第2話 タエ 対 ゲラル

 騎士ランスエリスは、城内を駆けていた。彼の鉄靴ソルレットの足音が、聖堂のような大広間のポインテッド・アーチにこだました。

 魔軍は撤退した。エランジルドは、首の皮一枚で生き延びた。だが、あの巨獣はいったい。

 ランスエリスは、王の間の扉を、肩で打ち割るようにして走り込んだ。

「王よ!」

 広間にはどよめきが起こったが、声は低かった。いつも揃うはずの重鎮貴族は数人しかいなかった。さきほどまでの死を目前とした戦いのさなか、王のもとから逃げる者がこれほどいたとは。

「ランスエリス・・・」エリクシール姫の声がした。緑色のつやのある髪を乱し、美しい顔を歪ませて、次女の膝に顔をうずめている姿が悲痛であった。

 ランスエリスは、すぐさま王の前にひざまずいた。

 エランジルド十四世は、戦いに備えて王鎧おうがいを身に纏っていた。顔をほとんど覆いつくす髭をたくわえた、威厳ある巨躯の男であったが、すでに齢七〇を超えていて、金色こんじきの王鎧もその身に重たげであった。

「おお、ランスエリスよ、よくぞ無事で。よく参った。ガドガンを失ったいま、そなただけが頼りじゃ」

 王城の守りの要である戦闘騎士団は、すでにそのほとんどを失い、残りの者も怪我人ばかり。団長ガドガンまでも失って、その威信は失われたといってよかった。

「王よ、ご覧になられておられたでしょうが、魔軍は撤退いたしました。それよりも、あの巨獣は? あれはなんなのでしょう? あれが、あらたな脅威となれば!」

 魔軍は去ったが、それを蹴散らすほどのものが、そのまま城へ踵を返せば、どうなるか。

「それについて、いま話をしておったのじゃ」

 視線を送る先に、大司教ゾウラハウスが立っていた。

 教会は、二千年前の戦い以前から、王国を支えてきた柱のひとつであった。城下にあるエランジルド大教会は、かつての戦いの戦士と、犠牲者を祭るものとして信奉され、このハインデルク大陸のなかでも随一の規模をほこる。

 大司教ゾウラハウスは、絹の祭服に金色の司教冠ミトラをかぶり、銀糸に飾られたストラを首にかけていた。

 痩せた顔の、黒々とした髭の口元から地に響くような声を発した。

「ご心配にはおよびませぬ」



 わたしはなんども吠えた。

 冗談じゃない!

 こんなの、受け入れられっこない!

 侯爵令嬢のメイドつきのお屋敷生活はどうなった? おだやかな辺境の領地で、チート能力でみんなにリスペクトされながら、イケメン領主とのイチャイチャ生活は?

「いやあ、しかし大きいよね〰〰。ホントは一〇〇メートルくらいのはずなんだよね。アニメ版でもたしか三〇〇メートルくらいだったはずだしね〰〰」

 なにを言っているのかわからん!

 これ怪獣? 怪獣なの? わたし怪獣?ってか、ゴジ◯に似てない? ゴジ◯っぽい?

 怪獣に転生って、ゴ〇ラってなに食やいいの? どこに住むの? って、いや待て、そんな場合じゃない。

「どういうこと! わたしはなんでこんなことになってんの⁉ ど、ど、ど、どうして⁉ どうして‼」

「まあ、落ち着きなよ〰〰」

 わたしの声は言葉にはなってなかった。鉄がこすり合うような音が響いていただけだった。

「なに? 落ち着け? 落ち着けるわけないでしょ‼」

「吠えないでくれないかなぁ。吹き飛ばされちゃうんだよね〰〰。大丈夫だよ。ムリにしゃべろうとしなくても、言いたいことは伝わってるよ、きみ。ぼくも霊力だけは高いほうだから〰〰」

 彼は子供のように、両手を広げてバランスをとりつつ、ピョンピョンと石垣の上を跳ねてた。

「まあ、じたばたしたってもう、しょうがないんだよね〰〰。きみも分かってるよねぇ。転生したんだよ。きみもぼくも。もうしちゃったんだから、もとには戻れないんだ」

「ええ?」

 彼はくるくると回った。

「戻れないって言った?」

「そうだよぉ〰〰」

「ええ!」

 叫んだ。

 ひとしきり叫んだが、叫んでばかりもいられん。そうだ、そうだった。転生したんだ。転生したは、もういいとしよう。それは分かっていた。そうなんだ。

 オシッコはどうする。いや、そうじゃない。

 この状態はどうすんのよ!

