第156話 左右で違うイヤリング
◆黒羽栞◆
継実さんの手を借りて制服からドレスに着替えると、わずかな緊張感でぐっと身が引き締まって、自然といつもより背筋が伸びる気がする。
着替えが終わったら次はお化粧。美容師の継実さんたけど、お化粧もできちゃうなんてすごいよね。
それが済んだらヘアメイクに取り掛かる。
「栞ちゃんの髪はこのままが一番綺麗だから、そのままストレートに下ろしておこうか」
そう言いながら継実さんが私の髪を梳かしてくれる。
「はい、継実さんがいいと思うようにしちゃってください」
昔からずっと髪のことは継実さんにお願いしてるから、任せてしまう方が私も安心できるんだよね。
少しだけヘアオイルを付けて、丁寧に丁寧にブラシを通して。私の髪はいつも以上にしっとり艶々になっていく。
不意に継実さんは動きを止めて、私の肩に手を置き口を開いた。
「ねぇ。栞ちゃんは今、幸せ?」
突然の質問に戸惑うけれど、その答えなんて決まってる。
「もちろん幸せですよ。でも、急にどうしたんですか?」
「いや、幸せならいいんだよ。ただ、嬉しいだけだから」
鏡の中の継実さんはなぜか泣きそうな顔になっていた。
「継実、さん……?」
「あぁ……、なんかごめんね。これは私が勝手に思ってることなんだけど、うちに子供がいないせいかな。実は私、ずっと栞ちゃんのこと自分の娘みたいに思っててね……」
昔から本当の娘のように可愛がってもらっていたけれど、はっきりと言葉にされたのは初めてだった。
「まぁ、実際はただの他人なんだけどさ。でも、こんな大事な日に呼んでくれて、栞ちゃんの幸せの手助けができるのが本当に嬉しくって。って、突然こんなこと言われても困っちゃうよね……」
「そんなことないですよ」
私は立ち上がって継実さんにギュッと抱きついた。歳とともに恥ずかしくてできなくなっていたけど、小さい頃に遊んでもらっていた時はよく抱っことかしてもらってたっけ。
「栞、ちゃん……?」
「私も、継実さんのこと、もう一人のお母さんみたいに思ってますよ?」
だってさ、こんなにも私のこと思ってくれてるんだから。継実さんが私のことを娘みたいだって思ってくれてるのなら、私だって継実さんのことお母さんみたいに思ってもいいよね?
そういえばそんな話、こないだ水希さんともしたような?
……私、お母さんが三人になっちゃった。
でもいいよね。私、皆大好きだもん。
「そっか。そうなんだ……」
継実さんはそう呟きながら私を抱きしめ返してくれた。
「それなら栞ちゃん。実は栞ちゃんに渡したいものがあるんだけど、受け取ってもらえるかな?」
「渡したいものですか?」
「うん」
継実さんは頷いて、ポケットから小箱を取り出すと私の手に握らせた。
「大したものじゃないんだけどね、私から今日のお祝いと、一足早いけど栞ちゃんへの誕生日プレゼントってことで」
「そんな悪いですよ……!」
「でもさっきもう一人のお母さんみたいって言ってくれたじゃない。親が子供に誕生日プレゼントを贈るのは普通のことでしょ?」
「あっ、そっか……。じゃあえっと、ありがとうございます。あの、開けてみてもいいですか?」
「うん、どうぞ」
小箱を開けてみると、中には青い石の付いたイヤリングが入っていた。
「わぁっ、可愛い……!」
「本当? 良かった。それでね、できれば今日、栞ちゃんにはそれを身に着けてもらいたいんだ」
「これを、ですか?」
「うん。栞ちゃんはサムシングブルーって知ってるかな?」
「結婚式で何か青いものを身につけるやつでしたっけ?」
由来とかまでは知らないけど、なんとなく聞いたことはある。
「そうそう。花嫁の幸せを願う、簡単に言えば験担ぎみたいなものだね」
花嫁の──つまり、私の幸せを願うってこと……?
