第10話 学校一位の美女、河上沙良

よく「現実はゲームと同じだ」と言う奴がいる。

それに対して「それは違う、ゲームはやり直しがきく」って反対する人もよく見かける。

でもそいつらはわかっていない。

ゲームは現実よりも残酷だから、現実はゲームと同じではない。


「おいカス、早くしろや」

「わかってるって」

「こっちはまだ大丈夫だよー!」


長らく遊ばずに部活勧誘ばかりやってたから先輩が「たまにはゲームをやろうー!」と言ってきて胸が躍ってたけど、今は胸がドロドロと溶けていっているような気分だ。


「そうやるんじゃねえよ、ピックが壊れちまっただろうが!」

「あい、すいません」


さっきまでは「泥棒なんてゲームでもやっちゃダメだよ……」って言ってた奴が、いざ始まったらこれだからな。

これはもう天職だろ智也。


「あー、いや通り過ぎたみたい。焦らずに鍵を解いてて!」

「あまり大声出すな、この尼!」

「お前のほうが声デカいぞ」

「ああ? なんか言ったか!」

「なんでもないです……」


こんなことになるなら、泥棒ゲームを選ぶんじゃなかった。

俺の好奇心は智也に勝てないと実感した。


「……開いたぞ」

「まったく、おっせえな」

「ほら、行くよ後輩」


てかなんで先輩は慣れてるんだよ。

泥棒にもオルタナティブ智也にも。


「おい、あくしろよ!」

「はいはい……」


泥棒ゲーム。その名の通り他人の家に忍び込んで物を盗んでいくゲームだ。

いやいや犯罪をゲームにするなよ。楽しかったら泥棒が増えてしまうかもしれないだろ。

って馬鹿にしながらも少しワクワクしていた。

でも絶対に大丈夫だ。このゲームをやって泥棒になりたいと思う人はいない。

俺は泥棒が嫌いになった。


「はぁ……――――あれ!?」


視界が真っ暗になった。

なんだよ? バグってやつか?


「これでよしっと……」


誰かいる? それにこのにおいは戻ってる?

この真っ暗なのが瞼を閉じていただけだと気づき、俺は目を開けた。


目を閉じて、奥の木の椅子で座っている先輩と俺の右に座っている智也。それと――――知らない女子が俺の左で座っていた。その手首にはリスコンを付けている。

しかもこのリスコンは俺が使ってたやつだ。この女が奪ったのか!


また智也のファンだな。たまにここまで覗きに来るんだ。

それも今回はヘビーなファンみたいだ。智也とゲームの中でも会いたいってやってきたんだろ。


その胸のデカい女は平気な顔してゲームを始めている。よくも悠々と俺の隣で寝られる。無駄に整ったその顔が逆に美人無罪を当たり前だと主張しているようで腹が立つ。

それに自分が美人だからって智也をゲットできると思っているタイプのストーカーだろう。


そんなわけがないだろ。勝手にリスコンを奪っておいて、智也まで取られるなんて俺は許さない。今すぐそのリスコンを返してもらうぞ。


「朔夜、いきなり別のゲームに行ってどうし――――ってその人は!?」


戻ってきた智也の絶句の表情に女の手首を掴もうとする俺の手は止まった。というか変に止められたせいで女の胸の前に手があるから、誤解した智也は余計に顔を引きつった。

あの可愛らしい顔が台無しだ。


「え? え?」

「別にセクハラじゃなくて」

「そうなんだ。えっと、その人は……?」

「俺もよく知らない。てかこの女にリスコンとられた」

「違うって。なんで河上先輩がここにいるの?」


河上? どこかで聞いたことがあるような。

ああそうだ、大野がよく美人な先輩がいるって話してた――――――――テニス部二年の河上沙良だ。


「よし」

「えっ?」


俺は智也のリスコンを奪い、装着。ログインした。智也は何が何だかって感じで困惑しているがすまない。


河上沙良。

あの美人がわざわざここに何のゲームをしに来たのか、俺は気になってしまった。智也はさっき別のゲームに移動したと言っていた。つまり智也に会いに来たわけじゃなさそうだ。何かのゲームがしたくて来たんだろう。


「えっと……」

「後輩君、どうしたの? って伊野?」

「移動します」

「え?」


フレンド一覧から俺の名前を見つけ、すぐにそこへワープ。泥棒姿の先輩が心配していたが、今、俺は探偵なのだ。怪盗猫を追っているのだ。説明している暇はない。


白い空間の中でロードを待って数秒、『テニスゲーム』と視界の右上に移動中の名前が映っている。

空間は暗転し、視界は青い芝の上に広がっていく。


バンバンとボールが地面にぶつかり強く跳ね、凄まじい速さの球がコートに間髪無く飛んでいる。

若干張り詰めた空気を感じる中、やはりそこでサービスをしていたのは俺のアバターだった――――――――近づき難いほどに真剣な面持ちで河上沙良がテニスの練習をしていたのだった。


