第186話 まずはお土産から

「んん〜〜〜〜〜〜っ!」


 駅を出たところで栞は大きく伸びをする。しばらく電車に揺られていたので、その気持ちはよくわかる。俺も腰とかお尻とか固まっているし。


 でもさ……。


 少しだけ視線を下に向ければ栞の脚が視界に入る。スラッとしているのに細すぎず、健康的で魅力的な脚だ。それが今は生脚状態で、俺も気を抜くとついつい目が吸い寄せられていたり。


 そして現在、伸びをしたことで丈の短いワンピースの裾が持ち上がり大変無防備なことになって──


「ん? どうしたの、涼?」


 俺の視線に気付いたのか栞はコテンと首を傾げた。


「い、いや。脚、寒くないかなって」


 伸びを終えたことでスカートが元の位置に戻ったので、ひとまずは安心。それにこっちはこっちで気になっていたんだ。ここは山間部にある温泉街、当然俺達の住む地域よりも気温が低い。


「私、寒そうかな?」


「ううん。念の為、というかちょっと心配になっただけだから」


「ふふっ、大丈夫だよ。ちゃんと温かいから。ほら、こうやってするとねぇ──」


 電車を降りてから一時的にはなれていた腕に再び栞がぎゅうっと抱きついてきて、


「ねっ? ぽかぽかだよ?」


「ぐぅっ……」


 上目遣いの栞と視線が合った瞬間、悶えそうになった。いや、もう完全に悶えていた。くりっとした目が真っ直ぐ俺を見つめていて、直視できないのにずっと見ていたいという矛盾した状況に陥ってしまった。


 ダメだ、今日の栞は破壊力が強すぎる。

 あんまり可愛いから鼻血吹くかと思ったよ……。


「……涼?」


「う、ううん、なんでもないよ。でも、寒くなったらちゃんと言うんだよ?」


「はーいっ。一応ね、荷物の中にタイツは入れてきてるから、我慢できなくなったら着ることにするね」


「うん。それ聞いて安心したよ」


 しっかりしている栞のことだから対策は考えていると思っていたけど、やはり用意は完璧らしい。


「本当に涼は心配性だよねぇ?」


「栞のことにはね」


「私も涼のことに関しては同じだよ? だから、涼も寒くなったら言ってね。念の為にカイロ持ってきてるから」


「お、おぉ……。用意がいいね」


「でしょー? 備えあれば憂いなし、ってね」


 いやぁ、言い出した俺よりもよっぽど栞の方が用意周到だったみたいだ。さすがにまだカイロは時期的に早すぎると思うけど。



「で、これからどうしようか?」


 ついに目的地に到着したわけなのだが、ここからが問題だ。旅行計画なんてものを今まで立てたことのない俺、実のところこの後はノープランである。


 いや、ノープランとは言ったけれどもちろん全くの考えなしということではない。今日は宿に入ったら外へは出ずに、温泉に入って学校祭の疲れを癒したり、二人きりの時間を満喫するということで栞とも話はついている。


 そして明日はチェックアウトギリギリで宿を出て、付近の散策をしつつ食べ歩きをする予定だ。軽く調べてみたところ結構スイーツもあるようなので、甘味に蕩ける栞の表情を想像すると今から楽しみでしょうがない。


「んーと、たしかチェックインが15時からだったよね?」


「だね。ごめんね、この微妙な時間の使い道が思いつかなくってさ……」


 宿のチェックインは栞が言った通り15時から、そして現在は13時過ぎ。ここまで考えておきながら、このわずか2時間弱の予定を埋められなかった俺はまだまだなのだろう。本当ならスマートにエスコートしたいところなのだが、初めての旅行とあってなかなかうまくはいかない。


「そんなことで謝らないのっ。別にきっちり予定を組んでそれ通りに行動しなきゃいけないわけじゃないんだし、適当でいいんだよ。あくまで二人でのんびり過ごすのが目的なんだから」


「そうだったね。ありがと、栞」


「うんっ。でね、この後なんだけど、決まってないなら私の行きたいところに行ってもいいかな?」


「そりゃもちろん」


 俺にはプランがなくて、栞には行きたいところがある。それなら断る理由なんてどこにも存在しない。


「じゃあ行こっ?」


 栞に腕を取られて温泉街の中心へと歩き出す。


「で、どこに向かってるの?」


「えっとね、お土産物屋さんを見てみたいなって思ってて」


「またいきなりだね」


 到着早々に土産物屋とは、栞もなかなか買い物好きのようだ。


「そうなんだけどー。でも、帰り間際にバタバタしたくないし、荷物と一緒に買ったものを宿から家に送っちゃえば明日は身軽になれるでしょ? 両手がいっぱいじゃ疲れちゃうし、ゆっくり見て回れないしね」


「おぉ、そっか。さすが栞、そこまで考えてくれてたんだ」


 素直に感心してしまう。俺は予定を考えるので頭がいっぱいで、荷物のことまで考えが及んでいなかった。確かに観光地の宿であれば配送もしてくれそうだ。


「えへへ〜。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」


「なら、よしよししてあげる」


 わしゃわしゃと髪を撫でると栞はくすぐったそうに笑って、


「やーん、髪くしゃくしゃになっちゃうよぉ」


「じゃあやめよっかなぁ」


 手を止めれば拗ねるように唇を尖らせる。


「あぁん、涼の意地悪っ。やめちゃヤダ、もっとしてっ!」


「はいはい」


「んふふ〜」


 今度は乱れた髪を整えるように撫でてあげると満足気な顔をしてくれた。


 やっていること自体はいつもと大差ないのだけれど、場所が変われば気分も変わる。いかにもな温泉街を栞とじゃれ合いながら歩く、もうこれだけですでに楽しくてしかたがない。



