第170話 応援に熱を込めて
朝一からやらかした感が否めないところだが、そんなのはお構いなしに体育祭の開始時間はやってくる。
まずは開会式。全校生徒による入場行進から始まって、校長のありがたい(長い)話、その後でメイド会長──じゃなかった、生徒会長が生徒代表として宣誓を行う。
もちろん今日の会長はメイド服、ではなく、これから運動をするに相応しいジャージ姿。もしここでメイド服で現れていたら、何かに目覚めたのかと疑う事態になっていただろう。
直前、隣の副会長からなにやら紙切れを手渡された会長は、それを流し読みした後で副会長の頭をはたいていた。大方、また変な原稿でも読まされそうになって──
……ん?
ということは、昨日の黒子は副会長なのかな?
まぁ、あのミスコン自体が生徒会主催ということなので、そうであったとしても別におかしな話ではないか。
どうやら我が校の生徒会というのは割と緩い組織のようだ。生徒会とは縁のない俺には全く関係のない話なのだけど。
栞が隣にいないせいで、そんなどうでもいいことをボーッと考えているうちに会長は壇上へと上がっていた。ちなみに出席番号順に並ばされているので、栞は俺よりも少し前方にいる。
そして、秋晴れの空に会長の凛とした声が響き渡った。
『宣誓! 私達は我が校の生徒として恥じぬよう、仲間達と協力し、正々堂々と競技に励むことを誓います! 10月25日 相佐利愛!』
昨日のミスコンでの恥ずかしそうな姿が嘘のような、堂々とした宣誓をもって体育祭は幕を開けた。
ところまではよかったのだけど──
会長は壇上から降りる際に階段を踏み外して尻餅をつき、涙目になっていた。美人系でキリッとした見た目に反して意外とドジなところがあるらしい。きっと、こういうところが人気の理由なのだろう。
ギャップというものには不思議な魅力がある。
俺もしっかり者の栞の、たまーに抜けているところにやられたりするのだ。そういう時の「あれぇ?」と首を傾げる栞は最高に可愛い。
ただ、ここで一つ言えるのは栞にドジっ子属性がなくて良かったということだ。だって、そうだったら常に気が気じゃないじゃない。ただでさえ俺は栞のことになると心配性なんだから。
もし栞が頻繁に転ぶような子だったら……。もちろんフォローはするだろうけど、心臓がいくつあっても保たないと思う。
*
そんなことがありつつ現在、グラウンドの真ん中ではすでに競技が行われている。
まだまだ出番が先の俺と栞は競技中のチームメイト──クラスメイトや俺達と同じく5組に所属する先輩方──に視線を送りつつ応援に精を出しているところだ。
「5組、頑張れー!!」
こんな感じで、他のクラスにかき消されないように声を張り上げる。俺の隣に座っている栞もその澄んだ声を精一杯響かせていて、それが耳に心地良い。
一つ競技が終わると次の競技が始まるまではしばしの休憩タイム。応援していただけだというのに、二種目が終わる頃にはわずかに汗ばんでいた。
今日が快晴だというのもあるかもしれないが、それだけ熱が入っていたということだろう。
「ふぅっ。ねぇ、涼。応援するだけでも結構疲れるもんなんだね?」
「だね。でもさ、大きな声出すのって案外気持ちいいかも」
大きく息を吸って、腹から声を出す。最近の俺にはストレスなんてほぼないけれど、それだけでなんだかスカッとする気がする。
「あっ、私も同じこと思ってたよ。それにね、涼が頑張ってるから私もって思って張り切っちゃった」
えへへ、と笑う栞の顔が眩しい。
「だって栞が言ったんだよ? 応援も頑張ろうって」
「そうだったね。へへ、ちょっと熱くなってる涼も格好良かったよ」
「そうかな?」
競技でいいところを見せたわけでもないのに、栞の俺への評価基準はかなり甘い。
「そうなのっ! 私はいつもと違う涼が見れて嬉しいよ?」
「まぁ、俺も必死で声出してる栞のこと可愛いなって思ってたけどね」
「あぅっ……。もうっ、不意打ち禁止だよぉ……」
「いや、先に言ったの栞だからね……?」
「私はいいのーっ!」
照れ隠しで頭をグリグリ押し付けてくる栞を受け止めると、ふっと笑みがこぼれる。
隙あらばすぐこんな空気になるのが俺達というか、端からみればバカップル丸出しだなぁと。自覚はあるけど栞と話をしているとどうしてもこうなってしまうのだ。
「はいはーい、そこのお二人さん! 仲良ししてるところ悪いんだけど、もうすぐ私の出番だからちゃんと応援してよー?」
「あれ、そういえば彩香って何に出るんだっけ?」
「次の次にやる借り物競争だよ! それと最後のリレーにも出るよー!」
「楓さん、二つも出るんだ?」
「いや、一つしか出ないやつの方が少数だからな? 最低一つってなだけで、二つ出るやつ結構いるんだぞ」
会話を聞いていた遥が呆れた声を漏らした。
「あ、そうなんだ……」
文化祭のことと、栞と二人三脚に出られることで頭がいっぱいで全然気にしていなかったけど、どうやらそうらしい。
「ちなみに俺も二つ出るぞ。彩と一緒のリレーに、あとは玉入れだな」
「なんか落差がひどい……」
