り上がるしかないっスよ」ダリは決意をあらたに立ち直っていた。

「そうね、がんばろうね」ガーロはお母ちゃんみたいになってきた。

 俺たちはとぼとぼ歩いていた。

 それはコンビニのまえだった。

「なんか、食いたいなあ」

「魔王さま、でもあと一二〇円しかないんですよ。コンビニは高いんですから、ディスカウントストアか、ドラッグストア探しましょう」ガーロは賢明だ。

「コンビニだと、一二〇円でなに買えるんスかね? ケーキは? ケーキの安いヤツとかは?」

「いや、いちばん安いパンでも税込み一四〇円・・・」

 三人でため息をついた。

 せちがらいぜ。

 俺が全財産を、チロルチョコに賭けるか決心をしかけたそのときだった。

「あれ? あなた、そうじゃない?」

 どっかで聞いた声だった。

 振り返った。

 知らない女の子が立っていた。知らないと言っても、お店の客かも知れないのだが。

「ええとぉ? もしかして、お店のお客さん?」

「お店ってなに? あなたアレでしょ? 顔にもなんか面影が・・・、そうでしょ! 声がそうだもの!」

 俺はザワザワした。この娘の声にも覚えがあった。

 あれ?

 もしかして?

「キンタマ王〰〰〰!」

「キンタマ王じゃねぇ!」



 地鳴りが轟いていた。城の残った塔や壁が、つぎつぎと崩落していた。

 地面がはげしく揺れ、立っていることも困難であった。

 ランスエリスたちは、舞い飛ぶ岩つぶてをマントで避けながら、瓦礫のかげに後退した。

 リオラはまだ、その場に立っていた。

「魔女王! おまえのたくらみは破れた〰〰! 転生魔術はわたさない!」

 魔女王フォルネウスは、からからと笑った。

「無駄なあがきを」

「わかっていないようだな、この魔方陣は、ぼくの魔方陣じゃない〰〰! 魔王の魔方陣だ〰〰!」

「な、なに?」

 リオラには魔女王のねらいは分かっていた。そこにあったのは、タエを送り返したリオラの魔方陣ではなく、Gを転生させた、魔王の魔方陣であったのだ。

 魔方陣が収束しつつあった。

 魔女メリュジーヌが、手から巨大な火炎を起こしてリオラに投げた。その爆炎は、大気を爆発させるかのように膨れ上がって周囲の瓦礫を溶かし、リオラに殺到したが、直前で蒸発するように霧散した。

「うぬ!」

「メリュジーヌ、あの者に魔術は無意味じゃ!」

「しかし、このままではまた巨獣を呼ぶのでは・・・」

「いや、あやつの狙いは巨獣ではない!」

 頭上に黒雲がわいていた。

 紫電をまとって膨れあがるそれは、胎動するようにうごめいた。

 そこには魔力が。

「ま、まさか・・・、魔王!」

 魔女メリュジーヌは色をなした。

 魔王は、魔女王に唯一匹敵する大魔人。その魔威だけでメリュジーヌなど最上位魔女ですら死に至らしめる怪物。

 魔王はさきの巨獣との戦いで異界に飛ばされたはずだが、よもや呼び寄せようとは。

「そ、そんなはずは・・・、ま、魔王は、人間にとっても脅威のはずでは?」

「追い詰められた人間からすれば、それも考えられぬではない。不戦の魔術契約があるかぎり」

「ああっ」

 もしも魔王がふたたびこの魔王城に再臨すれば、魔国の復活を意味する。そうなれば、魔女王をはじめとする魔女国の全軍は、魔術契約によって進軍できない。この地から退くほかはないのだ。


 風のなか、エリクシールはその姿を追った。

「いったい、あなたはなにを!」

「魔王を喚んだのさ〰〰」リオラは風のなか微動だにしない。

「そ、そんな、魔王を・・・」

「ゾウラハウスに聞いたのさ〰〰。魔女王国は魔王国とのあいだに、不戦の魔術契約があるんだ。魔術契約は絶対魔術だ。やぶれば術式が自動発動して、魔女王といえども体が腐り、死に至るんだ〰〰」

「きさま〰〰!」魔女王フォルネウスは、リオラを睨みつけた。

「さあ、撤退しろ〰〰!」

 黒雲が大きさを増す。

 エリクシールはしかし、戦慄した。さきの戦いで垣間見た、魔王の最終形態、その禍々しいすがた、横溢する巨大な力、溢れ出るすさまじい魔力を。

 それしか人間には道がないとしても、あんなものがこの地にふたたび現れれば、いったいどうなってしまうのか。

 黒雲が大きく動いた。天地が鳴動していた。

 光を放つ魔方陣が収斂する。

 黒雲が裂けるように分かれ、そこから巨大な黒い影が舞い降りてきた。


 俺はためいきをついた。

 ああ結局、戻るのか?

