第148話 歩幅を合わせて
栞と共に気合を入れたところではあるが、まずは全体での練習から。入場行進の練習やら当日のざっくりとした流れの説明やらで1限分丸っと使うことになっていた。
さすがの俺もこの場では栞とじゃれあったりすることなく、真面目に取り組むことに。まぁ、普段も栞とじゃれあうのは休み時間くらいで、授業中は真面目にやってるけども。
ここで少しだけ体育祭について触れておこうと思う。我が校の体育祭はクラス対抗という形を取っている。1年から3年まで、同じ数字のクラスが同じチームとして扱われる。つまり、俺が所属するのは、1年5組・2年5組・3年5組の3クラス合同チームということになる。
各種目毎に順位別に得点が加算されて、その得点で争うことになる。こういうシステムなので、あまり無様な姿を見せると先輩に目をつけられてしまいそうなものだが、そこは我が校の割と穏やかな雰囲気のせいか、そういうことはほとんどないそうだ。むしろ頑張ってさえいれば、それを讃えようという大らかさすらあるとかないとか。
俺がのんびり栞と楽しめればいいかと構えていた理由はそこにあったりする。栞が頑張りたいと言うので全力を尽くすことにはなったが、やっぱり栞と楽しい思い出にしたいという考えは変わることはない。
そんなわけで、結構退屈だった全体練習も終わり、休み時間を挟んで各種目別に分かれての練習時間を迎えた。
栞と一緒に参加できるからというかなり不純な理由と勢いで選んでしまった二人三脚なのだが、実はこれが決定してから俺は密かに一つの懸念を抱いていた。
「……やっぱりかぁ」
栞と共に二人三脚に参加する人達の練習場所へ出向き、周りを見渡して、俺の予想が当たっていたことに肩を落とした。
「やっぱりって、何が?」
クリッとした瞳を俺へ向けて、栞が小首を傾げる。
やる気になっているところに水を差したくはないが、これは栞にも関係のあること。なら事前に伝えておいたほうが良いだろう。
「栞は他の参加者のペアを見て何か思わない?」
「んー? なんだろ?」
栞はキョロキョロとしてみるが、イマイチよくわかっていなさそ──
「あっ!」
栞がパチリと手を叩いた。
おっ、さすがは栞。気が付いたかな?
「で、なんだと思う?」
「えっとね──」
ちょいちょいと栞が手招きをする。耳を貸せということだろうか。コソコソ話す内容でもないと思うけど、栞が背伸びをしたので俺もつられて身を屈める。
そして、栞は俺の耳をくすぐるような甘い甘い声で囁いた。
「あのね……、この中で私達が一番仲良しっぽいよね?」
膝から力が抜けて、思わずそのまま崩れ落ちてしまった。
本当に栞はブレないというか、更に拍車がかかってきてるというか。これもイチャイチャ強化期間とやらで舞い上がっているだけだと思いたい。
「あ、あれ? 違った……?」
栞は本気でこれだと思ってるし。
「う、うん、残念だけど不正解だよ。でも、確かにそれも間違ってはいないかも、ね……」
「へへっ。でしょー?」
うん、もうこれが正解でいいかな?
って、やっぱり違うんだよ……。
「で、正解なんだけどさ……」
「あ、うん。ごめんね、なんだったの?」
「ほら、体格差っていうかさ。どのペアも身長近くない?」
というわけで、これが俺の懸念事項。なんとなくだけど、二人三脚をするにあたって大事そうだと思うんだ。身長が近ければ歩幅だって近くなるだろうし。
それを
崩れ落ちた脚に力を入れて立ち上がれば、栞の頭は俺の顎くらいにくる。
俺の身長は175cm、それに対して栞は155cm。つまり、俺達の間には20cmもの差がある。もちろん栞の小柄なところはとても愛らしい。でも、二人三脚においてこの身長差は大きなハンデになると思う。
「なーんだ。そんなこと?」
俺の言葉に栞はあっけらかんと答えた。
「そんなことって、結構重要なんじゃない?」
「ふふっ、そんなの私達の前では些末な問題だよ」
これは本気で問題ないと思ってる顔だ。それどころか余裕すら見える。
「些末って、その自信はいったいどこから……?」
「まぁまぁ、実際やってみたらわかるよ。ほら、もう自由にしてていいみたいだし、私たちも練習しようよ。っと、ちょっと待っててね」
栞は競技用に用意されていたバンドを借りに行き、戻ってくるなり俺と自分の脚をそのバンドで結びつけた。
「これでよしっ。涼は私の肩をぎゅってしてね。私は涼の肩には腕が届かないから……」
言われた通りに栞の肩を抱き寄せると、栞は俺の腰に腕を回してくる。栞の体温を感じると、栞の言うように問題がないように思えるから不思議だ。
とは言え、すでに練習を始めている他のペアはがっちりと肩を組んでいるわけで、安定感という面では幾分か劣ってしまうだろう。
「まずは歩くところから始めてみよっか。最初は結んだ方の足からでいいかな?」
「うん、それで大丈夫」
「じゃあ、せーのでいくよ。せーのっ!」
栞の掛け声で俺達は初めの一歩を踏み出した。そしてそのままゆっくりと歩き出す。ドキドキしながらも、一歩、また一歩と足を動かして。
──あれ? 思ったよりも普通に歩けてる?
