第5話 タエ 対 志摩子

 大倉山仙太郎はイケメン高校生。家は資産家。チャラいけど、勉強もスポーツもできて、モテるし不自由ないけどなにか退屈。

 ある日いきなり異世界転生。魔術と魔族のファンタジー世界。力が欲しいかと問われて、最強のチート魔術師になりたいと言ってしまう。魔術師リオラ誕生。


 ぼくはなんか、退屈してたんだ。

 面白おかしく生きてた。高校生活に何の不自由なかった。容姿は整ってるし、運動は得意だし、頭はよかったし、それに、有名私大エスカレータ式の中高に中学受験から入ったから、必死で勉強もしなくても問題なかったんだ。

 その日も、大学生の年上女子とデートして、フレンチ・レストランで食事をした。支払いは親のブラック・カード。タクシーでよかったが、なんだか歩いて帰ろうという気になって、てくてく歩いているときだった。

 真っ暗な穴に落ちた。

 そう思ったけど、そうじゃなかったよ。そうか、異世界か。なぜかすぐにわかった。

 混乱はなかった。憂いもなかった。

 心残りに思うほどの彼女もいないし、親は小さいころからぼくをほったらかしだから、別れたくない気持ちもそんな起こらなかったんだ。

 どうでもいいや、退屈しなさそうだ。そう思ったって、まあ妥当だろ。

 ぼくを転生させたのは、大司教ゾウラハウスという男だった。

 王さまが見つけてきた古代の禁呪、異界魔術。それを彼は試したんだ。

 転生者には特別な力が付与される。お約束だ。力を求める者には力を、魔力を望む者には魔力をだ。

 そこで、ぼくは魔力を願ってしまったんだ。それはしかたないよな。異世界転生もののお約束だものな。チート魔術師になって、バンバンレベルあげて、バッタバッタとダンジョンボスとかやっつけてみたいよな。

 ゾウラハウスには、ゴジ〇みたいな巨獣を呼ぶほどの魔力も技術もなかった。それで、なんとか、能力の高い、魔術適性のある者を呼ぼうとしたらしい。どう選ばれるのかよくわからないが、それでぼくが選ばれたようだ。

 そうしてぼくは、大きな魔力を有し、すごい魔術の知識をあわせ持った稀代の大魔術師としてゾウラハウスの前に転生を果たした。

 ゾウラハウスのもくろみはこうだ。

 大魔術師のぼくを使って、魔王軍と戦わせようと考えた。ぼくがもとの世界に帰るには、召喚したとき以上の巨大魔力が必要だ。それには魔王が持つ魔石を奪うしかない。そう説明して、魔王を討つようしむけるって、そういうわけだ。

 だが、そこでゾウラハウスにも、ぼくにも大誤算が発覚したんだ。

 この異世界ではゴジ〇になったあの子に魔術が効かなかったのと同様、ぼくに対しても魔術は有効にならない。逆なことも同じで、ぼくには魔力はあっても魔術がぜんぜん使んだ。

 ゾウラハウスは慌ててた。

 ぼくは捨てられそうになったよ。

 やばかったよ。魔術も使えず、見も知らない異界に放り出されたら、どうすりゃいいのって。

 でも、ぼくにはまだ手札があることに気づいたんだ。普通の魔術は使えないんだけど、異界魔術は使えそうだったんだ。たぶん、異界魔法は両方の世界につながってる魔法だから、双方向の世界線に影響を行使できるんだ。

 ぼくは魔力だけはとんでもないくらいいっぱい持ってた。

 つまりぼくは、ぼく以外に、もっと強いやつを転生させて魔王と戦わせればいいわけだ。

 ぼくは考えた。

 魔術は無効化できるんだから、それ以外の力で魔王軍に勝てばいい。この世界にも、もとの世界にもあって、それでもなお最強のもの。それは無双の剣技を使う剣聖とか、孔明みたいなすごい軍略家とか、〇ンクウみたいな科学知識をもつヤツじゃない。

 圧倒的な力だ。とんでもない暴力だ。それでいい。

 転生者には、なんでもかなうボーナス・チートがあるんだから。チート魔術知識を獲得してたぼくにはぜんぶわかってた。すべてはぼくと、そして転生者が願うもののイメージだ。どんな能力でも、どんな肉体でも、異世界のはざまでは現実と空想との境はない。願えばかなうんだ。

 ぼくはイメージした。

 でもなんか、スーパーマン的な強い人間っていうのが浮かばなくって、ちらっと浮かんじゃったのが、ゴジ〇だったんだ、これが。

 それも、〇ジラが浮かんだのがなぜかって言うと、転生される直前に、歩いていた商店街で、駄菓子屋のまえで、女子高生がゴジ〇のカプセル・トイを持ってるのを見たからだったんだ。その子は、たぶん別なトイが欲しかったんだろう。舌打ちしてたんだよ。ちょっと笑うよね。

 それなんだ。それがすべての始まりだ。あの子が転生されちゃったのは、ぼくのせいだったんだ。

 でも、強くなりたいだなんて、そんな子が願うなんて思わないだろ?



