第131話 ラブレター?
試験週間に入っても変わらずにきっちり俺を起こしに来た栞。俺の唇がふやふやになりそうなほど『おはようのキス』を要求された後、一緒に登校しすることに。
*
校門をくぐるところまではいつも通り。栞は俺の腕をがっちり抱きしめて、まるで見せつけるかのように周囲に幸せそうな顔を振りまいていた。
異変がおきたのは昇降口に着いてから。
「あれ……? なんだろ、これ?」
栞は今しがた脱いだばかりのローファーを片手に、自分の下駄箱を覗き込んで首を傾げた。
「どうしたの?」
「えっとね、なんか手紙? みたいなのが入ってて……」
手紙みたい、というかそれは明らかに手紙だ。栞が手にしていたのは白い封筒だった。その表には男のものであると思われる無骨な字で『黒羽栞殿へ』と書かれている。
「だ、誰から……?」
それを見て、俺は少し動揺してしまった。
下駄箱に手紙、そんなのアレしかない。古風なやり方だが、十中八九ラブレターだ。
栞が俺から乗り換える、なんて心配は全くしていないけれど、栞に言い寄る男がいるというのはやっぱり面白くない。栞が魅力的なのは俺が一番知っているし、それが広く知られるのは嬉しく思うが、それはそれ。
こういうわずらわしいことが起こるのを嫌った栞が、俺との関係を見せつけるようなことをしてきたはずなのに。さすがに公衆の面前でキスまでしたのはやりすぎだとは思うけど。
おかげで、うちのクラス内では俺と栞の関係はすでに全員が知っているし、俺達の間に割って入ろうとする人間はもういない、はず。
であれば他クラスの人間から、ということになる。
「う〜ん……。封筒には差出人の名前は書いてないみたい」
「中には? ほら、封筒になくても中には書いてあるかもしれないし」
「あっ。そうだね」
栞はなんの躊躇いもなく封を切ると、中身を取り出して広げた。
「えーっと……。黒羽栞殿 お話があります。今日の放課後、体育館の裏で待っています。だって」
「それだけ?」
「うん、それだけ。中にも名前はないみたいだよ」
栞宛ての手紙の内容を聞いてしまった心苦しさはあるけれど、文面から見て告白の呼び出しで間違いはなさそうだ。体育館の裏という人気のない場所への呼び出しなんてそれ以外に考えられないわけだし。
しばらくその手紙を面倒くさそうな顔で眺めていた栞は、教室に着くなりゴミ箱へポイッと投げ込んでしまった。
「えっ、栞。それ、捨てちゃって、いいの?」
まさかの栞の行動にびっくりした。取っておいてほしいわけではないが、いきなり捨ててしまうとは思わなかった。
「だって、差出人もわからないのに行くの怖いんだもん。それとも涼は行ってきてほしかった? 涼が一緒についてきてくれるって言うなら行ってもいいけど」
「いや、それもどうかと思うけどさ……。俺としては断ってくれさえすればなんでもいいというか……」
にしてもなんの躊躇もなく捨ててしまうのは、その相手が可哀想と思ったり。俺も栞に告白した時は、断られる心配がほぼない状態だったというのにものすごく勇気が必要だったから。
そういえば、栞はラブレターをもらうのはこれが初めてじゃないんだったか。一昨日会った新崎さんの話によれば、以前もさくっと捨てていたとか。
この辺りの栞の思い切りの良さには感心してしまうけれど、いらぬ恨みをかわないかは心配にはなる。
「ならいいでしょ? 私は涼以外に興味ないし、呼び出しに応えない時点で結果はわかるだろうしね。それにさ、今日から放課後は勉強会するんだから、そんなことに割いてる時間はないもん」
確かに栞が言う通り、告白するにはタイミングが悪い気がする。結果次第では、試験どころではなくなりそうだ。
当然断る方にも精神的な影響は少なからずあるだろうし、そう考えれば配慮に欠けているとも言える。なら、無視されたとしても文句は言えないだろう。
「まぁ、そっか。そうだよね」
ここは当事者の栞がそう言っていることだし、本人の意思を尊重することにした。万が一押しかけてくるようなことがあれば、俺の存在を盾に断ってもらえばいいのだし。
基本的には俺と栞は一緒にいるので何かあれば守ってあげることもできる。さすがにトイレにまでついてはいけないが、最近は仲良し女子三人組で連れ立って行くことが多いので、そこも安心。