それなら、
「あのっ! これ、継実さんが付けてくれませんか?」
「うん、もちろんだよ」
私の手の中の箱からイヤリングを取り出した継実さんが私の耳に触れる。涼が触れてくれる時とはまた違う、でも優しくてすごく落ち着く。
まずは右の耳、続いて左。
普通にしていると髪で隠れてしまうので、花のコサージュで髪を留めて、イヤリングが見えるようにしてくれた。
「思った通り、よく似合ってるよ」
「えへへ、嬉しい。継実さん、大好きっ!」
私は再び継実さんに抱きついた。
「おやおや、嬉しいこと言ってくれるね。これじゃ高原君に嫉妬されちゃうかもねぇ」
「ふふっ、涼はまた違う意味の特別な大好きだから大丈夫ですよ」
もちろん継実さんへのも特別なんだけど、私の涼への想いとは種類が違うからね。
「そりゃそうだ。一緒にされたら私の方が困っちゃうよね」
継実さんがいつものようにカラカラと笑って、私もつられて笑顔になる。
「栞ちゃん。私も栞ちゃん達の式に参加させてもらうからさ、幸せいっぱいなところをしっかり見せてね?」
「任せてくださいっ!」
──コンコンコンッ
私が返事をしたところで、司書室の廊下側のドアがノックされて、彩香の声が聞こえてきた。
「しおりーん! しおりんのご両親が来たけど、入ってもらってもいいー?」
「えっ、もう来てるの?!」
ゆとりを持って伝えておいた時間よりも少しだけ早い。
「あぁ、私が呼んでおいたんだよ。文乃には準備の最後にやってもらうことがあるからね」
そう言って、継実さんはドアを開けた。
部屋へと入ってきたお父さんとお母さんは私の姿を見て「おぉっ」と声を漏らす。
逆に私はお父さんの姿を見てギョッとした。
「ねぇ、お父さん……。もしかして、家からその格好で来たの……?」
お母さんは余所行きのちょっとだけ気合の入った服装なのに対して、お父さんはがっつり正装だった。
「私もね、止めたのよ? でも今日は栞の大事な日だからって聞かなくって」
「しょうがないだろ……。栞に恥をかかせるわけにはいかないし……」
ゴニョゴニョと言い訳を始めたお父さんに、さすがの私もプチッときちゃった。
「もうっ、お父さんのばかぁっ! そっちの方がよっぽど恥ずかしいよ! 正装するならここで着替えればよかったでしょー!」
「ほらねぇ、言わんこっちゃない。栞を怒らせちゃったじゃない」
そこから私とお母さんの二人がかりでお説教を開始。
両親を連れてきてくれた彩香は、
「えっと、しおりん……。もう少しで始めるから、それまでには出られるようにしておいてね……?」
そう言い残して出ていった。
そんなの私の耳にはほとんど入ってこなくて、途中で継実さんが止めてくれなかったらどうなってたことやら。
「まぁまぁ二人とも。聡君も栞ちゃんのために気合入りすぎちゃっただけだと思うし、許してあげよ……?」
私もお父さんが私のことを考えてくれているのはわかってるから、それで溜飲を下げることにした。
「ごめんね、お父さん。ちょっと怒りすぎちゃった」
「栞ぃ……」
一応謝っておいたら、お父さんは泣きそうになってた。
「さて、それじゃ文乃。頼んでたやつ、お願いね」
「はいはーい。でもその前に、栞に渡すものがあるのよ」
「えっ、お母さんも?」
「ん? 私もって、どういうこと?」
「う、ううん。こっちの話。それで渡したいものってなぁに?」
「これなんだけど、栞はサムシングブルーって知ってる?」
お母さんは持っていたバッグから小箱を取り出した。
んんっ……?!
このやり取り、ついさっきもやったよね?
「知ってるけど……」
「これ、私の結婚式の時にお母さん、栞のお祖母ちゃんからもらったものなんだけどね、栞にも使ってもらいたくて」
お母さんが箱を開けると、中身はイヤリング。当然のようにこっちにも青い石がはめ込まれている。
「あー……」
……親友同士なのは知ってるけどさ、考えが被りすぎなんじゃないの?
