第219話 誤解を解いて、イチャイチャプリ

 どうにか最後の一回で獲得したぬいぐるみを取り出して栞がはしゃぐ。


「すごーいっ! さすがパ──涼だねっ!」


 あの……、栞? もう遅いからね?

 今更慌てて言い直しても、たぶんその前のはばっちり聞かれてるから。その証拠にほら、遥も楓さんもなにか言いたげに俺達のこと見てるし。


「うん、その、なんだ。邪魔して悪かったけど、とりあえずは結果オーライってことでいいのか?」


「あー、うん……。おかげで欲しかったのは取れたしね」


「これでリョー君に寂しい思いさせなくてすむよね?」


 と、栞が嬉しそうにしているのでそこは問題ない。


「んじゃ、聞かせてもらおうか?」


「……なにを?」


 ひとまずすっとぼけてみることに。意味はないんだろうけどさ。


「そりゃ、しおりんが高原君をパパなんて呼んでたことに決まってるじゃん!」


 やっぱり見逃し、いや、聞き逃してはくれないらしい。二人揃って疑うような視線を向けてくる。


「まさかとは思うけどさぁ、涼……」


「しおりん、ついにおめでた?!」


「ついにってなによぉっ?! そんなわけないでしょーっ。彩香のおバカっ!」


「──あいたっ……!」


 栞におでこを小突かれて楓さんが短く悲鳴をあげた。


「ならパパってなんなんだ?」


「それは栞がぬいぐるみを子供扱いしてるだけだって。ねぇ、栞?」


「うん。ちなみにこの子が娘のシオちゃんだよ。さっき私が取ったの」


 そう言って栞がシオを掲げて見せた。その姿はどこか自慢気だ。


「なぁんだ。てっきりできちゃったのかと思って焦ったよ!」


 って言うわりに、なんかがっかりしているように見えるのはなんででしょうね……?


「まぁ、俺達もそこまでバカじゃないから……」


 たとえバカップルと呼ばれていようとも、だ。

 そりゃ栞といろいろしているのは事実だけど、聡さんとした大事な約束もあるのだ。そもそも栞がちゃんとそうならないように対策をしてくれているし、俺だって栞が大変になるようなことをするわけがない。


「ふぅん。んじゃ、リョー君ってのはそっちの柴犬の方か?」


「ううん。リョー君はね、涼が誕生日プレゼントにくれたクマさんで、今は私の部屋でお留守番してるよ」


「へぇ……。もらったぬいぐるみにまんまな名前付けるなんて、さすが愛されてるな、涼」


「人前でこんなふうに話されるのはちょっと恥ずかしいけどね」


「それくらい我慢しろって。なんにせよ、二人とも悪かったな、変に疑っちまって」


「私も騒いでごめんねっ!」


 遥と楓さんは俺達に頭を下げてくれた。


 この二人はこういうところがいいんだよね。茶々を入れてきたりはするけれど、非があれば素直に謝ってくれるし、本当にいい友人だと思う。


「いいって。もともと栞が大声で叫んでたせいだし」


「そうそう。それに本当の子供はもっと先で、だもんね?」


「あっ、そこはもう決定事項なのね?」


「栞と別れる気はないしさ、それならいずれは、ってくらいだけどね」


「はぁ〜……。やっぱすげぇな、涼は」


 と、呆れ半分感心半分な感じで言われてしまったが、無事に誤解は解けたようで一安心。


「で、遥達はどうしたの? 集合時間にはまだまだあるけど」


「ん? あぁ、ほら。涼達が先に来て遊ぶって話してただろ? それでこいつ、私達も行きたいって言い出しやがってさ。俺はもう少し寝てたかったってのに叩き起こされた」


「それはなんというか……、ご苦労様?」


「だってぇ! 私もしおりんと遊びたかったんだもんっ! いつも高原君ばっかりずるいじゃん! だからさ、しおりん。ここからは私達も一緒じゃダメかな? ダブルデート、しよっ?」


「ダブルデート……。そっか、ダブルデートかぁ……!」


「……栞?」


 少し考え込むようにする栞に声をかけつつ、俺はこの後の栞の言葉がなんとなく予想できてしまった。

 今日のデートの副題はそこで、ついさっきもその話をしていたばかりだから。


「あのさ、涼。美紀達のデート、私達もついていくってのはどうかな?」


 ほら、やっぱりそうだった。


「それって俺達邪魔にならないかな?」


「もちろん、ずっと一緒ってわけじゃないよ。ある程度慣れてきたかなってくらいで二人きりにしてあげるの。そしたら少しは気が楽にならないかな? いきなりド緊張で始まるよりよくない?」


「栞の言いたいことはわかるけど……、それは新崎さんしだいかな。勝手にここで決定にはできないよ」


「それもそうだね。じゃあ涼からの話をする時に聞いてみるね。もしそうなった時は付き合ってくれる?」


「うん、いいよ」


「へへっ、やったぁ! これでまた涼とデートできるねっ?」


 むしろ栞的にはそっちが本音なんじゃないかと思うけれど、俺も栞とデートできるなら嬉しいので良しとする。それよりも今は、栞の親友を名乗るもう一人が拗ねてるっぽい方が気になる。


「しおりん? こないだ話聞いたからそれがしおりんにとって大事なのは私もわかってるけどね。私へのお返事忘れてないかなぁ?」


「あっ。ごめんね、彩香。もちろんいいよ。学校の外で一緒に遊ぶのはプール以来だもんね」


「やった! そうこなくっちゃっ! 遥も高原君もいいよね?」


「おう、俺は構わないぜ」


「うん、栞がいいなら俺も異論はないよ」


 そんなわけで遥と楓さんが合流して、ダブルデートをすることになった。とは言え、もうそろそろ昼時が近く、思いっきり遊ぶにはあまり時間は残されていない。


「んじゃ、なにしよっか? 皆でやれるゲームでも探す?」


 ひとまず楓さんが意見を聞いてくれたので、俺としては栞の希望を叶えてあげたいところだ。


「栞、あれは? 最後にって言ってたけど、時間なくなる前にやっとく?」


「そうだね。このまま遊んでたら忘れちゃいそうだもんね」


「あれって、なんだ?」


「えっとね、涼と一緒にプリクラ撮りたいねって話してたの」


「おー! いいねっ! せっかくだから、全員で撮ろうよ。もちろん二人だけのも撮っていいからさ!」


「そうと決まれば、ちゃっちゃと行こうぜ。俺、彩に引っ張り出されて何も食わずに来ちまったから、腹減ってんだよ……」


 遥がお腹を押さえて言うので、急いでプリクラコーナーへと向かう。


「なんかいっぱいあるけど……?」


 俺達と同年代くらいの女子ばかりで賑わう中、プリクラ機がいくつも立ち並んでいた。男の姿は今のところ俺と遥だけで、場違い感がすごい。遥がいてくれて助かった。栞と二人きりで来ていたらいたたまれなかっただろう。


「いろいろ種類はあるんだけどね、遥のお腹が限界を迎えそうだから空いてるのにしちゃおっか」


「私はよくわかんないからなんでもいいよ」


「俺も栞に同じ」


「ならこれでいいかなっ! まずは二人で行ってらっしゃーい!」


 楓さんに背中を押されて、プリクラ機の前に。カーテンで区切られているが、お金を入れたり最初の操作は外に設置されたパネルでするようだ。


「えーっと、まずはお金を入れるのかな。なら、ここは私が出すね。涼にはさっきこの子を取るのにお金使わせちゃったから」


「俺が好きでしたんだけど……、でもうん、お願いしとこうかな」


 栞は俺にだけ負担がかかるのをとても嫌がるので、素直に甘えることにする。


「えっとぉ、フレームとか選べるみたいだけど、どんなのがいいかな?」


「栞の好きなのにしちゃっていいよ」


 俺が見てもどうせ決められやしないし、それなら栞に選んでもらう方が良い。それにこれは栞がやりたがったことだしね。


「じゃあこれにしちゃおーっと。それから人数は二人で──」


 栞が楽しそうにあれこれ呟きながら操作しているのをぬいぐるみ二つを抱えて背後で待つ。数分後、栞が柴犬のぬいぐるみを奪い取り俺の腕を引いた。


「撮影はカーテンの中みたい。ほら、入ろっ」


「う、うん」


 ついに撮影かと思うと緊張してきた。時々スマホで写真を撮ったり撮られたりはするが、まだまだ慣れない。


「りょーうっ? お顔が硬いよ?」


「栞がどうにかしてくれるって言ってなかったっけ?」


「そうだったね。なら、遠慮なくやっちゃおうかなぁ」


「やっちゃうってなにを……?」


「ふふっ、それはその時のお楽しみっ。とりあえず、涼はちょっとだけかがんでね。このままだと涼の顔の位置が高すぎちゃうから」


 そう言って栞が撮影開始のボタンを押し、俺は言われた通りに少しだけ腰を落とす。カウントダウンが始まって、栞は俺に顔を寄せた。そしてポソリと呟く。


「涼、だーい好きっ」


 そして、柔らかな感触が頬に。


 ──ちゅっ


 やられた、と思った瞬間にはシャッターが切られていた。そういえば初めて二人で写真に写った時もこれをされんだっけ……。


「……しーおーりー?」


 軽く睨んでみたけど栞に効果はない。いたずらが成功した子供みたいに笑っていた。この顔をされるとほとんどのことは許しちゃうんだよなぁ。


「えへへ、撮られちゃったね。でも、まだ何回かあるみたいだよ?」


「えっ、一回で終わりじゃないの?」


「違うみたい。ほら、涼。ちゃんとカメラ見て? せっかくだから、もっとくっつこ?」


「あぁもうっ、わかったよ」


 栞にここまでされたら俺も黙っているわけにはいかない。


「栞、俺も好きっ」


 栞の耳元で囁いて、やわやわほっぺにキスを落とす。全く同じことをやり返してみた。タイミングを見計らってしたからばっちり撮られている。


「あんっ、もーっ! 不意打ちずるいよぉっ!」


「栞が先にやったんでしょ?」


「でもぉ……」


「ほら、まだあるってさ」


「えっ、ちょっと待ってぇ……!」


 そうは言っても相手は機械、待ってはくれない。俺はあわあわしてる栞を後から抱きしめて、その頭の上に顎を置いた。


 またシャッターが切られる。


「あぅ……。涼、それ、すごくいいかも……」


 どうやらお気に召したらしい。


「ならまたしてあげるよ」


「うん……。じゃあ次は正面からぎゅってして?」


「ん、いいよ」


 ほぼ密室状態な上に、どんどん蕩けていく栞が可愛くて、俺も楽しくなってくる。おかげで全部で六回の撮影、どれも自然に笑えていたはずだ。


「えっとね、後は落書きとか写真をいじったりもできるみたいだよ」


「……栞、よろしく」


 撮影が終わると、撮った写真に加工ができるらしい。そこも栞にお任せだ。というか、やりすぎて自分で見るのが恥ずかしくなったというのが本音だったりする。


 それも済み、プリントされるのを待つため外に出ると楓さんがワクワクした顔で控えてた。


「お疲れー! どうだった?」


「うん、楽しかったよっ」


「それは何よりだね! で、どんなのを──あ、出てきた! ってこれ、なんとなくわかってたけどめちゃくちゃイチャイチャしてるじゃん……」


 栞より先に奪い取っていった楓さんはプリントされたものを見て呆れ顔になっていた。その手元を栞と一緒に覗き込む。そこに栞が落書きしたハートマークや『なかよしっ♡』『大好き♡』などの文字。くっついて写っていなくても、それだけでイチャイチャ感がある。


「これは私達も負けてられないね! 遥、行くよーっ!」


「うおっ……! 待て待て、こいつらみたいにはできな──」


「もんどーむよー!!」


 必死の抵抗もむなしく、遥は外での操作を手早く終わらせた楓さんにカーテンの中へと引きずり込まれていった。

 

 さてさて、あの二人はどんなのを撮るのやら。なんとなくだけど、遥は真っ赤な顔で出てくる気がするよね。

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