第153話 文化祭デート2

 次に俺たちが足を向けたのは体育館。クラス展示の方を回り始めると、少し離れた場所にある体育館の存在を忘れてしまいそうなので、今のうちに何かめぼしい催しがないか確認しに行くことにしたのだ。


「今は何やってるのかなぁ〜?」


 サラサラの黒髪をフワフワと揺らしながら、楽しげに歩く栞。当然、俺の片腕は栞にしっかりとホールドされている。校内ではあるが、文化祭デート中なのでいつものこのスタイルに落ち着くことになった。


「俺も知らないんだよねぇ。どっかでイベントの一覧表配ってるらしいけど貰いそびれちゃったし」


 たぶん昇降口辺りに行けばあるのだろうけど、もうすでに体育館は目前。今から取ってくるより実際に見に行ったほうが早い。


 生徒には最初から配ってくれたらいいのにって思ったりもする。


「でもでも、どこで何やってるのかわからないで歩き回るのも楽しいよね」


「そうかもしれないけどさ、それは栞と一緒だからだよ? 一人でそんなことしても寂しいだけだし」


「もー、涼はすぐそういうこと言うんだからっ。えへへ」


 更に栞が密着して頬擦りまでしてきて、可愛いことこの上ない。


 俺も栞の肩を抱き寄せて──


「おーい、そこのバカップル!」


 不意に背後から聞き慣れた声がした。


「ん? 遥?」


「おうっ」


「私もいっるよー! しおりんっ、やっほー!」


 今度は遥と楓さんとの遭遇だった。


「彩香! もしかして二人も体育館に向かってるところなの?」


「そうだよ! なんか面白いことやってないかなーってね!」


「あっ、私達と同じだね。それなら一緒に行く?」


「本当?! 私達お邪魔じゃない? 高原君もそれでいい?」


「うん。むしろ遥と楓さんなら歓迎だよ」


 栞を除けば俺が最も気兼ねなく会話できるのがこの二人だ。クラスの誰とでも話せるようにはなったけれど、一番最初に俺達の事情を聞いてくれて、それからもアレコレと世話を焼いてくれたアドバンテージは大きい。


 遥は俺達のことを気に入って仲良くしてくれているし、もう親友と呼んでもいいんじゃないかって思うこともある。


「やったー! それじゃー、改めてしゅっぱーつ!」


 やっぱり楓さんがいると賑やかだ。入学式の日にはそれで心を折られてしまったが、慣れてしまえばこんなに場を盛り上げてくれる人は他にいない。


 そんな楓さんに引っ張られるように体育館へと足を踏み入れると、そこは熱狂の渦だった。


「うわっ! なにこれ、すごいねっ。気を抜いたらはぐれちゃいそう」


「な、なんだろ。とりあえず栞はしっかり俺に捕まっててね」


「う、うんっ」


 栞はより一層俺の腕を抱く力を強めてくれた。しっかり指を絡めて手を繋いでもいるし、これなら人に揉まれても分断されることはないだろう。


 それにしてもすごい熱気だ。しかも心なしか、いや、見るからに男子の割合が高い。女子もいるにはいるが、その比率は4:1くらいだろうか。



 ──さーて! 続いてはエントリーNo.4! 現職の生徒会長であり、ぶっちぎりの人気を誇る我が校の才媛! 相佐利愛あいさりあー!!


 俺が周りを見渡していると、スピーカーから大音量の声が聞こえてきた。


 ──うおおおおおおぉぉぉぉぉーーー!!


