第135話 試験結果
試験の終わった翌日からちらほらと答案の返却が始まった。こういうのは先生によって早い遅いの差が激しかったりする。俺達の学年は300人、その数を採点しなければならないのだから先生達も大変だ。
真っ先に結果がわかったのは我らが担任の連城先生の担当科目の現代文。試験初日のそれも一番最初の科目だったので、採点する時間には困らなかったのだろう。
朝のSHR、いつも以上のハイテンションで出席を取り終えた後、
「現代文の試験、返却するから名前を呼ばれた人から取りに来てねー!」
そう言った連城先生はやや興奮しているご様子。どういう理由かはわからないが、自分の授業の時間まで待ちきれなかったらしい。SHRの時間に、というのは初めてだ。
出席番号順に名前が呼ばれていって、やがて栞の番がくる。
「黒羽さーん」
「はいっ」
「黒羽さん、満点よ。さすがね」
「ありがとうございますっ」
栞が答案を受け取ると教室内にざわめきが起こる。俺と栞はすでに自己採点をして結果を知っていたので割と落ち着いているが、満点と聞けばこういう反応になるのも頷ける。
栞の満点はこれだけではないのだけれど。
「ちなみに満点は黒羽さんだけよー」
自分の席へと戻ろうとした栞の背にかけられたこの言葉。俺と栞は顔を見合わせて小さくガッツポーズをした。
満点が栞だけなら、これですでに藤堂との差がついたことになる。そもそも8科目中6科目が満点予定の栞に負ける要素はほぼないのだが、これは喜ぶべきことだ。
周りのざわめきも一層大きくなる。
そのしばらく後に俺の番。答案を差し出す連城先生はやはりいつになく上機嫌に見える。
「はい、高原君。惜しかったわね。でも十分すごいから、次からもこの調子でね」
「はい、ありがとうございます」
「にしても、元々優秀なのは知ってたけど、あなた達ただのバカップルじゃなかったのね」
「ただのバカップルは余計です。否定はできませんけど……」
「とにかくよくやったわ。現代文のトップ2はあなた達だから」
そう言われて答案を見れば、俺の方も自己採点の結果通りに一つのミスだけ。点数で言えば96点だった。ついでに俺と栞がトップ2という追加の情報も得られた。
全員分の返却が終わると、連城先生は興奮冷めやらぬ様子で口を開いた。
「皆、今回はよく勉強してたみたいね。みっともない成績取ったらーなんて言ったのは私だけど、なぜかうちのクラスの平均点だけやたら高かったのよねぇ。それが現代文だけじゃなくて他の科目もらしくて、すでに採点を終えてる他の先生方からも褒められちゃって。もう鼻が高いわ〜」
連城先生はそう言い残して、るんるんな足取りで教室を出ていった。
なんとなくの予想ではあるけれど、うちのクラスの皆はノリが良いので、栞と藤堂の勝負に触発されたんじゃないかと思う。予定外ではあったが、夏休みの課題の一件で職員室で肩身の狭い思いをしていた連城先生を助けることにも一役買ったらしい。
その日の昼休み、例によっていつものメンバーでの昼食タイムの前、楓さんが午前中に返却された答案を栞に見せていた。
「見て見て、しおりんっ! しおりんのおかげで見たこともない点数ばっかりだよ!」
午前中に結果がわかったのは現代文を含めて3科目。栞はその全てで満点を確定させた。俺の方も自己採点の通り、各科目1問ずつのミスという結果だ。
そして一番の問題児だと思われていた楓さんだが、答案を見れば全て50点以上を記録している。返却の折に伝えられた平均点はどれも60点台だったので、惜しくもそこまでは達していないものの、赤点は皆無だ。
これまで赤点ギリギリばかりだったという話なので、20点前後の大幅アップということになる。とはいえ、栞からすればまだまだ満足とまではいかないらしい。
「う〜ん、私が教えたんだからもうちょっといっててほしかったけど……。まぁ及第点ってところかなぁ」
「うぅっ、相変わらず厳しいっ……。でもでも、私にしては頑張ったほうなんだよ?!」
「はいはい、偉い偉い。とりあえず赤点はないみたいだし、今回はこれで許してあげる。まぁ、まだ全部じゃないから油断はできないけどね」
栞がわしわしと楓さんの頭を撫でる姿を一同微笑ましく眺めていた。
「それで他の皆はどうだったの?」
栞がつきっきりで教えていた楓さんが今のところは目標をクリアしてきた。そうなると次に気になるのが俺が教えていた遥、漣、橘さんの三人だ。
その三人は俺の顔を見て得意気に笑った。
「俺は期末よりも軒並み約10点アップってところだぜ。彩に教える時間が減ったのと、やっぱ涼も説明がうまかったし。なぁ?」
