第124話 誕生日会4

 ケーキを食べ終えて片付けが終わる頃には聡さんもだいぶ限界が近付いているようで、頭をカックンカックンさせていた。文乃さんはそんな聡さんをソファに座らせて荷物を少しずつまとめ始めた。


「栞? もうお父さん、いい感じにダメっぽいよ?」


「あ、うん。じゃあ、そろそろかな……」


 時計を見ればもうすぐ21時半になろうとしていた。父さんも聡さんも撃沈。なら、そろそろというのはこの会の終わりが近いということだろうか。


 母さんも片付けを……、いや、どこかへでかける準備、か……? まさか、今から?


「母さん、何してるの?」


「ん〜? そんなの栞ちゃんのお願いを叶える支度に決まってるじゃない。というか、涼。私はいいから、栞ちゃんを見てあげなさいよ」


「え?」


 そう言われて栞を見れば、頬を染めてモジモジとしていた。


「えっとね、涼。さっきお母さんからバラされちゃったけど、涼にプレゼントがあるの」


「う、うん」


 真剣な表情の栞に俺も居住まいを正す。栞からのプレゼント、最後まで秘密にされていたもの。そんなものを受け取るのだ、緊張もする。


「ちょっとだけ準備するから、目、閉じててくれる?」


「わかったよ」


 栞は俺のためにここまで考えてくれていたのだ。なら最後まで栞の計画に付き合うべきだろう。


 俺は言われた通りにしっかりと目を閉じた。


 ゴソゴソと何かを漁るような音がして、それからパタパタと近付いてくるスリッパの音。


「涼、少しだけ屈んでくれるかな? このままだと届かないから」


「……これくらいでいい?」


 なんとなくの感覚で、いつも栞とキスをする時くらいに身を屈める。


「うん、大丈夫だよ。それじゃ……、よしっ……!」


 栞が気合を入れる声がしたかと思ったら、俺はふわりと包みこまれていた。首に腕が回されて、密着されて栞の体温が伝わってくる。そして、耳元には栞の吐息がかかる。


 驚いたけど、依然として俺は目を閉じたままだ。視界を塞いでいるせいで、いつもより強く栞の存在を感じる気がする。


「あのね、涼」


「うん、なに?」


「涼へのプレゼント、私って言ったら、受け取ってくれる、かな……?」


「もちろん」


 反射的にそう答えていた。そんな素敵なプレゼントを受け取らない理由なんて、どこを探しても見当たらないから。


「本当? 受け取ったら、もう返品不可だよ? 一生離れないよ? それでもいい?」


「望むところだよ。今日だってまた約束したでしょ、ずっと一緒って」


 栞のことだから、もしかするとまた少し不安になっているのかもしれない。栞のことはすでにもう全部もらってしまっているようなものだけど、それでも、何度でも栞が不安にならなくなるまで答え続けるし、俺からも言い続けるつもりだ。


「うん……。嬉しい……」


「栞、愛してるよ」


 ずっと我慢して取っておいた言葉。もう言わずにはいられなかった。母さん達に聞こえないように、そっと耳元で囁く。恥ずかしくないわけじゃないけど、抱き合うのを見られるのはもう構わない。でも、こればっかりは栞にしか聞かせられない。


「うん、私も愛してる」


 栞も俺と同じように小声で。


「それじゃ、この後ね……」


「うん?」


「二人きりにしてもらえるようにしてるからね……、そしたら、かな……?」


 この言葉を聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ねて、頭の中で今までよくわかっていなかった点と点が繋がっていく。