 更にヒートアップする群衆。


 一体何事かとステージへと目を向けると、黒子っぽい服を着た何者かに背中を押されて中央へと歩を進める生徒会長の姿があった。


 さすがの俺も生徒会長の顔と名前くらいは知っている。つい一昨日も学校祭の開会式で挨拶してたし。


 ただ、普段の会長は他の模範となるような校則通りのきっちりした格好をしているのだが、なぜか今日はメイド服を着ている。しかもミニスカートタイプの。


 会長はメイド服が恥ずかしいのか、スカートの丈が心もとないのか、普段の堂々とした立ち姿とは違ってモジモジしていた。それがまた観客にはウケているようだが。


「ねぇ、涼。なんで今日の会長はメイドさんなの?」


「さぁ……?」


 そんなの俺に聞かれてもわかるわけがないじゃない。



 ──それでは生徒会長! アピールタイム、お願いしまーす!


 そんなアナウンスを受けて、会長の脇に控えた黒子っぽい人がなにかを会長に手渡した。


『これを、読めばいいんですか……? えっと……、ご主人様の皆さん、今日は私がいっぱいご奉仕します、ね? ……って、なんなんですかこれは! しませんよそんなこと!!』


 会長は手渡されたカンペらしきものを床に叩きつけた。


 本当になんなんだろうね、このコントみたいなの。会場は大いに盛り上がっているようだけど、俺はちょっとノリについていけない。



「ねぇねぇ、涼?」


 クイクイと栞が俺の腕を引く。


「どうしたの?」


「ほら、あそこ見て」


 栞が指差す方を見ると、


『毎年恒例! 生徒会主催 ミスコン!!』


 なんて文字が目に入る。


「うちの学校、ミスコンなんてやってたの……?」


 そもそもなんのイベントがあるのかすらさっぱり知らなかった俺。


 しかし生徒会主催とは。なるほど、会長が出ているのは主催者側からの盛り上げ要員ってことか。きっとミニスカメイドもその一環だろう。


「そういやそんなのあるって言ってた気がするな」


「あー、確かに! 今やってたんだ!」


 どうやら実行委員の遥と楓さんはミスコンの存在自体は知っていたらしい。


「だからこんなに男子ばっかりなんだね。ねぇ、涼もこういうの興味ある?」


「んー、ぶっちゃけ全然ないね」


 だってさ、俺の隣には栞がいるんだから。他の女の子になんて興味がわくわけがない。


「ならもう外出よっか! ちょっとこの中暑苦しいしさ!」


「だな」


 四人の意見が一致したので、俺達は体育館を後にした。


「それにしてもミスコンかぁ。ねぇねぇ、しおりん! 毎年恒例らしいしさ、来年にでも出てみたら? しおりんならぶっちぎりで票を集められるんじゃない?」


「えぇっ?! 私?! そんなの無理無理!」


「えー……。いけると思うんだけどなぁ。だーってしおりん、すっごく可愛いもん!」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、うーん……」


 栞は少し考え込んで、ちらっと俺を見た。


「涼がどうしても出てほしいって言うなら考えなくもないけどねぇ……。でも、やっぱり私は出ないかなぁ」


「なんでー?! しおりんが出たら全力で応援するのにー!」


「なんでって……。だって、よく知らない大勢の人に選ばれても私ちっとも嬉しくないもん。そんなことより、私はずっと涼の一番でいる方が大事だからね」


 そう言って、栞は俺を見て笑った。


「……あーもうっ! しおりん可愛いすぎかっ!! 健気でいじらしいっ!」


「本当に黒羽さんはブレねぇよな。まぁ、そこがらしいんだけどさ」


「だよねっ! ね、高原君もそう思うでしょ?」


 確かに栞がそう言ってくれるのはとても嬉しい。でも、どこか微妙に引っかかるというか。


「うーん、そう、だねぇ。でも……、栞は俺にとって一番なんかじゃないと思うんだよね……」


 気が付くと、そう呟いていた。


「えぇっ?! 高原君、ここにきてまさかの問題発言?! しおりんが一番じゃないって、他に誰かいるってこと?!」


「そ、そうなの、涼?!」


 栞と楓さんに詰め寄られて、自分の発言をよく思い返してみると……。


 やばいっ。

 これは勘違いされても仕方ないやつだ……!