「うんうん。私も柊木君と同じくらい上がったよ。高原君ありがとねっ」
「俺も上がってはいるけど、二人ほどじゃないなぁ。でもいつもより余裕はあったし、サンキューな、高原」
三者三様の返事だが、上々のようだ。
栞の言う通り、まだ残り5科目があるのでどうなるのかは不明だが、俺も無事に役目を果たせていたらしい。栞に倣って全員の頭を撫でてやりたい気分だ。ただ栞と漣の手前、橘さんの頭を撫でるわけにはいかないので、
「どういたしまして。でも皆自分で頑張った結果だからね、俺は少し手を貸しただけだよ」
ひとまず労いの言葉をかけるだけにとどめておいた。
各々満足の結果に、さて昼食だと弁当を広げ始めた矢先、この和やかな空気をぶち壊す輩が現れた。
「黒羽栞さんはいるか?」
この声と呼び方だけで誰かがわかる。もちろん藤堂だ。
「あ"? お前、もしかして藤堂か?」
うちのクラスですっかり悪者扱いになっている藤堂、教室の入り口付近にいた男子から冷ややかな対応を受けていた。
こいつのすごいところはこれでめげないところだと思う。面倒くさいやつだけど、そこだけは認めてもいい。俺ならこれだけですごすごと引き下がっているところだ。
藤堂は教室をグルリと見渡して、栞の姿を見つけるや歩み寄ってくる。
「食事中に失礼するよ」
四方八方から棘のある視線を向けられているというのに、たいした度胸だ。
「わかってるなら邪魔しないでもらえるかな?」
栞もにこやかに応対しているが、その口調は冷たい。両者の間に火花が散っているように見えるのは俺だけだろうか。
「なに、すぐ済むさ。勝負の掛け金の確認に来ただけだからな。ほら」
藤堂はそう言うと、栞の前に一つの封筒を突き出した。そこには『退学届』と書かれている。
「あれ、もしかしてもう負けを認めちゃうの?」
おっとここで、まずは栞の牽制、余裕たっぷりだ。
「まさか。ただ覚悟だけは示しておこうと思ってね。それで、どうかな? そちらは最後の時間を満喫できたかい?」
威勢だけなら藤堂も負けていない。藤堂のクラスも少しは答案が返ってきているはずだし、余程いい結果だったと見える。もしくは俺達がずっとイチャイチャしてるだけで勉強をしていないと思っていたのか。
なんて、栞の圧倒的さを知ってるせいで、内心で解説みたいなことをする余裕がある俺だった。
「ふふっ、そんなの私には必要ないもの。涼とはいつも通りに過ごしてたよ。というわけで私が勝つつもりだし、とりあえずこれは預かっとこうかな〜」
栞は笑いながら藤堂の手から退学届を引ったくった。
「ふん、どうせ最初から渡しておくつもりだったから構わないさ。まぁ、すぐただの紙切れに変わるだろうけど。とにかく用はこれだけだよ、邪魔したね」
最後まで不遜な態度を崩すことなく藤堂は去っていった。本当にあの自信はどこから来るのだろうか。栞の自己採点の結果を今すぐ教えてあげたくなる。ついでに俺のも。
「いやぁ、やっぱりすごかったねぇ」
栞はそう言いながら、受け取ったばかりの退学届を封筒ごと真っ二つに破ってしまった。
「ちょっと栞?! またっ?!」
「ん〜? さすがに今回は捨てたりしないから安心して。でもこんなのそのままにしてて、本当に提出されちゃったら困るでしょ?」
「いや、うん……。まぁ、いいか……」
なんというか、栞の逆鱗に触れるとこうなるんだぞっていうのを見せつけられたような気がする。
「あれ、皆どうしたの? 邪魔者がいなくなったんだから、ご飯にしようよ」
「「「「…………」」」」
笑顔でとんでもないことをする栞に、全員が言葉を失ってしまっていたのだった。
そして週末を挟んで翌週の頭には全ての答案の返却が終わった。さらに全てが出揃った翌日、つまりは明日、恒例である上位30人の順位の掲示がされることになっている。
ひとまず判明した最終結果は栞が793点、俺が767点と、最低で見積もっていた数字を大きく上回っていた。
ついでに一学期の中間試験、1位だった栞の総合点は758点だったということを付け加えておこうと思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
思ったより長くなってしまったので、勝負の行方は次話に持ち越しになってしまいました……。
ここまでやればどうなるかはおわかりでしょうけどね。
無駄に藤堂へのヘイトが更に高まった!
サラッと流す予定だった試験編、どうしてこうなったのでしょう……?!
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