第205話 お土産と席替えの予告

 教室に入ってきた漣と橘さんは、一度自分達の席に寄りスクールバッグを置いてから俺達の輪に合流した。これでようやく俺達のグループ全員が揃ったことになる。


 挨拶を済ませた後は連城先生が教室に来るまでとりとめのないことを話して過ごすのが日課だ。


「栞ちゃん、昨日お誕生日だったよね? 一日遅れだけどおめでとう。これ、私とかづくんからのプレゼントだよ」


「ぐっ……。さすがはさっちん……。ちゃんと覚えてたのねっ……!」


「日月まで……、まじかぁ……」


 橘さんが取り出したプレゼントを見て、栞の誕生日のことをすっかり忘れていた楓さんと遥が二人してダメージを受けている。


「あ、彩ちゃんと柊木君、もしかして忘れてたの……?」


「あぅっ……!」「ぐぅっ……!」


 そして橘さんにトドメを刺されて机に突っ伏してしまった。コントのようだが、これも忘れたことを悔やむくらい栞を友人として大事にしてくれているのだと思うことにする。


「うーんと……、ちょっとやりにくいんだけど渡しちゃうね? はい、栞ちゃん」


「ありがとっ、紗月」


「ううん。栞ちゃんにはいつもいっぱいお世話になってるしね。昨日かづくんと二人で一生懸命選んだから、気に入ってもらえたらいいな」


「まぁ、メインはデートだったんだけどな」


「もうっ、かづくん? 余計なことは言わなくていいのっ」


「いや、だってさ……。たまには俺達も仲の良いところを見せたいっていうかさ……」


「そんなの見せなくても仲良しに決まってるでしょっ。まったく、かづくんってばぁ……」


 このグループの中で最も初な二人の関係も順調のようだ。遥も素直デーらしきものをやったみたいだし、皆しっかりと仲を深めていっているようでなにより。


 登校早々に甘い雰囲気を振りまき始めた漣と橘さんを微笑ましく眺めながら栞が口を開く。


「ねぇ。これ開けてもいいかな?」


「うん、もちろんだよ」


 橘さんの返事を待ってから、栞は受け取ったプレゼントの包みを慎重に解いていく。急いて破り捨てたりしないのが栞のいいところだと思う。


 その様子を橘さんはやや緊張した面持ちで眺めていた。


 そしてその包の中からは、


「わぁ、綺麗っ! ……なんだけど、二つもあるよ?」


 なぜか二つのスマホストラップが出てきたのだ。片方は赤やピンクが、もう片方は青や水色が複雑に入り交じったガラス玉が付いていて、光を受けてキラリと輝いている。


「えっとね、やっぱり栞ちゃんへのプレゼントなら高原君とお揃いのものがいいかなぁって思ったの。いつまでも仲良しでいてほしいし、私達の目標みたいなものだから……、って感じなんだけど」