「何その反応──って、あれ……?」
そこでお母さんも気が付いたみたい。私の耳のイヤリングの存在に。
「栞。それ、どうしたの……?」
「えっと……」
「私がプレゼントしたんだよ」
私の代わりに答えたのは継実さんだった。
「そうなの?! ごめんね、継実。そんな気を遣わせちゃって」
「いいのいいの。私が栞ちゃんのお祝いをしたかっただけだから」
「そっか……、ありがとね。でも、それならこれ、無駄になっちゃったわねぇ」
お母さんはしゅんと肩を落とした。それがあまりにも残念そうで。
「ねぇ、お母さん、継実さん。私、両方つけてもいいかな? 片方ずつにしたらどっちも無駄にならないでしょ?」
二人とも私のことを考えて用意してくれたんだから、無下にしたくないじゃない。
「ちぐはぐになっちゃうけど、それでもいいの?」
「うん、いい。ほら、お母さん。せっかくだからお母さんが付けてよ」
継実さんにもしてもらったし、お母さんにも同じようにしてもらいたかったの。
「しょうがない子ね。いつまでたっても甘えん坊なんだから」
お母さんはそんなことを言いながらも、嬉しそうに片耳のイヤリングを付け替えてくれた。
「文乃、あとこれもお願いね」
「えぇ、ありがとう、継実」
お母さんが継実さんから受け取ったヴェールを私の頭にフワリと被せ、それを顔の前に下ろしてもらったら準備は終わり。
「これはね栞が涼君のところに辿り着くまでの厄除けって意味があるのよ。それで、その先は涼君に守ってもらうの。でもね、栞」
お母さんは衣装が乱れないよう気を付けて、そっと私を抱き寄せた。そして、泣きそうな震える声で続ける。
「栞が一番苦しんでた時に助けてあげられなかった不甲斐ない親だけど、いつまでもずっと栞が幸せでいてくれることを願ってるからね」
「……お母さん」
私も目頭が熱くなってきた。言葉にしたいことはたくさんあるはずなのに、唇が震えて出てこなくって。
私が話せなかったんだから、お母さんは不甲斐なくなんてないんだよ。
私ね、ちゃんと知ってるんだから。
原因がわからないなりに、ずっと優しくしてくれてたこと。
涼と出会ってから、少しずつ元気になっていく私を見て、すごく喜んでくれてたこと。
どんな時も、なにがあっても私を大切にしてくれてることを。お母さんだけじゃなくて、もちろんお父さんもね。
言葉にならない代わりに、新たな決意を固める。
今日はいろんな人に涼との関係を見せつけてやる気満々だったけど、それだけじゃダメだった。
私が今幸せなんだよってことを見てもらわないといけないんだ。そして、これからも涼と一緒にもっと幸せになるから安心してねって伝えるの。
でも、もう少しだけお母さんに甘えたくて、抱きしめられるにまかせていた。
そうこうしていると、再び彩香がやってきて開始直前なのを教えてくれた。
涼のご両親も、美樹も、それからクラスの全員とオマケで藤堂君もすでに席に着いてるらしい。
それを聞いてお母さんと継実さんも会場の方へと移動していった。
残されたのは私とお父さんだけ。
それにしてもお父さんはいつまでしょげてるつもりなのかな?
「ほーら、お父さん。もうすぐ始まるんだからしゃんとしてよね。そんなんじゃ、私一人で涼のところ行っちゃうんだからね?」
「いや、それはっ……!」
「そもそもこれはお父さんが言い出したことなんだから、しっかりしてくれないと困るよ?」
「あ、あぁ……。そうだった」
お父さんもどうにか見れる顔になってくれたところで、最後の確認をしてもらおうかな?
「ねぇ、お父さん。今の私、どうかな? 変じゃない?」
「変なものか。ドレスもよく似合ってるし、とっても綺麗だよ」
「へへ、よかったっ。じゃあエスコートよろしくね?」
私はギュッとお父さんの腕にしがみついた。後はこのまま始まりの合図を待つだけだねっ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
近況ノートにて栞さんのドレス姿のイメージを公開しました。
今回もAIイラストですので苦手でない方だけご覧くださいませ。
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