「あっ、涼。お土産物屋さんあったよ! 入ってみよ!」


「おっけー」


 栞が見つけてくれた土産物屋へ入店することに。さすが観光地というだけあっていろんなものが所狭しと並んでいて、全て見ようと思ったら結構な時間がかかりそうだ。


「それで、栞は誰にお土産買っていくつもりなの?」


「うーんとね。まずお父さんとお母さんには買っていくよね。それから彩香と紗月でしょ。あとは美紀と、それから──」


「良かった。それなら俺も遥と漣に買っていこうかな」


「あれ? 最初からそのつもりだったんじゃないの?」 


「いやぁ、実はどうしよっかなって思ってたんだよね。旅行の話、学校では誰にもしてなかったし」


「あっ、そっかぁ……。どうしよう? 内緒の方がいい?」


 ここは俺も少しだけ悩んでいたんだ。知っているのは家族だけの二人きりの秘密の旅行、それはとても甘美な響きで。余計なことを聞かれることもなく、俺達の中だけに思い出を留めておける。


 でも、栞の口からするっと楓さんと橘さんの名前が出てきたことで俺も心が決まった。元々、なにもなしじゃ水臭いかなとも思っていて。


「ううん、大丈夫だよ。せっかくだし、なんか買っていこ。後は、他のクラスの皆にも文化祭のお礼ってことでさ」


 どうせ遥達に渡せば、それを聞きつけた誰かによって話が大きくされてしまいそうだし、それならいっそ最初からクラス全員分を用意してしまった方がいい。


「そうだね。サプライズ、してもらっちゃったもんね」


「とりあえず全員用は適当なお菓子でいいかな。遥と漣にはそれとは別になにかってことで」


「はーい。私もそうするね」


 というわけで、早速二人並んで店内の物色を開始する。まずは友人達へ個別に渡す分から。


「ねぇねぇ、栞。これなんて漣にどうかな?」


「ちょっと、涼っ。──ぷふっ……。そ、それはさすがに……もらっても困ると、思うよ……?」


 栞の肩がぷるぷると震えている。どうやら栞のツボに入ってしまったらしい。


 俺が栞に見せたのは、この温泉地の名前がデカデカと書かれたタペストリーだった。


「いいと思ったのになぁ」


「涼ってさ、漣君の扱い結構雑じゃなぁい?」


 栞はさっきの延長でクスクスと笑う。


「それは否定しないよ。悪いやつじゃないんだけど、時々面倒くさいし」


 栞とのことをたびたび羨ましがられたりさ。何度心の中で『お前には橘さんがいるだろうが!』って思ったことか。


「でも、仲はいいよね?」


「まぁね。なんだかんだで遥の次くらいには」


「だったらもう少し真面目に考えてあげようね?」


「……わかったよ。ってこれも半分冗談だったんだけどね」


 タペストリーなんてどう扱っていいか俺にもわからないし。旅行好きの人なら各地で買い集めてコレクションしたりするのかもしれないけどさ。


 というわけで、お土産選びを再開。


「あっ! ねぇ、涼。これはどう? なんか可愛くない?」


 次に栞が手に取ったのは、タオルハンカチ。おそらくここのイメージキャラクターなんだろうけど、デフォルメされたカエルがデザインされたものだ。


「いいかもね。一応使えるものだし」


「じゃあ、私はこれにしよーっと」


 栞はそのハンカチを三つ手に取る。楓さん、橘さん、それと美紀さんの分ということだろう。


「栞は決めるの早いね。俺、なにがいいのかよくわかんなくなってきちゃったよ……」


 よくよく考えれば、俺が友人にお土産を渡すのはこれが初めてのこと。定番とかもらって嬉しいものなんてわからなくて当然だ。


「ゆっくり考えていいよ。時間はまだあるしね。それとね、そんなに悩まなくても、涼が直感でこれだって思ったものでいいの。きっと柊木君も漣君も喜んでくれるはずだよ」


「わかった。アドバイスありがと」


「へへ、どういたしまして」


 それでも俺はなかなか決めることができずに、結局更に店内を二周程して、例のカエルのキャラクターがぶら下がったボールペンを選択した。栞と同じく実用的なものってことで。


 遥と漣がこれを使っているところを想像すると……うん、愛嬌があっていいかもしれない。


 その後、お互いの家族用とクラス全員分を選び終わって店を出た頃には、すっかりチェックイン可能な時間になっていた。舐めていたわけではないけれど、観光地の土産物屋はなかなかに時間泥棒のようだ。


 そして宿へと向かう途中──


「さーて、涼っ! お土産も買えたし、ここからが本当の本番だよっ? いーっぱいイチャイチャしようねー?」


「お手柔らかに、ね?」


「むーりっ♪」


 ですよねー。

 言うだけ言ってみたけれど、俺だって手加減できそうにないのだし。

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