第115話 協力依頼

 遥の提案、うちのクラスの企画を説明するとようやく継実さんは納得してくれた。


「なーんだ、文化祭の話だったのか。それならそうと最初から言ってくれたらよかったのに。いきなり結婚式とか言うからびっくりしたよ」


「あはは、ごめんなさい。ちょっと焦りすぎちゃって……」


 栞は気持ちが先行しすぎていたようで、さっきの自分の言葉を思い返したのか照れている。


「それにしても面白いこと考える子がいたもんだねぇ。文化祭で結婚式なんて今まで聞いたことないわ」


「ですよねぇー……」


 継実さんはよっぽど面白かったのかカラカラと笑う。さらっと怖いことさえ言わなければ、こういうさっぱりとしたところは割と好ましいのに。


 俺としては面白いというよりもおかしいと思うわけだけど。クラス中が大賛成な雰囲気だったし、なにより栞が乗り気に見えたから気持ちを切り替えることにしただけで。というより、栞のウェディングドレス姿見たさというのが大きい。


 それがなければ、見世物にされているようで恥ずかしい気持ちが強いので、お断りしたいところだ。衆人環視の中でキスまでしておいて今更な気もするけど。


 って、結婚式なら誓いのキスとかもするのかな……?

 うわっ、また恥ずかしくなってきた……。


 栞に堂々としててと言われたからそうするつもりだけど、大丈夫かな……。


「それでさっきの話からすると、二人のもやるわけでしょ?」


「えっと……、そうですね。なんか皆のノリでそうなっちゃいました」


 まぁ、俺達のをやるというより、今のところ俺達しか決まっていないと言うのが正解だろう。募集をかけて集まるのかも今のところ不明。集まらなかったらいったいどうするつもりなんだか……。


 まさか俺達のを何回もやるとか言わないよね……?


 そうなったらクラスの中から他にも生贄を……!

 うん、遥とか漣とかを道連れにしよう。


 そういえば先生も結婚式してないって言ってたっけ……?


「ほほぉ……。それなら協力すれば見学もできちゃうわけだ?」


「それは、たぶん……? えっと、それでですねヘアメイクを継実さんにお願いしたいっていうのもあるんですけどね、一番は衣装を用意するアテがないかなぁって思って。予算の都合とかもあるので難しい部分もあると思うんですけど……」


 俺が頭の中で道連れにする人選をしていると、ようやく落ち着きを取り戻した栞が説明を代わってくれた。栞が言ってくれた通り、俺も予算の部分は懸念していた。こんな無茶なお願い、断られても──


「あっ、なるほどね。オッケー、陽滝ひたきに頼んであげるよ」


 ──仕方がな……、ってそんなあっさり?!

 いくらなんでも安請け合いしすぎじゃない?


「本当ですか?!」


 あまりのあっさりさに栞も驚いているし。


「任せときなって。私も予定空けておくし、あの人も私の頼みなら断らないだろうからさ。というか、私が栞ちゃんの花嫁姿見たいから絶対に断らせない! なんなら全力で手伝わせる! スケジュールが空いてれば、だけどね」


 事情がわかった途端に継実さんまでノリノリになってしまった。理由は俺と全く同じらしい。


 って、初めて聞く名前が出てきたような気がする。


「ねぇ、栞。陽滝さんって?」


 こっそりと栞に聞いてみた。


「えっとね、継実さんの旦那さんだよ。ほら、こないだフォトスタジオやってるって言ったでしょ?」


「あー……、そういえばそんなこと言ってたっけ」


「私も最近は全然会ってないんだけどね」




「よーし、じゃあ今から陽滝のところ行ってみよっか!」


 栞とコソコソ話していると、継実さんが突然にそんな事を言いだした。


「えっ、今からですか? お店は……?」


 栞も突然すぎて店の心配をしている。


「いいのいいの。どうせこの後は予約は入ってないし、少しくらい閉めてても大丈夫でしょ。こういうのが自営業の強みだよねぇ」


 いやいや、いくら自営業といっても、あんまり勝手なことをしているとお客さんが離れちゃうと思うんだけど。でも勢いのついた継実さんはそんなことはお構いなしで出かける支度をし始めた。