「後輩、あれって河上さん?」


いつの間にか先輩が隣に立っていた。後輩とこっちを呼んだのだから俺が智也でないことに気づいているらしい。

それはそうとして俺はこの人に河上先輩のことを話していない。


「どうしてわかったんです?」

「まぁ、わかるよ。だってテニスうますぎるし」


先輩は飛び交うボールを眺め、見事なサービスだなと驚いている。

そういえば河上先輩はテニス全国ベスト8位だって大野が言ってたな。

この学校で一番テニスがうまい人は河上先輩しかいない、あんなサービスを放てる人は一人ってことか。


「すごい気迫だね」

「そうですね」


全国クラスとなるとあそこまで殺伐としているものなのか。さすがスポーツ選手だな。気合の入り方が常人離れ過ぎる。

それに動きが綺麗なのか、目が離せない。大野が恋する気持ちもよくわかる。


あ、こっちに気づいた。

河上先輩は手を止め、臭いものを嗅いだのかって顔をしてこっちを見ている。


「実践ってできるのかしら? あとこの見た目ダサすぎなんだけど」


うん。やっぱり美人無罪お化けだ。

あんな顔していたのは俺のアバターのせいだったのかよ。最近変えたばかりで気に入ってたのに。


「できるよー! ほらこっちこっち!」


先輩は会場までのワープゲートの前でにこやかに手を振っている。

勝手に入ってきたのにプレイさせてもいいのかよ。

そんな違和感もお構いなしに、二人は俺を置いて会場に行ってしまった。


33勝4敗。さすが全国クラス。

初めてテニスゲームをやったとは思えないほどに強い。

それにいつの間にか周りはこの観戦席人だらけだし、観戦者数が千人以上って右上に映ってる。俺のアバターだからちょっと複雑な気持ちなんだけど。


「橋本さん! もう終わりにするから出かた教えて!」


突然、話しかけたせいで周りの人たちが一斉に俺と先輩を見つめた。

女性河上ファンは「橋本って誰よ!」と先輩のアバターを確認するとなんか焦ってる。女性ファンよ、中身は同性だ。でもちょっと俺のアバターでモテてるは、自分がモテてるみたいで嬉しい。


まぁ肝心の俺のアバターはすっごい嫌な顔してるけど。

悪かったな、ダサい見た目で。


「橋本さん、早くして!」

「橋本? 私はエリザベートです」

「……エリザベート、ファンが煩いから早くして!」


そここだわるところなのか。よくわからないな。


河上先輩はチャットでログアウトの仕方を橋本に教えてもらい、無事に現実世界へ戻った。

そのことを確認し、俺もまた戻った。


「……」


目を開けるとしょぼんな顔をして寂しがっている智也が立っていた。

そんなに時間経ったかと確認するまでもなく保健室は薄暗く、もう外は夕暮れだった。


「……なにがあったんだって! 朔夜!」

「そんなに肩を揺らすな、酔うから」

「だって! 僕だけずっと――――」

「じゃあ、明日も来るから」


冷徹な声が俺と智也の会話を引き裂いた。

今なんて言った。俺たちは固まって平然に保健室の扉へ歩いていく河上先輩を見つめた。


「ってことは部活に入るってことだよね! はい、これ書いて!」


そんな俺たちとは違い、先輩は驚くことなく微笑んで部活動入部の用紙とペンを渡そうとしていた。


ただその声に河上は振り向かなかった。その姿勢の良く、すらりとした後姿をこちらに見せたままだった。


「書かないわ」

「え?」

「しばらくの間、お世話になるだけだから。じゃあまた明日ね」


その女はそう言い残し出ていった。

あまりにもわけのわからない言動に先輩は笑ったまま立ち尽くしていた。

俺たちはそんな先輩にかける言葉が見つからず、ただ片づけを始めた。



――――後書き――――

久々に書いてみた。

この次の章でバトルがあるんだけど、それがやりたくて進めてる。


この部活勧誘編は長いし、VR要素そこまでないよ。でも青春要素はたっぷりです。


あとこの10話まで投稿時間で遊んでた。

リアルで全部読んだ人はもう立派なヘビーユーザーだ。君には古参になる権利を与えよう。


だから90年後くらいまで長生きしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モルテヴィタ 大神律 @ritu7869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