第161話 先生へのサプライズ結婚式1

 しばらく真守さんをポーッとした目で見つめていた連城先生だが、突如として我に返って咳払いを一つ。


「こほんっ……! で、この状況の説明、してくれるんだったわよね?」


「まぁ、簡単に言えば先生へのサプライズっすね。涼達の話を聞いて羨ましいって言ってたんで、こっそり用意してみました」


 ここまでくればもう隠す必要もなく、遥が代表して答えてくれた。


「こっそりって……。それにどうやってまーく──旦那まで引っ張り出したのよ……?」


「そこは企業秘密。でもすげぇ苦労したんすよ?」


 その苦労を滲ませるように、遥は肩をすくめた。


 そこに関しては本当に大変だったんだろうと思う。


 このご時世、個人情報の取り扱いは厳しい。教頭にまで話がいって、事情を話して頼み込んでどうにか真守さんの情報を手に入れてくれたのだ。


 本来であればアウトなことなので、もちろん真実を伝えることはできない。事の真相がバレて大事にでもなれば、せっかく協力してくれた教頭にも飛び火する。


 先生が遥、俺、栞の順に顔をじっと見ていく。そんな怪訝そうな顔をされても言えないものは言えないのだ。全員が黙秘していると、先生は溜息をついた。


「……まぁ、そこはいいわ。それからこのドレスなんだけど、あの時のよね。高原君と黒羽さん、私を騙したわね?」


 あの時、とは先生を陽滝さんと継実さんのところへ連れて行った日のことだ。本来の目的を隠していただけで、騙したつもりなんてサラサラない。


「騙したなんて人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺達だってバレないかヒヤヒヤしてたんですから。ねぇ、栞?」


「そうですよ、先生。私も頑張って一番先生の反応の良さそうだったドレス選んだんですから」


「それを騙したって言うのよ! まったくもうっ……!」


 先生はプリプリと怒りながらも、どこかちょっと嬉しそうで。そんな顔で凄まれても、全くもって迫力不足だ。


「まぁまぁ、茜。これも彼らなりに茜を思ってしてくれたことなんだから」


「まーくんがそう言うなら……。でもあなた達、後で覚えておきなさいよ?」


「いやでーす!」


 一際明るい声で乱入してきたのは楓さん。さっきまで姿が見えなかったのに、いつの間にこっちにきていたのか。たぶん次の準備で遥と別行動していただけなんだろうけど。


「楓さん、あなたまで……」


「ふふ〜ん! ほらほら、れんれん! 準備できたなら始めようよ! 皆待ちくたびれてるよ!」


 楓さんがグイッと先生の手を引いて。


「えっ、ちょっと! 本当に、するの……?」


「あれ、イヤだった? 本気でイヤならやめるけど?」


「そういうわけじゃ……。でも、私何も準備とか覚悟とかしてきてないし……」


 邪気のない楓さんの瞳に見つめられて、先生の視線が泳ぐ。


「大丈夫だよ、茜。僕が一緒だから。茜はいつものようにしてくれていたらいいからね」


「ま、まーくぅん……。うん、わかった……」


 さすがは旦那さん。先生の扱いを良く心得ていらっしゃる。真守さんの一声ですっかり先生は大人しくなってしまった。それどころか、甘えるような目で真守さんを見つめていた。


 なるほど、先生は家だとこんな感じなのかな?


「よーし、それじゃっ! って、しおりんと高原君、まだ着替えてないじゃーん!」


「あー、そういえばそうだった」


 先生の準備が終わり次第入れ替わりで俺達が着替えをする予定だったのに、先生がごねたせいで狂ってしまった。


「ほらほら、急いで! もう少し時間引っ張っておくからさっ!」


「うん、わかった」


 先生の式の告知はさっきのブーケトスの後にしかしていない。うちのクラスからは全員参加するけれど、それ以外はあの場にいた人に残っていてもらうしかない。


 せっかくなら先生の式もできるだけたくさんの人に見て、祝福してもらいたい。


 楓さんは会場へ飛び出していき、俺と栞は司書室へと飛び込んだ。


「じゃあその間に私は先生をもう少し仕上げておくからね!」


 継実さんはメイク道具を手に、俺達を見送った。


 この後、先生の入場の際に俺と栞には一仕事待っている。


 栞は聡さんに手を引かれて入場したわけだけど、先生のお父さんまではさすがに呼ぶことができなかった。そこで俺達がヴェールボーイ・ガールをすることになった。そのために先生用のヴェールは長いものを用意している。