「そこまで考えてくれたんだぁ……。嬉しいっ……! なら、こっちは涼のだね。後で一緒に付けようね?」


 栞はそう言いながら俺の手に青系色の方を握らせてくれた。


「喜んでもらえてよかったぁ」


「漣も橘さんもありがと。なんか俺までもらっちゃって悪いね」


「ううん。ほら、高原君の誕生日を知ったのは当日だったからね。かなり遅れたお祝いだと思って?」


「感謝しろよ、高原。これ選ぶのにさっちゃんすごく悩んでたんだからな」


「いや、ありがたいのは間違いないけどさ、なんで漣が偉そうなんだよ……」


 悩んでくれたのは橘さんらしいので、威張るなら橘さんだろうに。控えめな橘さんが自分からそんなかとを言うわけがないとは思うけどさ。


 貴重なデートの時間を俺達のために割いてくれたという点では、漣にも感謝するべきなのかもしれない。でも、なぜか漣から言われるとムッとなってしまうのだ。


「まぁまぁ、いいじゃない涼。素直にありがとうで。それより私達も渡すものがあるでしょ?」


「おっと、そうだった。ついでにお菓子の方も開けちゃおうか」


「はーいっ。じゃあそっちは私がやっとくから、涼は二人に渡してあげて」


「りょーかい」


 栞がお菓子の包み紙を開いてくれている間に、遥達と同様にハンカチを橘さんに、ボールペンを漣へ手渡す。


「えっと、これは……?」


「お返し、ってわけじゃないんだけど、俺達が旅行に行ってきたお土産。あらかじめ言っておくけど、その話は昼休みにするってことになってるから」


 また同じやり取りを繰り返す前に釘を差しておくのも忘れずに。


「このお菓子はクラス皆の分もあるけど、そっちはこの四人にだけ特別だからね。他の人には内緒だよ?」


 栞が密やかに唇の前に人差し指を立てつつ、開けた箱からお菓子を四つ取り出してその場の全員に渡していく。


「わかった、内緒だね。ふふっ、なんか悪いことしてるみたい」


「俺はそこまで気にしなくていいと思うけど、まぁ黒羽さんがそう言うならそうするよ」


 友人だけ特別扱いなのは普通といえば普通なのだけれど、あまり大っぴらにやるのは角が立つ、かもしれない。


「ってことで、皆にも配ってこよっか? ほら、涼。一緒に行くよっ?」


「あ、待って。遥、楓さん、いつまでもしゅんとしてないでさ、さっきのあの話、二人にもしておいてよ」


「お、おぉ……。わかった……」


「う、うん。そうだね……。まずは手近なところから固めとかないと、だよね……」


 未だダメージは抜けていないようだが、ようやく口を開いてくれたので恐らくはもう大丈夫だろう。


 打ち上げの説明をし始めてくれたところで、俺と栞はそっとその輪から抜け出して教室の前の方へと向かう。


 ざっと見渡してみた感じ、全員登校してきているようだ。漏れていた俺達の会話から察している人も何人かいるようだが、ここは少しだけ大きな声を出すことにする。


 皆の前に立つのは一向に慣れる気がしない。でもさすがに無言で置いておいてご自由にどうぞではあんまりだろう。


「えっと、皆。休みに旅行に行ってきたからさ、もしよかったらお土産、もらってよ」


「私達二人からだよっ。ちゃんと全員分あるから急がなくてもいいけど、先生の分は残しておいてね」


 俺達が告げるとシンと静まり返る教室内。


「……あ、あれ?」


「もしかして皆いらない感じ、なのかなぁ……?」


 俺達が戸惑ったのもつかの間、ザワメキが広がっていく。


 ──結婚式の後に旅行って、それもう新婚旅行じゃん!


 ……まぁ、そういう気持ちもあったけど、メインは栞の誕生日祝いだから。


 ──さっき聞こえてきたけど温泉行ったんだって。いいなぁ、美味しいもの食べて、ゆっくりお風呂に入ってさぁ。


 ──一緒に温泉って、まさか二人で入ったり、とか……?


 ──温泉って普通男女別なんじゃないのー?


 大浴場なら、基本そうなんだろうね。俺達が泊まったのは露天風呂付きの部屋だったから、しっかり一緒に入ったさ。なにも隠そうとしない栞と。


 騒ぎが大きくなるのが目に見えているから言わないけど。


 ──どのみちもう夫婦みたいなもんだし、たとえ一緒に入ろうがおかしくないんじゃん?


 ──いやいや、あの黒羽さんとだぞ? そんな羨ましいこと……。


 はい、そこっ! 栞をいやらしい目でジロジロ見ないっ!


 栞が可愛いのは認めるけれど、栞のそういう姿は想像であろうと俺以外の人間には許したくない。というのはやはり独占欲が強すぎだろうか?


 と、こんな感じでざわつくばかりで誰も取りに来てくれない。視線も集めまくっているし、だんだんいたたまれなくなってきた。


「……いらないなら、引っ込めるけど?」


 俺がそう言うと、ようやく皆席を立ち周りに集まってきた。

 

 ちゃんと受け取ってもらえるようになったのはいいんだけど、どういうわけか途中から俺達が一人ずつ手渡しする形になっていた。そのせいで教室の中心を縦断する綺麗な一列が。そこに並んでいないのは我らが友人達だけだ。


 一体なんなのだろう、この変な儀式みたいなのは。と思いつつも俺が箱から取り出したお菓子を栞に渡して、栞が一人一人に渡していくという作業を繰り返していく。


 栞からお菓子を受け取った人は嬉しそうな顔で自分の席へと戻っていった。


 この不可解な行動の理由がわかったのは、列がほとんど捌けた頃。ざわめきの中の一つが俺の耳に届いた。


 ──あの二人の新婚旅行のお土産なら絶対ご利益あるよね!


