第206話 吉兆or凶兆?
昼休みに旅行についての追及があるからと身構えていたわけだが、学校祭の打ち上げの話をまとめてしまうと言って遥と楓さんが早々弁当を食べ終え席を立ったので、あえなく流れることとなった。
肩透かしをくらった気分ではあるが、話し始めて気分が良くなった栞が爆弾発言をしないとも限らないので、そういう意味でもとりあえずは一安心だ。このまま忘れてくれることを願うとしよう。
そして、現在は帰りのSHRの真っ只中。久しぶりの通常授業の一日はあっという間に過ぎ去っていた。
「さぁて、皆お待ちかねの席替えタイムよーっ!」
朝に教室の隅に置いていったクジの入った箱を掲げ、教壇に立つ連城先生が声高らかに宣言した。
──うおおおぉぉぉぉぉぉ!!
ノリノリで応じるのは我がクラスメイト達、一日授業を受けた後とは思えないテンションの高さだ。そのテンションの高さたるや、すでにSHRを終えて廊下を歩いている他クラスの生徒がぎょっとした顔で見ていくほどである。
たかだか席替えくらいで騒ぐなんてなにを大袈裟な、と昔の俺なら思っただろう。でも、今ならその気持ちがわかる。できれば仲の良い人と近くの席になりたい、俺で言うならば栞の側にいたい、そんな思いがあるからなのだろう。
その点、現在の俺と栞の席はとても近く、確率を考えるのならば今日の席替えで離れてしまう可能性の方が高い。
でも、栞はやる気だ。両の拳を胸の前でぐっと握り締め、チラチラとこちらを見てくるのが可愛い。この姿を見られたのなら、多少離れてしまってもしょうがないかもと思ってしまうくらいには可愛い。
いや、離れたくはないけどさ。
片時も離れたくないって思うくらいに俺は栞が好きなんだよ。
もし許されるのならば、俺の膝の上を栞の席として指定したいくらいだ。俺達の身長差ならその状態でも板書を見るのに不自由はないだろう。ノートは取れないかもしれないけども。
栞を後から抱きしめて、髪に顔を埋めながらの授業、さぞ幸せで──身が入らないんだろうなぁ……。
そんな状態で授業が耳に入るわけがないじゃないか。栞がぐでぐでになるまでよしよしと頭を撫で回して甘やかして、その反応をひたすら楽しんでいる未来しか見えない。栞だって授業どころじゃなくなるだろう。そうなれば最後、二人してどこまでも堕ちていくのだ。
……って、それじゃダメじゃん。
頑張るって決めたところなのに堕落してどうする。やっぱり近隣の席で我慢するくらいがちょうどいいってことで。
と、俺がバカなことを考えている間に先生は黒板に教室の略図を描いていく。横六列、縦七列、一番後の両サイドが欠けて全部で四十席、入学当初から変わらない机の配置だ。
続いて各机に該当する四角の中にランダムに番号が割り振られた。引いたクジに書かれている番号と一致するところが自分の席となるという、運に任せた実に公平なシステムだ。
前回もこれと同様のやり方だった。
クジ、家に持って帰ってまで作り直す必要あったのかな……?
