第5話 死生

月曜日はやっぱり憂鬱だ。

いつもに増して嫌になるのは二日開いたせいだろう。

学校の手前まで来たら俺は校門を遠目から覗く。

「…いない」

看板先輩がいない。

そうか今日はいないのか。

俺は堂々と学校の校門をくぐった。

しかしここで油断するのは素人。

昇降口にいる可能性もある。

外から昇降口を覗く。

「…いない!」

近くを歩いているやつらの視線を感じるがそんなことはどうでもいい。

あいつらには俺の気持ちがわかるまい。

この月曜日の美しさが。

俺は昇降口を通り、階段を上がる。

この胸の高鳴りに惑わされる俺ではない。

階段を上ったところから廊下を覗く。

「…お!お!おおおおおおおお!」

やった。

やったぞ。

勝った、運命に勝った。

俺は解放されたんだ。

あの悪魔から解放されたんだ。

教室の扉を開ける。

「おお!」

なんという美しい教室だ。

なんという品のあるクラスメイトたちか。

「ああ、これが青春か」

今日ならすべての授業を寝ずに受けられる気がする。

そうだ、俺の学生生活はここから始まるんだ。


やっぱり学校はクソだ。

だれだってそうだと思ってるけど、教室で騒いでいる連中を見ると俺が間違っていると誰かに主張されている気配がする。

「おい、飯食おうぜー」

「ああ」

気づけばもう昼休み。

どこかの偉い人が言ってたな、楽しい時ほど時間が経つのが早くて嫌な時はその逆だと。

それは間違っている、嫌な時は寝る俺にとっては。

しかも夢の中の時間経過は現実の6倍だとかいう話もあるからむしろ楽しい時よりも早そうだ。

「土日両方部活だったんだ」

「へー」

「もう筋肉痛でニンジンもろくにつかめないぞー」

にんじんが俺の弁当箱に向かってきているのに何を言うか。

「いらねえよ」

毎日にんじん入れてくる必要ないだろ、大野母。

「たのむからさーもう嫌なんだよー」

「この前は食ったんだから今日は食えよ」

「そんな慈悲のないこというなよー」

にんじんがかわいそうだけど、俺もにんじん嫌いになってきた。

「っち、まぁ嫌いなものはあとだよな」

「残すなよ」

「残さねえよ…それよりも部活動どうするんだ?」

「そうだな、今度はバレーボールやろうかな」

「違う違う、VR部には入らないのか?」

「入らない」

「あそこまでして入らないとか、看板先輩が可哀そうだぞ?」

「俺は可哀そうじゃないのか?」

「全然。」

慈悲のないのはお前だろ大野。

「今頃泣いてるぞー?あー可哀そうだー」

「知らんわ」

「うわー伊野が女を泣かしたぞー!」

周りのやつらの視線が痛い。

てか泣いてないだろ…たぶん。

「あんなことするだなんて、トラウマになるぞー!」

「ああ、わかったわかった!」

仕方がないから俺は大野のニンジンを食べた。

というかそれしかなかった。

「おー花より団子ってやつか?」

「違うだろアホ」

腹いせにこいつの箸折ってやろうかな。

それとも爪楊枝を水筒の中に入れてやろうか。

「てか本当にいいのか?」

「なにが?」

「VR部だよ、向いてそうだぞ?」

そんなことはない。

仮にそうだとしてもあんなに疲れることを毎日やるのはごめんだ。

サッカー部のほうが楽に感じたぞ。

「向いていることよりも楽しいことだろ」

「そうか…楽しそうに見えたけどなぁ…」

「…」

ときとしてくだらない時間もつまらない時間に変わるものだ。

毎日同じように過ごしていてもそんなことが起こるのが、現実の不完全さだろう。

13時15分、俺は弁当を閉じた。


16年間生きてきて思ったのは、この世界が無情な世界だということだ。

平和になって安定して生活できるようになって、そうであれば幸せだと国は思っているのだろうか。

そんなわけがない。

現に俺は退屈で仕方がない。

得意なものがないから退屈だということもわかっている。

でもなにを始めても難しく感じるし、俺は嫌われているのだと思う。

どうして俺は生まれてきたんだろう。

生まれた理由が、生きる意味が俺にはない。

「はぁ…」

今日のホームルーム長いな。

そんなに話されても忘れるから紙でよこせばいいだろ、すぐ終わるじゃんそれで。

「…だいたいこんな感じか」

ようやっと終わりそうだ。

「じゃあまた明日~」

担任が挨拶すると教室はいつものように騒がしくなる。

変わらないのは俺だけか。

黙って軽いカバンを持って教室を出る。

「…そうか、いないのか」

あのやかましい看板が俺にぶつかることもない。

だけどいなさすぎだ。

窓から校門を見てもいない。

「…」

正直いつもより眺めのいい前に少し戸惑っている。

「…この廊下ってこんなに歩きにくかったんだな」

ゲームなんてするからこうなるんだ。

現実逃避も甚だしい。

この日の電車は校庭から流れてくる青い掛け声とともに俺を置いてけぼりにした。


火曜日ほど退屈な日はないだろう。

それでも義務教育のせいで俺は早朝に起こされるんだ。

これじゃあ強制教育だろ。

そう思いながらも俺は高校の校門を少し遠くから覗いている。

「…」

俺は渋々と校門をくぐった。

「…」

昇降口は静かだ。

「…」

階段は足にくる。

ウサギのように階段を上っている奴らはやっぱり煩い。

慣れているからだろうか。

「…」

