第145話 初めての愛妻(今は予定だけど絶対になるんだから)弁当作り
◆黒羽栞◆
枕元に置いていたスマホのアラームが鳴って目を覚ます。涼を起こしてしまう前にアラームを止める。
「ふぁあ……」
あくびを一つしてから現状確認。
良かったぁ、夢じゃない。
私を包み込む温もりと、大好きな匂い。ちゃんと眠りについた時のまま、私は涼の腕の中にいる。
目の前には涼の胸板。ペタリと触れてみる。男の子にしてはやや薄い、でも全然頼りなくなんてないんだよ。
私は今までこの胸で何度も泣いたの。理由は辛かったり嬉しかったりと色々だけど、その全部を受け止めてくれた。
ね? 頼りになるでしょ?
視線を上げると涼の寝顔がある。規則的な寝息に、たまーに小さくいびきをかいていた。
他の人が見たらだらしない顔って言われちゃいそうだけど、私にとってはそれがたまらなく愛おしいの。だって、私の隣でこんな油断した顔をしてくれてるんだもん。
涼のほっぺを指先でつんつんすると、くすぐったそうに身じろぎする。
「ふふっ、かーわいっ」
こんな目覚めは約一ヶ月ぶりになるのかな。前回は涼の誕生日だったね。これまで何度か経験しているけど、何度目だって幸せになれる。
そっと擦り寄って身体を押し付けると、眠っているはずの涼は無意識に強く抱きしめてくれる。
誰がなんと言おうと、今の私は世界で一番幸せな女の子だ。最愛の人からこんなに大事にしてもらって、愛してもらってるんだからね。
「涼、大好き。愛してるよ」
まだ目覚める様子のない涼の唇にキスをする。ほわっと全身があったかくなるような気がする。寝起きだけど、これだけで眠気なんて吹っ飛んじゃうんだから。
朝に涼とキスするとね、今日も一日頑張ろうって思えるんだよ?
いっぱいするほど、してもらうほど、元気になれるし、たくさん笑えるんだよ?
何度もキスをして、気力を充填してから私はベッドを抜け出した。本当はもっとしたいんだけどね、やらなきゃいけないことがあるの。
ベッドの側に脱ぎ散らかされた衣服をかき集めていく。寝る前にまた涼に愛してもらって、そのまま寝ちゃったから今は裸のまま。さすがにこんな姿で涼の部屋を出てくわけにはいかないもんね。
下着を身に着けて、その上からパジャマを着る。せっかくちょっと可愛いパジャマを持ってきたんだけど意味なかったかも。寝る支度を整えて涼の部屋に来たら、あっという間に脱がされちゃったし。
そうなるように涼を煽ったのは私だから文句はないんだけどね。
服を着るついでに、涼が脱ぎ散らかしたものもついでに畳んでベッドの上に置いておいた。
「後で起こしに戻ってくるからね」
静かに呟いて、ドアを開けて部屋を出る。最初に向かうのは洗面所。まずは身だしなみから整えるのが私の朝のルーティン。
顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳かして。リップクリームを塗ったらひとまずは終わり。学校がある日はお化粧をしないことにしてるんだ。ばっちりキメた姿を見せるのは、できれば涼だけがいいもんね。
準備が済んだら今度はキッチンへ。水希さんとの約束通り、朝ごはんとお弁当の準備を始める。
お弁当のおかずは昨日涼と一緒に作って、タッパに入れて冷蔵庫にしまってあるし、ご飯は夜にタイマーでセットしておいたから炊きあがってる。
でも、初めての涼へのお弁当作りなんだから、もちろんそれだけじゃ終われない。私の涼への愛情をたっぷり込めなきゃね。
今日のお弁当のご飯部分は三色丼風にするつもりなんだ。まずは卵を溶いて、玉子そぼろを作る。それができたら次は鶏そぼろ。火にかけて水分を飛ばしている間にほうれん草を切って茹でて。
なるべく手際よく進めていく。こういうこともあろうかと、たまに自分で作るようにしていたのが功を奏した。
傷まないようにご飯の熱を取ったりとか、気を使う部分もあるからね。やっぱり慣れって大事よね。
「よしっ、でーきたっ!」
あっという間に私と涼、二人分のお弁当が完成した。私の分は普通に三色丼なんだけど、涼の分は特別仕様。蓋を開けた時の涼の顔を想像したら、それだけですごく楽しみになる。
そういえば、前にこんな夢を見たことあったよね。私の願望がこれでもかと詰まったあの夢は今でもしっかりと記憶に残ってる。
今まさに、それと同じことをしてるんだーって思ったら、更に顔がニヤけちゃう。それにね、今日はあの夢みたいに一人でお留守番をしなくてもいいの。一緒に学校に行って、また一緒にここに帰ってくる。
つまり、ずーっと涼と一緒なんだよ!
そんなの幸せすぎるよぉ。
「えへ、えへへ……」
勝手に笑いが漏れて。
やだ……。これじゃ私、変な子みたいじゃない?