「ち、違うから! 栞の他なんていないからね?!」


 慌てて取り繕うも、栞の表情は不安げに歪む。


「じゃあ、なんなの……?」


「ごめんね、栞。言葉が足りなかったみたい。えっとさ、栞が一番ってことはさ、二番とか三番とか、他に比べる相手がいるってことになるじゃない?」


「それは、そういうことになるの、かな……?」


「うん。だから栞は一番なんかじゃないんだよ。俺にとって栞はね、誰とも比べることができないっていうか。正しく言うならさ、唯一になると思うんだ」


 しっかりと言葉にしたことで、さっきの引っかかりがスルッと取れた気がした。


「涼のばかぁっ! それなら最初からそう言ってよぉ……」


 栞が俺の胸に勢い良く飛び込んできて、グスッと鼻をならす。


「ごめん、栞」


 謝りながら抱きしめると、俺の腕の中で栞はフルフルと首を振る。


「ううん、いいよ……。さっきのね、すっごく嬉しかったから。それに間違ってたのは私みたい。あのね、私もね、涼だけだから、ね?」


 今度はさっきの不安顔が嘘のように、蕩けるような笑顔を見せてくれた。


「あーあー、しおりん。まーたあんなに幸せそうな顔しちゃって! 高原君はさすがというか、高原君がこんなだからしおりんいっつもメロメロなんだよねぇ」


「そうなんだよなぁ。普段積極的な黒羽さんに隠れて忘れがちだけど、涼もこういうやつだったわ……」


 そこの外野、ちょっとうるさいよ?

 こういうやつで悪かったな。

 でもいいんだよ。

 栞にはちゃんと伝えることにしてるんだから。


「ねぇねぇ、遥?」


「なんだよ?」


「遥もたまには高原君を見習うと良いと思うよ?」


「無理無理。あんなこっ恥ずかしいこと言えるかよ」


「えー! 私も遥にあんなこと言われてみたいのに! ねぇー!」


 楓さんが遥の腕を掴んでガクガクと揺する。相変わらずこの二人のスキンシップは激しい。いや、二人というか楓さんのかな。


「やめっ、やめろって! わかった、わかったから!」


「本当っ?!」


「あぁ……。でも、後で、な」


「やったぁ! じゃあ楽しみにしてる! ってことでしおりん、高原君。どうやら私達はここまでのようだよ」


「えっ。もう行っちゃうの?」


 つい今しがた合流したところだというのに。


「だって遥が後でって言ったからね。二人と一緒だと、遥は恥ずかしがっていつまでも言ってくれないし!」


「お、おい待て。後でって帰ってからじゃ……」


「そんなの遅すぎるよ! 今日はこの後しおりん達の幸せ全開オーラを浴びることになるんだよ? ならその前に私達も充電しとかないと耐えられないじゃん!」


「マジ……?」


「大マジだよ! それじゃ二人とも、時間までゆっくり文化祭を楽しんでねー!」


 遥は楓さんに首根っこを掴まれた。そのままズルズルと引きずられて、


「りょ、涼! たすけっ……!」


「あー、うん。頑張って、遥」


「おいっ……!」


 遥も往生際が悪い。あれくらいサラッと言ってあげたらいいのに。


 遥と楓さんはそのままどこかへ消えていってしまった。


「あらら、行っちゃったね」


「ね。結局また二人きりになっちゃったし」


「んふふ〜。私はむしろそっちの方が嬉しいよ?」


「まぁ、俺もそうなんだけど」


 なんてったって、今はデート中なのだから。皆でワイワイするのも悪くないけれど、栞と二人きりに勝るものはない。


「というわけで、私達も次行こっ!」


「そうだね」


 再びしっかり手を繋いで腕を組み、今度は校舎の方へと行き先を定めることにした。




※今回、お話の流れで便宜上生徒会長の名前を出しましたが、今後の出番は今のところない予定です。

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