 魔王城は激しい揺れに襲われていた。

 ハデスの魔術が城の半分を消し去ったせいもあったが、魔王のびんぼうゆすりがひどくなったせいであった。

 魔軍王があっけなく敗れたとの知らせで、魔王軍内はひどく混乱したが、すぐ静かになった。

「お怒りをお鎮めくださいませ・・・」

 魔王アガレスはビビっていた。

 ヤバいよ、ヤバいよ! ハデスがやられたって、だから言ったじゃん! 逐次投入はやめようってさあ! どうすんだよお、魔国に入って、まっすぐこっちに向かってきてるって、どうなるんだ?

 城の揺れが激しくなった。

 いかん、いかん。

 知らせを聞いて、俺がビックリして、その魔偉で城の下位魔族が、百人ほど死んだらしいからなあ。それで慌てたほかの連中もおとなしくなっちゃって。

 王の間には大勢の家臣が控えていたが、誰もしゃべらないのでシーンとしている。

「巨獣はどこまできておるのか?」聞いてみた。

「そ、それが、お、おそろしいほどの速さで、半日ほどのうちにも・・・、ここへ」

 ええ!? ビックリした。俺がその報告をした中位の魔族のほうを見たため、その魔族はいきなり四肢を引きちぎられるように爆裂して死んだ。

 どよめきとともに音が止み、王の間にいた者たちが、さらにひれ伏す衣擦れの音だけがした。

 いかん、いかん。

 こういう残酷なやつだと思われているのは、いいときもあるが、そうでないときもある。まともに俺と話すやつがいなくなるんだよな。

「それで、異界魔術を手に入れたというのは?」

「こ、これでございますぅ!」

 震えながら別な魔族が差し出したトレイには、古い本が載っていた。

「なかは調べたのだろうな?」

「も、もちろんでございます! おい!」

 そこへガーロが進み出た。

 ガーロは、震えを通り越して、病人みたいにぐらぐら揺れていた。滝汗があごから滴っている。

「う、お、かかか、解読し、したところ・・・」

 死ぬ! 死ぬう! 魔王の威圧でガーロの心臓が止まりそうだった。

 あたしは魔術書にくわしいわけじゃない! 読んだのは別の高位魔族たちなのに、魔王さまのまえに出るのがいやで、あたしに代弁させようとするなんて。ちくしょう!

 ああああ、教えられたけど、そんなよくわかんないし。いきなり詳しいこといっぺんに憶えられないし! ヤバい、ヤバい、ヤバい! ヘマしたらさっきの魔族みたいになるんだ。

「ま、ままま魔王さまの魔力と、まま魔術操作の技術がございましたら、ててて転生魔術を使うことが・・・でででできるようで、ごごございまして・・・」

「そうか」

 魔王アガレスのその声と同時に、ガーロの体がいきなり宙を飛んだ。

「うああへあ!」

 ガーロが気づくと、魔王の玉座のまえだった。眼前に魔王が迫っていた。

 声が出なかった。

 魔王の手がガーロの頭上にかざされる。

 魔王アガレスはビビりまくっていた。

 だめじゃん! 急がないとだめじゃん! 転生魔術使えるんなら早く言えよ! もたもたしてるヒマないじゃん。急いでコイツの頭のなかを見て、禁書なるものの内容を知らないと!

 そして魔王は立ち上がった。瞬時にガーロの思考をすべて読み取っていた。

 ええ〰〰? コイツたいしたこと解ってないじゃん。ええ? ウチの魔術師ってこんなレベルなの? えええ? なにイメージ? イメージするの? 転生させたいやつのこと? もっと具体的になんないの? やりかたをさあ。

 城の揺れがもっとひどくなった。

 ガーロは白目をむいて倒れていた。

「なにものかを転生させるとしてもだ、あの巨獣をしのぐものでなければならぬ」

「おおせのとおりでございます!」大勢が頭を地にこすりつけた。

 読み取った知識によれば、転生させるもののイメージをしっかり持たないとうまくいかない。しかも、やっかいなことに、転生相手にも同じものを求める意思がなければならないのだ。

 どうすんだよ?

