第三章・後編
「座りたまえ。診察をしよう」
診察室は最低限のものしかなかった。
縦長の寝台とパソコンが置かれたデスク。
それからイスが二つ。
僕は入り口に近いイスに座った。
医者も目の前に座る。
格好はそのままだった。
「ここからは冗談抜きの真面目な話だ」
ペストマスクが近づいてくる。
座高はあちらの方が高い。
そのせいか身体が硬直してしまった。
「口を開けて」
僕は言われた通りに行動した。医者の方は見れなかった。白い天井を見ていた。
「今日、もしかして吐いた?」
三秒もしないうちに医者はそう言った。
僕は驚いて口を閉じた。
「あと、ろくなものを食べていないね。何日食べてない?」
「えっと、ゼリー食べたような?」
「必要最低限以下だ。それは」
医者が肩を落とす。ガチャリと重厚的な音がした。
「身体をスキャンするよ。立って」
僕が立ち上がると、ペストマスクの目から緑色のレーザーが照射された。
本当に中身はどうなっているのだろうか。
この医者はどこまで、何を仕込んでいるのだろうか。
実はアンドロイドだったりするのだろうか。
「ふむ……。健康体とは言い難いね。特に胃腸の働きが乱れている。大きな病気はないが、このまま放置するとよくない。電脳酔い止めもあまりよくない」
「え、欲しいんだけど」
「医者の話は最後まで聞け。電脳世界が苦手な君が、面倒な薬を取りにここまで来るということは相当なことがあったんだろう。それは理解できるが、今の状態での薬の服用は危険だ。吐くより酷い目にあう」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「健康的な生活をしろ。早寝早起き、三食しっかり、栄養バランスの良い食事だ。ところで、何かデバイスは持っているか。出来ればマルチサポートAIつきが望ましい」
僕は端末を見せる。画面には黒いAIが待機していた。
特にこちらに顔を合わせることはなく、右上のバッテリー表示のところをぼんやりと見つめている。
「お、Denierシリーズとは。いい趣味をしている。これであれば何もしなくて良さそうだ」
「……有名なの、これ」
「いいや。ドマイナーAIだ。しかし、世間的にマイナーなものというものは、一部ではホットなものだったりするだろう。これもその類だ」
「ふーん。命令きかないのに?」
「それが愛嬌というものだろう。まあ、安心しろ」
「安心できないんだけど、どこで安心すればいいの」
「これが君を死なすことは必ずない」
「どうして?」
「優秀すぎるAIだからだよ」
望みは叶えてくれないから僕にとっては優秀ではない。
不満を吐き出したい気持ちはあったが、機械的な医者の、柔らかな笑みが空気として漏れてきたように思えたから止めた。
「さて、診察をしめようか。まず、君がすべきことは身体の調子を整えることだ。本来であれば、一か月と言いたいところだが三日だ。三日我慢をして欲しい。これくらいで荒れた胃腸は整うだろう。電脳酔い止めを使用して、あっちに行くのはそれからだ。よって、薬は直ぐにではなく、三日後に郵送させてもらう。これでいいな?」
「……わかったよ」
我慢してやろう。僕は渋々了承した。
「よろしい! では、解散だ! 診察費は百億円」
「え?」
「冗談だ! はっはっはっは」
「はあ……」
もうこの医者には会いたくないものだ。
エネルギーを吸われる感触がする。
けがや病気をしないように、これからは気をつけて生きていこうと、僕は決意をした。
家に帰ってからは、僕は言われた通りに、健康的な生活を心がけた。
朝は六時に起床。
食事は三回、栄養バランスが良いものを食べた……というか、食べさせられた。
いつの間にか、AIが用意してくれていた。指示をしていないのに。
それから、他にも少し腹筋や家の中をウォーキングなど、運動したり、パソコンや端末を触れすぎないようにしたり……。色々と意識をして生活をした。
そうして、十一時には睡眠。かなり頑張った方だと思う。
その報酬はしっかりと四日目の朝に届いた。
電脳酔い止め薬だ。
これで僕はスタートラインに立てるようになったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます