第212話 ウズウズ栞の朝の襲撃
目が覚めると、なんか息苦しかった。
いや違う、息苦しくて目が覚めたという方が正しいか。おまけに、布団を被っているだけのはずなのに、それにしてはやけに重量感がある。
柔らかくて、温かくて、おまけに甘い良い匂いがして──
「……って、栞?!」
そんなのもう栞しかないじゃん。
またですよ、この子は。
寝起きだとやっぱりびっくりしてしまって声をあげたけれど、飛び起きることはできなかった。栞がべったりと俺に覆いかぶさって身動きを封じていたから。意識がはっきりしてようやくわかった。そりゃ普段に比べて重量感があるはずだよ。人が一人乗っかってるんだからさ。
もちろん、重いとは言わないが。
「あっ、涼……。えへへ、おはよぉ……」
目を開けた先には切なそうな表情の栞の顔がある。
「おはっ──んむっ?!」
挨拶を返そうと思ったのに、その途中で口を塞がれた。がっしりと両手で顔を固定されて、長く、何度も。
「涼、好きっ。ちゅっ。大好きっ。ちぅ……」
キスされながら、思い返す。
──切なそうな表情。
……なんで?
寝る前の電話じゃ、そんな雰囲気なかった、よね……?
「ふぁ……。寝てる涼にもいっぱいちゅーしたけど、やっぱり起きてる時の方が好きぃ……」
……寝てる間にもしてたの?!
息苦しかったのって、そのせい?
いやいや、息苦しさの原因とかもう今はどうでもいい。
いったい今日の栞はどうしちゃったの?!
これまでも布団に潜り込んでくることはあったけど、ここまで熱烈なのは初めてだと思うんだが?
「ねぇ、涼。もっとぉ、もっとちゅー、しよぉ?」
うん。全力で甘えてくる栞は可愛いよ、可愛いけどさ。
寝起きの頭にこれは刺激が強すぎる。おまけにその表情、火照ったほっぺにトロンとした瞳。
この顔の意味を俺はよく知っているんだ。ちょっとやそっとじゃ止まらないって。
「ちょっと、栞? いったん離れて落ち着こ? ね?」
「やぁっ……! これ以上離れたら死んじゃうもんっ。もっと近くがいいっ……」
もっと近くって、もう密着してるからめり込んじゃうじゃん。
離れたら死んじゃうって、それじゃ学校にもいけないんだけど?
って、こら。服を脱がそうとするんじゃありません!
とか思っているうちに、前ボタンは全部外されていた。さらに栞はズボンにまで手をかけて、視線を俺の下半身へと向ける。
「あはっ、涼の元気いっばいだぁ……」
それは朝の生理現象! なんて言っている余裕はない。ズボンどころかパンツまで一緒に脱がされる寸前ところで、肩を掴んで栞を引き剥がした。
「あんっ……。なんで、止めるの……? 私のこと、好きじゃないのぉ……?」
「いや、止めるって! もちろん栞は大好きだけどさ、朝からこんなことしてたら遅刻するでしょ!」
「大丈夫だもん……。まだ、いつもより20分くらい早いから」
栞に言われて壁掛けの時計を見ればその通りだった。
「……本当だ」
なんで、今日はこんな早いの?
もうのっけから情報量が多すぎて頭がパンク寸前だよ。処理が間に合わなくて、フリーズしかかってる。
「でしょぉ? だからね、すぐ済ませるから。ねぇ、お願い……?」
「えっ、いや、でも……」
「んふふっ、えいっ」
俺が返答に困っている隙をつかれて、最後の砦はあっさりと剥ぎ取られた。
そして、
「ちょっとまっ──」
「それじゃあ、涼は寝てていいから……。んんっ」
そのまま俺はあっさりと食べられてしまったのだった。
この状況下においては割とどうでもいいことだが、この時ようやく理解した。もっと近くってそういうことか、と。俺達の距離は今、マイナスになっているのだ。
そして、栞は貪るように俺の唇に吸い付いて、必死で声を殺していた。
更にいうと、栞が完全に勢い任せだったせいか、特別な日だけという話はどこかへ行ってしまっていた。まだ二日しか経っていないというのに、忘れるの早くないかな。
まぁ、問題はそこじゃないし、あれ以上止めなかった俺も俺なのだが。
……そもそも止められるわけないんだけど。だってこれ、すごく幸せだし。
*
「……で、いったいどうしたの? こんないきなり」
スッキリして我を取り戻したらしい栞は俺の前で正座をしている。すぐ済ませるという宣言通りにサクッといただかれた俺も、栞と向かい合い正座。とりあえず寝間着は脱がされてしまったので、ついでに制服に着替えておいた。
「あの、えっとね……」
栞の視線が左右に彷徨う。やましいことを隠しているのか、自分のしたことを恥ずかしがっているのかはわからない。どちらにせよ、しっかりお話しなきゃいけないと思う。
「うん、なに?」
「うんと、ね……。昨日の電話の後、ちょーっと旅行の日の夜のこと思い出しちゃって……、それからずっとウズウズが止まらなくって、それで……。あとね、そのせいであんまり寝れなかったのも、あるかも……」
そんなしゅんとした顔をされるとイジメてる気分になるんだけど……。
もちろん俺はそこまで栞を責める気はない。栞が俺を求めてくれるのは嬉しいことだからさ。ただ、ちょっと注意をしておかないとと思っているだけだ。
「……そっか。理由はわかったよ」
「本当?! 信じてくれるの?」
「ん? 他になにかあるの?」
「ううん、ない、ないよっ」
あわあわしてるのが少し気にかかるけど、今回は流されてしまった俺にも責任はある。追及はその分を加味して緩めにしておくことに。
「なら、それは信じるとして。でもね、栞。無理には良くないよ? そうならそうと言ってほしいな。ダメな時はダメっていうけどさ、俺は基本的に拒んだりしないんだから、ね?」
「うん……。私、一人の時にあんなことになるの、初めてでね……。どうかしちゃってたみたい……。ごめんなさい」
「別に俺も怒ってるわけじゃないしさ、今日のことはもういいよ。でも、これからそういう時は正直に言うんだよ?」
「はぁい……」
よかった。栞はかなり暴走しがちだけど、こうしてきちんと話せばちゃんとわかってくれるんだ。
それに、過去の出来事から自分の心を守るために気持ちに蓋をし続けていたのが原因で、感情が昂ぶると制御しきれないことがあるというのは聞いてるし、そこは寛容に受け止めてあげればいい。俺への愛情が溢れてしまった結果だと思えば、許すを通り越して嬉しくなるくらいだしさ。
「なら、この話はもうおしまいにしようね。ほら栞、おいで?」
「う、うん」
おずおずと近付いてきた栞を抱き寄せる。よしよしと頭を撫でれば、しょんぼり顔も少しずつ元に戻っていく。
「あぅ……、今日も涼が優しい。好き……」
「ん、俺も好きだよ。とりあえず、もう一回おはよう、しよっか?」
「うん、するっ」
そして、いつものようにおはようのキスからやり直しをすることに。愛情たっぷりでキスをしてあげると、栞は俺の大好きなふやふやで幸せそうな可愛い笑顔になってくれた。
それからなに食わぬ顔で父さんと母さんに挨拶をして朝食をとり、残った時間は栞がまた暴走しないようにと目一杯甘やかしてあげたのだった。
*
と、朝からそんなことがあったわけだけど、当然学校に行かないわけにはいかない。きっちりいつも通りの時間に家を出た俺達は、仲良く腕を組み駅を目指す。
まだ規模はごく小さいながらも、学校内でとある噂が密かに広まりつつあることを知らないままで。
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