 魔王アガレスは必死に考えた。

 この世界にあの巨獣を超える魔獣はいないだろ? イメージしろといってもムリだろ? だけど、あれが転生してきた元の世界には、あれと同じくらいのものや、あれより強いものがいるんじゃないか?

 そして重要なことは、もしもあれにも敵がいるなら、あれに勝りたいという同じ意思を、こちらと共有できるんじゃないか? これ重要。だから二回言った。

「やみくもに召喚しても勝てぬかもしれぬ。どんな生き物にも、天敵と呼ばれるものがある。転生もとの世界には、あの巨獣にもそれを凌ぐものがあるのではないか? それを調べ、そして召喚するのだ」

 おお、と声がわいた。

「で、ですが、どのように?」

「あの巨獣の声を聴いたことがある者がいたな?」

「あ、はい、そ、そこな者と、もうひとり、こ、こちらに・・・、お、おい!」

 そう応える魔族のうしろで、ダリが白目をむいて失神している。

「よし、その者たちに、この俺の心霊魔術を与えよう。いちどつながったことのあるその者たちであれば、遠隔のこの地からでも巨獣の心に触れられるはずである。きゃつの弱みを調べるのだ!」

「御意!」

 でも、間に合うのかなあ、それ。でもそうするしかないしなあ。魔王はソワソワした。

 また地揺れが大きくなった。

 すべての者が低頭するなか、ガーロとダリは、失神したままであった。



 魔王城に近い出城を守る魔族軍の最前線は、戦々恐々としていた。

 巨獣は魔国に入って、魔軍王ハデスを倒すと、ずんずん進軍してくる。すでに防衛拠点の半数が破壊されている。

 魔王城にいたる大平原、ここに魔軍王の残る三人が、うち揃って防衛線を引いていた。

「おのれ、ここでぶっ殺してやる!」

「ハデスと同じだと思うな!」

「われら全軍が揃えば、いかなるものも敵ではないわ!」

 数万の軍勢が、見渡す限りの地を満たしていた。それらは、数百基もの巨大な魔導兵器を押し出している。

 地平のさきに、巨獣のすがたが見えた。

「殺せええええ!」

 地響きを立てて、魔導兵器群がいっせいに破壊魔術を発射し、世界を真っ赤に染め上げた。多重魔術で強化された魔軍兵数万が、加速魔術の神速で巨獣に殺到した。

 三人の魔軍王は、魔族の歴史上、未曽有の巨大な魔術障壁や、神域に達していると思われる魔力強化された肉体を持っていた。その手には、ランスエリスの持つ聖剣アストロや、騎士長ガドガンの聖斧スレイをもはるかに超える超神話級の魔導武器が掲げられていた。

 いっせいに三人の武具が光を放ち、地を覆う竜巻を起こし、巨大な落雷をまき散らしながら振り上げられる。


「ああ、なんか、またきた」

 わたしはとにかく進んでた。時間はここまでけっこうかかってた。時間がないんだ。とにかく早くいこう。

 だけど、またなんかきたみたいだった。いっぱいいるようだ。

 実はビミョーに近眼なんで、周りぐらいは見えるんだけど、離れるとよく見えないんだ。転生しても同じなんて、どういうことだよ。眼鏡ないし。

 なんか、またパチパチしてたけど、まあいいや。これはさっきも大丈夫だったし。

 わらわらきたけど、このからだ、首が固いんで、足元はよく見えないんだよね。

 なんか踏んでるなあ。

 まあ、いまさらだ。

 あ、また大きいのきた。

 いいや、蹴っとこう。


 ランスエリスたちは、魔族の防衛拠点であった城跡に立っていた。魔族の転移魔術で、峡谷の大要塞からなんとか移動はできた。

 魔族の城跡で、残っていた魔族と遭遇戦闘し、これらを掃討していた。

 城壁の上で、瘴気のこもった風を受けながら、ランスエリスは立っていた。

 そこから先、草木もない、砂漠のような大平原は、魔族軍で埋まっていた。魔族の雄叫びが海のどよもしのように鳴り響いた。

 そして、魔軍の巨大な破壊魔術が、あの巨獣のまえではじけるように霧消するのを見た。

 押し寄せる魔軍の群れが、高波が岩でくずれるがごとくにみごとに破砕されるのを見た。岩は揺らぐどころか、意に介さないかのように進んでいた。

 つづいて、巨大な魔力のかたまりが三つ、すさまじい勢いで魔軍を押し破って巨獣に襲い掛かった。

 その見たこともない巨大な魔術障壁や、信じられないほどの魔術強化の体術が、巨獣のまえにあとかたもなく粉砕され、残った腕力だけで打ち下ろされた魔剣が、その肉体ごと、あっけなく蹴り飛ばされるさまを見た。