 聡さんを酔い潰そうとしていたこと。

 その理由を聞いた時に真っ赤になっていたこと。

 文乃さんが帰り支度を始めて、母さんが出かける支度をしていたこと。


 そしてこの後、二人きりになる。


 つまりは……、そういうことだ……。


 ドキドキしすぎて言葉が出てこない。そんな俺に栞は軽く口付けをして、そっと離れた。俺もそこでようやく目を開く。


「な、なんて、ね……?」


 栞は誤魔化そうとしているけど、期待に満ちた顔が隠しきれていない。一番最初、俺が押し倒された時と全く同じ目をしているのだから。


 こんな目で見られて、あんなことを言われて耐えられる男なんていないと思う。それは当然俺だって同じ。栞は俺の理性を簡単に溶かしてくる。


「栞……」


 今度は俺から抱きしめようとすると、なぜか栞に止められた。


「それはもうちょっとだけ待ってね」


 栞はそう言って微笑むと、俺の胸元を指さす。その指の先には、いつの間につけられたのかネックレスがあり、トップには一つのリングが通されていた。


「これは……?」


「それが本当のプレゼントなの……。あんなこと言ったけどね、形に残るものもあったほうがいいかなぁって思って。一応、ペアリングなんだよ」


 栞は自分の服の中から、俺につけられている物とほぼ同じネックレスを取り出して見せてくれる。


「文化祭で結婚式するなら、あったほうがいいでしょ……? 私だけで選んじゃったから、ひとまずは仮ってことになるけどね」


 つまりこれは結婚指輪(仮)と言ったところだろうか。仮とは言え、生涯を共にしたいという栞の想いが伝わってくるようで。栞がそう考えて選んでくれたのだとしたら……。


「ありがとう、栞。すごく嬉しい。ずっと大切にするから」


 改めて栞を抱きしめる。今度は止められることはなくて、むしろ栞の方からも俺に抱きついてくる。


「うん。でも、涼? それは私を? それとも指輪を?」


「もちろん両方に決まってるじゃない。けど……、一番は栞だから」


「へへ、良かったぁ……。私もね、ずっと涼のこと大切にするからね」


「うん……。本当にありがと……」


「そんなにお礼ばっかり言わなくてもいいのに。私は涼がくれたものをほんの少しだけ返しただけなんだから」


「そんなこと──んんっ……」


 栞にキスで口を塞がれて、言葉を遮られる。


 栞はわかっているんだ。ここに関してはどこまでも平行線だって。


 栞は俺からたくさんのものをもらっていると言う。俺もそれに負けないくらい栞からいろんなものをもらっていると思っている。


 気持ちを比べ合っても、どこまでも決着なんてつかないんだって。お互いが譲らないから。


 だから、今は言葉はない方がいい。ただ行動で示す。深く強く口付けを交わして。長く、長く、想いの強さの、重さの分だけ。




「文乃さん? この子達、このまま二人きりにしても大丈夫ですかね?」


「まぁいいじゃないですか、今日くらいは。ね、栞?」


 俺達は弾かれたように身体を離した。もはや言い訳のしようもないけれど、完全に二人の世界に入り込んでいた。母さん達の会話が聞えたのがもう少し遅かったら、このまま栞を俺の部屋に連れていっていたかもしれない。


「お、お母さん?! ま、まだいたの?!」


「そりゃいるわよ。何も言わずに出てくわけないでしょ?」


「それは、そうだけど……」


「栞? 今日はある程度のことは大目に見るけどね、でも、涼君へのプレゼントをもう一つ増やそうとか考えちゃダメよ?」


「もう一つって……?」


 文乃さんの言うことに首を傾げる栞を見ていると今度は母さんが、


「涼もよ? 少しくらいならハメを外してもいいけどね、外しちゃだめなものもあるんだから。はい、これ。私からの誕生日プレゼント」


「え、うん、ありがと……。って……」


 母さんが手渡してきたのはラッピングもされていない小さな箱。そこには大きく『0.01』と書かれていた。母さんからこれを受け取るのは二度目になる。


 ……。


 俺は思わずそれを母さんに投げつけた。


「こういうのは自分で用意するからいいって!」


「あらそう? そろそろ前のがなくなるんじゃないかと思ったんだけど」


「うっ……」


 ……バレてる?


 何度か母さんが家にいる時に消費したこともあるわけで。気付かれないように静かにしてたつもりなのに……。


 というか、外しちゃダメとかプレゼントをもう一つとかって、もしかして……。


 栞も意味がわかったのかプルプル震えてるし。


「もーーっ! そんなこと言われなくてもわかってるもんっ! もういいでしょ?! お父さん達連れて早く行ってよ!」


「はいはい、わかったわよ。でも、そんなに怒らなくてもいいじゃない……」


「というわけだから、涼。私達、これから黒羽さんのお宅で飲み直すから、ってまだ飲んでないんだけどね」


「……」


 もう何も言えるわけがない。


 そりゃこんな計画を立ててたら全部丸わかりなわけで、からかわれるのも目に見えてる。


 大胆なのか、抜けているのか。


 母さん達が荷物や父さんと聡さんを車に運び込んで出ていくまでの間、栞はずっと顔を赤くして黙り込んでいた。

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