第181話 祭の後と旅行への備え
リレーで全てのプログラムを消化しきった体育祭。その後閉会式が行われ、全校生徒が協力して片付けをして。
それが終わると、グラウンドには何の痕跡も残ってはいなかった。
着替えを済ませた俺は栞とともに学校を後にする。
「……終わっちゃったねぇ」
相変わらず俺の左腕にひっついて歩く栞がポツリと呟いた。その顔はどこか寂しげで。
「だねぇ……」
俺も四日間に渡る学校祭がこれで終わりなのかと思うと少しだけ寂しい。
「でも、楽しかったね?」
「うん……。俺さ、こんなに学校祭が楽しかったの初めて、かも」
楽しかったからこそ、終わってしまったことが寂しいと感じるのだ。栞がいて、友人達がいて、クラスの皆と一緒に盛り上げて。それは去年までずっと味わうことのできなかったもの。
「最後のリレーもすごかったしねぇ。私ちょっと興奮しちゃったよ」
「だよね。楓さんは……、なんか規格外みたいな感じだったけど、遥もすごく頑張ってたしね」
リレーでは遥にまた大きな借りができてしまったように思う。俺達の負け分を取り戻すという言葉通りに、必死で走っていた。そして、バトンを渡す瞬間には同列とはいえ1位に躍り出たんだ。
まぁ、それもアンカーの楓さんに全部持っていかれてしまったような気もするけれど。
とにかく、この借りはしっかり返していきたい。いつまでかかるかはわからないけれど、この先その時間はいくらでもあるだろう。俺は遥のことを親友だって思ってるんだから。
にしても、遥は本当に素直じゃない。昨日、俺からはちゃんと言葉にしたっていうのに、結局遥の口からは聞けずじまいだった。
ただ、なんとなく遥が同じように思ってくれてるんじゃないかっていう確信はある。
リレーから戻ってきた遥を出迎えた時、俺達は再びハイタッチを交わしたのだが、遥はそのまま俺の手をグッと握りしめた。その手がすごく熱くて、言葉はなくても遥の気持ちが伝わってきた気がして。
遥の口調を借りて言うのなら、
『やってやったぜ、親友!』
ってところだろうか。
我ながら小っ恥ずかしいこと考えてるなって思う。
でもさ、俺はこれからはそういうのもちゃんと大切にしていきたいんだよね。今まで出来なかった分もさ。
*
電車に乗ってからも体育祭についての話題が尽きることはなかった。一緒に見た光景を思い出しつつ、感じたことを言い合って。やっぱり似たようなことを考えていたことがわかって、その似た者同士っぷりに周りの迷惑にならない程度にクスクス笑ったりした。
うちの最寄り駅に到着すると当たり前のように栞も一緒に電車を降りる。体育祭があろうと、帰りにうちへ寄っていくのは変わらないらしい。
「ねぇ、涼。ちょっとそこ、寄っていってもいいかな?」
駅前にあるドラッグストアへと視線を向けながら栞が言う。
「いいけど、なにか買うの?」
「涼の背中の絆創膏をね。お風呂で滲みたらいけないから、ちゃんと防水になってるのを買おうかなって思って。明日のことも、あるしね?」
「あっ、そっか……」
明日は栞の誕生日祝いにと計画していた旅行へ行く。しかも目的地は温泉。今は痛みが引いているけれど、お湯が触れればまた痛みそうだ。
手当ては栞が全部やってくれたので今のがどんな絆創膏なのかはわからないが、栞がこう言うということはきっと防水仕様ではないのだろ。
こういう時、栞が気が利く子で本当に助かる。
「ふふっ、いいよ。その傷は私のせいだし、治るまでちゃーんとお世話するからね」
「そんなに責任感じなくてもいいんだよ? もちろん栞が世話をしてくれるのは嬉しいけどさ」
「責任感じてるからってわけじゃないんだけどね。痛いの我慢しながら温泉なんてイヤでしょ? せっかくならしっかり楽しみたいじゃない?」
「そういうことなら。うん、わかった」
「じゃあ早く行こっ! 帰ったら新しいのに貼り替えてあげるからねっ!」
栞に腕を引かれてドラッグストアへ入店する。
俺も買っておきたいものがあったのでちょうどよかったかもしれない。これがなければ栞が帰った後でコンビニにでも行こうと思っていたところだ。
何を買うつもりなのかと聞かれてしまうと答えるのに戸惑うところだが。まぁ、明日明後日に向けての準備というか、備えというか。栞が言っていたお礼を受け取るのに必要になるもの、と言えばバレバレだろうか。