「お、俺たち、助勢にきたつもりだったんスけど、いらなかったですかね? これって」従騎士のエイムスがぼそりと言った。

「言うな」

 ランスエリスは眼前の光景を見ながら、そう言うしかないことに、ちょっと悲しい気持ちになった。

「あの娘だけに戦いを任せて、自分たちはただ待っていることしかできないのは、心が痛みますね」その声はエリクシール姫だった。

「まことに」

 ランスエリスは迷っていた。あの魔軍の一部ですら、自分たちでは太刀打ちできないだろう。何もできぬのでは足手まといになるだけではないか?

「だいじょうぶだ。きみたちには、やってもらうべきことがあるよ〰〰」

 うしろに魔術師リオラがいた。

「やるべきこと?」

「まあ、そのまえに、まずあれだね〰〰」

 指さす方に、また別な、巨大な黒雲がわいているのが見えた。

「あれは・・・、また新たな魔軍なのか?」

「ちがうよ。あれはさ、召喚魔術だ。ぼくが使ったやつだ。間違いないね」

 黒雲はその場所の空に浮き、雷電の帯を巻いて膨れ上がった。

「まさか、そんな! では魔族もそれを使えるのか!?」

「どうしてだろうね〰〰」リオラは首をひねっている。

 黒雲が、ひときわ大きく膨らむと、なかでなにかが胎動するようにうごめいた。

 そして、それが、その禍々しいその巨体が黒雲から現れて地へと落ちるのを、ランスエリスたちは驚愕をもって見た。


 わたしはとにかく進んでた。

 魔王城が見えてきた。

 そのときだった。あいつがやってきたのは。

 あの恐ろしいあいつが。



 妙法寺志摩子はいじわるな女子高生。中学でタエをいじめていた悪いヤツ。

 高校はおもしろくない。なんかいやだわと思ってたところに、ある日、いきなり異世界転生。魔術と魔族のファンタジー世界。タエに勝てるかと問われて、簡単だわと言ってしまう。天敵志摩子乱入。


 あたしはべつに退屈してたわけじゃない。

 友達は多いし、まいにち遊ぶのには時間がたりないくらいだし、勉強はしてないけど、不安があるわけでもなかったわ。

 でもなんか、イヤだった。なんかイライラしてた。

 レベルの低い高校に入っちゃって、ゲスいやつばっかなのよね。中学ではいじめてた子も別な高校いっていなくなって、みょうにストレスがたまってたの。

 学校帰りだった。穴に落ちた。

 でも、すぐにわかった、異世界転生だコレ。

 あたしはなにになりたいんだろう。女騎士かしら、あたしには悪女が鉄板のような気がするわ。

 でも頭のなかで聞かされたのはタエのことだった。

 タエは中学の同級生だった。陰気なヤツだった。ちょっとからかうと逃げるから、よけいにからかいたくなって、けっこうひどいこともやってやった。タエは勉強はそこそこできたから、逃げるように学力の高い私立高校へいきやがった。

 なんでタエ?

 どうも、タエはこの世界にさきに転生してるらしい。いったいどうしてるの?

 頭のなかに、映画のワンシーンみたいにそのすがたが見えた。

 なんかゴジ〇がいた。そんで、美しい姫もいた。

 なに? なに? どういうこと? あの姫になったってこと? タエが?

 あの横にいるすごいイケメンはなに? 王子? ヤバくない?

 え、どうなってんの? なに? イケメンとラヴなの? 姫になってラヴ?

 タエが?

 なんか許せなかった。そんなのナシだわ。ダメだわ。王子はダメよ。タエはそんなんじゃないのよ。そうよ。そうでなきゃ許せないわ。あたしがFラン高校で煮詰まっているときに、タエだけ超ハッピーなんてありえないのよ!

 ダメよ、ダメダメ!

