妖血の毒婦は禍を喰む

第一章 皇帝陛下と禍祓い

序 毒婦

 黒翡翠の如く、漆黒に染まった瞳がこの国の頂点たる男を見つめていた。

 その眼差しが月の精の如く柔らかく微笑んだなら、容易に男を虜にするだろう。

 長い睫毛まつげと切れ長の目。

 紅を引いた唇は、柘榴の水々しさを彷彿とさせる。黒衣を纏う姿は、男装混じりで凛々しいが、女の美しさを際立たせてもいた。

 

 男は、女の右頬に手を添えながら親指はゆっくりとその柘榴をなぞる。今にも齧り付きたい衝動すら覚えるその色。うっすらと開かれた口の隙間から熱い息が漏れるのがまた、女を色艶めかせた。 


 皇帝の自室たる閨。寝台の上で男は女を抱きしめ、存分に目で味わった後にその柘榴に喰らい付く。

 深く、ゆっくりと。


 精悍な顔立ちの男は、明君と称されると共に清廉潔白と評されてきた。されど今の男にその余裕は無い。

 男は十四歳という若さで即位したが、廷臣達の傀儡になる事もなく、二十二歳になるまで駆け抜けて生きて来た。その反動で腑抜けになられた、若さ故、と嘆く声すらある。

 それでも――


 


 離し難い手は口付けが終わっても直、女を腕の中に閉じ込めた。互いの長い黒髪が混ざり合ってしまうのではないのかと思える程に固く抱き締める。


 今は、今だけは。この身も心も、己がもの。


 


   

  


 その女。皇帝の寵愛を一夜にして手に入れたと言われている。

 それまで、先代が残した負の遺産を全て拭い去ろうと政務に一心不乱に向き合う事に意欲を注いできた皇帝が、たった一人の女に絆されてしまったのだ。

 官吏達は、さぞや不安に苛まれた事だろう。


 何せ、五人いる皇帝の妻のどれでもなく、後宮に入る事も叶わないのだ。

 これが、どれだけ大きく皇宮に関わる者達の心を掻き乱した事か。

  

 その影響もあってか、女は皇帝を魅了して虜にし、静謐せいひつであった後宮を乱した“毒婦”と呼ばれた。

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