第4話 創作と絶望
判定の壁を超えられない彼は、これまでの様に通常の方法では既存の概念を打ち破ることは出来ないとでも考えたのであろうか。ある時から大きく作風が変わった。高い芸術性、高度な技術を基に創られた今までの作品と異なり、思いつくまま、あらゆる方法で創作を始めた。
ある時は、何か月もアトリエに籠り、寝食も忘れ、倒れるまで莫大な数の作品を制作した。だが、その作品の殆ど全てが、芸術とは言い難い代物でCランクの評価すら得ることは出来なかった。ある時は極寒の地で生木に直接彫り込んだり、海中で生活してオブジェを制作したり、果てには宇宙空間で絵を描いたりと、考えつく事は何でもした。
これらの作品は非常に奇を衒っているが、ただそれだけであった。話題性はあれど芸術性は低く、彼としても満足できるものは作れなかった。
また、ある時は霊峰と言われる山に籠って修験者のような修行を行いながら、仏像をほり、東洋絵画を描いた。時には、断食を行い、火や針の上を歩き、地面に何度を身を投げ出し、鞭を浴び、祈りの言葉を意識が飛ぶまで唱え続け、そうして宗教画を描いたりしたが、何一つ満足出来るものは創れなかった。
遂には、怪しい電子ドラックまで手を出し幻覚の中で創作を行ったが、いずれも何の成果も得られなかった。何が彼を駆り立てるのであろうか、金か、いや。彼の作品は多く富裕層に指示され、多くのパトロンから多大な支援を受けていた。では、名誉か、現在の人間としては、唯一無二の最高の芸術家であり、歴史上の芸術家や電脳芸術家に劣るものではない。では、彼は何に贖い、何と戦っているのだろうか。恐らく彼自身にも分からないだろうが、彼のアイデンティティである、芸術家としての存在、そう芸術家と言う人種の存亡を賭けた戦いだったのかも知れない。
しかし、彼の肉体も精神も限界であった。酷使した肉体は至る所にガタが出ており、精神も擦り切れていた。彼の創作を献身に支えてきた妻も愛想を尽かして子供と出ていった。友人たちとも疎遠になり、パトロンも去った。それでもカンバスに向き合い続けた。何も書くことが出来なくともカンバスと向かい続けた。
そして、ある日、アトリエが出火し、彼は酷い火傷を負って病院に運ばれた。その日の彼は大量のアルコールを摂取していたことから、出火原因は、炎を使った作品作成中に起こった事故か、創作に絶望した彼が故意に火を放ったかなど噂されたが、現実問題として、彼の作品が数多く消失した。そのうち、火事による火傷も癒えたが、退院後の彼は創作に向かうことは無かった。
日中はテラスでぼんやりと遠くを眺め、夜な夜な、町に降りて来ては浴びるほど酒を飲んだ。初めのうちはパブの客たちも、偉大な芸術家の来店に歓喜していたが、ぶつぶつと独り言を呟きながら、酒を飲んでいる彼を気味悪がり、誰も近づかなくなった。そんな生活が数か月たっただろうか。
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