 あたしはタエなんかに負けないのよ。

 そんで、あたしは、タエをやっつけるって言っちゃった。



「やったぞ、成功だ」

 魔王アガレスは、魔王城からそれを見ていた。

 王の間では歓声が上がった。

 転生魔法は、アガレスをもってしてももう一度使うのはムリだろう。イメージができないのだ。

「よくやったな。手柄だ。おまえたち」

「はへ」

 参謀役の上位魔族から声をかけられて、ガーロとダリは恐縮で固まっていた。

「大丈夫だったの?」ガーロはダリに小声で話した。

 巨獣の弱点を遠隔からの思念魔術で調べろという指令は、ガーロでなく、ヒュプノの力だけは強いダリがやることになった。魔王さまの魔力を与えられたダリは、過負荷で真っ赤になって、あたまから煙をだしていた。

「あ〰〰」ダリはまだ正常でない。

「ほんとうに大丈夫か? 間違っていたら、死ぬんだぞ」

「なんかあ、ええろう・・・、天敵いたよぉ。いた」

「ふたつ?」ダリには意味がよくわからなかった。

 魔王アガレスはビビりまくっていた。

 下級魔族に調べさせたその結果をつかって、あの巨獣の敵とされる個体をうまくイメージして召喚できたはずだ。形状も転換したし、あの巨獣ほどではないが巨体も与えてやった。

 ようし、頼むぞ! これで、これでなんとかなってくれえ! 

 魔王アガレスは心の中で祈っていた。


 わたしは足を止めてそれを見ていた。

 あいつは平原に落ちてきた。

 地面に落ちて、地響きをたてた。

 そしてあいつは、ゆっくりとからだを持ち上げた。

 わたしは震えあがった。

 ウソでしょ! ウソだと言って!

 なんであいつがこの世界に! なんで!


 あたしは転生した。

 地面に落ちたのはわかった。

 そこがどこなのか、わからなかったが、異世界のどこかなんだろうと思ってた。

 地面からからだをあげて、周りを見たが、なんか広い場所だった。

 なんかへんな感じがしたので、右手を見た。

 黒い毛の生えた棒みたいなものが見えた。

「うん?」

 左手を見た。同じような棒だった。

「あれ?」

 腹のほうを見た。

 気持ちの悪いぬらぬらした虫の腹だった。

「ひやっ!」

 叫んであとじさると、カサカサという音がした。


 平原に現れたのは、Gだった。

 体長は五〇メートルくらいありそうなGだった。

「うぎゃあああ!」タエは叫んだ。

「ぎゃああああ!」志摩子も叫んだ。


「無理無理無理無理無理! あれはムリ!」

 タエは叫んであとじさった。

 わたしの生涯の天敵といえば、そいつが間違いなくいちばんだった。

 ダメダメダメ、あれには勝てない! 絶対無理! 近づくのもムリ! ああ死ぬ! いま死ぬ! なんであんなにでかいのよ! でかいなんてムリ! 死んでもムリ! 見るだけで死ぬ!


「どういうこと! どういうこと! これはなに! これはなんなのよ!」

 志摩子は狂っていた。

 いったいなにに転生したっていうのよ! これはなんなのよ! どうなってんのよ! 姫をいじめる悪役令嬢じゃないのかよ! これは! これは! これはなんなんだ〰〰!

 からだをもう一度見た。

 どう見ても、どう見てもアレだ。アレだよ。ウソでしょ! ウソだよね!

 叫んだ。

 周りを見た。

 ゴジ〇がいた。どういうこと? 怪獣? あたしは怪獣なの?

 転生したらGでした?

 Gですが、なにか?

 ちがうわ!


 平原に、二匹の巨獣の咆哮が響き渡っていた。

 魔王アガレスたちも、ランスエリスたちも、固唾を呑んでそれを見ていた。

 二匹は正対し、探り合うように互いを見ていた。

 ついに戦いが始まるのか?

 怪獣大決戦なのか? 微妙に違うような気がするが。


 タエには声が聞こえていた。

 ―――なんなのよ! どういうこと!

 この声は、もしかしてGの声なの?

 タエは思い出していた。自分が転生したときもこんな感じだった。

 だとすれば、あれは、あのすがたは、だれか別な人間がじぶんと同じように転生させられたすがたなのかしら?

「あなたは転生者なの?」聞いてみた。

 Gがぴくっとした。

 タエはまたあとじさった。違ってたらどうしよう? ただの怪獣だったら? 襲ってきたら? 想像しただけでおぞけが走った。

 逃げるか?

