十八章 結婚式
第155話 私の王子様
◆黒羽栞◆
駆け足で向かった図書室の前には彩香と柊木君が立っていた。
「おーい、しおりん、高原君! こっちこっち!」
彩香が大きく手を振りながら私達を呼ぶ。色んな人がいる前で名前を叫ばれるとちょっと恥ずかしい。
「ごめんね、彩香。お待たせ」
「ううん、全然! 時間ピッタリだよ!」
よかったぁ、遅刻はしてないみたい。私達のために継実さんも待っててくれてるのに、遅れちゃったら申し訳ないもんね。
「さて。それじゃ二人ともこれから準備をしてもらうわけだけど、その前に指輪を預からせてもらうぞ」
柊木君に言われて、私も涼も首からネックレスを外して指輪を抜き取り手渡した。私達の結婚式のプログラムには当然指輪交換が組み込まれている。
渡す時に涼が、
「あのさ、遥。これさ、すごく大切なものだから、頼むからなくしたりしないでよ?」
なんて言ってくれるから、また嬉しくなっちゃった。
私達が今日初めて指を通すことになるこのペアリング。涼の誕生日に私から贈ったプレゼント。
いつも大事にしてくれてて、肌身離さず常に首からぶら下げてくれてるのも知ってるんだけどね。
「言われなくてもわかってるし、丁寧に扱うっての。ほら、継実さんが待ってるから、さっさと着替えを済ませてこい」
「ってことで、着替えの部屋はこっちだよ! 私達は図書室の方で待ってるからねー!」
彩香が図書室の隣の司書室のドアを開けてくれて、自分達は図書室へと入っていった。
広さもそうだけど、隣接してちょうどいい部屋があったのも図書室を選んだ理由なんだって。
「あっ、栞ちゃん。待ってたよー!」
司書室の中には既に継実さんがいて、笑顔で出迎えてくれたので、まずは涼と揃ってご挨拶。
「継実さん、こんにちはっ」
「こんにちは。俺達、出番までここに近付くなって言われてて、今まで挨拶もできなくてすいません」
「いいのいいの。私もたくさん若い子の相手ができて楽しんでたしさ」
律儀に謝る涼に対して継実さんはカラカラと笑う。こういうさっぱりしてるところ、昔から私は大好きなんだよね。
「文化祭は楽しんできた?」
「はいっ、楽しかったですっ!」
涼と一緒に過ごす時間が楽しくないわけがないもんね。最後にちょーっとだけ怖い思いをしたけどさ。でもね、最後にもらったあの写真、私は怖がってギュッと目を瞑っちゃってたけど、涼はそんな私を庇うようにしてくれていて。
ちゃんと守ってくれてたんだって思うとね、ますます頼もしい涼が好きになっちゃうの。
「それはなにより。でも栞ちゃん達の本番はここからだよ。私が二人ともバッチリキメてあげるから任せてね」
「はい、お願いしますね!」
継実さんの表情が真剣なお仕事モードに変わって、ついに本当の意味で私達の結婚式の準備が始まった。
「それじゃまずは高原君から始めようか。衣装はもう用意してあるから、先にそこで着替えておいで。微調整は後でやってあげるからさ」
継実さんは司書室の中に作られたパーテーションで区切られた一角を指さした。
「わかりました。それじゃ栞、ちょっと行ってくるね」
「うんっ、待ってるね」
涼の姿が見えなくなると、ドキドキと心臓が暴れ出す。一度試着の時に見ているけど、またあの涼の姿が見られるんだもん。
私が私の好みで選んだ衣装だから当然なんだけど、とっても似合っていて格好いいの。他の女の子が見てもきっと見惚れちゃうと思う。
でも残念、涼は誰にも渡さないよ。涼の隣はずっと私の指定席なんだからね。
「えっと、栞。こんな感じになったけど、どうかな?」
数分後、着替えを済ませて出てきた涼は、ジャケットの襟を摘みながら私の前に立った。
やっぱり素敵なんだけど、まだ満点とはいかないかなぁ。いつもならこれで飛びつきたくなるくらいなんだけど、今日は妥協してあげないからね?
「ねぇ、涼。私との約束、覚えてる?」
「約束って……、あっ!」
衣装が照れくさかったのか少しだけ丸まっていた涼の背中がスッと伸びた。
うん、ちゃんと覚えていてくれたみたい。
今日は私も涼も最高の姿を見せつけてやらないとだもんね。
「そうそう。涼はその方が格好いいよ。とっても素敵っ!」
「ありがと栞、思い出させてくれて」
涼は私の腕を取ると、そのまま抱きしめてくれた。
「えへへ。どういたしまして」
でも、せっかく私が飛びつくの我慢してたのに、こんなことされたらニヤけちゃうよ?