まぁ、栞はすっかりその気になっているようだし、聡さんとの約束もある。家にはまだ在庫があるが数が心もとないし、それを持っていくよりも未開封のものの方がいいかなっていう考えだ。
「ねぇ、栞。俺もさ、買いたいものがあるからちょっと行ってきていいかな?」
「じゃあ先にそっち見に行こっか」
「いや、一人で行ってくる、よ?」
「えー、なんでー? ついでなんだから、一緒に買えばよくなぁい?」
「なんで、って言われても、ねぇ……?」
今までも俺が自分で買っていることは栞も知っているのだろうけど、それを持って二人でレジに向かうのはなんだか照れくさい。
「それじゃわかんないよ……? もしかして、私に見られたら困るもの、なの?」
ドラッグストアに見られて困るものが置いてあるのかはともかくとして、
「困らないけど恥ずかしくはある、かなぁ……」
ここまで言ってしまえば栞も俺が何を買いたいのかがわかったようで、ほんのりと頬を朱に染めた。
「もー……、涼のえっちぃ……」
拗ねるように唇を尖らせながらも、俺の左腕に抱きつく力を強める栞。それに嬉しそうな顔も隠せていない。
「いやっ……。でも、要る、でしょ……?」
俺がそう言うと、栞は少しだけ目を泳がせて。
「ううん、要らない……。あっ、じゃなくって……、えっと、あのね、今回は私が用意してるから、買わなくても、いいよ……?」
「そう、なの……?」
これまでは母さんからのお節介の品を使ったり、俺が自分で用意していたものを使っていた。栞の家でって時も、もしもに備えて俺が財布に入れていたものだったのだし。
こういうのは、なんとなく男としての責任みたいに感じていて、俺が用意するのが当然だと思っていたのだ。
「うん。えっと、ね……、二人で使うものなんだから、涼だけに負担させるのもよくないなぁって……。だから、今回は私に任せてほしいんだけど、ダメ、かな……?」
「ダメ、じゃないです……」
栞がこう言うのなら、ここは任せた方が良さそうな気がする。なんで目が泳いでいたのかはわからないけれど、説得力はあった。
それに店内で長々とするような話でもないので俺が折れることで早々に切り上げることに。
「へへ、よかった。じゃあさ、せっかくだから道中で食べる用になにかおやつでも買っていこっ!」
「はいはい……」
そこからは俺達は、まずは絆創膏を見繕って(栞がものすごく吟味していた)、それぞれの好きなお菓子をいくつか購入して店を出た。
買い物の最中に栞がこっそり、
「んふふっ。りょーうっ、楽しみだねぇー?」
と耳打ちしてきて、そういうことを言っているのか、単に旅行自体のことを言っているのかわからなくて内心ドキドキだった。そんな俺の顔を見て、また栞はからかうような笑顔を見せてくるのだから、本当にずるいって思う。
*
家に帰ると両親への挨拶もそこそこに自室へと引っ込むことに。父さんも母さんもまだ二日酔いが残っているらしく、喋ると頭に響くそうだ。
いったいどんだけ飲んだんだか……。
「涼、服脱いでねー」
「おぉ……、いきなりだね」
「こういうのは早く済ませちゃったほうがいいんだよっ」
「それもそうだね」
絆創膏を貼り替えてくれるだけなのはわかっているので、上だけを脱ぐ。脱いだ制服は栞がハンガーにかけてくれた。
こういうところでまた栞はいい奥さんになるんだろうなぁって思ってしまう。もちろん俺もそれに甘えるだけにならないようにしなければならないわけだけど。
「じゃあ、学校で貼ったの剥がすけど、痛かったら言ってね?」
ベッドの淵に腰を下ろした俺の背後へと栞が回り、背中にぺたりと触れた。
「少しくらい平気だって」
「私がヤなのー。優しくはするけど、ちゃんと言うんだよ?」
「はーい」
俺が返事をすると、栞が一枚目の絆創膏へと指をかけた。その手付きは言っていた通りに優しいのだけど、
「ふっ……」
思わず口から息が漏れた。
「あっ、痛かった……?」
心配そうな声で栞が剥がそうとしていたところを撫でてくれる。
「いや。痛いんじゃなくてね、ちょっとくすぐったくって……」
爪の先で背中をそっとカリカリされたら、なんかゾクッとしてしまったんだ。それで笑いをこらえた結果がさっきの漏れた息というわけだ。
「なんだぁ……。いきなりやっちゃったかと思ったよ。なら、もう少し普通に触ったほうがよさそうだね」
「だね。それでお願いするよ」
「うんっ」
