第112話 文化祭に向けてと内緒の計画

 ◆黒羽栞◆


 クラスの出し物決めが終わって解散した後、涼と一緒に学校を出て、一緒に涼の家に帰ってきた。さも当然のようについてきちゃったけど、涼も何も言わないし、私がそうするって最初からわかってたみたい。


 ごく自然に家に招かれて水希さんに挨拶してから涼の部屋に向かう。


「ふぅ〜……」


 部屋について、無造作にカバンを放り投げながら涼はため息をついた。ちょっぴりお疲れの様子。


 さっきの話し合い、きっと涼は乗り気じゃなかったんだろうね。それくらいはなんとなくわかるよ。だって私、涼の彼女だから。ずっと涼のことばっかり見てるんだから。


 でもね、気付かないふりをした。したいなって思っちゃったから。今はまだ形だけでもいいから、涼と、結婚式を。


 こないだの一件でもっと好きに、ううん、涼のこと愛してるって思い知らされたから。涼は一人でわけわかんなくなってた私のところに来てくれて、強くて優しい言葉で今の私を肯定してくれた。


 あんなこと言われたら一生涼から離れられなくなっちゃうんだから。


 涼との関係は誰にも邪魔されたくないって思うの。一分の隙もないようにしたい。文化祭っていうイベントで広く公にして、知らしめたい。


 これはいつもの私の我儘で独占欲だ。


 私、涼にだけはついつい甘えて我儘になっちゃうんだよね。でも涼はいつも受け止めてくれる。そのせいでもっと我儘になっちゃうんだけど。


 一緒に継実さんに相談に行こうかって言ってくれた時は嬉しかったなぁ。前向きに考え始めてくれたってことだもの。


 だから、涼がお疲れなのはたぶん私のせい。ならアフターケアくらいはしてあげないと、だよね? 私ばっかり甘えてちゃいけないもん。


「ねぇ、涼?」


「ん?」


「こっち来て?」


 ベッドに腰掛けて涼を呼ぶ。膝をポンポンと叩きながら。


「ん? 急にどうしたの?」


「なんか涼、疲れてるみたいだから。違った?」


「いやまぁ、疲れてはいるけど……、いいの?」


 初めてするわけでもないのに今更そんな確認しなくてもいいのに。ダメなら自分から言わないよ。


「うん。私がしたいの」


 涼の性格はわかってるから、こう言った方が素直に聞いてくれるはず。


「じゃあ……」


 それでもまだ躊躇いがちに、涼はベッドに横になると私の膝にその頭を預けてくれる。前と違うのは、変に力を入れて頭を浮かせようとしていないこと。とりあえずリラックスはしてくれてるみたい。


「よしよし、素直に甘えてくれて嬉しいよ」


「ん〜……」


 頭を撫でてあげると、恥ずかしいのか涼はきゅっと抱きついてきて、私のお腹に顔を埋めちゃった。服越しの涼の吐息が少しだけくすぐったい。


「涼、ありがとね」


「うん」


 何がって言わなくても、涼はきっとわかってくれてる。わかってるから聞き返してこない。


「ねぇ、文化祭、楽しみだね?」


 前向きに考えてくれてるって思ってるけど、一応念の為にね? もし涼がここでイヤそうにしたら、さすがに私も考え直さなきゃいけないから。


 なのに──。


「うん、楽しみ、だよ。まぁまだ正式に決定じゃないだろうけど、栞と一緒ならね。俺頑張るからさ」


「〜〜〜〜〜っっ!!」


 もう声にならなかった。思っていた以上の言葉が聞けたんだもん。嬉しくってぷるぷる震えちゃう。


「栞、どうしたの……?」


「あっ、ううん、なんでもないよ。やっぱり涼のこと好きだなぁって思っただけだから!」


「あれ? 好き、じゃないんじゃなかったっけ?」


 私のお腹に埋めていた顔を仰向けにして、涼がニヤッと笑った。


 うー……、ずるいよぉ! もしかして朝の意趣返し、なのかなぁ……?


 涼って普段は優しいのに、たまにこういう意地悪言うんだよ。それも私が動揺してるタイミングを狙って。すっごくドキドキするんだからね?


 でも、でも、ちゃんと言いたい。まだ全然言い慣れてないけど、何度でも、何度だって。


 涼は期待するようにじっと私を見つめてくる。その期待に応えてあげたい。


「えっと、えっとね、涼のこと、愛してる、よ?」


「うん、俺も愛してる」


 涼は真剣な顔で真っ直ぐ私の目を見て言ってくれる。


 そんなことされたら、私の方が照れちゃうのにぃ……。


「もうっ!」


 照れ隠しで涼の頭をわしゃわしゃと撫でると、気持ちよさそうに目を細めてくれる。


「俺もさ、栞の手好きだよ。ずっとこうされてたらダメになりそうなくらい」


「じゃあ、もっとしてあげる!」


 恥ずかしさにまかせてわしゃわしゃと髪を弄んでいると、どんどん涼の顔から力が抜けていく。そんな顔をしばらく見ていたら、私もだいぶ落ち着いてきた。


「ねぇ、涼?」


 もう一個くらい、我儘言ってもいいよね?


