第204話 お土産と打ち上げの話

更新遅くなり申し訳ございません。

久しぶりの学校のシーン、会話の参加人数が増えると難しくて……。


そしてここからしばらく話がごちゃごちゃするかもしれませんが、その後一つずつ片付けていきますのでご容赦くださいませ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 電車を降りた後、駅から学校までの道のりをいつものように栞と腕を組んでのんびりと歩いていく。周りには普段と変わらず俺達と同じく学校を目指す生徒の波。ただ、いつもと違う点が一つだけ。


「……なんか前より視線を感じる気がするのは、俺だけ?」


 普段から栞がべったりなので視線を受けるのにはだいぶ慣れてきたけれど、これほどまで見られることは今までなかったように思う。


「んー……。言われてみればそうかも? でも私達、体育祭で目立っちゃったからね、そのせいかも」


「あー……。そんなこともあったねぇ……」


 二日間も栞にどっぷりな時間に浸っていたせいで忘れかけていた。そういえば俺達のことは名前も含めて全校生徒に知れ渡っているんだったっけ。


「まぁ、別に私は全然見られてもいいけどねっ。むしろもっと見せつけちゃおっかなぁっ」


 そう言うと栞は更にぎゅっと抱き着いてくる。


「わっ……! 栞、そんなにくっついたら歩きにくいって……。もう少し加減を……」


 栞は俺の腕に体重をかけてぶら下がるようにしがみついてきたのでフラフラしてしまう。


「んふふっ。いーやっ♪」


「……左様で」


 栞は最近『いーやっ♪』という言葉を多用しすぎな気がする。それであっさり折れてしまう俺も俺なのだが、楽しそうに笑う栞を見るとどうしても許してしまうのだ。


 そうでなくても栞を無理矢理振り解くなんて乱暴な真似ができるはずもない。


 それにこうしてもらっていると温かいしさ。心も、身体も。


 左腕全体が温泉に浸かっていた時みたいにぬくぬくなんだ。これから冬になってますます寒くなるので幸せな気分と同時に暖が取れるのはありがたい。心の方は今更言うまでもないよね。


「さーてっ、早く教室行ってお土産配らなきゃっ」


「はいはい」


 結局俺は、そのまま栞に引っ張られるような形で教室まで向かうことになるのだった。


 教室に着くと、普段の週明けと比べてどこか騒がしくザワザワとしていた。週明けと言っても今日は水曜日、次の週末までが短いせいなのだろう。これが本来の月曜日だとこの世の終わりみたいな顔をしているやつもいる。


 俺も栞と出会うまでは似たような気持ちだったけど、今はそうでもない。それも栞がほぼずっと側にいてくれて、気の置けない友人達がいるおかげだ。むしろ、今の俺にとって学校は割と楽しい場所になっていたりする。


 授業だって以前は漠然と受けていて苦痛に思うこともあったが、栞との将来という明確な目標ができたことで前向きに取り組めるようになった。


 俺の世界の中心が栞になったことで全てが良い方向に変わってきているんだ。本当に栞様々だよ。


「「おはよう」」


 栞と声を揃えて教室に入るのはもうお馴染みのスタイル。すでに登校していたクラスメイトは『今日もか』という目を俺達に送りつつも挨拶を返してくれる。


「おぅ、涼」


「おっはよー、しっおりんっ!」


 自分達の席へと向かうと、いつも通り遥と楓さんが寄ってきた。二人の表情も他の皆と同様にどことなく明るい。


「おはよう」「おはよっ」


「うんうんっ、今日も二人とも仲良しだねっ! 最近これを見ないと一日が始まった気がしなくってさ!」


 楓さんの視線が未だに繋がれたままの俺と栞の手に注がれていた。


「楓さん達だって似たようなもんでしょ? ねぇ、遥?」


「なんでそこで俺に振るんだよ……?」


「ちょっとは素直になったかなって思って」


 体育祭では色々あったし。公開ほっぺちゅーとかリレーが終わってからのとかさ。その後の連休、俺達ほどじゃなくてもなにかあったんじゃないかって勘ぐってしまうじゃない?