再び栞の手が絆創膏にかかる。端っこから少しずつ慎重に剥がしているのがわかる。
「一つ目取れたけど平気だった?」
「全然大丈夫みたいだよ」
ジャージと体操着で守られていたおかげか、やはり傷自体は浅いのだろう。
「そっか。じゃあこんな感じで全部やっちゃうね」
俺の背中に貼られていた絆創膏は全部で六枚、らしい。その全てが取り払われた。
「うー……。やっぱりこうやって見ると結構痛々しいね……」
「そうなの? 俺は自分で見えないからよくわかんないや」
見えないのもあるけど、今は痛みがほぼ引いているのでそれほどの実感もない。
「まったく、涼は……。こんなになってまで助けてくれちゃうんだから。でも、ありがとね」
「どういたしまして」
そんな会話をしつつも、栞は新たな絆創膏を貼っていく。六ヶ所全てに貼り終わると、
「もう一回、おまじない、しとくね。早く良くなりますようにっ。──ちゅっ」
学校でしてもらったのと同じようにまた絆創膏の上からキスをされる。何回されても幸せな気分だ。
「はい、おしまいっ。これで多分お風呂も平気なはずだよ」
「ありがと、栞」
「お礼を言うのは私のっ──んっ……」
俺は振り返り、栞の口を塞いだ。栞のせいとか、そんなのはどうでもいい。ただ、栞のしてくれたことが嬉しくてお礼を言っただけなんだから。
「もうっ、涼ってばぁ……。強引っ!」
「だって、また栞が変なこと言おうとするから。イヤだった?」
「イヤなわけないけど、変なことじゃないもん。涼が転んだのは私がっ──んんっ……」
もう一度口を塞いでやった。こうなったら栞が同じことを言おうとするたびに黙らせるつもりだ。今後のためにも、ここでわからせておく。
じゃないと俺が手助けするたびに栞は同じことを言いそうだから。
「どう? まだ言う?」
「……ごめんなさぁい。もう言わないよぉ」
うんうん、わかってくれたようでなにより。
「じゃあこの話はもうしないってことで。いいね?」
「はぁい……。でも、涼……?」
「ん? ……んんぅ?」
今度は俺が栞に口を塞がれる番だった。
「んっ、んっ、ちゅっ。ふぁっ……。あんなことされたら、私が我慢できなくなっちゃうんだからぁ……」
トロンとした栞の瞳が俺を狙っている。
「ちょっと待って……。さすがに今日は……」
無理ということはないけど、疲れもあるしなんとなく明日まで我慢したほうがいいような気がして。
「わかってるよ。だからね、涼。キスだけでいいから、もっとしよ……?」
「もう栞は……。しょうがないなぁ……」
と言っても俺だってもっとしたいと思っていたりする。昼休みにされた情熱的なキスの残り火がずっと燻ってるんだから。
一度仕切り直しをして、しっかり抱き合って、見つめ合って、どちらからともなくキスをする。誰にも邪魔されることのない幸せすぎる時間だ。もっともっととねだる栞が可愛くてしかたがない。
でも、結局はあっという間にお互いが我慢の限界を超えそうになって、栞は少しだけふらふらしながら帰っていった。
ちょっと心配だったので家まで送ろうかと言ったのだが、
「ダーメっ……。そんなことされたら、今度こそ私の部屋に連れ込んで、続き、しちゃいそうだから……」
と断られてしまった。
栞も俺と同じ考えで明日まで我慢の方向だ。でも、そうなると明日が大変になるのは確実で、やっぱり早めに寝ることを決めた。
寝る前に準備だけはしっかり済ませて、その中に栞へのプレゼントも忍ばせる。それなりの大きさがあるものなので、着替えなんかよりもよっぽどかさばるが、早めに渡したいので持っていくのをやめるつもりはない。
喜んでくれるかなぁ……。
栞も俺の誕生日の準備をしてくれている間、こんな気持ちだったのかな?
ウキウキと飾りつけの用意をしている栞が脳裏に浮かんできて、ほわっと胸が温かくなる。
俺はプレゼントを受け取った栞の顔を想像して、しばらく一人でニヤけていたのだった。
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いつも拙作を読んでくださりありがとうございます。
前話を書いた後の勢いで楓彩香さんのAIイラストを作ってみました。
興味のある方は覗いてみてくださいませ。↓
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