第6話 ラケットと孤独と液晶の看板

俺の名は伊野朔夜。

どこにでもいる高校一年生だ。

という自己紹介はもはやできなくなってしまっている。

「VR部どうですかー!」

「……」

眩い朝日。

鞄を持って俺と同じ学生が入っていく高校の昇降口の前。

そこに学校に一人はいるであろう可愛げな先輩。

「VR部、賑わってますよー!」

その隣に俺。

「……はぁ」

液晶の看板を手に持たされている。

モニターには『VR部楽しいよー!(男子部員一名)』と書いてある。

ああ、画面を割りたくて仕方ない。

「もう、真面目にやってくださいよ!」

「こっちのセリフだ!!」

この前はアルミ、昨日はナイロン、今日は液晶。

そういうことじゃないって言ってるだろ。

なんで看板にこだわるんだよ。

「そんな怖い顔してたら部員が集まないよ」

「……ああ」

チャイムが鳴った。

「あー、もう時間。この辺にしよっか」

「ソウデスネー」

俺があきれ果てていたのは先輩だけじゃなかったようだ。

無限ともいえる長い時間がようやっと終わり、淀みきった空気を口から吐き出すと肺が澄んでいく。

「ようやっといい朝にな―」

「あ、昼休みはあっちの廊下でね」

やっぱり看板は重い。

そうか、昼も勧誘あったんだっけ。

でもサボっちゃお。

「―迎えに行くからね」

先輩の笑顔。

それを俺の頭に刻みつけてから先輩はルンルンと中に入っていった。

ああ、もうあれから俺は逃げられないのか。

その絶望感に打ちひしがれながら、俺も学校に入る。

「やっぱり、VR部に入るんじゃなかった……」

靴をしまい、廊下を歩き、階段を上る。

そして角を曲がって教室。

あ、看板がつっかえた。

「今日は液晶ときたか」

「なんだよ」

ニヤニヤしながら待っている祥平。

面白がりやがって。

「はぁ……」

看板を教室の後ろに置き、席に座ってカバンを机に置く。

カバン、お前は看板よりも軽い。

だけど時間はゆっくり進むものだった。

「あー、昼休みくるなー!」

「おー、これは昼練のことだな?」

「黙ってろ!」

共感すれば仲良くなるとかそんな心理があったような気がするが、それは間違いだ。

もし合っているなら祥平は俺に共感していないどころか、馬鹿にしているだろ。

「……あってんじゃねえか」

今日も変わらず憂鬱な学校生活。

担任の教師がガラガラと教室に入ってきて、始まろうとしていた。

だけど今日は少し風変わりかもしれない。

「転校生の佐藤君です。みんな仲良くしてあげてね」

「えっと、よろしく……」

今四月だぞ。



昨日は寒かったような、でも今日は熱い。

春は暖かいものではなく、寒いか熱いかのどちらかだろう。

特に四時間目のテニスの授業は最悪だ。

この少しでも見たら殴りかかってきそうな凶暴な日差しと、背中がくっつきそうなほど腹が減った状態でのテニスは灼熱の地獄だろう。

やっぱり地獄は現実にあるわけだよ。

「おいおい、そんなもんかー?」

「ああ、違った。この熱さはお前のせいか」

「松岡修造ってことか?」

自分の所属する部活の競技を体育でやるとき、大体反応は二つに分かれる。

一つは「俺……そんなにうまくないから」と遠慮がちな奴。

そしてもう一つは。

「もっと熱くなれよ!」

あの言葉は挑発だったのだろうか。

ともかく俺はテニスボールを祥平の顔に投げつけた。

「おい、テニスだって! 野球じゃないだろ!」

「知らねえよ!」

あれ、ボールがないな。

ならば仕方ない。

「え、お前マジかよ?」

「最初からマジだ」

逃げていく祥平。

俺はあれに狙いをつけて、ラケットを振りかぶる。

よし、ここだ!

「待った方が……」

「!?」

耳元から囁く声が。

なんだなんだ。

握りしめたラケットが滑り落ちる。

「何してんだ大野!」

「やべ!」

体育の野村が戻ってきた。

祥平が怒られてやがる、ざまあみやがれ。

って俺も危なかったな。

あの声が無かったら俺も怒られてたぞ。

ん、声?

