第134話 自己採点の行方
始業ギリギリで教室に飛び込んだ俺と栞を待っていたのは呆れた顔の連城先生だった。
「ちょっと二人共。これから試験なのにどこ行ってたのよ?」
「あはは……、すいません。少し涼が緊張してたみたいなんでリラックスさせに行ってました」
栞が言うと、連城先生の目がジトッとしたものに変わる。
「そんなこと言って、まーたどっかでイチャイチャしてたんでしょー?」
バレてるー……!
栞が俺をリラックスさせようとしてくれてたのは間違いないのだけど、そのためにイチャイチャしていたというのも間違っていないわけで。
今もまだ、さっきまで包まれていた栞の胸の感触が顔に残っている。幸せな柔らかさと、ドキドキしながらも穏やかなリズムを刻む栞の心音。その両方が俺の緊張を解してくれた。
心音のリズムからは本当に栞に問題がないことも伝わってきた。全力を出せるコンディションなんだって。
どうやらいつもの俺の過保護が発動してしまっていただけらしい。
というのはさておき、図書室でイチャついていたところを目撃した先生は鋭かった。
「まぁまぁ、れんれん。今回のしおりんは絶対に負けられない戦いがあるからさ、大目に見てあげてよ」
なんと言っていいものか困っていると、助け舟を出してくれたのは楓さんだった。
「だから、れんれん言うなっての! って、負けられない戦いってなんなの? 黒羽さんならいっつもトップの成績じゃない。それに高原君だって上位でしょ?」
「それはそうなんですけどね、色々ありまして」
俺がそう言うと、クラス中から頷きが。
あの一件、教室に残っていた他のクラスメイトから伝わって、全員の知るところになっていた。
おかげでこの一週間、栞は皆から激励の言葉をたくさんもらっている。
『推しカプの崩壊なんて見たくないからね!』
『あんなのに負けたら承知しないよ!』
『黒羽さんなら余裕だろ? 心配はしてないけどさ、頑張れよ!』
等々、本当にこのクラスはいい人ばかりだ。一学期はクラスで浮いていた俺達だけど、今ではすっかり受け入れてもらえている。推しカプってなんぞやとは思ったりしたけれど。
ついでにこの時『高原黒羽カップルを見守る会』なるものの存在を知ったわけなんだが、栞に尋ねたら乾いた笑いを浮かべていた。どうやら栞はすでにその存在を知っていたらしい。
危害を加えてくるわけではなさそうなので放置するけれど、人の知らないところで変な会を作らないでほしいとは思う。
「なによ〜。皆知ってるの? 私にも教えてよ!」
「ほ、ほら。もうすぐ時間ですから、これくらいにしときましょ?」
先生に事情を話して大事になるのは困る。本気ではないとは言え、試験の結果で退学を賭けてるなんて言ったら少なからずお咎めがありそうな気がする。
ちょうどよく、最初の試験開始の時間が迫っていることだし、こう言っておけば先生も追求を諦めてくれるだろう。
「また私だけ除け者なのね……。担任なのに悲しいわ……。まぁ、いいでしょう。時間がないのは事実だし。それじゃ、最初の試験は現代文だからね! 私の担当教科でみっともない成績を取ったら承知しないんだから、皆そのつもりで頑張るように!」
今更頑張れと言われても、これ以上勉強をすることはできないのだけど、ひとまず難を逃れることには成功したようだ。
「じゃあ机の上は筆記用具だけにして、後は鞄にしまってちょうだい。筆箱も出してたらダメよー」
皆がガサゴソと机の上を片付け終わるとプリントが配られる。俺は深呼吸をして目を閉じた。
栞があそこまでしてくれたのだ、情けないところは見せられない。程よい緊張感、でも気負いすぎてはいない。
栞と一緒に勉強したこと、皆に教えることで深まった理解。今の俺にはそれがついている。
栞は心配するなって言っていた。なら、俺は自分のするべきことをするだけだ。
やがて開始を告げるチャイムが鳴る。それと同時に連城先生が告げる。
「それじゃ、始め!」
そうして試験が始まった。
***
うちの高校の中間試験は全部で8科目。日程は三日間で行われる。初日、二日目が3科目、最終日が2科目だ。
この間の学校は午前で終わるため、午後からは次の日の見直しに十分な時間を充てることができる。
俺と栞も試験当日はその日の分が終わるやいなや一緒に帰宅して、お互いに問題を出し合ったりして復習に専念した。