「なんでわたしは〇ジラで、あなたは人間なのよ!」

「なんでって、きみが強くしてくれって願ったんじゃないか」

「それはそうだ・・・けど! そうだけど! でもそうじゃないでしょうが!」

「言いたいことは分かるよぉ〰〰」

 くるくると回る。

「きみがこうなったのは、確かに、きみだけのせいじゃない。つまりだね。強さが求められたんだ。この世界にね。きみはその強さを使うためにこの世界にこさせられたのさ」

「こさせられた?」

「そう」

「だれが! なんで!」

「ぼくが」

「わけわからない。なんでわたし?」

「それもこれも、おいおい教えてあげるよ〰〰。いまは時間がないから、またこんどね。だいじょうぶ。ぼくに任せておいてよ。なんとかしてあげる」

「なんとか? なんとかって・・・・?」

「ぼくの名前はリオラ。魔術師リオラ。きみの名前は?」

「わ、わたしは・・・」

 名前は言えなかった。どうやら彼はわたしを知らないのだ。

 わたしは彼を知っている。

 同じ高校の生徒だ。

 大倉山仙太郎。高校二年生。

 女子マンガのようなイケメン高校生。家は資産家。チャラいけど、勉強もスポーツもできて、モテまくりな男。じいさんだか、母親だかの、ハーフだか、クォーターだか。染めているわけでもない亜麻色の髪がサラサラで。近隣の中高生で彼を知らない女子はいない。

 わたしも陰でこっそり見たことある。ドキドキもした。

 ちょっと、これは。

 そう、これは。

 異世界テンプレ、イケメンとのラヴ?

 とりあえず、それはどうでもいいわ! いらないわ!

 そもそも、〇ジラでどうしろと!

 ああいやだ、この期に及んでこんなことを考えてしまう自分がいやだ。そういう場合じゃないだろ。肝が据わっているとかじゃない。十分泣きそうだ。でもそういうヤツなんだ。エロいんだ。いやそうじゃない。夢見がちなのは認める。それが過ぎたのか? それがこの状況を呼んだのか? わたしのこのお花畑な頭が悪かったのか?

 かもしれないが、かもしれないんだが、わたしがなにか悪いのか!

「なんて呼べばいい〰〰?」彼は訊いた。

「と、匿名で・・・」

「なんだよ、それ〰〰」

 名前は言えない。なんか言えない。言ってもたぶん私を知らないんだろうけど言えない。

 パンツはいてないし。

「そんなことより、聞きたいことが・・・、あなたがなんで・・・」

 そうだ、なにひとつ分からないが、この彼はなにか知っている。そうだ、それに頼るしかないんじゃないか。それだ!

「ああ、だから、詳しいことはあとでね〰〰。とりあえず、戦おう」

「え?」

 彼はトントンと牧草地の道を駆けると、丘に立った。

「あれを見て」後ろを差した。

 わたしはそこではじめて周囲をはっきりと見た。

 異世界ファンタジーらしい、ヨーロッパ風の丘と建物。城壁と、そして城。

 ああ、異世界だ。

 白亜の城が、地中海のような紺碧の海を背景に輝いてる。

「あそこが人間の国の城。あそこから先が人間の国。そして向こうの山のさきが魔族の国」

 振り返って差した、そのさきには黒い雲で頂上を隠した、峻険な岩山が並んでいた。指輪物語の映画のなんとか山みたいだった。

「ほうらきた〰〰」

 地響きがした。

 山々から連なる森の奥から、木々を打ち割るような音が響いてくる。

「魔族がまた攻めてこようとしてるんだ。きみが人間の国を救うんだ」

「・・・へえ?」

 ちょっと景色を見て、ぼーっとしてた。

 いや、そうじゃないわ、救う?