「……うわ!」

すぐ真横に知らない顔が。

一体いつからいたんだ。

あれ、体操着来てる。

こんなやつ、うちのクラスにいたっけ。

「あ、ごめん……」

「え?」

声小さいな。

ずっと下向いてるし。

なんかよくわからない奴だな。

「よし、お前ら二人組作れ! デュオの試合をするぞ!」

「うわ!」

野村のデカい声がもっと大きく聞こえて、吹っ飛ばされそうだった。

やはりモンスター教師、野村なのか。

もしかしてこれってVRの中なんじゃ?

あれがゲームの世界にいても違和感は全くないな。

「おーい、朔夜ー! デュオ組もうぜー!」

「絶対に嫌だ」

走ってきた祥平に落ちていたテニスボールを投げつける。

普通に避けられた。

「なんでだよ?」

「お前とテニスしてもつまんないんだよ」

「上手すぎるからか?」

「……下手すぎるからだ」

このままお前とやっていたらテニスまでも嫌いになる。

別にそれでもいいが、原因がお前だということが許せなくなるだろう。

「じゃあ誰と組むんだ?」

「そうだな……」

最近仲良くなった奴ももう組んじまってるか。

うーん、どうするかな。

「ん?」

「え……」

「そこの……名前なんだっけ?」

「えっと、佐―」

「おいおい、今日転校してきたばかりの佐藤だぞ。忘れたのかよ?」

転校生だって。

しかも今日だと。

今四月だぞ。

「さ、佐藤……です」

「下は?」

「智也……です」

さっき助けてくれた佐藤、覚えよう。

ちょっと頼りないが、佐浦と組むか。

「よし、佐々木。いっしょにやらないか?」

「えっと……佐藤です……別にいいですよ」

別にって。

まぁいいか。

「ん?」

祥平が俺たちのこと、目を細めて睨んでるな。

気持ち悪いし、なんなんだ。

もしかしてそういうことか。

うちのクラスの男子生徒は14人だったが、佐藤が入ってきて15人。

あーそういうことだよな。

「あれ、どうしたんだ祥平君? 早く君も誰かと組なよー」

「わ、わかってるぞー?」

「テニス部だもんな、人気あるからすぐ組めるよなー?」

「いやでも、上手いから。みんな気を使って……」

「そうかー?」

「朔夜君……可哀そうだよ」

ああそうだよな。

佐藤、可哀そうだよな。

俺が。

まだまだ煽ってやる。

「ほら、早く組んで来いよ?」

「そ、そういえば、うちのクラス奇数だよな、男子?」

「そうだな。でもお前はテニスうまいから関係ないんだろ?」

「っう!」

「朔夜君……その辺にしなよ」

佐藤、お前は来たばかりだから知らないかもしれないが。

祥平は日ごろから俺を馬鹿にしすぎてるんだ。

こういうときにやり返さないと。

「そ、そうだぞ。うまいからな。うまいから一人でも関係ないんだよ!」

「うわ、開き直りやがった!」

「おい朔夜、俺を下手くそだと言ったこと後悔させてやる!」

「上等だ、かかってきやがれ。その顔面にボールぶつけてやる!」

こうして俺と祥平のテニス対決が始まった。


祥平は五歳からテニスを始め、かなりの腕がある。

確か、中学で県大会優勝してたっけな。

普通に考えれば俺には勝ち目がない。

しかし、こっちは二人。

二対一ならさすがにこっちのほうに分があるはずだ。

そうだよな、佐島!

