第101話 愛してる
「えへへ、涼っ」
思いを、考えを伝え合って、お互いの気持ちを理解し合った途端に、この甘えっぷり。俺の腕の中にすっぽりとおさまって、胸に頬ずりしてきて。
それはもう大層可愛らしい。甘えられるのも嬉しい。最近は栞の不調を気にして控えていたので、このまま二人でふにゃふにゃになるまでイチャイチャしたい。
ただ──
「栞、まだ体調悪いんでしょ? そろそろ寝た方がよくない……?」
体調を崩しているところに押しかけて、大声を上げさせてしまったので、今度は栞の身体のことが心配になってきた。
「やっ! それに……、もう治ったもんっ」
栞は駄々っ子のようにイヤイヤと首を振り、より一層強く抱きついてくる。その身体はやっぱりいつもより熱を帯びていて。
俺は栞の両頬に手を当てて顔を上げさせる。そしておでことおでこをぴったりとくっつけて熱を見る。そんなことをしなくても熱があるのはわかっているのだけど。
だからこれは栞を納得させるためのパフォーマンスだ。至近距離で目を合わせると、栞の視線が泳ぐ。
「な、なに……? 急にどうしたの、涼……?」
「……まだ熱があるみたいだけど?」
「うっ……。ち、違うんだよ。これは涼がいきなりこんなことするから、顔が熱くなってるだけで……」
確かにさっきまでより顔が赤くなっているかもしれない。
「ほらっ、もう平気だよ?」
突然、栞は俺の腕から抜け出してパッと立ち上がる。平気と言う割にフラフラしているようだけど?
そんな状態なのに急に動いたりして、また倒れたらどうするんだか。もしそうなったら俺が受け止めるけどさ。
「あーもう、無理しちゃダメだって。無理させたのは俺だけど……。って、なんかごめんね……」
「うー……、もう、謝らないでよー……。涼が来てくれなかったら、今頃私まだ一人でウジウジしてたんだからね?」
「なら言うこと聞いてくれる?」
「う、うん。わかったよ……。これ以上涼に心配かけたらダメだもんね」
栞は申し訳無さそうに頷いて、ようやく素直に聞き入れてくれた。ベッドにコロンと横になった栞に布団をかけてあげると、モソモソと布団を引き上げて顔を隠してしまった。
「ねぇ、涼。一個だけ我儘言っていい?」
布団の中から栞が言う。
「ん、なに?」
「あのね、私が寝るまででいいから、手、握っててくれる……?」
布団の中から目だけを出した栞は恥ずかしそうな顔をしていた。今更そんなことで照れなくてもいいのに。
「うん、いいよ」
おずおずと差し出してきた手を握ると、いつも通り少しヒンヤリしている。それに小さくて可愛らしくて、スベスベで。
栞が起きる前はただただ必死で、この大好きな手の感触を感じる余裕がなかった。心にゆとりができてそれを感じられるようになると、どっと安心感が湧き上がる。
栞もふにゃりと表情を緩めてくれた。
「へへ、涼の手、温かい……。それに、こうしてもらってると落ち着く……」
「それなら寝るまでと言わずに、栞が起きるまでこうしてるよ」
俺だってしばらく離れていたせいで、栞に触れていたいという欲が高まっているのだ。そのうえでこんな可愛いことを言われたら離したくなくなってしまう。
「ダメだよ。気持ちはすごく嬉しいんだけどね、起きるまでなんて言ったら朝になっちゃうよ?」
「どうせ明日は休みだし構わないけど?」
明日は二学期最初の土日、当然学校は休みである。
「だ〜めっ! 一応私、病人なんだから、涼にうつしたくないもんっ!」
めっ! っと怒られてしまった。
うつしたら治るというのが迷信なのは知っているけれど、栞からなら全然うつされてもいいのに。
「えー……」
「えー……、じゃないのっ。涼まで倒れたら、私悲しいよ?」
クスクスと笑いながら栞は言う。その感じは、もうすっかり元の栞のものだ。
「そしたら栞が看病してくれるんじゃないの?」
「その時はするけどさぁ……。でも涼にはいつも元気でいてほしいのっ!」
まったく、栞は。こうして元通りになった途端に我儘を言うんだから。いや、今我儘を言っているのは俺の方か。
栞が甘えてくれるから、俺も栞を甘やかして。もし俺が甘えたくなったら、きっと栞はそれを受け止めてくれる。
共依存に近いのかもしれない。でも仕方がないんだ、俺達はとっくにお互いの存在が必要不可欠になってしまっているのだから。
「しょうがないなぁ、わかったよ。っていうかさ、栞も調子悪いの認めてるんじゃん」
謝るなと言われたけど、また申し訳なくなる。無理させたせいで長引かないといいけど。
でも栞はそこを責めてきたりはしない。代わりにバツの悪そうな顔をして。
「うぅ……、もうそれは許してよぉ。ちゃんと休んで、早くよくなるから、ね?」
「うん、待ってるよ。ほら、もうおやすみ?」
「はぁい。あっ、涼。寝る前にもう一個だけ……」
「いいけど、本当にこれで最後だよ?」
栞の我儘ならいくらでも聞いてあげたいところだけど、さすがに今はそろそろ休ませないと。こんなことをしていたら、いつまでたっても栞は眠れないのだから。
「うん。えっとね、おやすみのキス、して……? って、風邪うつしちゃ──んっ……! んっ、んっ……。んんっ……」
俺は栞が言い終わるより早くその口をキスで塞ぐ。さっきもしているのだから、もう一回したところで変わりやしないだろう。
さすがに舌を差し入れたりはしなかったけど、ちょっぴり激しめにキスをした。柔らかい栞の唇が気持ちよくて、止められなくなったんだ。
ここのところ、おはようのキスくらいしかしていなかったから、こんなおねだりをされて抑えられるわけがない。
「ふぁっ、はぅ……。もう……、強引なんだからぁ……」
拗ねるような口調の栞だが、その顔はトロンと蕩けている。喜んでもらえたようでなによりだ。
「栞がしてって言ったんでしょ?」
「そうなんだけど……。でも、えへへ、嬉しっ……。おやすみ、涼。大好きっ」
そう呟くと、栞は眠りにつくため瞼を閉じる。俺は片手で栞の手を握り、もう片方の手で頭を撫でて。
「おやすみ。栞、愛してるよ」
湧き上がる想いのままに栞の耳元で囁いてみた。『愛してる』だなんて初めて口にする。恥ずかしいし、照れくさい。でも、今この時にしっかりと伝えておきたかった。今後、似たようなことでまた栞が悩まないためにも。
それに俺も今回の件ではっきりと自覚したんだ。俺の栞への気持ちは『好き』や『大好き』ではとっくにおさまりきらなくなっていたんだって。『恋』と表現するにはあまりにも強すぎる。
栞は驚いた様子で目を開けると、頬を紅く染めて、
「私もね、涼のこと、愛してる、よ?」
栞も照れているのだろうか、また布団で顔を隠してしまった。でも、たとえ顔が見えなくても栞の気持ちがわかる。柔らかく握り返してくる手、穏やかな呼吸から全部伝わってきて。
今はもう言葉も必要ない。ただ静かにお互いの存在を感じていた。
やがて栞はスゥスゥと寝息を立て始めた。俺が部屋に来た時とは違い、安定した呼吸。
俺はとめどなく溢れてくる栞への愛おしさを感じながら、しばらくその頭を撫で続けた。
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