第8話 青春の夕焼け
もう3万文字くらいの出来事があったはずなのに、俺がVRゲームをやった回数はたったの一回だ。
それなのに、この腕輪のようなコントローラーの操作方法を覚えている自分は、物覚えが結構いいような気がする。
「おお、懐かしい」
鮮やかな青い空、心地よいそよ風、遠く限りなく続いてるであろう平原。
確か名前はXP。仮想世界に入ったらまず、ここへ飛ばされる。
自然っていいよな。
「朔夜君どこ……?」
「ここにいるぞ」
「うわ……何その服……ダサい……」
「お揃いだな」
「え……ほんとだ……」
白シャツにジーンズ、初期アバターと言われているらしい。
智也が俺を見つめ、着替え方を教えてほしいと懇願しているが、これはどうしようもないんだよ。
俺もどうやって着替えればいいのかわからない。
「まぁ気にするな。ゲームが始まれば勝手に変わってるから」
「え、ええ……だれかに脱がされるってことですか……?」
「そうかもな」
「え、ええ……」
できることなら俺が脱がし―おっといけない。
智也は男だった。
惑わされるな。
「今から何をするんですか……?」
「そうだな……」
コントローラーをポチポチして、出てきたな。
空中にいくつかのゲームのタイトル画面が表示された。
ファンタジーRPG、FPS、SASAKE……英語よくわからん。
あ、グランドイリュジオン。
これでもいいけど、この前やったしな。やっぱり別のゲームをやりたいな。
「あ、あの……これなんですか?」
「これはバスケットボールだな。たぶん」
「そうなんですか……」
「やりたいのか?」
「い、いや……ゲームの世界でも現実にあるスポーツがあるんだなって……」
言われてみればそうだな。
バスケがしたいならゲームの中でやる必要ない。
今の時代、少し歩けばコートなんていくらでもあるし。
「ん?」
「……」
「バスケがしたいのか?」
「バスケが……したいです……」
「じゃあやるか」
本当は“超絶料理シミュレーション、ブララ!”をやってみたかったけど、智也があんなに目を輝かせてタイトル画面見つめてたら敵わないな。
俺は“バスケットボール”のタイトル画面をタッチした。
バスケットボールというのは団体競技だ。
チームの全員が力を合わさなければ勝利はないはずだよな。
少なくても俺が読んだ漫画ではそうだった。
「そのはずだよな……」
「Fooooooooooooooooooooooooooooo!!!」
33-4。
全然、点が取れない。
それだけならいいんだ。
でもこれは違うだろ。
「どうしたんだよ。てめえはカスだな!」
「あ、うん」
一人だけで得点しまくれるのは違うだろ。
シュート成功率91%だし。
ゲーム崩壊も甚だしい。
「かかってこいよ。雑魚野郎!」
「あ、はい」
いや本当は違うかもしれない。
俺の戦意が無さすぎるせいでこうなっているのか。
いやでもさ、それでも俺は悪くないと思うんだ。
「い、いくぞ」
「っふ! のろまな奴だな!」
あ、ボール盗られた。
アイツは尋常じゃない速さでコートを走っていく。
「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
すでに俺の言いたいことに見当がついている人もいるかもしれない。
だがもう一度考え直してほしいんだ。
「Fooooooooooooooooooooooooooooo!!!」
喉が引き裂かれるほどの奇声を上げながらゴールを破壊しようとする衝撃でダンクしたこの黒人の大男。
―こいつが智也だということを。
「ほらほら、早くボール取ってこいや雑魚!」
「あ、うん」
智也君、ゲームやると性格変わるタイプだったんだ……。
てか怖すぎる。
中指立てながら叫んでるんだよ。
あれ誰だよ、智也だよ―嘘だろ。
「い、いくぞー?」
「オラァ!」
「あ……」
笛吹かれた。
智也が俺のボールを無理に取ろうとしてファウル取られた。
「いまのどこがファウルなんだよォオオオオオオオオオオオオオ!」
いや、ほぼタックルだったぞ。
ゲームだから良かったけど、現実だったら大怪我してたからな。
「てめえの眼は節穴かァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?」
「あ……」
テクニカルとられた。
しかもこれで二つ目だ。
つまりこれは―退場―を意味している。
「やめろや! 離せええええええええええ! てめえの家に火つけてやる!」
「いや、ほんとに誰だよ」
