第113話 正式決定
結論から言えば、陽滝さんにも協力してもらえることになった。
というのも、私が断らせないと豪語していた継実さんのおかげ(せい?)というのが大きい。
継実さんは勝手に陽滝さんのスケジュールを見て、文化祭の日が空欄になっていることを確認すると、これまた勝手に予定を埋めてしまった。しかも準備期間として、その直前のスケジュールまで確保する徹底っぷり。継実さん自身のスケジュールもそこに合わせて空けておくらしい。そのあまりの傍若無人さに俺は少々引いてしまった。
更にはスタジオの女性スタッフを捕まえて早々と栞の衣装選びを始める始末。もうやりたい放題だ。
「高原君は当日まで見ちゃダメだから」
そう言われて、栞と引き離されて置き去りにされてしまった。継実さんだけずるいと思わないでもないが、そこはプールでの水着姿同様に当日まで期待して待つことにしようと思う。
ちなみに俺のはというと、「涼のは私が選ぶからね」と栞から言われている。つまり俺には選択権がないということになる。センスという意味ではたぶん栞の方が上なので不満はないけれど。
さっきから奥の方からキャイキャイと声が聞こえてきて随分と盛り上がっているのがわかる。まぁ、栞が楽しそうでなによりだ。
置いてけぼりの俺は応接スペースで陽滝さんと終わるのを待つことになった。
「ははは……。すまないね、高原君。こうなった継実はもう僕には止められないんだ」
陽滝さんは苦笑いを浮かべて、諦めたように肩をすくめた。
どうやら陽滝さんはしっかりと継実さんの尻に敷かれているようだ。なんて他人事のように思う俺もあまり人のことは言えないのだけど。俺だって栞を止めることなんてできやしないわけで。俺の場合は尻に敷かれているというよりは、栞に振り回されつつもそれを楽しんでいるという感じだが。
「いえ、こちらこそ突然押しかけて無理を言ってしまってすいません……」
さすがに継実さんがここまでするとは思っていなかった俺は申し訳なさでいっぱいだった。ただ、お互いに謝罪しあっているのがちょっと可笑しくなって、陽滝さんと俺は同時にクスリと笑いを漏らした。
「いやいや、いいんだよ。継実があそこまでしなくても僕も協力するつもりだったからね」
「そうなんですか?」
少し意外だった。俺はここに来るまでこんなお願い断られて当然だと思っていた。
「だって文化祭なんだろ? そんなの学生の頃以来だからさ」
陽滝さんは少し遠い目をして言葉を続ける。
「ほら、僕と継実は歳が離れているでしょ? だからね、継実と一緒にこういう学校行事に参加ってなんだかワクワクするんだよ。一緒に仕事をしたりはするけど、それはあくまでも仕事だから。こんな面白い話を持ってきてくれて、むしろ感謝してるくらいさ」
そう言って陽滝さんは笑った。
俺も栞と一緒の始めての文化祭ということで楽しみにしているし、きっとそれと同じようなことなんだろう。
「えっと、そう言ってもらえると俺も助かります」
「まぁ、文化祭だからと言って手は抜かないけどね。僕が協力するからには素晴らしいものにしてみせようじゃないか。君達と一緒に、ね?」
「はいっ」
ありがたい話だ。無理かもと思っていたのが、逆にここまで前向きに考えてもらえることになったのだから。
「じゃあ、ここからはちょっと現実的な話をしようか──」
そこから俺達は協力してもらうにあたっての色々な話をした。金銭的な話では予算の中から無理のない範囲でクリーニング代を払うこととか、宣材用に写真を撮らせてほしいとか、セットの設営も手伝ってもらえることに。
写真については願ってもない話だった。データでならもらえると言うことで、俺達のクラスでプリントして参加者に渡すこともできる。陽滝さんはもちろんプロなので、そんな人に写真を撮ってもらえるというのは大きい。
まだ本決まりではないが、クラスの企画としてはなんとかなりそうな流れになってきた。後はこれを遥と楓さんに持っていくだけだ。
週明け、栞と共に登校すると遥と楓さんは既に教室にいて、顔を突き合わせて話し込んでいた。
「やっぱり和でしょ!」
「いいや、洋だね。これは譲れん」
どうやら何か意見が食い違っているようで、睨み合いをしている。ちょっと険悪な雰囲気なのに顔の距離が近い。それこそこのままキスでもするんじゃないかってくらいに。
俺達? そんなの言うまでもなく、朝、顔を合わせてすぐにちゃんと済ませているさ。隣りにいる栞がご機嫌なのがなによりの証拠だ。
「おはよう、遥、楓さん」
「おはよ、彩香、柊木君」
俺達が挨拶をすると、二人揃ってすごい勢いで俺達の方を向いた。その勢いに少しだけ圧されてしまう。
「なぁ、涼! やっぱり洋風だよな?!」
「だから和風だって! ね、しおりん?!」
さっきも聞こえていたけど何の話か、と思ったところで気付いた。きっと結婚式の様式の話なんだろうと。和とか洋なんて今はそれしか思い当たらない。
それならば俺も栞も意見は一致しているところだ。栞もそこに思い至ったのか、俺の方を見て頷いた。
「「洋風」」
俺と栞の声が重なって、遥が勝ち誇った顔をした。
「ほら見ろ! これで3対1だ」
逆に楓さんは悔しそうな顔をして、
「うぅ……、二人の裏切り者〜……。絶対和風の方が怖いのにぃ……!」
……?
ちょっと待って。怖いってなんの話……?
「ねぇ、一応確認なんだけどさ、今何の話してたの?」
念の為に確認してみると、遥も楓さんも不思議そうな顔をした。
「お化け屋敷の話だけど?」
「「へっ?」」
思っていたのと違う答えに、俺と栞の口からそんな声が漏れた。
「いやね、遥と話したんだけど、やっぱり衣装のレンタルとか難しそうじゃん? だから、こっちの話も考えとこうって」
「それなら協力してもらえることになったけど?」
「でしょー? だからね──」
「ま、待て待て、彩……。おい、涼。今なんつった?」
楓さんの言葉を遮った遥が、疑わしそうな目を俺に向けた。
「いや、だから協力してもらえるって……」
「うん、ちゃんとお願いしてきた、よ?」
「「……」」
遥と楓さんはポカンとした顔を浮かべたかと思ったら、驚きに満ちた顔になって二人してガタっと椅子を鳴らして立ち上がった。
「まじかー!!」
「本当ー?!」
その勢いのまま、遥は俺の背中をバンバンと
叩く。
「は、遥……! やめっ、い、痛いって……!」
「いやー、やっぱりさすがだぜ、涼!!」
喜色満面の遥は俺の言葉なんて聞いちゃいなかった。助けを求めるように栞を見れば、栞は栞で楓さんに思い切り抱きしめられていた。
「あ、彩香……。く、苦しい……」
「あーもうっ、やっぱりしおりん大好きー!」
しばらくして開放された俺達はぐったりと椅子に座り込んでいた。俺は背中がヒリヒリするし、栞は少しだけ青い顔をしていた。
「よーし! それじゃ決定だね! みんなー、全力でしおりんと高原君の結婚式やっちゃうよー!」
楓さんが高らかに宣言して、既に登校していたクラスメイトが雄叫びを挙げて返事を返す。当事者である俺と栞を置き去りに盛り上がる教室内。
そして、数日後の文化祭実行委員会によって正式に我がクラスの企画が決定したのだった。
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