「え? あんたなの?」声がした。

 だとすれば、やはり転生者なのか。

「だ、だれですか? 日本人ですか?」

「あんた、もしかしてタエ?」

 タエは驚いた。

「わ、わたしを知ってるんですか?」

「転生したのは聞いたけど・・・、ええ? そうなの? 姫じゃなかったの?」

「姫って、どういうことですか?」

「はは、そうだったのかあ、なんなのよ、あんた。ゴジ〇ってなによ。おかしいけど笑えないわね。あたし、コレだもんね。あたしよ、志摩子よ」

「し、しし志摩子ちゃん? 志摩子ちゃんがなんでここに? どういうこと?」

「あたしが訊きたいわよ。あんたを倒せってみたいだけど、それどこじゃないわよ、これ見ろよ」

「み、みみみ見たくないわ」

「あんた、さきに転生したんでしょ、なんか知ってんの? どうすりゃ元の世界にもどれんのよ?」

「あ、いや・・・、それは・・・・」

「なによ? なに渋ってんのよ」

 じりっと寄ってきた。

「ぎゃああ、よ、寄らないで! 寄らないで! お願いい!」

「なんか、腹立つわねぇ、だから、なんなのよ!」

「戻れないの! もとの世界には! ダメなのよ!」叫んだ。

 志摩子は止まった。

「こ、このまま戻れないってこと・・・? そ、そうなの?」

「戻れないけど、人間には・・・」

 説明しようとしたが、志摩子はいきなりキレた。

「なんだとう‼ ちくしょうがあああ‼」

「志摩子ちゃん、お、落ち着いて・・・」

 志摩子はキレるととんでもなくひどいことをする。タエはなんども被害にあってきた。

「おめぇのせいだ!」

「いや、わたしはなにもしてない・・・」

「いいや、おまえのせいだ! おまえがいなきゃ、おまえをやっつけようとか思わなきゃ、こんなことにはならなかったんだ! ちくしょう! ちくしょう!」

 タエはビビった。心底ビビった。まずい、こうなったらこの子はヤバい。

 後じさりした。

「おまえ! そうだなこうなったら、おまえはっとく! とりあえず、殺っとく!」

「そんな!」

 カサカサっと動くと、その背中に大きな羽がバサッと開いた。

「ぎゃあああああ‼」タエは叫んだ。

 逃げた。

 志摩子は飛んでいた。

 タエはもう見てなかった。走って逃げた。

 うしろでブーンという音が聞こえて、背中がゾッとした。

 死ぬ! いま死ぬ! もう死ぬ!

 平原をぐるっと回って逃げた。

 その先に魔王城が見えた。


「こ、こっちにきます!」

 魔王城は混乱した。

 巨獣と、昆虫怪獣が城にむかって走ってきていた。

「ど、どどどうする?」

 魔王アガレスはちびりそうになっていた。

「ま、魔王城には多重障壁がございます!」

 魔王が見ると、魔力障壁が巨大な壁となって城のまえに出現していた。

 だが、巨獣は、まるで薄いカーテンを押しのけるように通ってきた。

「ダメじゃないか〰〰!」

「こ、こここの城の多重の巨大な城壁はすべて超古代文明の魔晶石でできております! いかなるものも簡単には・・・」

 魔獣は城壁を超えようとジャンプしたようだが、まったく届かず、腰からぶつかって、そして城壁をあっけなく突き崩して進んでいた。城壁は多重であったが、そのたびに、跳ぼうとして果たせず、突き崩して進んだ。

「ダメだろ〰〰〰〰!」

 魔王アガレスは泣いていた。


 タエは必死であったので、走るしか考えが及ばなかった。目をつぶって突進した。壁があったから跳んだつもりであったが、どうなったか分からない。でもそれどこじゃなかった。

 タエは、ずどーんと魔王城中央の尖塔群に激突して、城をバラバラに破壊した。

 そこでやっと、振り返った。


 ランスエリスたち騎馬隊は平原を超えて、魔王城へ向かって走っていた。

 砂漠同然に乾燥した平原の土が、白煙となって騎馬隊のあとへ舞っていた。

 鞍のうえで腰を高く上げ、騎馬のたてがみを腕で押し、全速で魔王城へと向かう。

 見あげると、魔王城の上空では真っ黒な瘴気が渦巻いていた。

 どす黒く広がった空を背景に、崩壊する魔王城と、燃えあがる城壁、黒煙と火炎と閃光に包まれながら、巨獣が吠え、その向こうで、巨大な怪獣が、触手をうねうねと揺らし、禍々しいすがたで宙に浮いている。