イチャイチャするのも最小限。栞が帰宅する前30分くらいにとどめた。多少物足りなさはあるけれど、今回はそうも言っていられないので我慢することに。
そうして全ての試験が終了した日の午後、俺達は揃って俺の部屋にいた。ぴったり肩をくっつけて座って、お互いの手には全ての試験の問題用紙の束がある。
「それじゃ始めよっか?」
「うん、結果は最後にまとめて、でいいんだよね?」
「それでいいよ。ちゃちゃっと終わらせちゃおうね」
今回の試験、終わったら自己採点をしようと最初に栞と決めていた。俺も栞も問題用紙に解答を書き写してきている。それを栞と交換して採点し合う。
自己採点なんてこれまでしたことがないけれど、今回は少しでも早く安心したいと俺が栞にお願いしたのだ。
二人して教科書と解答を見比べて、慎重に採点をしていく。栞の解答に丸がつくたびに安心する。というか、間違えている問題がなかなか出てこない。
2科目が終わったところで、まさかの全問正解だ。チラっと隣を見ると、栞はニコニコした顔で俺の解答に丸をつけていた。
俺の方は自分の記憶が確かなら、ここまでで3問を落としている。それでも俺にとっては奇跡的な結果なのだけど、それを上回る栞は流石と言うべきか、異常と言うべきか。
俺や楓さんにあれだけ時間を割いてたはずなのに。
ともかく、全部が終わるまでは安心はできない。次は数学Ⅰの答案へ移ろうとした時、栞が声を上げた。
「りょ、涼……!」
「な、なに……?」
その声は震えていた。栞が見ているのは俺がこれから採点しようとしている数学Ⅰ。俺の苦手としていた科目だ。まさかとんでもないミスでもやらかしていたのではと不安になる。
しかし──
「涼っ! すごいよぉっ!!」
栞はガバっと両手を広げて俺に飛び付いてくる。急だったので受け止めきれず、勢い余って床に押し倒された。
「ど、どうしたの……?」
「涼ねっ! 数学Ⅰ、満点だよっ!!」
栞は興奮した声でそう告げた。
「え、マジで?!」
「マジマジ! 大マジだよ! 私、こんなことで嘘つかないもんっ! 苦手だって言ってた科目で満点なんて本当にすごいよっ!」
結果は最後にまとめてと言っていたのに、我慢ができなかったのだろう。栞はグリグリと俺の胸に頬擦りして、それでも満足できなかったのか唇にキスの雨を降らせてくる。
まるで自分の事のように喜んでくれる栞。俺も嬉しくなって栞をぎゅっと抱きしめた。
「栞がずっと教えてくれてたおかげだね」
「ううん。これは涼が頑張ったからだよ! 本当に嬉しいっ!」
「ありがと、栞。栞が言っちゃったから俺も言うけどね、栞もここまで採点した2科目は満点だったよ」
「んふふ〜、当然だよねっ」
栞は得意気に笑う。まるで最初からわかっていたかのようなあっさりした口振りだ。
「当然って……、栞の方がすごいんだけど?!」
「私はいいのー! 元々全部満点取るつもりだったんだからねっ」
「マジかっ……」
栞は自分で決めたことは本当にやってしまうところがある。ここまで自信満々に言われると本当に全部満点になりそうな気がする。
だが栞は申し訳なさそうに口を開く。
「──なんてね? まぁ実際にはやらかしたって思ってるところが2つあるから、それ次第かなー?」
「じゃあちゃんと確認しないとだね」
「あっ、そうだね。まだ途中だもんね。ごめんね、嬉しすぎてつい……」
えへへと笑う栞の頭を撫でて、採点を再開することになった。
結局、栞は更に満点を積み上げて、間違えていたのは自分で言っていた2問だけ。英語のスペルミスと世界史の年の間違いのみ。
8科目で間違いが2つという驚異的な結果を叩き出していた。その2問だけだと言うのに、栞は悔しそうだ。俺の方はといえば満点は数学Ⅰのみで、全部で8つ間違いがあった。
これでもかつてない成果だ。各問題の配点がわからないのでなんとも言えないが、1問10点と見積もってもトータルで栞は780点、俺は720点はある。
実際は1問10点なんてことはありえないので、もっと高くなるはず。栞と二人きりで勝負した一学期の期末でだってこんな点数は取れなかった。
藤堂のやつだって、まさか栞を超えてくることはないだろう。
俺達はこの結果に満足、安心して、勉強のことは一切忘れて、前祝いと称して目一杯二人きりの時間を満喫した。
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