いや、あの時の紙は皆が握りつぶしたり捨ててしまったりで再利用は不可能だったか。
「よっし、こんなもんかな! じゃあ、順番にクジを引きに来てちょうだい。席を移動するまでは誰にも見せちゃダメだからね。もし不正をしたらその人には真ん中一番前の特等席に座ってもらうから、そのつもりでいるよーにっ!」
先生がそう言うやいなや、皆が一斉に席を立つ。そして、朝の光景の焼き増し、再び教室の中央を縦断する列が出来上がった。テンションが上りまくっているくせに統制の取れた良いクラスである。
もちろん俺も椅子を引いて立ち上がりそれに倣う。俺の後には栞が並んだ。
「涼っ、私やるからねっ!」
「まさか、不正を……?」
「違うよぉっ! 私そんなことしないもんっ。ただね、しっかり吟味して選ぶんだよ」
「吟味のしようがないと思うんだけど……?」
これからするのは、箱の中に手を突っ込んでその中にある紙切れを数多から一枚選ぶ、ただそれだけ。指先の感触だけでなにがわかるというのか。
「いいのーっ! 多分だけどね、触ったらこれだって思うのがあると思うんだよね。このクラスの中から涼を選んだ時みたいにね」
栞はそう言って笑う。離れ離れになるなんて微塵も思っていない、そんな笑顔だった。
「じゃあ、俺も吟味して選ばなきゃ」
「涼は適当でもいいんだよ? 涼がどこになろうと、私が合わせるからね」
「だーめっ。俺だって栞の近くがいいんだからさ、栞一人に任せるわけにはいかないよ」
「もう、涼ってばぁ……。でも、そうだね。その方が確率上がりそうな気がするもんねっ」
二人で運命に立ち向かう、なんて言うと大層なことのように聞こえるけれど、俺達はここまで二人でそうやって進んできたんだ。
だから今回も。
順番が回ってきて、俺は静かに箱の前に立つ。俺の左手は栞が両手で包んでいる。そこからなにかエネルギーか念的なものが送り込まれているのだろうか、いつもヒンヤリしている栞の手がほんのりと温かい。
目の前の先生から『後がつかえてるからはよしろ』という視線を感じるが、ここで慌てたりはしない。呼吸を整えてから、そっと箱の中に手を入れる。指先にはいくつもの折りたたまれた紙の感触。
栞に乗せられて雰囲気出して臨んでみたはいいけれど──
やっば……。全然ピンと来ない……。
どれも一緒じゃん……。
そりゃそうだ。これでわかったら皆自分の望む席を引き当てられてしまう。
無闇に紙を掻き回して時間だけが過ぎていく。先生の目もどんどん細くなる。逆に栞の目は期待でキラキラしていたりする。
焦る。
背中に冷や汗が流れるのを感じた瞬間、
──チリッ
と指先にかすかな痛みを感じて、咄嗟に一枚を掴んで箱から手を引き抜いた。痛みを感じた部分を見れば、血が出るほどではないが薄く切り傷ができていた。
「高原君、時間かけすぎよー。引いたならすぐ退くっ。サクサクやらないと帰りが遅くなるわよ。部活に遅れても私は責任取らないからね。ってことで次は……、あー、うん、黒羽さんね」
俺に続いての栞の番に、先生もどこか諦めたような顔をなっていた。
「……はいっ」
俺が横にずれると今度は栞の番。栞の表情は真剣そのものだ。俺はすぐに席には戻らず、自分がしてもらったように栞の左手を両手で包みこんだ。まだ番号を確認していないクジの紙を栞の手に押し当てて。
こうすればなにか伝わるような気がしたんだ。
栞は箱に手を入れると目を閉じた。全神経を手に集中させているらしい。ガサゴソと紙をかき回すこと数秒、
──カッ
と栞の目が開かれた。それと同時に箱から抜かれた手にはしっかりと一枚の紙切れが握られている。
「いたた……。手、切っちゃったみたい……」
栞がわずかに顔を歪ませながら放った言葉に、俺は衝撃を隠せなかった。
「……栞も?」
「えっ、涼もなの?」
「うん、ほら。栞のも見せて」
お互いの傷を確認し合うと、揃って人差し指の腹の真ん中に薄っすらと線ができていた。
「あなた達……、くじ引くだけで仲良く怪我してるんじゃないわよ。どこまでお似合いなのよ、まったくもう。後の皆も気を付けなさいよー?」
「なんか、すいません……」
この傷が吉兆なのか凶兆なのか、まったくもって不明だが、いつまでもその場に留まると邪魔になるので、元の席に戻って紙を開いてみることに。
『27』
そこにはそう書かれている。黒板と照らし合わせてみれば教室のど真ん中、黒板を向いて右から三列目、前から四番目だった。
位置的には微妙と言わざるを得ない。ボッチ気質が完全には抜けきっていない俺としては窓側か廊下側の目立たない席が良かったところだ。
でも、肝心なのはそこじゃない。端の席だと栞が周りに来る可能性が減ってしまう。そう考えれば現段階では悪くない。
次に『27』番の周りの数字を見てみる。前の席は『1』、右が『7』、左が『25』、後が『18』。
俺が栞に来てほしい席はその四つ。そのうちのどれかを引いてくれていることを祈りつつ、全員がクジを引き終えるのを待つのだった。
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