教室も昨日と同じ。

火曜日は慣れの日だ。

燃えるような日ではなく、砂漠のようにさっぱりした日だろう。

軽いカバンを机に置いて今日も寝る。

つまらない教室だ。


たいして変わらない。

昨日も今日も明日も何も変わることはないんだ。

俺のような人間は変われない、この世界で変わることを許されていないからだ。

でもそれは平和だからか。

「おーい、飯食おうぜー?」

「ああ」

もうそんな時間か。

どこかの人が言ってたな、時は金なりと。

やっぱりそれはおかしい。

なぜなら俺の時間は何も買えないからだ。

「昨日な~部活帰りに河上先輩に声かけられてな~」

「へー」

「もううれしすぎて食欲ないんだ~」

「そのまま餓死するのか」

「うわ」

大野のくだらない話はくだらなすぎる。

「あ~この気持ちお前にはわからないか~」

「わかりたくもない」

こっちはその気持ち悪いにやけ顔のせいで食欲失せてる。

「どうしたー?なんか嫌なことでもあったのかー?」

「ない」

「そうかー?」

大野はいつも陽気だな。

小学生のころからそうだった。

「おーい!大野!部長が呼んでるぞ!」

「まじか」

廊下にいる男子生徒が大野を呼ぶと、大野は部長という言葉の後に顔を青ざめた。

そう、さっきまでの幸せは吹っ飛んだんだ。

「飯が美味いな」

「おいおい」

大野は弁当を片手に廊下に出て行った。

一人の昼休みも久々だな。

13時2分、弁当を閉じた。


騒音に満ちる教室。

カバンは軽いはずなのに持ち上げるのには時間がかかる。

教室を出る。

廊下を歩く。

外が見える。

「…」

俺が悪いのか。

民主主義に嫌われているのか。

「…」

なんでいない。

なんで諦めるんだ。

「邪魔だから退け」

箒をぶつけながら掃除当番が言ってきた。

でも俺は邪魔だから退くしかない。

廊下を歩く人を避けながら俺は歩く。


16年間生きてきて感じたのは、俺はいなくてもいい人間だということ。

この世界から嫌われているということ。

文明が発達しても生物の淘汰は存在している。

俺は弱いから、いらない、淘汰される側だ。

戦争がないからこそより無駄なんだ。

生きながら死んでいる。

「…」

旧校舎の扉、空きっぱなしだ。

「…」

旧校舎の廊下、少し埃がたまっている。

「…」

旧校舎の保健室…。

足は止まった。

「…」

これは何かの病気なのかもしれない。

だから知りたいのか。

古い扉をゆっくり引く。

「…寂しいな」

物音一つない旧校舎。

看板先輩の姿はない。

やっぱりやめてしまったのか。

「今更だよな…」

コントローラーが机の上に置いたままだ。

これって結構高いのになんで無防備にしてるんだよ。

だれかが盗んだら困るだろ。

「…そうか、だれも来ないのか」

そもそもここがVR部の部室だって知ってる生徒がどれくらいいるのだろう。

あれだけ勧誘していたのに。

「帰るか…」

ここにいても仕方ない。

自分でもずっと気になっていた答えが出てしまった。

俺はVRゲームをもう一度やってみたかったのか。

この罪悪感はそれだったのか。



水曜日は楽だ。

授業が5時限までしかない上に部活がないからだ。

もっとも俺は帰宅部だから毎日あるのだが。

「雨か」

天気予報が外れている。

確率ってやっぱり無意味だな。

いつものように校門を通る。

そしていつものように昇降口に着く。

下駄箱にはボールに触れたことのないスパイクが入ったまま。

空っぽだった駄箱が目立つのが嫌なだけだった。

でも結局邪魔なだけだ。

今日持って帰ろう。

「行くか…」

朝からうるさい連中を避けて廊下を通る。

周りは話しているやつばかりなんだから、黙っている俺のほうが目立つはずだろ。

じゃあそっちが避けられるだろ。

「ぬわ!」

目立っていないならなぜぶつかるんだ。

しかもまた硬い壁に。

なんで壁?

「あ、すいません」

「…」

目線の先には声があった。

それでぶつかったのが壁じゃなくて例のやつだとわかった。

「あれ?伊野君じゃん」

「看板…」

「先輩つけてよ!」

頭の痛さが懐かしい。

こんなに痛かったのか。

でももうぶつかるのはまっぴらだ。

「先輩!」

「は、はい!?」

無くなってからじゃ遅い。

だったらやりたいことをやる。

「VR部に入ります!」

「へーそうなん…え!?」

あの静けさが無くなるなら結果なんてどうでもいい。

「いきなりどうしたの!?」

「え?」

「熱でもあるんじゃない!?」

「ないですって」

「…保健室連れてってあげようか?」

熱が冷めそうだ。

先輩はずいぶん驚いてるけど、そこまでのことなのか。

「…じゃ、じゃあ声かけするよ!ほら!」

「はい!」

「ええ?」

先輩の妙な視線を感じながらVR部の勧誘をした。

看板に書いてある文字が変わっているのに気づいたのはそれが終わってからだった。


――――後書き――――

この作品のタイトルはモルテヴィタ。

これは死ぬと生きるを掛けてます。(公式ネタバレ、別に調べればわかるけど)


ゲームって死んでも生きてるよね。

つまりはゲームそのものって意味なのかもしれない。

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