「余計なお世話だ……」


「そんなこと言って遥、昨日は──むぐっ……!」


「バカ彩っ! 誰にも言わねぇって約束だろうが!」


 楓さんがなにか言おうとしたのを、遥が慌てて口を塞いで黙らせた。


「昨日? 柊木君達、昨日なにかあったの?」


 そりゃ、ここまで聞かされたら気になるのも仕方がない。栞が聞かなかったら俺が聞いていたところだ。


「……別に。ただ、昨日一日だけ……、いや、なんでもねぇよ」


 ほぉ……?


「ぷはっ……! もうねっ、ずっと恥ずかしがってる遥がちょー可愛くって──むぐぅー………!!」


「彩っ! それ以上喋ると口を縫い付けるからなっ!」


「むぅー……! むむぅー……!!」


 やっぱり面白そうなことになってたんじゃん。おおよそ一日だけ素直に愛情表情してあげたとか、そんな話なのだろう。


 俺達のことをとやかく言う遥と楓さんもなんだかんだで仲良しなのだ。俺達とはその方向性がちょっと違うだけで、立派なバカップルだと思う。


 こうしてわちゃわちゃしている二人を見るのも楽しいし、もっと話を聞きたいところではあるのだけれど、だんだん楓さんが可哀想になってきたので話題を変えてあげることに。


「ねぇ、栞。これ、今渡しちゃってもいいかな?」


「そうだね。早い方がいいもんね」


「ん? 渡すって、何をだ?」


「むぅ?」


「えっと、まず遥は楓さんをはなしてあげて……」


「あ、あぁ、わかった。おい、彩。もう余計なこと言うなよ?」


「むぅ、むぅ!」


 口を塞がれて『むぅ』しか言えないマスコットキャラみたいになっていた楓さんは素直にコクコクと頷いて、遥はそれを確認してから手を離した。


「ふぁー……、苦しかったぁ。で、なにかくれるの?」


「彩香には私からね。はい、これ。お土産だよ」


「遥には俺から。昨日と一昨日の休みで栞と旅行に行ってきたから」


 栞は楓さん用のハンカチを、俺は遥用のボールペンをそれぞれ紙袋から取り出して手渡した。


「わぁっ、ありがと、しおりんっ! ハンカチ、可愛いっ!」


「でしょー? 紗月にも同じの買ってきたんだよ」


「サンキューな、涼。でもこれ、俺には可愛すぎじゃね?」


「うん。だからあえてって感じかな。ちなみに遥のは漣と同じのだから」


「まぁ、うん。くれるもんに文句つけちゃいかんよな。ありがたく使わせてもらうぜ」


「私も使うーっ!」


 ひとまずは喜んでもらえたようで一安心だ。栞も『だから言ったでしょ?』という目で俺を見ていた。


「それで、しおりん達はどこに行ってきたの?」


「えっとねぇ、えへへ。涼と二人で温泉旅行、だよっ」


「ほら、昨日が栞の誕生日だったからさ、そのお祝いにってことでね」


 俺が補足の説明を入れると、遥と楓さんはしまったという顔をした。


「あぁっ……。しおりん、ごめんっ! 誕生日、聞いてたはずなのに、私すっかり忘れてたっ……!」


「俺もだ……。学校祭終わって気が抜けちまって……。すまん、黒羽さん……」


「ううん、気にしないで。二人とも文化祭の実行委員で忙しかったんだもん」


「それとこれとは話が別だよ! 遅くなっちゃったけど、おめでとっ!」


「俺からも、おめでとうな」


「うんっ。二人とも、ありがと」


「本当はプレゼントくらい用意したかったのになぁ……」


「いいよいいよ。その分涼がいっぱいお祝いしてくれたもん。ね、涼?」


「そりゃね。俺が栞の誕生日を祝うのは当然だし」


 栞の誕生日は俺にとっても特別な日だからさ。


 もし栞がいなかったら俺がここまで変わることはなかった。そんな栞が生まれてきた日、今後は今年ほど大掛かりにお祝いすることはできないかもしれないけれど、毎年しっかりお祝いしようと思う。たとえ、どれだけ歳をとったとしても。


「んー……、でもなぁ。お土産ももらっちゃったし、なにもなしじゃ私の気が済まな────あっ! ねぇ、遥。昨日話してた例の件、しおりんの分を私達で出すってのはどうかな?」