 巨獣だった娘からくわしい話は聞いた。

 娘は交通系とかいうカードを持ってて、コンビニでアンパンと缶コーヒー買ってくれた。コンビニのまえでしゃがんで、それを食いながら聞いたんだ。

 要するに、もとの世界に戻してやるから、そのかわり魔女王を食い止めてくれ、まあ、そういうことのようだ。

 リオラとかいう魔術師が計略をめぐらせて、娘に託していたものらしい。よくやるよな。

 そうして、いきなり転生魔術が発動したんだが。

 そうなんだが。

 俺は暗い世界のはざまでうろうろしてた。

 ああそうか、呼ぶ側と同じ意思を共有しないと転生が成功しないんだった。

 ジッサイ、帰りたくないんだから、しょうがないよな。呼びたいってほうと、意思が合致しないよな。

 でもな、ダリたちは帰りたがってたしな。いっしょに帰してやりたいってのもあんだよな。

 迷うよな。


 ランスエリスは、絶句してその光景を見ていた。

 大地を揺るがす大魔術、転生魔術の黒雲から生み出されたのは。

「あ痛っ」

 ゴジ〇であった。

 それは、城のむこうがわ、魔女軍が居並んだ平原のほうに降りてきた。

 最初のときとおなじように、すさまじい地震を引き起こし、衝撃と爆風で城の瓦礫や、平原にいた魔女軍の多くを吹き飛ばして落下した。

「ど、どうして・・・?」

「どうしたんだ〰〰! なんできみが、なんで〰〰! なんでゴジ〇!」

 リオラが叫んでいた。

 巨獣はあたまをかきながら、こっちを見た。

「だって〰〰、魔王は帰りたくないって言うんだもの〰〰」


 ああ、なんてこった。

 わたしはそんなつもりじゃなかった。

 戻る気なんてなかった。

 でもさあ、魔王が帰らないなんて言うなんて。

 帰れよ。

 でも、魔王が帰らないと、ランスエリスやリオラやエリクシールは殺されちゃうわけでしょ。

 どうしようもないじゃん。

 やるしか。

 それもさあ、ただ戻ったんじゃ意味ないんだよ。

 どうしようか迷ったよ。

 転生チートは選べるんだけどさあ。

 魔術師になっても無意味ないんだし、剣士になっても、勇者になったとしてもさあ。時間もないし、いい考えなんて浮かばないよね。

 それしかないんだよね。

 またアレになるしかないって。


 魔女メリュジーヌは驚いていた。

「あ、あああ、で、出た! 巨獣! 巨獣出ちゃった! ブッ殺される! どど、どうしましょう?」

「お、落ち着け、メリュジーヌ!」

 魔女王フォルネウスも少なからず動転していた。

 この巨獣もヤバいのよね。

 なにしろ、魔王軍を蹴散らして、滅亡に追い込んだヤツだもんね。

「だいじょうぶじゃ! まだ、巨獣対策の切り札があるではないか! あの魔獣を巨獣と戦わせればいいのじゃ。天敵だったはずじゃ」

 わたくしに抜かりはないのよ。そのために喚んどいたのよ〰〰。

「あー、フォルネウス〰〰、ちょっと待てよ〰〰」

 だれかに呼ばれた。魔女王フォルネウスは振り返った。

 風采のあがらない男と、女がふたり。

 きたないTシャツを着て、コンビニの袋を下げていた。

 アンパン食べていた。

「ま、魔王〰〰〰〰〰〰‼」

「やっぱり、いっしょにきちゃった」


「魔王?」

 わたしは驚いて振り返った。

「なによ〰〰! くるんだったら、くるって言ってよ〰〰! わたし転生しちゃったじゃないの〰〰! やめてよ〰〰」

 そのとき。

「タエ〰〰〰〰〰〰」

 わたしはびくっとした。

 忘れてた。アレもいるんだった。そうだった。

 見上げると、アレが城のうえに浮いていた。

 羽が気持ち悪くてらてらしてた。

 脚がウネウネしてた。

 ああ。

 勝てないかもしれん。

 いや、勝てない。絶対勝てない。


 タエと、G、魔女王と、魔王。

 全員が見合うかたちになった。

 なにが、どうなってんだ〰〰?

 リオラ仙太郎には、これは想定外だった。

 魔王を呼んだからには、魔女軍はもう進軍はできないはずだ。

 だが、悪い予感がする。

 魔女王が転生魔術を使えたのか? それは見えていなかった。どうなるのか予測がつかない。

 どうなるんだ〰〰〰〰? わからん〰〰?