 だれもがその恐ろしい光景に息を吞んだ。

「すげ〰〰、怪獣大決戦だ〰〰」魔術師リオラは意味の分からない言葉を叫んでいる。

「いまこそ勝機! 魔障壁が消えている! いま、この隙に魔王城へ走り込むのだ! いくぞ!」ランスエリスは叫んだ。

 時間は残り少ない。一刻も早く城のなかにある魔石を奪わねばならない。それは、タエの巨体ではかなわない。彼らがやるしかないのだ。

 魔王城のなかがどうなっているのか知るよしもない。さきの平原の戦いで、魔軍の多くは出払っていると予想したが、それでもかなりの上位魔族も残っているだろう。死地に向かうに等しい。

 必ずやりとげる。それが、わたしがあの娘にできることだ。

 うしろで、エリクシール姫の聖魔術の詠唱が聞こえる。

 頭上に現れた妖精の一群から、光が雪のように騎馬隊に降り注いだ。

「これでしばらくは瘴気や、魔偉からは守られるはずです! ですが、わたくしの魔力もながくは保ちません! 急ぎましょう!」

 みな、おう、と声をあげた。

「しかし、あの怪獣はいったい?」

「分からないよ〰〰。だけど、タエちゃん、あれが苦手なんだろうね〰〰。あんなにビビってるんだもんね〰〰」リオラは他人事のように言う。

「異界からきたものには魔術は通じない、だけれど、同じ世界の者どうしであれば、戦いはいったいどうなるのです? タエどのは大丈夫なのですか?」

「分からないよ〰〰。でも任せるしかないじゃない」

 ランスエリスはもう一度、巨獣のほうを振り返った。


 タエは心底ビビっていた。

 ただでさえキモイのに、飛べるとかなんなの? こっちへ飛ぶとかやめて!

 城の瓦礫にもたれて、はあはあ息を吐いた。

 志摩子は地上に降りていた。

「タエ〰〰」おどろおどろしい声で呼ばれた。

「ひえ」

 じりじりと寄ってきた。

 駄目駄目駄目! ムリムリムリ! 寄ってこないで! 寄ってこないで! それ以上はダメ! ホントにダメ! 足ががたがた震えて動けない。死ぬ死ぬ死ぬ。ああ死ぬ。

 そのとき、地上に舞う白煙が目にとまった。

 一騎の騎馬が地を、Gのほうへと駆けていた。

 ランスエリスであった。

 左手で手綱をもち、騎馬を駆るランスエリスのその右手で、聖剣アストロが光を反射して輝いていた。

 ランスエリスに迷いはなかった。

 巨獣の娘はあきらかに怪獣を恐れていた。助けを求めていた。

 もしもあの娘に万一のことがあれば、魔石を奪ってもどうにもならないのだ。

 助けなければならない。どうあってもだ。

 異界のものにはこの聖剣アストロの神聖力も通じないのだろう。あの巨体に、膂力だけで対抗できるとは思えない。だが、一矢だけでも報いねばならない。騎士の矜持であった。

「き、騎士さま!」

 タエは叫んだ。

 助けようとしている! このわたしを!

 しかし、Gの巨体に対して、走るランスエリスのすがたはあまりに小さく見えた。あれに勝てるようには見えない。

「だめ! 行ってはだめ!」叫んだが人間の言葉にはならない。届かない。

 助けなきゃ!

 彼を助けなきゃ!

 Gのほうを見た。

 複数の前脚が、濡れたような肌をぬらぬらとさせながらうごめいていた。

 タエの足は動かなかった。

 ああああ、無理無理無理無理! ぜったい無理!


 志摩子はちょっと冷静になっていた。

 タエをいじめたってどうにもならないのだ。それよりあいつ自身がどうするつもりなのかまだ聞いてない。

 まあ、どうせなら、もうちょっといじめてから。

 そのとき、足元にやってくる騎馬を見つけた。

「え?」

 あれって、イケメン王子じゃないの? そうか、タエが姫じゃないんだから、イケメン王子はタエの彼氏ってわけじゃないのよね。

 そうだわ。タエじゃなくて、コイツに聞いてみよう。この世界のことを、とりあえずいろいろ教えてもらわないと。イケメンだし。

 ああ、よだれが。

 そう考えながら、騎馬のほうへぐいと体を向けたときであった。

 空が暗くなった。

「あれ?」

 頭上にタエが跳んでいた。

 これまでで最高跳躍であった。

「どへえ!」

 すさまじい地響きが轟いて、志摩子は地面にめり込んで、脚をばたつかせた。

 タエは志摩子の頭を踏んでいた。

「に、逃げてぇ!」

 タエはランスエリスに叫んだ。

 いっぱいいっぱいだった。

 足元は見れなかった。足の下でうねうね動く感じがしていた。

 ああああああ! ダメダメダメ! 動かないで動かないで死んで! 死んで! いますぐ死んで!