「きみが闘わないと、みんな死ぬから」

「あ、いや、ま、待ってよ」

「適当にさ、さっきみたく蹴散らしちゃったらいいんで。ぢゃ、ヨロ〰〰」



 魔将ゲラルは、巨獣のすがたを見ていた。

「た、たしかにでかいな・・・」

 エランジルド城の大尖塔と変わらぬ高さに頭が見えている。

 でかいが、ま、まあ、恐れることはなかろう。

 わしには考えがあるでな。グラノドンみたいな脳筋とは違うのじゃ。

 魔将グラノドンが討たれた報せは、すぐに魔軍内に伝わり、混乱が生じ始めていた。グラノドンの後陣であった魔将ゲラルは、すぐに自軍の進軍を命じた。

 軍勢は森を進んでいる。

 ゲラルは輿こしではなく、巨大な戦車に乗っている。像よりも巨体なカトブレパス四頭にそれを牽かせ、それらの背丈を超す、これも巨大な石の車輪で森の木々を踏みつぶして進む。

 戦車の上の玉座のような金装飾の椅子に座したまま、細い腕を伸ばしてゴブレットの酒を掴む。鷲鼻の奥の赤い目が、陽光を映して妖しく輝いていた。

「敗れたグラノドンの配下の者たちは、あの巨獣についてなんと言っておるのか?」

「ダリとガーロがついておりましたが、なにやら、ひどく混乱しておりまして、みょうなことばかり口走って、なにを言っておるのか・・・」

 コボルト・リーダーの従者が、声を震わせながら応える。ゲラルの残虐ぶりは、グラノドンの比ではないと知っている。不興を買えば、魔声ひとつで消し炭にされかねない。

「あれは、いったいなんなのだ。巨大なことで知られる大魔竜ですらあの半分にもならぬぞ。あれを人間が使っておるのか? 使い魔か、従魔のたぐいなのか?」

「ほかのものどもによりますと、あれに魔力は感じられませぬ」

「魔力をもたぬ? であれば、魔獣や、使い魔のたぐいではなく、ただの獣ということなのか?」

「わ、わかっておりませぬが・・・、それに似たようなものでございましょう」

「そうか、人間が使っておろうが、おるまいが、ただでかいだけの獣であるなら、わしの敵ではないわ。グラノドンめが、自分の膂力に慢心しおったのだ」

 魔将ゲラルは、膂力は乏しいが、魔力に秀で、そして知力に長けた男であった。

 うはは、わしにぬかりはない。準備は万端じゃ。

 ゲラルは、巨獣に遭遇して潰走したグラノドン軍のようすを聞き、その軍勢に倍する軍勢をすぐに用意した。そしてさらに、その巨獣の力に対抗すべく魔術軍の大群を揃えていた。