 タエは泣いていた。

「ま、魔王! 魔王! アイツ! アイツをなんとかして! なんとかしてよ! あなた、巨大化して! あのときみたいに!」

 魔王は、もぐもぐ食ってた。

「ああ、あれね。あれはもうムリだな」

「どどどど、どういうことよ!」

「俺さあ、もとどおりになりたくないって願っちゃって、普通の男の子になりたいって言っちゃって・・・、もう魔王じゃないんだよな」小声でささやいた。

「魔王さま、魔力ないんですぅ・・・」ガーロがしょんぼりした顔で言った。

「なによ〰〰〰〰〰〰〰! じゃ、なにしにきたのよ〰〰〰〰!」

「タエ〰〰〰〰〰〰〰」

「うぎゃああああ!」

 タエはあわてて振り返った。

 だが、そこに、ランスエリスが立っていた。

 タエを守るように、Gのまえに立ちふさがる、その聖剣から光がほとばしっていた。


「え、なによ・・・」

 騎士の美しい立ち姿に、志摩子はちょっとたじろいだ。

「なに? このイケメン、また出てきたの? なによ、なに? なんでまたタエをかばってんのよ? ええ? なんか、目くばせしてない? なんか雰囲気つくってない?」

 志摩子はギリっと地面に爪を立てた。

「あ、こりゃダメだわ。そういうのはダメよ。ダメに決まってるわ。タエがそういうのはナシよ。ナシなのよ。殺すわ。殺すしかないわ。そうに決まったわ。すぐ殺すわ」

 志摩子は決心した。


 わたしは迷っていた。

 ど、どうしよう? どうすりゃいいの?

 Gは地上に降りてきた。

「し、しししし志摩子ちゃん・・・、どどど、どうぢて、ここに?」

「あ? そんなこた、どうでもいいんだよ。死ねよ。おめえは死ぬしかねぇんだよ」

「えええええ」

 殺すって、なんでよ〰〰?。なんでそうなのよ?

 戦って、勝てるか? 勝てないよな。

 Gとわたしだと、わたしのほうが大きいけど。ゴジ〇なんだから、フツウに勝てそうだけど。

 よく考えてみてよ。Gだってソコソコ大きいのよ。イヌくらいあるGが目のまえにいたら、どうなんだよ? これで逃げださないJKが世の中にいるっていうなら連れてこいよ。

 無理なんだよ。

 Gも苦手だし、志摩子ちゃんも苦手なんだよ。ダブルだよ。

 どのとき、ランスエリスのもとへ、騎士団が駆けつけるようすが見えた。彼らの手には、炎があった。それは松明たいまつだった。煙と、火の粉を散らしていた。

 そうか、魔法以外の攻撃ならGにも効くんだった。虫なんだから、火で抵抗するつもりなんだ。

 ランスエリスが、その松明の束を、ありったけ抱え込んでいた。ムチャだ! 彼の髪が焦がされるのを見た。

 彼はわたしのほうを振り向いた。

 だめだ。行かせてはいけない。

「ランスエリス! 聞いて!」

 彼は動きを止めた。わたしの声を聞いて!

 風が吹いてた。火の粉が舞ってた。

 騎士団もわたしを見上げていた。

 声が届くなら。

「わたしには、嫌いなものが二つあるの。ピーマンと、お漬物よ!」

「・・・え?」

「あれは、ピーマンのお漬物なのよ!」

「え、なに言ってるか分からな・・・」

 わたしは、ずしんと騎士団やランスエリスの前に出た。

「ランスエリス! いっしょに戦って!」

 わたしは転生した。違うものにもなれたけど。姫にも、美女にもなれたけど、わたしはオリジナルのわたしを選んだんだった。

 だけど、わたしが選んだわたしは、そのままのわたしじゃダメなんだ。ただ自分のなかに引きこもっているわたしじゃダメなんだ。わたしのなかでの転生を!

 そうだ愛だ! 愛の力だ! この力で変わるんだ! 弱い自分に勝つんだ!

「タエどの!」ランスエリスがうなずいている。

 騎士団だけでは蹴散らされる。でも、わたしがGを組み止めれば、その無防備な体やお腹へ騎士団が松明の火で攻撃することができるだろう。

 行くんだ!

 ランスエリスが駆けた。

 わたしも前へ突進した。

 はじめての共同作業。

 まえへ!

 地を蹴った。

 この愛のために!

 Gはのっそりと、身を持ち上げた。

 長いヒゲが、気持ち悪くうごめいた。

 いくつもの毛だらけの脚が、ウネウネと抱きつくように掻き動いてた。

 油を塗ったようなテラテラした腹が、別な生き物のようにグニグニ動いた。

「あああああああああああ! 無理無理無理無理、やっぱり無理!」

 わたしはヘタレた。


「フォルネウス〰〰、そのへんでやめとけよ」

「アガレス! きさま、人間にくみしたと申すか? なさけない男じゃ!」

 魔女王フォルネウスは、魔王アガレスと対峙していた。

「いやまあ、味方しようってわけじゃないけど、アンパンもらったしなあ」

 アンパン?

「魔女王さま、ど、どうしましょう?」魔女メリュジーヌが小声でささやく。

「ええい、落ち着けと言うに!」

 そうは言うものの、魔女王フォルネウス自身も混乱していた。

 どうするのじゃ? 

 昆虫怪獣は巨獣に勝っておるが、魔王があの大魔神に変身すれば、怪獣では勝てぬであろう。

魔王が巨獣に勝てぬとすると、これでは三すくみじゃ。動けぬ。

 魔王が現れた以上、魔女軍での進軍はできぬ。軍は退かせるしかあるまい。

 このままでは、形勢はよくない。そうじゃ、そうじゃが。

 ええい、こうなればじゃ!

「わたくしを誰だとおもうておるのじゃ? わたくしの智謀をみくびるでないわ。まだ切り札はかくしてあるわい」

「そ、それは?」

「魔石をありったけ持ってまいれ!」





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