 たぶんもっと幼い子供がやるのが正解なのだろうけど、そこは俺達で我慢してもらおう。一人で入場するよりはマシだと思う。


 というわけで、楓さんが場を繋いでくれている間に大急ぎで着替えを済ませることになった。


 ただ、そこでも少しばかりハプニングがあったりなんかして。


 勢いにノセられて栞と一緒に司書室に入ったのだが、焦った栞が俺の目の前で着替え始めようとしたり、栞が一人でドレスを脱ぐことができなかったり。


 頼みの継実さんは時間いっぱい使って先生にメイク中、ここにはいない。


「ねぇ、涼。悪いんだけど、背中のホックとファスナー外してくれる? 自分じゃうまくできなくって……」


 ザックリと背中の空いたドレスから覗く栞の白い素肌にドキドキさせられて。さっきまではヴェールでうっすらと隠されていたが、こうして見るとなかなか大胆なデザインだ。


「う、うん。わかった……」


 そのせいで手が震えて、栞の背中に指がかすかに触れた。


「ひゃうんっ……!」


 なんて艶めかしい声をあげるものだから、なんか色々と大変だった。栞のドレスを脱がせるのを手伝っているという状況と相まって、グラグラする。


「ご、ごめんっ……!」


「もう、涼ってばっ。私が背中弱いの知ってるくせにぃ……。それに、ここ学校なんだよ? そういうことは、帰ってからゆっくり、ね?」


 そんなつもりはなかったのに、さっき俺が言ったのと同じセリフで諭されてしまった。更に甘い誘惑のおまけ付き。


 先生を待たせているという一心で、どうにか耐えた俺の理性を褒めてあげたい。


 栞には自分の言葉の破壊力の高さを自覚してもらいたいところだ。こんなのその場で俺の理性さんが退勤してしまってもおかしくないのだから。最近ではわざとやっているんじゃないかと思うこともあるけれど。


 そんなこともありつつ栞のドレス姿は見納めとなり、すっかり見慣れた制服に。俺は栞よりも早く着替え終わっていた。


「さて、それじゃ行こっか」


「あっ、待ってよ涼」


 栞の手を取ったら、逆に引き止められてしまった。


「どうかした?」


「うん、えっとね。先生達の式を見て妬けちゃいそうだから、最後にもう一回だけ充電、して?」


 再度のキスのおねだりだ。


「さっきあんなにしたのに、栞はしょうがないなぁ」


 なんて言ってみたものの、断る気もない。キスを一つして、おまけで抱きしめておく。


「えへへ、ありがと、涼。うんっ、大丈夫。私達、負けてないっ」


「いや、勝負じゃないんだから……」


「わかってるけどいいのっ!」


「満足してくれたならいいけどさ。ほら、今度こそ行くよ?」


「はーいっ」


 さっきまで主役だった俺達は、ここからは一転して引き立て役になる。


 俺も俺達が霞まないか心配したわけだけど、栞とハグとキスをしたおかげかそれもどうでもよくなってしまった。


 これは俺が栞によって満たされているからだろう。


 幸せの形は人それぞれ違って当たり前で、優劣を付けるものじゃない。その本人が満たされているかどうかが大事なことだって思う。


 だから俺と栞の幸福は霞んだりしない。安心して、本来の目的である先生に喜んでもらうことだけを考えられる。


 司書室を出ると継実さんが先生の唇に紅をさし終えたところだった。


 真守さんと遥の姿はない。控えスペースの外から聞こえてくる楓さんの声からすると、すでに入場して参列者に紹介中のようだ。


「はい、先生。これで完成です! あまり時間をかけられなかったけど、いい出来だと思いますよ。ねぇ、二人とも?」


「そうですね。素敵だと思いますよ」


 栞の前だけど、これくらいの褒め言葉は許してくれるだろう。


「うんうんっ。先生、可愛いですっ」


「この歳で可愛いって言われても……」


 先生は頬を染めてしおらしくなってしまった。普段とは大違いだ。


「それじゃ先生、ブーケ持ってくださいね。それから私なんかで恐縮ですけど、ヴェールダウンさせてもらいます」


 栞が先生の世話をしている間に、俺はパーテションから顔だけを出して楓さんに準備完了の合図を送る。チラチラとこちらを気にしてくれていたおかげですぐに頷きが返ってきた。


 そして──


「さて、準備が整ったようなので始めさせていただこうと思います。私達の担任、新婦の連城茜先生の入場です!」


 楓さんの宣言を聞き、俺と栞は先生の後ろ立つ。左右からヴェールの裾を持って。


 歩き出す前に先生は振り返った。


「二人とも、さっきはごねちゃってごめんなさい。それから、ずっとしまい込んでた私の願い、叶えてくれてありがとう」


 その瞳からはすでに涙が溢れそうで。でも、それは真守さんの前まで取っておいたほうがいい。


「お礼は全部終わってからにしましょ? 私達のことは今はいいですから」


「そうですよ。旦那さんが待ってるんですから。それにお礼なら、俺達だけじゃなくてクラスの全員にしてあげてください」


 俺達の言葉に先生は目を見張り、そしてクスリと笑った。


「まったく、あなた達は……。わかったわよ。私も腹括ったし、行きましょうか!」


「「はいっ」」


 そして先生が一歩目を踏み出す、しっかりと前を向いて。俺と栞は先生のペースに合わせてその後に従った。

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