「……え、顔に何かついてる?」

やっぱりちょっと頼りないな佐上は。

だが人数は兵法の基本だろ。

「おいおい、もしかして二対一なら俺様に勝てると思ってるのか?」

「ん?」

「それは浅はかすぎる考えだぞ」

うわ、ムカつくな。

祥平のやつ調子乗りやがって、ボコボコにしてやる。

「いくぞ、佐々倉!」

「さ、佐藤です……」

「こいや!」

握りしめたボールを空高く投げあげる。

初心者あるあるのタイミング外してボールを空振るだなんてことはない。

一時期、『テニスの王子、佐摩』に憧れていたからな。

「くらえ!」

鋭く風を切る音を立ててながら、ボールはラインぎりぎりに向かって行く。

漫画でもサーブが一番大事だって言ってたからな。

「甘いわああああああああ!」

「なにぃ!」

読まれていたのか、祥平は軽やかに俺のゴルゴル号サービスを返す。

しかも際どいところ、ネットの前のギリギリにボールは走っている。

「佐々海!」

「う、うわ……!」

やられたか。

あんなボールわかっていても返せるようなものじゃない。

それを転校してきたばかりの佐村にやってくるだなんて。

「汚いぞ!」

「最終的に勝てばよかろうなのだ!」

アイツが余った理由がその言葉に詰められている。

ここまで必死にやるとは。

プロ意識ってのはないのかよ。

「次はこっちから行くぞ!」

「ルール守れよ!」

「ルールは破るためにあるだろ!」

もう無茶苦茶だ。

そのサービスもやはり無茶苦茶で、ボールが獲物に襲い掛かる鷹のように落ちてきたと思ったら、直角に曲がっていった。

「うわ!」

「っふ……」

「大人気ないぞ!」

「だったらなんだ?」

ああもう怒った。

絶対に倒す。

実力差とかどうでもいい。

「おい、佐間巻。絶対に勝つぞ!」

「……佐藤です」

ボールを潰してやりたいほどの怒りとともに握りしめ、俺は青い空に浮いている灼熱の太陽を見上げる。

そして決意を込め、ボールを投げあげる。

「待てよ。」

「え?」

「そっちはデュオだからサービスは佐藤だぞ」

そういえばそうだった。

ここで「ルールなんか関係ねえ」と言おうものなら俺は自分の頭をサービスとして飛ばすところだろう。

「佐内、ほらボール」

「あ、ありがとう……佐藤だけど……」

ボールを渡した瞬間、佐和の形相が変わったぞ。

下ばかり向いていた佐場が上を向いて目を輝かしている。

「よし、佐々浪! いけ!」

「う、うおおおおおお……!」

「あの構えは、こいつできる!?」

ボールは天高く舞い上がる。

佐々野の子供のような瞳にボールが映り、身体を大きく開く。

この感じ、見たことあるぞ。

間違いない、祥平が憧れている錦古里のサービスだ。

「お、おりゃあああああああ!」

「なんだと!?」

ボールが消えた。

いや、まさか。

俺と祥平は目を合わせた。

「フォルトだな」

「あ……」

やっぱり初心者だったか。

サービスのボールを空振ってた。

「ご、ごめん……」

「いや、気にするな」

「う、うおおおおおおおお……あ!」

これは酷い。

サービスのモーションとかボールの高さとかが格好いいだけに、酷い。

「あ、ははは……」

何度も何度も繰り返すが一回もボールに掠ることもない。

これは重症だ。

いや、初心者ならそういうこともある。

「ごごご、ごめん……!」

「教えようか?」

「えっと、その……」

「気にするなって」

「俺も付き合うぜ!」

その後、運動音痴の佐藤にサービスの仕方を頑張って教えた。

授業の残り四十分すべてを犠牲にしても、智也はサービスをできるようにはならなかった・

こんなに時間をかけたのにラケットにボールが掠るようになっただけだった。

でも俺たちは肩を組んでそのことを喜んでいた。

「やったな、智也!」

「掠るようになったな!」

「うん……ありがとう……」

あれだけ熱かった昼のテニスコートも溢れ出る涙と流れた汗で涼しくなっている。

ああ、いい時間だった。

「……」

チャイムが鳴った瞬間、早く流れていた時間は止まったように感じた。

昼休みだ。

汗と涙が凍るくらいの寒気に俺は襲われていた。



――――後書き――――

タイトルは完全にぼっちざろっくから来てます。はい。


今回はゲーム要素が皆無というね。ギャグ回。

ええ、ギャクは楽です。楽しいです。


僕が好きなのはギャグの中にシリアスを混ぜて、気づかなかったやつだけが笑い、それを笑う事です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る