その後の試合は俺とコンピューターVSコンピューターだった割には熱戦になり、延長までもつれ、最終的に俺は負けた。
なお、コンピューターの一人もテクニカルで退場してたけど、そこには触れないでおこう。
ゲームのいいところは筋肉痛にならないことだろう。
あれだけ激しく動いた後なのに、身体は全然軽い。
俺たちのボクシング。
グランドレス・ベースボール。
ワイルドピース~海賊王を目指せ~。
他にもあるが、どれにするかな。
「あ、あの……」
「ん? どうしたんだ智也様?」
「そ、その呼び方やめてよ……」
顔を赤らめて両手で隠している智也。
バスケが終わった後、さっきのことが嘘みたいに人格は戻ってた。
あのままだったらどうしようかと思った。
それにしても、かなり気にしているみたいだな。
「お、これなら……」
「え、カラオケですか……?」
おいおい、VRゲームの世界でカラオケとかありえねえよ。
と思っている人もいるかもしれない。
でもバトルばっかじゃ気が休まらないこともわかるだろ。
というか、ここはとりあえず歌って智也の気持ちを切り替えさせたい。
別に激しい運動を含むゲームで智也がグレまくるのが恐いわけではない。
断じて違うぞ。
「よし、ポチっとな」
俺は“ザ・カラオケ”のタイトル画面をタッチした。
高校生でなくてもカラオケで遊ぶという人は多いと思う。
みんなで歌って盛り上がったり、友達とかの好きな曲を知ったり、ただポテトを食べながらダベったり、いろいろ楽しめる。
俺もその楽しさを熟知していたから、智也にカラオケしようと誘ったわけだ。
そんな30分前の自分が目の前にいたら、この壊れかけているタンバリンで頭を何発も殴ることだろう。
「ka-buuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuunnnnnnnnnn!!!」
ゴリゴリのロック。
しかも外国の。
「My friend's girlfriend's wheezing sounded like a chicken clucking!」
「英語分からねえ……」
さすがにああやって叫んでいる智也に慣れつつある。
だから別に発狂するのはいいんだ。
だがな、誰が望んでこの空間に行きたいと思うだろうか。
逃げられるなら逃げたい。
「War is a daily occurrence. You can't see the sun on the other side of the world!!!」
「おー」
とりあえずタンバリン叩いとくか。
智也のデスボイスすごいし、あれもゲームの世界だからできることなのかもしれないな。
「Fight, fight, fight and take back your soul!」
「ふぁいとあんどいっぱつー」
この後もカラオケは続いた。
智也は底なしの体力で高難易度のロックばかり歌い、その隙間で俺はバラードと演歌を歌った。
本当は俺もアップテンポの曲を歌いたかったが、誰かのせいで激しいドラムの音がトラウマになっていてできなかった。
さてここに戻ってきたのも三回目。
ゲームらしいゲームはしてない気がする。
その割にはドロドロのビーフシチューくらいの濃厚な時間を過ごしているな。
「次で最後にするか」
スターフェニックス。
ドドリアンレスキュー。
どたばたメモリーズ。
……恋愛シミュレーションゲームとかあるのか。
ちょっと興味あるけど、一人しかプレイできないみたいだ。
先輩いないときにこっそりやってみるか。
「あ、あの……」
「どうした?」
「こ、これ……やりたいです……」
「しゃすーるせれヴぉ?」
難しい英語で書いてあるからよくわからんが、絵を見る限り、戦闘機で戦うゲームか。
魔法と戦闘機の融合とか映されてるけど、なんのこっちゃ。
「だ、だめですか……」
「うっ!」
そんな目で見るな。
耐えろ。
なんだかんだ俺のやりたいゲームやってないぞ。
「だめ……?」
「っく!」
あんなことがあったのに。
智也の本性を知っているのに、なぜだ。
なぜこんなに……。
「わ、わかりました……あきらめま―」
「やろう。」
「え……?」
「やるぞおおおおおおおおおお!」
「は、はい……!」
やっぱり男の娘って最高だな。
本当は美少年だけど。
この後、俺と智也はめちゃくちゃ弾を撃ち合った。
だんだん視界の黒色が透けていく。
「ふぅー!」
ボロボロの天井、皮の禿げているソファ、窓からはオレンジ色の光。
だいぶ遊んだな。
「も、もどってきた……!?」
智也がびっくりして飛び跳ねた。
そんなに違うか?