「ほらほら、さっさと行くよっ!」


「えぇっ、ちょっと?!」


「高原君もちゃきちゃき動く」


 継実さんに背中を押されて店を追い出された。継実さんは戸締まりをして、車に俺達を押し込んで、あれよあれよと言う間に車は走り出していた。




 しばらく継実さんが車を走らせて、なんとなく覚えのある景色が見えてきたところで、とある建物の前の駐車場に停車した。


「ほい、到着」


 継実さんがそう言うので、改めて周りを見てみれば、少し離れたところに見慣れた建物があるのが目に入る。平日にはほぼ毎日目にしている建物だ。


「あれ……、ここって……?」


「うん。うちの学校の近くだよ」


 やっぱり。


 駅から学校までの通学路からは外れているけれど、目と鼻の先に見えているのは紛れもなく俺と栞の通う学校だった。


「あれ、栞は知ってたんだ?」


「一応ね。小さい頃に何回かお世話になってるからね」


 そりゃそうか。継実さんと文乃さんは親友同士なわけで、それならばそういう付き合いがあっても不思議じゃない。七五三とかでは俺も写真を撮りに連れて行かれた記憶があるし、きっと栞もそういう時に来たことがあるのだろう。


 もし栞がこの場所のこともわかったうえでツテがあると言っていたのなら、その考えの深さにはさすがと言わざるを得ない。協力が得られるのなら、何度かお邪魔することになるはずだし。


「二人共ー? 早く来ないと置いてくよー?」


 早々と車を降りていた継実さんが窓をコツコツ叩きながら俺達を呼ぶ。


「ほら、行こっか、涼?」


「あ、うん」


 車を降りて、二人で継実さんの後に続く。


 入口のドアをくぐったところで、継実さんが奥に向かって叫ぶ。


「陽滝ー! いるー?」


 やがてその声を聞きつけて奥から出てきたのは、髪に白髪の混じり始めたイケオジだった。どうやらこの人が継実さんの旦那さんである陽滝さんのようだ。年齢的に継実さんより10くらいは歳上のように見える。


 なんとなく、俺も歳を取ったらこんな感じになりたいなと思うような感じだ。さっきハゲがどうとか言われたせいかもしれない。だって、白髪混じりだけど、フサフサなんだもの。


「継実? どうしたんだい、こっちに来るなんて珍しい。というか仕事は?」


 口を開くと、見た目通りの渋みのあるいい声をしていた。


「仕事は放り投げてきた。それよりさ、栞ちゃんが陽滝に相談があるんだって」


「放り投げちゃダメだろ……、って栞ちゃん? じゃあ、後ろにいるのはもしかして」


 陽滝さんの視線が継実さんから栞に移る。そして俺の方にも。


「はい。お久しぶりです、陽滝さん」


 栞が挨拶をすると陽滝さんはふっと表情を緩める。なんか久しぶりに親戚の子供に会ったおじさんみたいだ。


「やっぱり栞ちゃんか。久しぶりだね。あんなちっさかった子がしばらく見ないうちに美人さんになって」


「えっと、ありがとうございます……」


 栞は美人と言われたことに照れているらしい。少しだけ頬が赤くなっていた。


「それでそっちが噂の彼氏君かな? ちょっとだけ継実から話は聞いてるよ」


「あ、はい。高原涼と言います。よろしくお願いします」


 まだまだ初対面の大人の人相手には緊張してしまうが、栞の知り合いなら情けない姿は見せられないし、協力してもらう事になるかもしれないのでしっかり挨拶をする。


「しかし、随分と仲が良さそうだ。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだね」


 陽滝さんの目が品定めをするようなものから微笑まし気なものに変わる。


 陽滝さんの視線を辿れば、俺と栞のちょうど中間あたり。何があるのかと思えば……、しっかりと繋がれた俺と栞の手が。しかも肩が触れるくらいの距離感。


 思い返せば車を降りた直後に栞に手を取られた気がする。栞と一緒の時はこうしていることが多いので、あまりに自然すぎて気にしてもいなかった。


 ただ、指摘されると照れるわけで、俺達は慌てて手を離した。


「す、すいません……」


「いやいや、構わないよ。それで、相談というのは何かな?」



 かくして本日二度目となる説明をすることになるのだった。



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