「はいはい、二人とも。まだ準備の途中なんだから、そういうのは全部終わってからね。ほら、高原君。今度は髪を整えるからこっち来なさい」
「あっ、すいません……」
ついいつもの調子でやっちゃって、継実さんにちょっぴり怒られた。
涼は私を解放すると、継実さんの前の椅子に座る。
「うんうん、どうやらちゃんと自分でも整えてるみたいで感心だね。でも今日はちょっと大人っぽい感じにしてみようかね」
「大人っぽいって、俺に似合いますかね?」
「大丈夫だって。私に任せときなっ」
継実さんは整髪料を手に取り、涼の髪に触れる。
そこからは、なんか魔法みたいだった。さすがプロの美容師というか、継実さんにお願いして本当に正解だったよ。
「ほいっ、出来上がりっと」
ほんの数分で涼のヘアセットが完成した。
いつもは最初に継実さんがしてくれたのに倣って無造作な感じにしていることが多いけど、今はどこかキッチリした印象を受ける。
「どうかな、栞ちゃん?」
継実さんはそう私に尋ねるけど、私は涼の姿を目に焼き付けるので忙しい。
「えっと、俺の意見は……?」
「そんなの栞ちゃんの意見が最優先に決まってるじゃない。ねっ、栞ちゃん?」
「えっ、あっ、はいっ……! あ、あの継実さんっ……」
「おや、気に入らなかったかな? それなら手直しもできるけど?」
手直し? そんなのとんでもないよ!
「違います! 違うんです! 完璧です! もうこれ以上いじっちゃダメです!」
前に夢で見た大人になった涼と、今の涼のちょうど中間くらいの感じで、その両方のいいとこ取りみたいでとっても良いのっ!
衣装ともバッチリ合ってるし、こんなの完璧としか言いようがないよ!
「お、おぉ……。そんなに気に入ってくれたなら良かった。それじゃ高原君、立ってくれる?」
「はい」
継実さんは涼を立たせると衣装の最終確認をしていく。ジャケットの肩をきっちり合わせて、ネクタイの形も綺麗に整えて。
「こんなもんかな?」
全てが終わると、そこにはどこに出しても恥ずかしくない花婿さんがいた。陳腐な表現だけど、まるで王子様みたいで思わずポーッと見惚れちゃう。
「継実さん、ありがとうございました」
「いやいや、これが今日の私の仕事だからね。次は栞ちゃんの番だから高原君には外に出ててもらうけど、くれぐれも覗いたりしないように!」
「覗きませんよ!」
涼になら別に覗かれても、いいよ?
あれ? でも式が始まるまで花嫁姿は見せたらいけないんだっけ?
あー、もう。そんなのどっちでもいいよ。
だって涼が格好よすぎるもん!
「栞。そういうわけだから、また後でね。次に顔を合わせるのは式が始まってからだけど、俺も栞のドレス姿楽しみにしてるからね」
涼はそう言って優しく頭を撫でてくれて、私のおでこにキスをしてから部屋を出ていった。
あぁっ……! 私の王子様が……!
もっと見ていたかったのにぃ……。
「おーおー。高原君もなかなかキザなことするねぇ」
本当だよっ!
式が始まる前に私の頭をオーバーヒートさせるつもりなのかな?
こんなの私、ポンコツになっちゃうよ?
涼の前に出たらいきなり飛びついてキスしちゃうよ?
いいの?!
って、ダメダメ。せっかく皆が準備してくれたのにそれじゃブチ壊しだもんね。
冷静に冷静に……、えへへ……。
「おーい、栞ちゃーん?」
「はっ、はひっ!」
気付いたら、継実さんが私の顔の前で手をヒラヒラと振っていた。
「大丈夫? 準備、始められる?」
「えっと、あのっ、大丈夫、です! お願いしましゅ!」
噛んだぁっ!
もうポンコツになっちゃってる!
もうっ、もうっ、涼のせいだよ?!
「大丈夫そうじゃないけど……。まぁ、時間もあんまりないし、やっちゃおっか……?」
こうして私の着替えやらヘアメイクやらが始まったんだけど、しばらく頬の緩みはなおらなかった。
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