 グラノドンに先陣を取られて、ちょっとは焦ったが、好機じゃ。好機。

 わしの実力をみせつけてやるんじゃ。

 いくさは知力じゃ。戦略じゃよ。

「力だけの攻撃など無意味。さあ、魔障壁を張るのじゃ!」

 その声に応じて、戦車の後方に揃った二千のオダー・レイスが、黒々としたフードを揺らせながら進み出ると、一斉にその手の黒杖を突き出した。

 中空に浮かび上がる巨大な魔方陣タリスマンが、幾重にも重なり、紫色の光を放つ。

「おお、すばらしい! これは四重障壁、いや、六重障壁でございますか!」

「まだまだ!」

「ゲラルさま! あ、あれが向かってきます・・」

「む?」

 振り向くと、鈍重とみなしていた巨獣が、もう目前に迫っていた。

「な、なに、恐るるに足らぬ。いかなる巨大な力であっても、力だけではこの障壁は・・・」


プチュッッ


魔将ゲラルは踏まれた。


『―――あ、いやだ、逃げてよ〰〰、踏んじゃったじゃないの〰〰。あ〰〰、いっぱい踏んじゃった。ひどいことしちゃった。いや、キモッ』

 わたしは、足元でいっぱい倒れている木に、足の裏をゴシゴシ擦りつけた。



 戦闘騎士ランスエリスはふたたび、驚愕をもってそのようすを見ていた。

 風が、彼の埃まみれの髪を梳かしていた。その巨獣のすがたから数キロほどの丘の上で、騎馬にまたがったままであった。

 城から残存する騎士団を引き連れて、巨獣のあとを追ってここまできていた。

 敵の軍勢がふたたび潰走かいそうするようすが見えていた。

「わ、魔障壁ごと踏んじゃったっスよ、すげぇっ、てか、ひでぇな・・・」甲冑のすり当たる音がして、従騎士のエイムスが近寄ってきた。

「あの、あれ・・・、金ピカのヤツ、たしか、魔将ゲラルってヤツですよね・・・?」

「ああ、そのようだな」ランスエリスは鷹揚おうように応じた。

 なにか、緊迫感というか、死の決意などといった凄愴なものが、どこかから抜けていってしまうような脱力感にさいなまれつつあった。

「ええと、先のマーラー砦で、わが魔術師団を全滅させたヤツですよね・・・」

「そ、そうだな」

 エランジルドの誇る精鋭の魔術師軍はすでに壊滅。伝説の再来と呼ばれていた魔導士長もろとも、魔将ゲラルの魔法攻撃で灰燼と化した。

 巨獣が足の裏を森の倒れた木に擦りつけているようすが見える。

「あれって、あれですよね。足の裏についちゃったアレを、その・・・、縁石でこすり落としたりするやつ・・・」

「言うな」

 たとえ、残虐非道の魔族でも、それは・・・なんというか、騎士として言ってはならん気がした。

 蹄の音がして、振り返ると、城を背に、白馬の上に光をまとわせたぎんがいのすがたがあった。そのヘルムで、たてがみのように赤い印帯マーカーリボンが揺れている。

「あれって・・・」

 エイムスの言葉に答えるまでもなかった。ランスエリスの前まで駆けてきた騎馬が、あざやかにくつわを引くと、真鍮飾りのくらのうえでエリクシール姫が弾んだ息を吐いた。

「ランスエリス!」

「姫! どうしてこのようなところに!」

 エリクシールは兜をとると、首を回して緑の髪を風にさらした。

「わたくしもいっしょに参ります!」

「なんと」

 騎士たちの多くが、顔を見合わせるさまが見えた。このような前衛に、姫騎士が立つことなどありえない。

「おやめください、姫! ここはすでに数個大隊規模の頭数しかおりませぬ。あなたをお守りすることは、たやすくありません!」この人数で王族を守護しながらの戦いなど無謀。それ以前に、決死行であることは、そこにいる騎士全員が熟知していることであった。

「守らずとも、かまいません! 死地はもとより覚悟のうえ!」

 エリクシールは、その美しい唇を噛んでいた。

「しかし」

「いいですか! この戦いにあなたたちが敗れれば、もはや、わたくしたち王族にも死あるのみ! 王族だけが城にこもっていて、なんの意味がありましょうや! 治癒魔法ぐらいならわたくしが役に立てます! 王は、王族の存亡をこの戦いに賭けました!」

 治癒を施す魔術医は、そのすべてが傷兵と、領民の治癒にあたっていたが、すでに魔力を使い果たし、騎士団に帯同する者はいない。王族が卓越した治癒魔法の使い手でもあることは、多くの者が知ることだ。エリクシールを戦線に送り出すことは、王国にとって最後の賭けに違いなかった。

 エリクシールの瞳が潤んでいる。

 ランスエリスたちは知っている。エリクシールはまだ十六歳。決して心の強い娘ではない。エリクシールのその結ばれたまなじりと、噛んだ唇は、その覚悟をあらわすものであった。

「団長! ライリーが戻ってきました!」

 その声に全員が視線を返すと、二頭の騎馬が走ってくるのが見えた。

 騎士と見える一頭のうしろのもう一頭には、紺色のマントがひるがえる。

 ランスエリスは、険しい顔でその姿を観止めた。

 数刻まえ、王の御前で、教会の大司教ゾウラハウスは、その男、魔術師リオラの話をした。この世界に転生し、そして、あの巨獣をこの世界に招いたのはその男だという。

 転生者リオラとははたして何者なのか?