体育祭の目玉とも言えるクラス対抗リレー、それに比べて玉入れのやる気のなさ。決して玉入れをバカにするつもりはないけれど。
「いいんだよ。どうせリレーで全力出すんだし、それまでは温存しときたいからな。それに、大玉転がしよりはマシだろうよ……」
遥の視線を追うと、次の種目である大玉転がしの出場者達が。その中に紛れて漣と橘さんの姿があった。
男女混合の競技は二人三脚だけではなかったようだ。他にもクラスメイトが二人側にいるので、二人きりでというわけにはいかないみたいだけど。
「あっ、紗月と漣君だ。さっき二人でふいっといなくなったからどこに行ったのかと思ったら。もう、水臭いなぁ。声かけてってくれればいいのにね?」
「ね。まったく、漣のやつ……」
栞にそう返事をしながら、俺は大玉転がしも玉入れもそう大差ないんじゃないかなぁなんて考えていた。なんで高校の体育祭でそんな小学校みたいな種目があるのかなって。
『間もなく大玉転がしを開始します。次の借り物競争の出場者は所定の位置に集まって待機してください』
そんなアナウンスが流れて、
「おっと! それじゃちょっと行ってくるよ! お題次第なところはあるけど、ぶっちぎってくるからねー!」
楓さんは気合も十分に元気よく駆けていった。
楓さんの応援をすることは確定なんだけど、まずは目の前の大玉転がしだ。友人が出るとなればより応援にも熱が入るというもの。
学年別に一年生から順に競技が進行するようで、さっそくの出番。
「
遥を先頭に声を出す。ここにいない楓さんの分まで。
「漣ー! 頑張れっ!」
「紗月ー! 全員なぎ倒しちゃえー!」
いや、栞……?
なぎ倒しちゃ、ダメなんじゃない……?
興奮している様子の栞はなかなか物騒なことを言う。
一瞬こちらを見て恥ずかしそうにする漣と、控えめに手を振ってくれる橘さん、残りの二人もクラス皆の応援に反応して。それから真剣な顔で前を向いた。
スタートを告げるピストルの音が鳴り、8クラス分、8つの大玉が転がりだす。コースはトラック一周の200メートル。
「おいおい、まじかよ……」
「あのさ、遥……。俺達、大玉転がしの認識を改めたほうが良いんじゃない……?」
「だな……。大玉転がし、すまんかった……」
8つも大玉があればそれはもう酷い有様だった。スタート直後から乱戦状態、玉がぶつかり合ってあらぬ方向へと転がっていったり、人同士が接触して吹き飛ばされたり。
俺や遥の予想より何倍も激しい戦いが繰り広げられていた。こうして見てみると、あながち栞の言葉は間違いじゃないのかもしれない。さすがに故意になぎ倒しちゃダメだとは思うけど。
グチャグチャのまま全体が50メートル程進んだ頃、そこから玉さばきが巧みな順に抜け出し始めた。その時点でうちのクラスは3位。乱戦でもたついた分、前の2チームからだいぶ離されてしまっていて、最終的にそのままの順位でゴールしていた。
「いやぁ、大玉転がし舐めてた……。練習じゃこんなことにはならなかったのに……」
「本当にね。本番がこんなにハードだとは思わなかったよ……。かづくんは私のことかばってくれてたから余計大変だったよね?」
「そりゃあ、さっちゃんは大事な彼女だから当然だよ……。でも、さすがに疲れたぁ……」
「もぅ、かづくん……。やっぱり好きっ……!」
そんな会話をしながら戻ってきた漣と橘さん。
「二人ともお疲れ様」
労いの言葉をかけると、漣は椅子に座り込んでぐったりしてしまった。イチャつく元気が残っているのかと思っていたのに、かなり疲弊しているらしい。
「俺、しばらく動けそうにないや……」
「紗月も漣君も頑張ってたもんね」
「栞ちゃんが応援してくれる声がすっごく聞こえてきたからね。他の皆の声も聞こえたけど、栞ちゃんのが一番だったよ」
「えっ、そうなの……? ちょっと恥ずかしいかも……」
「そんなことないよ。栞ちゃんの声がね、すーっと耳に届いて、これは頑張らなきゃっ! ってなったんだよ。だから、ありがとっ」
「もう、紗月ったら……。でも、それなら良かった、かな?」
「うんっ。他の皆もありがとね」
動けなくなっている漣の分もといった感じで、橘さんはニコリと笑って丁寧にペコリと頭を下げた。
その姿に、その場の空気が和んだ。
「なんかこういうのっていいね、涼?」
栞が俺の耳元でポツリと呟く。
俺も同じことを思っていた。最近ますます栞と思考回路が似てきている気がする。
応援する方もされる方も一生懸命で、皆で同じ方を向いて団結して。自ら蚊帳の外に身を置いていた時にはわからなかった感情だ。
本当に栞は俺に色んな初めてを運んできてくれる。そして、それを他ならぬ栞と共有できるのがなによりも嬉しい。
「そうだね」
「次の彩香もいっぱい応援してあげようね?」
「もちろん!」
俺達は楓さんの応援に向けて改めて気を引き締めることに。
──その借り物競争、なかなか癖のあるお題が紛れ込んでいることはまだ誰も知らなかった。
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