驚いたことに、あまり意識もしていないのに、最初の合図以外掛け声すらないのに、いつも栞と一緒に歩くくらいのペースで歩を進めることができていた。
「ね? 大丈夫でしょ?」
「う、うん。でも、なんで……?」
「まぁ、それは後でね。それよりも次は少しずつペースを上げてみるよ」
「わ、わかった」
徐々にペースを上げて、早足から小走り、そして最終的には普通に走れてしまった。それも身長差をものともしない滑らかさでだ。
初めてでこれってもしかして俺達すごいんじゃない?
チラと隣を見れば、真剣な表情で前を向く栞がいた。俺もそれに倣って、しっかり前を向いてしばらく二人で無言のまま走り続けた。
「ふぅっ! たまには身体動かすのも気持ちいいね。ね、涼?」
結構な距離を走り、グラウンドの隅の邪魔にならなそうなところで立ち止まると、栞は爽やかな笑顔を向けてくるのだが──
「はっ……、はぁっ……。ご、ごめ。俺、息が……」
根っからのインドア派であり、日頃から運動不足の俺はかなり呼吸を乱していた。
「あっ、バテちゃった? 涼と走るのが楽しくてつい張り切りすぎちゃった……。涼、大丈夫そう?」
「だ、大丈夫……。少し、休めば……」
「ならちょっと座ろっか。待ってね、今脚ほどくからね」
栞と俺を繋いでいたバンドが取り去られると、俺はそのまま地面にへたり込んだ。
「無理させちゃってごめんね」
俺の前に立った栞が優しく頭を撫でてくれる。こんなところでされると恥ずかしいが、栞の手の感触には抗えないのでされるがままだ。
それにしても、同じだけ走っているというのに、栞はいつもより少しだけ呼吸が早い程度。それに比べて……、まったく情けないことだ。
「ううん、俺の体力が、ないだけだから……。本番では足引っ張らないようには、するつもりだけど……」
「ううん、涼が足を引っ張ることなんて絶対にないよ。実はね、さっきみたいにちゃんと二人で走れるのは涼のおかげなんだよ?」
「俺の……?」
俺はただなんとなくで走っていただけなのに。
「そうだよ。えっとじゃあね、さっきの答え合わせをしてあげるね」
「答え合わせって、普通に走れたことの?」
「うん。それと私が問題ないよって言った理由だね」
栞も俺の隣に腰を下ろし、そして身を寄せてきた。いつもより高い体温を感じて、少し汗をかいているはずなのにいい匂いがしてドキッとする。
そんな栞は俺の顔をじっと見て、ふわりと微笑んだ。
「私ね、知ってるんだよ。涼って私と歩く時、ちゃんと歩幅とかペースを私に合わせてくれてるでしょ?」
「……そうなの?」
「そうなのって、自分のことだよ? ……もしかして無意識で、してたの?」
「うん。全然気にしたことなかった、かも」
栞と歩く時は腕を取られているし、必然的に栞のペースに合わせることになる。毎日の登下校時にそうしているので、すっかりそれが身体に馴染んでしまっていたらしい。
「そっか……、そうなんだ……。涼ってばもうっ」
栞がグリグリと頭を押し付けてくる。甘えるように、それでいて拗ねるように。
「……栞?」
「無意識でそんなことするの、ずるいと思うんだけど……。そりゃ意識的にされてもずるいと思うけどさ……」
栞の唇がわずかに尖る。
「ずるいって言われても、ねぇ。勝手になっちゃうだけだし」
「そういうことされたら、ますます涼から離れられなくなっちゃうのにぃ……」
栞の頬がわずかに膨らむ。
「離れたいの?」
「絶対離れないもん……」
栞がきつく腕に抱きついてくる。
「ならいいんじゃない? 俺も栞を放すつもりなんてないし」
俺は膨れた栞の頬を指で突いてみた。ぷすりと音がして空気が抜けて、いつもの可愛い顔に戻る。
「もう、ばかぁ……。涼のせいなんだからね。もう練習なんてどうでもいいや。しばらくこのままでいさせてもらうからねっ」
「いやっ、でも、こんなところじゃ誰かに見られて……」
俺達の今いる場所はグラウンドの隅で目立ちにくくはあるが、特に死角になってるわけではない。誰に見られるかわかったもんじゃ──
「私は別に見られても平気だけど……、でも誰にも見られてなさそうだよ。ほら、皆練習に夢中みたいだし」
「なら俺達も練習を……。トップでゴールするんじゃなかったっけ……?」
「さっきのでいけるって確信できたからもういいの。それより今はこうしてたいんだもん。ダメ……?」
「うっ……! ダメ、じゃないです……」
ずるいのは栞の方だよ。そんなウルウルした瞳で上目遣いなんてされたら秒で陥落しちゃうんだから。
「やったっ! へへっ、涼好きっ!」
お許しを得た栞は更に密着してくるし。
まぁ、ベタベタに甘えてくる栞が可愛すぎるのが悪い。
そう心の中で言い訳をして、なるべく周りを気にしないように栞だけを見ることにした。気付いた時には俺も栞の頭を撫でてたりして。
結局ずっと栞が離れてくれなくて、俺達は練習時間の終わりまでその状態のままだった。
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