第172話 遥の玉入れ<栞のほっぺ

「彩香のほっぺはいじりがいがあるねぇ」


「そ、そう? 気に入ってくれたなら、良かったの、かな?」


 お仕置きを済ませたはずの栞は、その後もそのまま楓さんのほっぺを弄んでいた。押しつぶしてみたり、痛くない程度に引っ張ってみたり。抑揚のなくなっていた声も普段通りに戻って、むしろちょっと楽しそう。


 一方、楓さんは少し戸惑っているようだけど。変顔ショーをさせられているのだから、さもありなん。


「二人とも仲良しだねぇ。ねっ、私も混ざっていーい?」


 栞と楓さんを羨ましそうに見ていた橘さんも我慢の限界らしい。仲良しガールズ三人組で一人だけ除け者は寂しいと見える。


「もちろんっ。じゃあ紗月は私のほっぺをどーぞ?」


 栞が橘さんにほっぺを差し出して、


「やったぁ。それじゃちょっと失礼して……。って、栞ちゃんのほっぺ、とってもすべすべだよ?! 私のと全然違う!」


「ふふんっ、だって涼がよく触ってくれるところだもんっ。当然、お手入れは抜かりないよ?」


 栞が渾身のドヤ顔を決める。可愛い、でもほっぺを触られながらなので様になっていない。


「それでこんなに気持ちいいんだぁ。ふあぁ……」


 栞のほっぺは橘さんにも大好評のようだ。


 俺も栞のほっぺに触るの好きなんだよね。すべすべもちもちで、いつまで触っていても飽きがこない。キスの前に俺が栞の頬に触れるのもそのせいだったりする。優しく撫でて、むにむにすると栞も嬉しそうにしてくれるしさ。


「なんだとー! さっちんだけずるいっ! 私も触るー!」


「はいはい、なら片方ずつね?」


 楓さんも栞のほっぺに手を伸ばして、三人でそれぞれのほっぺを触り合う三つ巴の状態に。


 そんな光景を見せられていると、俺も栞のほっぺを触りたくなってくるわけで。


 でも、このまま女の子同士がじゃれあっているのを見ているのも悪くないかなと思ってしまう。もちろん変な意味ではなく、純粋に仲良くじゃれ合っている姿が微笑ましいってだけだ。


 というわけで、ふにふにと揺らされる栞のほっぺを見ながら、俺も後で触らせてもらおうと心に決めた。どうせ昼休みに二人きりの時間を作るつもりなのだし、俺が頼めば栞は喜んで触らせてくれることだろう。


 と、そこで──


「あのさ皆、楽しそうなのはいいんだけど、遥のことは見てあげないの……?」


 大玉転がしの疲労からようやく回復した漣が申し訳なさそうに口を開いて、ようやく気が付いた。


 さっきまでここにいた遥が、いない。


「あれ、遥は? トイレ?」


 そういえば、俺と栞が『バカップル』として呼び出されて、戻ってきてから姿を見ていないような気もする。


 あれから結構な時間が経っているはずなのに。役目を終えてすぐ戻ってきた俺たちと違って、借り物競争で第一走者だった楓さんが帰ってきたのは3年生までの全員が終わってからだし、そこからは栞によるお仕置きタイム。トイレに行っているにしてはいくらなんでも長すぎる。


「いや、あそこで玉投げてるから……」


 漣に呆れ声で言われてグラウンドの真ん中を見ると、すっかり借り物競争の片付けも終わって、それどころか次の種目である玉入れが開始されていた。


 そこでは遥が地面に落ちている玉を拾っては、立てられた棒の先に付いた網に向かって投げているところだった。ほとんど入ってはいないようだけど。


「あっ、本当だ」


「本当だ、じゃないでしょ……」


「うん。なんか、ごめん……」


「そこで俺に謝られても……」


 それもそうだ。遥、本当にごめん……。


 でも一番の問題は──


「もうっ、二人ともくすぐったいよぉ」


「よいではないかー! ほーら、もっと触らせろー!」


「ほわぁ……。栞ちゃんのほっぺ、病みつきになりそうだよぉ……」


 俺と漣の会話も耳に届いていなくて、ずっとじゃれ合っているこの三人なんだよね……。


 *


「あーもう、全然入らんかったわ……。くっそ……。あの網、高すぎじゃねーの?」


 出番を終えた遥は悪態をつきながら帰ってきた。


 遥の言う通り、網の位置はものすごく高い位置にあった。たぶん小学生の時に見たものよりも倍くらい高かったんじゃないかな。高校生向けのアレンジだとしても、かなりハードだったろうと思う。