「うん、なに?」


「あのね、文化祭、ちゃんと決まったら、当日は堂々としていてね。私ね、皆に自慢したいの。涼はこんなに素敵で格好良いんだよって」


 それで、そんな涼は私を選んでくれてるんだよってね。


「……善処するよ」


 なんとなく予想していたのと全く同じ答えが返ってきて笑ってしまう。


「ふふっ、善処じゃダーメっ。絶対だからね? 私もちゃんとするから涼もね?」


 もちろん涼に言うだけじゃなくて、私も。もう迷ったり悩んだりしない。涼の隣に立っても恥ずかしくないようにしなくちゃいけない。


「もう、栞は……。でも、わかったよ。栞にふさわしくないって思われないようにしないとね」


「うんっ!」


 ひとまず文化祭についてはこれくらいでいいかな。継実さんに相談して返事をもらって、正式に決定してからじゃないとこれ以上は勝手に話を進められないし。


 それに今は考えなくちゃいけないことが他にもある。朝話した美紀との件もそうだし、それともう一つ。


 絶対に忘れちゃいけないこと。もう目の前に迫ってるの。


 それは9月25日。


 私が初めて好きになった人。

 私を救ってくれた人。

 私を好きになってくれた人。

 私の初めての恋人になってくれた人。

 私をいつも優しく包みこんでくれる人。

 私との将来を誓ってくれた人。


 そんな大事な大事な人の生まれた日。


 つまり、涼の誕生日。


 生まれてきてくれてありがとうって、私と出会ってくれてありがとうって感謝を伝えたい。


 それに付き合って初めての誕生日だもん。そんなの気合を入れないわけにはいかないじゃない。盛大にお祝いしてあげたいし、これは水希さんとお母さんにも相談してみようかな。サプライズパーティーなんてしちゃったりして。


 それからプレゼントも用意しなくっちゃ。何がいいかな?


 プレゼントは『私』とかちょっとやってみたい気もするけど、引かれないかな……?


 あと、できれば形に残るものもあるといいなぁ。


 う〜ん……。


 …………。


 …………。


 あっ……!


 結婚式、するなら必要な物があるよね……?


 本当にする時は二人で選びたいけど、今回は疑似だし私が選んでもいいよね。


 サイズは……、朝起こしに来た時にこっそり調べようかな。涼は寝坊助さんだからバレないと思うしね。


 色々と考えてるうちになんだか楽しくなってき──


「なんだか栞、楽しそうだね。そんなに文化祭楽しみ?」


 うっかり表情に出てたみたいで、抑えきれてないのが涼にバレちゃった。さすがに考えてる内容まではわからないと思うけど。


「それはそれで楽しみだけどね、今は別のことだよ」


 さっきの意地悪の仕返しに、クスリと笑ってみせた。


「なにそれ? 俺にも教えてよ」


「ダーメっ! まだ内緒だよっ」


「えー……! 栞だけ楽しそうでずるいじゃん」


 涼はおもむろに私の膝から起き上がると、カバっと抱きついてきた。そのままベッドに押し倒されて私は短く悲鳴を上げた。


「きゃっ!」


「教えてくれないなら離してあげないからね?」


 そんなことされても嬉しいだけなんだけど。


「別にいいよー。離してくれなかったら今日は泊まっていくから」


 私がそう言って笑うと、涼は悔しそうな顔をして私を腕から開放した。ちょっと残念。


「うー……、栞が手強い……」


「えへへ」


「笑って誤魔化された気がする……」


「そんなことないけど、う〜ん。そうだっ。ねぇ、ちょっとだけ目閉じて?」


 可哀想だから、ちょっとだけ先払いしてあげよっかな。っていうのは建前で本当は私がしたいだけ。だってこんなに抱き締められたら我慢できないよ。


「こう?」


 涼が目を閉じてくれたところにすかさず、キスをした。ちゅっ、ちゅってわざとらしく音を鳴らして何度も。


 最初はびっくりしていた涼も私のキスを受け入れてくれて、涼からもしてくれて。フワフワと幸せな気分になる。たっぷり時間をかけて、私達はお互いの愛情を確かめ合う。


 ちょっと抑えが効かなくなって、私から舌を差し込んじゃったりして。


 唇が離れた時、たぶん私の顔は緩みきってたと思う。こんな顔、涼にしか見せられない。


「あのね、涼。まだ秘密だけどね、たぶんすぐにわかるから、もうちょっとだけ待っててくれる?」


「わかった。栞がそう言うなら」


「へへ、ありがと、涼」


「うん、でもさ、栞……。さっきのはやりすぎだよ……」


 私を見下ろす涼の息が荒いし顔も赤い。明らかにそういう表情。こんな顔も私にだけ見せてくれるんだって思ったら、わけわかんなくなるくらい涼のことが愛おしくなる。


「ふふっ、しょうがないなぁ。涼はえっちなんから〜」


「栞があんなキスするからでしょ?」


「あれー? そうだっけ? じゃあ責任取ってあげないとね?」


「え、栞……?」


「涼。おいで?」


 両腕を広げると、涼が覆いかぶさってきて。またぎゅっと抱きしめてくれた。


「……もう、病み上がりのくせに。ぶり返しても知らないからね?」


「そしたらまた手握っててくれるでしょ?」  


「それくらいならいくらでもするけど」


「なら大丈夫! ほら、涼、いいよ?」


 でも水希さんが下にいるから、できるだけ静かに、ね?


 結局我慢なんてできなくて、ちょっとだけ、なんかじゃすまなかった。


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