第7話 美少年と女の子、そしてオネエ

普通の学生生活は何だろうか。

例えば昼休み。

友達二人と適当に話しながら弁当を食べる。

これはおそらく普通であり、充実した生活なのだろうと俺は思う。

普通というものがつまらないともよく言われるが、現に楽しいのだから関係はない。

でも心の隙間には何かが覗き込んでいるような。

それが気になるのが気持ち悪い。

「どうかしたんですか……朔夜君?」

「いや、別に」

「ははん、愛しの先輩のことを考えていたんだろ?」

「愛しの先輩……彼女がいるんですか?」

「違うぞ!」

ニヤニヤするな祥平。

そして疑問に思うことはないぞ智也。

「じゃあ勉強のことだな。この前の模試ひどかったもんな」

「お前も言えた口じゃないだろ」

「そう言われると辛くなるな」

「ん?」

俺と祥平は疑問に思った。

なぜ智也は苦笑いしている。

何か気を遣うことでもあるのか。

「智也、この前の全国模試受けたよな?」

「え、えっと……」

「結果は……どうだったんだ?」

俺と祥平は智也に迫っていく。

自慢ではないが、俺たちは勉強が全然できない。

中学の時は赤点常習犯だった。

そのたびに頭の良かった渡部や坂上から痛い目で見られてきた。

あの突き刺ささる視線、チラチラと目を逸らし。

なんか智也、似てるな。

「237点でした……」

「……?」

顔を赤らめながら佐藤は口を割った。

なるほど、237点か。

5教科それぞれ50点の模試だったよな。

かなり高得点だ。

なのになぜだ。

「なぜ顔を隠す?」

「いや、恥ずかしくて……点数……低いし」

さっきから俺たちは気になっていた。

女子らが智也のことをよく見ているなと。

まぁ転校生だし、隣のクラスの女子だって見に来てもおかしくはない。

でも待て。

おかしいよな、女子だけなんだよ。

「智也君、可愛くない?」

「わかる、よく見るとイケメンだし」

あっちで弁当を食べている女子ら。

「あの子が転校生、小さいな」

「子犬みたいで撫でたくなっちゃうね」

廊下から覗いている先輩方。

「こらこら、そんなに廊下で固まってたら邪魔になるでしょ!……智也君……」

いや、先生お前もか。

どうやら智也はイケメンらしい。

いや、美少年という感じか。

確かにちょっと可愛いところも……いかんいかん。

「こらー! どいてー! 後輩ー!」

「やっば、隠れないと!」

あの声は先輩だ。

もう来たのかよ、まだ昼休みは始まったばかりだぞ。

机の下か、それとも掃除ロッカーの中か。

嫌ダメだ、それは昨日見つけられた。

「そんなに焦ってどうしたんですか……?」

「それは決まってんだろ。面白いものが見れるぞー」

くそ、どこに隠れる。

もう無理だ。

あのゴモラみたいな足音がすぐそこまで来ている。

このままじゃまずい。

「……?」

「そうか、それなら!」

昼休みは学生にとって貴重な時間。

友達と話したり、遊んだり、机に寝込んだり、読書してるやつもいる。

そして好きな子を見つめている女の子だっている。

時として恋は何もかもを超越するだろう。

そうだよな、智也!