 ゾウラハウスは、ついに神託を得たのだと言った。リオラは神のお導きで、ゾウラハウスのもとに現れたという。神の裁定により、ついに魔族を滅するため遣わされた、聖なる者なのだと。

 その男のすがたはしかし、男というより少年のような。

「きたね〰〰! みんな〰〰、さあ、行っこぉ〰〰〰〰!」

 リオラは、騎士たちの顔を見るなり、くるりと騎首を返して尻を向けた。

「な、待て!」

「待たんか!」

 騎士たちの蹄の音が交錯する。

 そんな魔術師リオラの背に、ランスエリスはなにか、不安なものを感じていた。

 ゾウラハウスは、リオラがどのようにして現れ、どのようにして巨獣を召喚したのか、なにも詳しいことを説明しなかった。

 リオラは先頭を切って、巨獣のもとへ駆けてゆく。

「ひゃっは〰〰!」

「わたしはランスエリス! 王国戦闘騎士だ!」うまあしを速めて、リオラの横につけた。

「聞いてるよぉ、助けてくれるんだろ、頼むよ〰〰!この世界、きたばっかだ。ぼく、食べ物だって困ってるんだよ〰〰!」リオラは駆けながら話した。

「それは・・・、それは大丈夫だ! なんとかする!」

「お願い〰〰、おいしいやつね! あ、次のヤツやってから!」

 にこりと笑った。まるでこれからピクニックにでも行くような顔で。

 魔術師リオラは、この事態を面白がっているようにしか見えない。神のつかいたる清廉さや、敬虔けいけんさが微塵も感じられない。なにか、遊びに興じる子供のような。

 いや、なにか、場末の人売りや、贋物がんぶつ商人のような胡乱うろんな空気を。

「あの巨獣はいったい、どこから現れたのか!」

「ああ、あれはぼくたちの世界からきたんだ。空想科学生物だ〰〰」

「く、空想?」

「ぼくたちは異世界からきた〰〰。この世界は、ぼくらの世界とはまったく違う。物理学も、科学も、宇宙の成り立ちが根本的に違うんだ。逆に、君たちから見れば、ぼくたちの世界こそ異常と思うだろう〰〰」

「では、あなたの世界には、ほかにもあのような巨獣が?」

「あはあ、いないよ。いやしない。同じように魔術も、魔族も、聖剣も、聖女も存在しない〰〰」

「よくわからないが、ではあの巨獣は?」

「ぼくたちの世界では、魔法や、魔族が空想の存在だ。同じように、あれはぼくたちの世界での空想の生物なのさ。だからこそ、この世界に生み出すことができるんだ〰〰」

 ランスエリスには思考が及ばなかった。なにを言っているのかを理解できない。

 振り返った魔術師リオラの瞳が、妖しく輝いて見えた。

「あれは、この世界のことわりからも外れたものだよ。すべての常識や、理解や、想像をぶっ壊してしまう、そういうものさ〰〰」

 そして、いたずらっぽくウインクした。

「それからあれは、もとの世界では一六歳くらいの女の子だったんだ♡ ムリヤリあのすがたに転生させられたんだ。じつは、スゲェかわいそうな子なんだ〰〰。だから、やさしくしてやってね〰〰」

「はい?」

 やさしくって、なにを? あれを?

 いや、まて、もとの世界では少女だったと言ったのか?

 どういうことだ。たしかに、魔族には悪魔や、魔獣を異界から召喚する術があると聞く。それには、乙女の生贄や、依り代を必要とするとも聞く。

 であれば、あれは。

 異界の乙女が、われわれの国を守るために犠牲になったとでもいうのか。

 ランスエリスは逡巡しゅんじゅんした。

 そのような、禍々しい儀式がはたして執り行われたのだろうか。それは、人間の魔術のなかでは禁忌とされるものなのではないのか。他の者の魂をもてあそぶ行為ではあるまいか。ほんとうに神が、それを示唆したのか。

 だが、王国が救われたことも事実なのだ。そして、このさき、魔族を駆逐するには、その力なくしては。

「そのようなこと! 神のなさることとは思えません!」

 赤い線をなびかせて、エリクシールの輝く銀の鎧が横に現れた。

「許されることではありません!」

 結んだ唇が震えている。

 そうだ。

 そのすがたに、ランスエリスは迷いを消し払われる思いがした。

 エリクシールは叫んだ。

「救わねばなりません! 王国も、その乙女も、救う道を神はかならずお示しになります!」

「お言葉のとおりです、姫!」

 ランスエリスは、自らの使命を悟った思いがした。埋火うずみびがよみがえるように、胸に熱がふたたび宿るのを感じ、エリクシールと同じように、震える唇を噛んだ。

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