「う、うん。そうだね」


「だなー。最後の方なんて全然届いてないやつ多かったもんなー」


 俺は途中から、漣は最初から見ていたから話がわかるけれど、女子三人はそうもいかない。三人揃って遥からスイッと視線を逸らした。


 そりゃそうだよね。結局遥が戻ってくる直前まで仲良くわちゃわちゃしてたもんね。


「……なんで目を逸らすんだよ?」


「あ、あはは。ちょっとね、あれだよね。えっとね……、そうそう。柊木君の勇姿がね、眩しかったから、かな?」


 真っ先に栞が誤魔化して、


「勇姿って、玉投げてただけなんだが……?」


「そうかもしれないんだけどね……。でも、うん、すごい活躍してた、もんね?」


 橘さんも栞に便乗して、


「ほとんど入れれなかったんだが……?」


「……」


 楓さんは視線を逸らしたまま最後まで無言。動揺が顔に出すぎている。


「おい、彩……」


「な、なに、かなぁ……?」


「お前、見てなかっただろ……」


「み、み、見てた、よ?」


「……ちょっと来い」


 遥に首根っこを掴まれた楓さんは、そのままズルズルと引きずられてどこかに連れていかれてしまった。


「あーん! しおりんもさっちんも同罪なのにぃー!」


「うるせぇっ! 黙って来いっ!」


「助けてぇ、しおりーん、さっちーん!」


 俺達はそれを手を合わせて見送った。


 こうなるのもしょうがないと思う。遥は楓さんの時に必死で応援してたのに、自分の時は見てもらえなかったんだから。一番見てほしかったであろう人に忘れられていた遥の気持ちを考えるとなんとも言えない気分になる。


「……行っちゃったねぇ」


「うん……。って、栞もだからね?!」


「あ、あはは……。ごめんなさい」


 本当なら、遥に三人まとめて怒られても文句は言えないのだから。


「高原だって人のこと言えないでしょ……」


「……俺は中盤から見てたし」


「俺が教えてやったからな」


「うっ。そうでした……」


 最後のリレーはちゃんと最初から見るから、それで勘弁してくれ。


 ひとまず、ここにいない遥に向けて心の中で許しを乞うておいた。


「まぁまぁ。悪いのは完全に私達だし、遥君には後でちゃんと謝ろうね」


 とっさに誤魔化してしまったとはいえ、橘さんも罪悪感が拭えなかったらしい。


「「はい……」」


 これに関しては俺も栞も頷くしかない。


 皆で応援し合っていたのに、わざとではないとはいえ遥の時だけスルーして(しかけて)しまったのだから。


「それで、今からは昼休みだったよね? 遥と楓さん、どっか行っちゃったけど、どうする?」


 プログラムでは玉入れで午前の部が終わり、ここから昼休みに入る。


 高校の体育祭ともなると、父兄が見に来ることもほとんどなく、生徒達の昼食は教室に戻ってとることになっている。


「うーん、そのうち戻ってくるんじゃないかなぁ……? それよりも涼?」


 栞が真剣な顔で俺をじっと見る。栞の言いたいことはちゃんとわかってるつもりだ。さっき昼休みまで待ってねと言った件だ。


「昼食べて、遥に謝ってからだよ」


「へへ、覚えてるならいいんだよっ。じゃあ教室行こっか」


 残された俺達四人が教室へと向かうと、中から叫び声が聞こえてきた。


「うー! はか、ゆるひへしてー!」


「いーや、まだ足りないね! 人が頑張ってたってのに、お前はっ! このまま伸び切って戻らなくしてやる!」


「もげっ! もげひゃちゃうからー!」


 中を覗くと、今度は遥から頬を思い切り引っ張られるお仕置きを受けている真っ最中の楓さんが。哀れ楓さん、二度にわたるお仕置きで両頬が真っ赤になっていた。


 これも栞の影響なのかな……?


 夏休みの課題の時も、中間試験の勉強会の時も、寝そうになってた楓さんへのお仕置きは決まってこれだったわけだし。


 ……。


 なんて、ボケっと眺めてる場合じゃない!


 我に返った俺達は、楓さんのほっぺが元に戻らなくなる前に仲裁に入って、遥にさっきのことを平謝りして。


「ったく、揃いも揃ってひでぇやつらだ……。まぁ、無様なところをあんまり見られなかったのは助かったけどさ……」


 どうにかこうにか無事(?)に遥を落ち着かせることに成功したのだった。

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