第六章・前編
クソを見つけるためにはどうしたらいいのか。
僕は解熱剤を噛み砕き、大量の水で流し込んだ。冷却シートを額に張り、パソコンの前に座る。
僕には特殊な技術はない。電脳世界を熟知しているわけでもない。クソのように、AIは作れないし、ハッキングもできない。だから、持ちうるものをすべて投入するしかない。
僕は保存していた姉のログを全て振り返ることにした。
僕は姉が電脳世界で行動したログを多く持っている。あちらの世界に完全移行する前のものも持っている。クソとは年季が違う。
許可されていないデータもあるが、少なくとも、行ったことある場所はすべて把握できる。バックアップも複数の記録メディア、オフラインのものにしてあるため、メディアが経年劣化で故障しない限りは閲覧が可能である。
大学、蔀井駆、厨、是高、フェアリー、AI……。
クソとの会話や大学にいた人たちのことを思い浮かべながら、一行ずつログを点検していく。全部で四十二万千百四十八の文字列。一度は見たことのある文面だ。しかし、僕の頭は全てを記録できるほどの容量はない。よく覚えているものあったが、新鮮に思えるものもあった。
その新鮮な文字列の中に、それはあった。
姉が大学に入ってしばらくして、月二回程。不定期にその場所に赴いている。何もない場所であるから、散歩スポットだと思っていたのだが、よくよく見ると違うらしい。
生垣の写真が映った緑色の画面には、入力バーが表示されていた。何のサイトかはわからない。IDとパワーワードがないと中には入れない構造になっている。しかし、繋がらないわけではない。
サイト名は、『operate fairy』。
ネット掲示板を軽くみるに、十年ほど前に作られたAIの情報サイトで、個人が作ったものらしい。当時はどの公的機関よりもはやく詳しい情報が載せられていたようで、ベテランのプログラマが愛用していたそうだ。だが、いつの日か更新が途絶えてしまったらしい。閉鎖はされていないようだが、利用者はもうほぼいないそうだ。
姉、AI、フェアリー。怪しい要素がそろっている。
サイトの端にはお問い合わせはここまでというアドレスが書かれていた。
ファイルの送付も可能なようだったため、僕は姉のログを一部、テキストファイルに書き出し、メッセージを送る。
『僕はお前が持っていないものを持っている。欲しければ入れろ』
しばらく待つが、予想通り、返信はこない。
僕は別の手段をとることにした。
サイトを攻撃する。
しかし、僕には大した技能はないため、別の存在を頼る。
『おい! すごいぞ! 『operate fairy』が更新された!』
僕は掲示板に書き込みをした。
『Denierの乱数、二十を引き当てる方法が書かれているぞ!』
『フェアリー系のAIについても更新されている。掃除に特化したタイプで、片付けのために探知機能もついているらしい』
興味を抱いたギークたちや、面白半分でハッカーなどがサイトにアクセスすることを期待したのだ。できれば、サイトが落ちるくらいに大量の人間が雪崩れ込んで欲しい。
政府運営の掲示板から、便所の落書きのような掲示板まで、僕はあらゆるコミュニケーションサイトにアクセスをした。AIの話題をいくつか挙げ、『operate fairy』にいくように誘導したのだが、『荒らし? めずらし』『恥ずかしいぞ』『人力スパムか』『公共の場でなにをしているんですか』と、反応は冷ややかなものだった。
僕は魅力的な文章は書けないらしい。人間が苦手だから、集めることなど無理なのだろう。そもそも、AIにも何にも良さを感じない。思入れはない。
であるのならば、一番、良いものと思うものについて書こう。少なくとも、先ほどのコンテンツよりは惹きつけられることが書けるはずだ。それでダメなら、サイトの攻撃は諦め、別の手段だ。
『馥業深AIを作るらしい』
そう書きこんだ瞬間、サイトに『503 Service Temporarily Unavailable』と表示される。
落ちた。
やはり、姉しか勝たない。
僕はお問い合わせアドレスに、ざまあみろとメッセージを送った。
すると、勝手に僕のパソコンにウインドウが現れた。
「無駄な遅延行為だよ」
そこに映っていたのはクソの顔だった。
呆れた顔をしている。
滑らかな髪が斜めに流れていて、影を感じるのが癪に障る。
「あの送りつけてきたログから、特定してきたんだと思うけど……。暇なのかい?」
クソは僕のことには興味を示さず、手元を見ているようだった。
しかし、ウインドウの枠外での動きなため、何の作業をしているかはよくわからない。
「ちなみに、あれくらいなら、俺も持っているから」
「このストーカー野郎」
「否定はしないよ。ストーカーだし。でも、ちゃんと許可は取っているからいいでしょう」
「だからって」
「君も似たようなものでしょう」
返す言葉がない。確かに、僕もストーカーと言えなくはない。
「……あと、二セクションほどで、君が彼女の弟だったというデータは消える。公的な記録も、私的な記録も、データベースの一切合切から、君が馥業深の弟だったというデータを消し去る」
クソストーカーが視線を上げる。
「当然、データの俺らも影響は受ける。人の記録にも残さないよ。残るのは君の頭の中のみ。だから、姉は妄想ってことになるね」
嘲笑ってくれればよかったのに。
そうすれば、怒りで行動を起こせた。
クソストーカーは神妙な面持ちではなしを続ける。
「でも、安心してよ。彼女が消えた理由は俺が調べるから。俺は少なくとも、君よりは何千倍も優秀で、電脳世界をハッキング出来るし、ハイスペックな追跡AIも作れるし……。万能の天才ではないけれど、二番目の秀才ではあるよ」
発言内容は傲慢で、偉ぶったものだというのに、クソの話し方からはそれが感じられなかった。
「君が俺に勝てる要素はない。甘ったれのゲロ吐きお坊ちゃんは、一生、部屋に引きこもっていなよ」
それは全てが正論だからだ。
間違っている部分はない。
否、クソストーカーの能力を否定したくはあったが、それはできない。
あのハッキングは高度な技だ。そもそも、世界のプログラムに干渉することが難しい。勝手に地殻変動を起こすようなものだ。精々、出来たとしても、木を植えるくらいの、変なエフェクトを発生させたり、色を変えるくらいなのだ。一般人の域は優に超えている。
だから、マウントを取るとしたら、
電脳世界から離れなければならない。
能力に言及してはならない。そんなものは。
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