西の虎太郎

梶浦ラッと

『西の虎太郎』

 僕は幸せの最中でした。

 でも、ある日、陽が昇ると家族は消えていました。

 お父さんとお母さんと妹。あんなに賑やかだったのに。昨日だって、ヘラジカを頑張って捕まえた。確かに居たんだ、ほら、あの味が蘇るーー

 それでも…居なかったんじゃないかって思わせる程、平野は静かでした。

「ガオーッ!」

「ガオーッ…」

 あっ!

「オーッ…」

 やっぱり、家族なんて居なかったんでしょうか。

 山びこと共に、平野は少しづつ騒がしくなってきました。

 ヒグマとバイソンとコヨーテ。少しだけ気持ちが和らいできました。

 あぁ、お腹が減ったなぁ。そうだ、今からコヨーテを捕まえよう。

 そろーっと、そろっーと。家守のように、金色の蛇のように。

 近づいてきたぞーー

「ガルルルッ」

「ガオーッ…」

 あっ…

「ガルルルッ」

 僕一人では、コヨーテも捕まえられない。その挙げ句ライオンに蹴飛ばされてしまいました。

 平野は虚無でした。

 やっぱり、やっぱり! 家族は居たんです!

 狩りを手伝ってくれて、失敗しても慰めてくれる、家族は居たんです!

「ガオーーッ!!」

 虎太郎は走った。西へ、西へ。過去へ、進め。

 四足歩行の最速へ。

「ガオーーッ!!」

 口が閉められない。風と共に時折アオカケスがぶつかってくる。

 皮膚が熱くなってきた。日差しが眩しい。

「ガオーーッ!!」

 もう音は置き去りにした。

 目の前にバオバブの木が!

「ガオーーッ!!」

 もう虎太郎に邪魔をできるものは何もない。

 なぜ走るのか。改心させたい邪知暴虐の王は居ないのに。

 なぜ走るのか。セリヌンティウスは居ないのに。

 それでも。

 虎太郎は走った。西へ、西へ。過去へ、進む。

 なぜ走るのか。もう虎太郎は考えていなかった。

 ただ、脳が走れと言う。本能が言う。

「ガオーーッ!!」

 右を見ると、父がいた。

 左を見ると、妹と母がいた。

 下を見ると、バオバブが遠かった。

 西を見ると、空がいた。

「ガオーッ!」

 僕は幸せの最中でした。

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西の虎太郎 梶浦ラッと @Latto

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