「タエ〰〰〰」押しつぶされた声がした。

「いや〰〰〰」叫んだ。

 タエは激しく尻もちをついた。地鳴りが轟いた。

 その眼前に、Gがゆっくりと身をもたげた。

「よくもやってくれたわね〰〰」悪役のセリフだ。

 ダメだ、死んだ!

 タエは気を失いかけた。

 そのとき、雷鳴が響きわたった。黒雲が志摩子の頭上に降りてきた。

 それはうずを巻き、風を起こした。

「な、なに? なんなの?」志摩子は振り返る。

 巨大な掃除機に吸い取られるGのように、そのからだが宙に浮き、黒雲にからめとられる。

「ああっ?」タエはただ見ているだけだ。

 志摩子のからだが浮き上がったそのむこうで、魔術師リオラが空中に魔方陣タリスマンを描いているのが見えた。

 志摩子はそのまま黒雲に吞まれてゆく。

「タエ〰〰」怨嗟の声はタエには届かなかった。

 そのすがたが消えた。

 風が吹いて、黒雲が霧散すると、まわりが明るくなる。

 タエはためていた息を吐いた。

 騎馬の足音がして、ランスエリスと、そしてエリクシールたちが現れた。

 エリクシールが向かうさき、土埃の舞う平原に、リオラが膝を屈して座り込んでいた。

「あなたは! どうして?」鞍を降りながら、エリクシールが声をかけた。

 リオラは肩で息をしていた。憔悴した顔で、エリクシールを見上げた。

「魔力を使い切るってのは、命を削る感じだよね〰〰。キツイさ〰〰」

「無茶なことを!」

「こうでもしないとさ〰〰。でも、あいつは転生魔法で送り返した」

「送り返した・・・? でも、転生魔法はもとの世界に帰ることはできなかったのでは・・・?」

「魔族のあの転生魔術は不完全だったのが幸いしたよ〰〰。そうでもなきゃ、ムリだったね〰〰。でも、もうさすがに魔力がないさあ。もう魔石に頼るしか・・・」

 リオラは倒れかけた。

「わ、わたしが・・・」

 エリクシールが掲げようとした治癒の魔方陣を、リオラはさえぎった。

「無駄だよ。ぼくらには魔術は効かない。だいじょうぶさ〰〰。いこう、時間がない」

 リオラは立ち上がった。

「どうして・・・」

 エリクシールには、どういう言葉で訊いてよいのか分からなかった。

 リオラは軽薄な男のようであった。

 ゾウラハウスとどのようなやりとりをしたのか不明だが、無関係な娘タエを召喚したことからも、その態度からも、命を軽んじているようにしか思えなかった。多くの領民の命をかけたこの戦いに、真摯に向かう者の矜持は感じられなかった。

 しかし、彼はあっというまに駆けた。娘を助けようと、命を削る危ない賭けに、これほど簡単に身を投げるとは。

「わかりました。手を貸します」

 エリクシールは、その肩を支えて騎馬のほうへ歩いた。

 タエのもとには、ランスエリスが駆け寄っていた。

「あなたは・・・」

 ランスエリスは胸を押さえた。

 危うかった。あの怪獣に、彼女もろとも殺されるのかといっときは思った。

 この娘は、じぶんを助けるために身を挺した。

 そのやさしさは、そのすがたからは想像できるものではない。

 これまで魔族を殺し尽くし、破壊をほしいままにし、暗天を背に、天に屹立する悪魔のごときそのすがたはやはり、彼女に課せられた呪いにちがいないのだ。

 ランスエリスが見上げる潤んだ視線を、タエは避けた。

 ああ、くそう、助けちゃった。できたら助けてもらいたかったわよぅ。

 こう、騎士に助けられてさあ、彼の胸に飛び込んで、みたいなさあ。

 でもいま抱きしめたら、彼がつぶれるわよねぇ。コレだもんねぇ。

 タエは空中に咆哮を放った。

    

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