「ん、あぁ。あれか? プレゼントっていうにはどうかと思うけど、彩がいいならいいんじゃね?」


「「例の件って?」」


 俺と栞が揃って首を傾げると、遥と楓さんは顔を見合わせてから口を開く。


「学校祭の打ち上げっ。やりたいよねって遥と話してたんだよっ!」


「まだ誰にも声かけてないんだけどな。一応今週末にでもって思ってるんだが、二人とも予定は空いてるか?」


「俺は空いてるけど、栞はどう?」


「私も特に用事はないよ。でも、私の分を出すって、お金のことだよね……? さすがにそれは申し訳ないんだけど……」


 旅行中に俺がお金を出すことに難色を示していた栞ならこの反応も頷ける。用意してくれたプレゼントなら素直に受け取れても、現金となると話は変わってくる。


 俺だって同じ立場なら断る。


「くぅっ、やっぱりダメかぁ……。なら、それまでに別に何か用意しとくことにするっ!」


「本当に気持ちだけでいいんだよ? 私だって今年の彩香の誕生日、お祝いしてないんだから」


 そもそも俺達が遥と楓さんと友人になった時にはすでに二人とも誕生日はとっくに過ぎ去っていたので、祝いようがなかった。友人として対等にという考え方もあるけれど、楓さんにはそんな理屈は通用しない。


「それは知らなかったんだからしょうがないのっ。私は忘れちゃってたんだから、それくらいさせてよ!」


「まぁ、それで彩香の気が済むのなら……」


「うんっ、じゃあ決まりっ! 打ち上げも皆にお知らせして、土日のどっちがいいか意見集めとくから、ちゃんと予定空けておいてね!」


「はいはい、わかったよ。でも打ち上げかぁ。私、そういうの初めてだよ。涼は?」


「それ、俺に聞く……? もちろん初めてだけどさ……」


 もしかすると中学時代にも俺を除くクラスメイト達はやっていたのかもしれないけれど、俺に声をかけてくれるような人はいなかったわけで。栞もそれは知っているはずなのに……。


「あっ、ごめんね……。でも、ふふっ。また涼と一緒にする初めてが増えるね。嬉しいっ!」


「ん、そうだね」


 痛いところを突かれてしまったが、栞の言う通り二人で初めてを経験するためだと思えばこれで良かったのかもしれないと思えてくる。上書きする必要もない、栞との記憶だけで埋め尽くされていくってことだからさ。


 と、それはそれとして、


「ところで、さっきは聞き流しちゃったんだけどさ。私、二人の旅行の話、聞きたいんだけど?」


 どうやらこの部分は見逃してもらえないらしい。


「おぉ、それそれ。俺も気になってたんだよ。ほれ、涼。詳しく話せ」


「いやぁ、それは……。ねぇ、栞?」


「えへへ、ねー?」


 旅行中のアレコレは俺達だけの思い出だ。そもそも聞かれたって話せないような内容が多い


 だから、一度栞とアイコンタクトを交わしてから、


「「内緒!」」


 うん、我ながら息ぴったり。


 これもスイーツ巡りの途中で独占したいと言っておいたおかげなのかもしれない。体育祭の日の朝のように栞が嬉々として話し始めたらどうしようかと少しだけ不安だったんだよね。


「えー! ちょっとくらい、いいじゃーん!」


 ただ、楓さんが諦めてくれないのもなんとなく想定はしていた。だからこそ最初は内緒ということにしておいて、大丈夫な部分だけ話して許してもらおうという魂胆もあったりする。


「もう、彩香はしょうがないなぁ……。なら、食べたものの話でもしてあげようか。それくらいならいいよね、涼?」


「うん、構わないよ。でも、後にしたほうがいいかも。ほら、漣と橘さんも来たし、SHRの前に皆にもお土産渡したいし」


 教室の入り口に目を向けると、漣と橘さんが手を繋いで入ってくるところだった。


「あっ、そうだね。じゃあ、続きはお昼休みにね」


「うー……。気になるけど、それまで我慢するっ!」


 そんなわけで昼まで持ち越し。登校してきた漣と橘さんにも個別のお土産を渡してから、全員分のお菓子を配ることになった。

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