それでも頬が緩むのが止められなくて──
「栞ちゃん、おはよう。早いのね」
「はぅわっ! み、水希さん?!」
幸せな気分に浸りすぎて、水希さんが起きてきたことに全く気が付かなかった。びっくりしすぎて身体が跳ねて、アワアワしちゃう。
そんな私を見て水希さんは笑う。
「はぅわっ! だって。か〜わい〜!」
「も、もう、水希さん。驚かせないでくださいよ」
朝の支度は私がするからゆっくり寝てくださいねって言っておいたのに。まさかこんな早くに起きてくるなんて思わないじゃない。
「ふふっ、ごめんね。けど、そんなつもりはなかったし、普通に声かけただけよ? いったい何を考えていたのかしら?」
うっ……、この顔は何回も見たことがあるよ。私達のことをからかってる時の楽しそうな顔。涼もたまにするんだよね。やっぱり、こういうところ親子なんだなぁって思う。
「涼の、ことですけど……」
どうせ見抜かれてるんだろうし、こういうのは素直に白状した方が追求が早く終るはず。目論見通りに水希さんの表情はいつもの優しげなものに変わる。
「ま、わかってたけどね。ほっぺがゆるゆるになってるもの」
「ふえっ?! 私、そんなになってます?」
水希さんが現れてから急いで取り繕ったつもりなんだけど?!
「うん。というかね、私が見てる時の栞ちゃんはいっつもそんな顔してるわよ?」
「あぅ、恥ずかしいです……」
なるべくそういう顔は涼の前だけにしようって思ってるのに。全然抑えれてなかったのかぁ……。
「まぁいいじゃない。私も幸せそうな栞ちゃんの顔、好きよ?」
「なら、いいんですけど……」
水希さんからも好きなんて言われちゃうし。
嬉しいけど、嬉しいんだけどっ。
「将来、栞ちゃんは私にとっても娘になるんだし、娘の幸福を願うのは親として当然だからね。ということで、栞ちゃん。朝ご飯の準備は私がしておくから、そろそろ涼を起こしてきてくれる? じゃないと涼、自分で起きちゃうわよ」
「そんな申し訳な……って、あれ?! もうこんな時間じゃないですか?!」
時計に目を向けると、いつも私が涼を起こす時間だった。お弁当作りに集中してたせいで、結構時間が経っていたみたい。そりゃ水希さんも起きてくるわけだよ。
「ほらほら、行ってらっしゃい。お弁当はできたんでしょ?」
「は、はいっ! 行ってきます!」
涼を起こすのは私の朝一番の楽しみなの。
私の声で目覚めてほしいの。
涼には私の声で一日を始めてもらって、私の声で一日を締め括ってほしいの。
後で起こしに戻るって言ったのに、涼が自分で起きちゃうのはイヤなの。
私は急いでキッチンを飛び出した。お弁当箱に蓋をするのも忘れて。
涼の部屋に戻ると幸いなことに涼はまだ眠っていた。ホッと安堵の息を吐きつつ、まずは自分の着替えを済ませてしまうことに。
パジャマを脱いで、制服を着る。寝ているとはいえ、涼の横で普通に着替えている私。
恥じらいが足りないかな?
でも、今更だよね?
水希さんにも言われたけど、すでに涼には私の全部をさらけ出しているわけで、こうして着替えるのも平気になっちゃった。じっくり見られたら、そりゃ恥ずかし──でも見てほしいかも……。
「もうっ、涼のせいなんだからね?」
悪態をついてみたけど、私の顔は笑ってる。涼に変えられちゃった今の私、自分でもすっかり大好きになってるから。
着替えを終えたらお待ちかね、ようやく涼を起こすお時間です。まず最初は囁くように耳元で名前を呼ぶんだよ。
「りょ〜う。朝だよ〜?」
「んん〜……、栞……、好き……」
わかっていたけど、涼はこれくらいじゃ起きてくれないの。なのに、私の声に反応してこんなことを言ってくれる。寝てるくせに私を喜ばせるなんて、涼は罪な人だよ。こういうことがあるから涼を起こすのは楽しい。
「涼、起きて? 起きてくれないといたずらしちゃうよー?」
「んー……。起きる……、けど栞のいたずら、されたい、かも……」
薄っすら目を開けてくれたけど、涼はまだ寝ぼけ眼。更に私のいたずらをご所望なんて、そんなの何されても文句言えないんだよ?
「んふ、言質は取ったからね。それじゃ、あ〜むっ!」
私は涼の弱いところをぱっくり口に咥えた。それからわざと音を立てながら舌を這わせる。
「ん〜、ちゅっ。れろっ」
涼の身体がビクッと跳ねて、そのままガバっと飛び起きた。
「ちょっと栞?!」
ようやくお目覚めみたいだね、私の大好きな寝坊助さん?
「ふふっ。おーはよっ、涼っ!」
真っ赤な顔で目をパチクリさせている涼に、私はできうる最高の笑顔を向けた。
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