そう結論付けて、この件に関しては頭の外へ追い出すことにした。
それよりも今は試験に集中したほうがいい。頑張った暁には、栞からのご褒美も待っていることだし。何をしてくれるつもりかはわからないが、俺の喜ぶことなんて栞に全部把握されているので楽しみだ。
*
一日の授業が終わって放課後になる頃には、俺はもうこのことをすっかり忘れていた。栞もそれ以降は話題に出さなかったし、授業に集中していたから。
「さて、勉強会、やるよっ!」
帰りのSHRが終わって自由になると、他のクラスメイトがちらほらと帰宅していく中、予定通りに集まってきたいつものメンバーに向かって栞が宣言した。
「う〜……、勉強、いやぁ〜……」
一日授業を受けた後、更に勉強をするのが辛そうな楓さん。明らかに元気がない。
「ちょっと、彩香が言い出したんでしょ? 赤点まみれになってもいいっていうならやめちゃうよ? 私達は何も困らないし」
我が校では平均点の半分を下回ると赤点として扱われる。一学期の経験からすると、どの教科も平均点は60点そこそこ。どんなに簡単でも平均点が80点を超えてくることはまずあり得ないので、最低でも40点を取っておけば赤点は免れることができる。
一学期の楓さんは赤点ギリギリばかりだったという遥の言葉を信じるなら、頑張ってもらわないといけない。俺も友人が赤点の末に課題やら補習やらに翻弄される姿はあまり見たくない。
「うっ……! そ、それは困るよっ。赤点なんて取ったらママにしばかれる……。ちゃんとやるから、しおりん先生、よろしくお願いしますっ!」
「まったくもう、調子いいんだから……。じゃあとりあえず、近くの机借りてくっつけようか」
クラスの半数くらいはすでに帰宅している。俺達は空いている机を六つ集めて、一塊にくっつけて席についた。
「涼はほとんどわからないところないよね?」
「うん。昨日栞が帰った後も見直ししてたけど、たぶん大丈夫そうだよ」
ほとんどの科目はこれ以上追加で勉強をしなくてもそのまま試験を受けられるくらいだと思う。まだ心許ないのが歴史系なんかの暗記物。これはもう少し、といったところだろうか。
俺の返事を満足そうに聞いた栞はニッコリと微笑んだ。
「さすが、涼は偉いねぇ」
「栞に鍛えられてるからね。それでダメダメじゃ栞の顔に泥を塗ることになるし」
「そこまで気にしなくてもいいけどね。でも頑張ってる涼はいい子だねぇ」
隣に座った栞は手を伸ばしてよしよしと俺の頭を撫でてくる。二人きりで勉強した後みたいに。栞に撫でられるだけで一日の疲れが抜けて、試験本番もまだだというのに、もうご褒美はこれだけで満足かもと思ってしまったり。
「あのさぁ、しおりん……?」
「栞ちゃん……」
楓さんと橘さんからチクリと刺すような声が飛んでくる。
「涼もだらしねぇ顔してよぉ……」
「むぅ。高原、羨ましい……」
もちろんそれは俺にも。漣には、橘さんにしてもらえと言いたいところではあるが。
「あ、あはは……。ごめんね、つい癖で。えっと、気を取り直して始めよっか。私はたぶん彩香にかかりきりになると思うし、涼は他の皆のことお願いね」
「う、うん。わかったよ」
無事にいつも通りのオチがついたところで、ようやく勉強会が始まることに。
栞が一人、俺が三人を相手にすることになったわけだが、夏休みの課題の時同様に栞の方が大変そうだ。隙を見せると寝そうになる楓さんにお仕置きをしながら、ずっと付きっきりで教えている。
栞とは逆に、俺の方は自分の分をこなす余裕があった。最初に皆がまとめてきたというわからないところを説明し終わった後は、時折呼ばれる程度で済んでいる。
そんな感じで時間が過ぎていったのだが、開始からしばらく経った頃、教室の外からドタドタと足音が聞こえてきた。何事かと思っていると、教室のドアがガラッと音を立てて勢いよく開かれ、一人の男が現れた。
そして──
「黒羽栞さんはまだいるか?!」
教室全体に響くほどの大声で栞の名前を呼んだのだった。
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