 いや、ないから!

 ただのお菓子にそんな効果があったらびっくりだよ。

 というか、御守りでもないのになんのご利益があるっていうんだか。


 声を大にして言いたいところではあるのだが、


「おっはよー! ほら、皆席についてー──って、なんか賑やかだけどなにかあったの?」


 タイミング悪く連城先生がきてしまった。


「あっ、先生。おはようございますっ。先生もどうぞ? 私と涼からのお土産です!」


「あら、ありがとー! って、お土産? あなた達、どこか行ってきたの?」


「ちょっと二人で旅行に。それ見たらわかっちゃうと思いますけど、温泉ですよっ」


 お菓子のパッケージにはしっかり温泉マークが描かれているので、行き先を隠しても無駄だったりする。


「なぁっ、羨ましいっ……! 私は休みでも家で仕事してたのにぃ……」


「あー……、お疲れ様です……。家でまで仕事しないといけないなんて、先生も大変ですね」


 とりあえず労っておく。教師の大変さは俺にはわからないが、その間俺達は遊び呆けていたのだからこれくらいはしてもいいだろう。


「そうなの、大変なのよっ! まぁでも、今回は別にやらなくても良かったんだけどね」


「……やらなくてもいい仕事を家でしてたんですか?」


「いやね、皆もそろそろ今の席に飽きてきた頃かなーって思って。学校祭も終わっちゃったしここいらで気分転換ってことで、家で席替えのクジを作ってきたのよー!」


 先生が名簿と一緒に持っていた箱を教卓の上にポンと置くと、再びワッと盛り上がる。


 そういえば席替えなんてこれまでに一回しかしていなかったっけ。確か一学期の中頃、ちょうど俺と栞が図書室で密かに話をするようになったあたりだったはず。


 席替えは先生の気分しだいなところがあるらしく、前回もただの思いつきのようなタイミングで行われたのが記憶にある。


「まぁ、あなた達は今のままの方が嬉しいかもしれないけどね?」


 というのも、俺と栞の席が近いからだ。俺の右斜め前、それが栞の席。授業中でも視界に栞をおさめておけるので、俺は今の配置がとても気に入っている。


「……別に多少離れるのは仕方ないですよ。授業中に話ができるわけでもないですし、その時はその時です」


 同じ教室内にいることに変わりはない、休み時間になれば栞の方から来てくれるのだから──


「あら、そう? でも、黒羽さんはそう思ってないみたいよ?」


「えっ……?」


 先生に言われて栞を見ると、俯いて俺の制服の裾をちょこんと摘んでいた。


「私は……、少しでも涼の近くがいいよ?」


 栞と目が合った瞬間、きゅうっと胸が締め付けられるようだった。寂し気に目尻を下げて、瞳をうるうるさせて。そんな目で見つめられたら、離れても平気なんて強がりはとてもじゃないけど言えなくなってしまった。


 抱きしめたい衝動に駆られるが、また餌をまくような行為は我慢。


「そりゃ、もちろん俺だってそうだよ……」


 でも、クジを作ってきたということは自由に選べるわけじゃないということで、運に我儘は通用しない。


「なら私、頑張って涼の近くの席を引き当てるからっ!」


「え、あ、うん。任せた、よ?」


「えへへ、任されたっ!」


 どう頑張ればクジで近くの席になれるのかは甚だ疑問だが、ここは栞のクジ運を信じるとしようか。寂しそうな顔から一変した栞の笑顔を見ると、本当になんとかしてくれそうな気がするんだ。


 ただ、くれぐれも不正だけはしないようにと祈っておく。バレて罰として更に引き離されでもしたら、たまったもんじゃないからね。


「はいはい、熱々なのは知ってるからそろそろ二人も席に戻りなさい。あんまりのんびりしてると一限目始まっちゃうわよ。席替えは帰りのSHRでやるから、それまで今の席を楽しんでおきなさいね」


 気が付けば、先生と話をしていた俺達を除いて全員が自分の席についていた。もちろん、ほぼ全員がニヤついた視線を俺達に送りながら。


 さすがの俺達も居心地が悪くなり、スゴスゴと自分達の席に戻るのだった。

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