「……え?」

「後輩ー! 迎えに来たよー! ……あれ?」

どうだ先輩。

これならあきらめるはず。

「なるほど、そうきたのか。さすがだぜ」

「話しかけんな」

先輩もやはり女子。

イケメンには憧れがあるはず。

厳密には子犬系ってやつだけど、四捨五入すれば同じだ。

俺は智也を盾にした。

「あの……朔夜君……くすぐったいんだけど……」

「我慢しろ」

「えっ…はふ…むり……だって…ふはん……」

どうだくすぐって顔を赤らめさせる作戦。

これには先輩も見惚れざるを終えないだろう。

「なにしてるの後輩、いくよ!」

「マジかよ」

そうか。

先輩は恋よりも部活。

そんなにVRゲームが好きなのか。

やっぱり俺は逃げられないってことだよな。

「おー、やっぱりダメだったか。看板持って引っ張ってたなー」

「なんで……看板なんですか?」

「ああ、部活の勧誘だよ」

「はぁ……?」

智也の初めて浮かべたポカンとした表情は、女子たちの心を射抜いていた。


いつものように中央廊下で勧誘しているのだが、いろいろと言いたいことがある。

一つは看板が重いということ。

ずっと持つのはキツイし、通っていく人は看板を見たとしても碌なことは書いていない。

二つVRゲームをしていないということ。

俺はVRゲームをやりたくて入部したのに、勧誘ばかりしている。

三つは智也が邪魔だということだ。

というか智也の周りにいる女子が邪魔。

「なんでだ?」

「いや、それは……」

「なんでもいいでしょ、それよりも声出してー。VRゲーム部入りませんかー!」

別に智也を責めているわけではない。

智也は何も悪いことはしていないからな。

悪いのは先輩のほうだ。

「あの智也君だっけ、ちょっと手伝ってもらってもー?」

「で、でもそれは……」

「はぁ……」

俺は後悔している。

隠れるべきだったのは俺じゃなくて智也だった。

どうせ俺は見つかるとわかっていたし、そのあと昨日と同じように勧誘するだけならまだマシだった。

「ちょっと! そこの女、智也君に触らないでくれる!」

「そうよ、そうよ!」

まさか先輩が智也を誘拐するだなんてな。

「あーうるさいなー!」

「先輩のせいだっての」

確かに智也は今、全校の女子から注目を集めているだろう。

だからいい作戦だと思ったよ。

でも見ているのは智也だけ。

俺たちじゃない。

もう看板下ろしたい。

「ね、ねぇ朔夜君……」

「なんだ?」

「僕……帰っていい?」

「いい―」

「ダメだよ! 智也君いないと女子も帰っちゃうし!」

「す、すいません……」

ここまでくると先輩はもう、怪物だな。

必死すぎる。

このままじゃ転校したばかりの智也がこの学校を嫌いになるぞ。

そしたらVR部はおしまいだ。

「あ、チャイム……」

チャイムの音には女子生徒も勝てなかったようだ。

群れも渋々自分の教室に帰っていった。

「あー……いっちゃった」

「終わった……」

きつかった。

生き地獄とはこのことか。

「うーん、結局女子の声ばかりで、私の声全然聞こえてなかったかな。この作戦もダメかー」

「あんた女子ならわかるだろ」

「確かにそうかなー……うーん」

「あ、あの……」

「ま、いっか。とりあえず放課後もやるから来てね後輩、それじゃー」

「ふぅ……」

ようやっと去っていったか。

はぁ、肩が凝るな。

「て、手伝おうか……?」

「いや、大丈夫だ」

この看板、重心が狂ってるから変に扱うと怪我しかねない。

こんなものどうやって作ったんだ。

「た、大変だね……」

「まぁ、そうだな」

智也は優しいな。

これはモテるわけだ。

「部員は何人集まったの……?」

「えーと、俺一人か」

「そんなに人気ないんですね……」

「まぁそうだな」

個人的には勧誘の方法が悪い気がする。

体験入部すら来ないからな。

「あの、その……」

「なんだ?」

「なんで朔夜君はVR部に入ったんですか……?」

「え?」

顔を俯かせたまま、智也が聞いてきた。

「なぜって、それはVRゲームが楽しかったからだな」

「そ、そうなんですか……」

「まぁ最近してないけど」

勧誘ばかりさせられるのはな。

この看板を何度投げ捨てたいと思ったか。

「……はぁやりたい」

久々にゲームしたいな。

どうしたらやらせてくれるんだろ。

「……体験入部か」

そうだ。

俺がVRゲームをしたきっかけは体験入部だった。

いや、だけど勧誘しても引っかからないから結局ダメか。

勧誘するしかないのか、くそ。

「あ、あの……どうかしたんですか?」

「いや、別に」

「でも……ゲームしたいって……」

「あれ?」

聞こえてたのか。

疲れたせいで、声漏れてた。

でも真っすぐな瞳が、つぶらな瞳がやめろ。

本音を言えと誘うな。

「……まぁ勧誘ばっかだから」

「そうなんだ……」

負けた。

あんなの耐えられるわけがない。

「あ、あの……」

「ん?」

「もしよかったら、体験入部しよう……か?」

うわあああああああああああああああああああああ。

惚れてまう。

男でも可愛いと思ってしまった。

こ、こんなの断れるわけがない。

「オネガイシマス」

「え、あ、うん」

母さん。

俺は女の子かもしれない。

たぶん、わかってくるよな。


チャイムが鳴って五分後の放課後の教室、そこまでの廊下を全速力で走る女子。

「あれ、後輩は?」

「あ、看板先輩。」

教室を出てきた祥平がVR部部長こと、美晴に気づいて声をかけた。

「あれ、智也きゅんは?」

「どっかいったぞ」

どこからか来た女子生徒たちに返答する祥平。

女子生徒たちは嘆きながら去っていった。

「もしかして後輩逃げた?」

「そうかもしれないっすね」

「どこに?」

「いや、それは知らないけ―ちょっと!」

にこやかになった美晴は突然、祥平に締め技をした。

その顔色はだんだん青くなっていく。

「走れメロスって知ってるよね?」

「い、いや、で、でも拷問ですって!」

「君は後輩の親友だったよね?」

「た、たぶんアイツ来ないって!」

「だったら代わりに生贄になってもら―」

「ちょ、ちょっと待った! あれ、あれを見ろって!」

祥平は教室の中を指さす。

そこにはなにも置かれていなかった。

しかしそれで美晴は技を解いた。

「それなら早く言ってくれればいいのに」

「はぁ、はぁ、それは知らなかったからで―行っちゃったよ」

何も置かれていないということは看板がないということだった。

すなわち、勧誘をしにいったということだろうとポジティブな美晴は考えたのだろう。

「あ、あぶなかった……」

「おい、邪魔だ。どけよ」

「あ、悪い」

廊下を全速力で走っていく女は、そのまま校内を三周した。

その間、一切スピードは落ちてはいなかった。


――――後書き――――

最近はジェンダーに厳しいから性別はちゃんとしないとダメだよ!

でもな、それは有名人ならだ。

残念だったな。俺は無名だ。バレやしない。


無名とは時としてやりたい放題なのである。


なお、全然差別的な内容ではなかったです。証拠はこの文章、何回も読んでみてください。そしたら視聴回数稼げるんで。

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