あんまり感覚変わらないけどな。
「あ、あ……!?」
すごい驚いてるな。
智也に初めてクソ野郎と言われた時の俺よりも驚いている気がする。
「朔夜君、ご、ごめん! 時間だから!」
「ちょっ……」
「ごめん……!」
瞬く間に智也はこの保健室を出て、廊下を走っていった。
軋む床の音がだんだん遠ざかって響き、耳に入るたびに虚しさが募っていく。
これが帰っていくシンデレラを想う王子の気持ちなのだろうか。
「いかんいかん、しっかりしろ」
ふぅ……。
そういえば、塾があるとかなんとか言ってたな。
だからあんなに焦っていたのか。
もう日が暮れてるしな。
「俺も帰るとするか」
「見つけた……」
「え?」
「まさかここにいるとは思わなかったなー!」
あ、そういえば先輩のことすっかり忘れてた。
やばい。
「なにしてたのかなー?」
「い、いや、なにも、いや」
「その手首に付けてるのは何かなー?」
先輩がニコニコしながら迫ってくる。
それはまったく怖くない、先輩自体は小さいから。
「んー? そんなに震えなくていいんだよー?」
「は、ははは……」
俺がガタガタと震えているのは先輩ではないんだ。
本当に怖いのは強烈な殺意と愛情がこもっている、先輩が振りかぶっているもの。
―看板だ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
学校の怪談がもう一つ増えた。
やっぱり学校ってクソだな。
少し遊んだだけなのにあの先輩からこんなに怒られることになるとは。
先輩が怒鳴るたびにギシギシ床が鳴く。
「聞いてるんですかー!」
「はい……」
とりあえずその手に握っている看板を置いてほしい。
もう十分反省したから。
でも恋愛シミュレーションのやつは気になってるけど。
「はぁ……しっかりしないといけないよ」
「すいません」
先輩がこんなに叱ってくる人だとは。
いつものことあって、変人でしかないと思ってたから。
「おや?」
看板を床に机に置いて、窓のほうへ歩いて行った先輩。
ようやっと説教が終わったようだ。
俺は胸を撫でおろしながら痺れた足を応援しながら立ち上がる。
「でも……ごめんね……」
「え?」
か細く、擦り切れそうな声だった。
さっきまでの力強さが嘘のように、やつれた顔で下を向いている先輩が窓際にいる。
いつも元気な先輩がなんで。
「……どうしたんですか?」
息を吞んで先輩に聞く。
「……」
だけど先輩は俺と目も合わせず、ただ俯いている。
暗くて表情はよく見えない。
「……後輩には言わないとだよね」
「え?」
ゆっくりと先輩は顔を上げ、俺を見つめた。
両手を握りしめ、歯を食いしばり、身体を震わせている。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……」
俺が心配して声をかけると苦し紛れに先輩は声を出した。
その後、先輩は握った手を開き、上を向いて零れそうな涙を堪える。
そして、いつもの顔で俺を見ながら、先輩は口を開いた。
「VR部無くなっちゃうんだー」
その言葉が嘘のように先輩は笑っていた。
俺にぶつかってくる夕焼けの眩い光は、日陰に入ってしまう先輩を照らすことはできない。
それなのに空気を漂う埃を反射させて、煌やかに思わせてくる。
そうして満たすのは、なだらかな静寂。
何も鳴らない旧校舎の保健室。
――――後書き――――
部活と言ったら終わった後の「あー終わったー」感。
友達と清々しい気分になりながら夕方を歩くんです。
これを読む大人たちよ。そんな日々があっただろう?
あるいはその後も残って部活に打ち込むのもある。
だいたいそういう奴がモテてた。
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