第111話 満場一致

 俺と栞の『婚約』という言葉を受けて、またしても色めき立つ教室内。


 ──ヤバっ、もうそこまでいってるんだっ!


 ──それって両家公認ってことじゃん?!


 ──ってことは、あの二人ってもう……? あっ、また鼻血が……。


 またしても興奮して鼻血出てる人が……。いったいどんな想像か妄想かをしてるのかわからんけども。まぁ、どうせきっとろくなことじゃない。無視しておこう。


 それはともかく!


 確かにね、両家公認ですよ?

 聡さんの勘違いから始まって、婚約ってことにもなってますよ?


 でもさ──。


 ──なら結婚式ってのもありなんじゃない?


 俺の思考を遮るように遥の意見に肯定的な声まで聞こえてきた。


 色んな声が飛び交う中で一番目を輝かせていたのはたぶん連城先生だったと思う。


「いいじゃない、結婚式! 皆も今日までヤキモキさせられただろうし? かと思ったら朝っぱらから見せつけてくれちゃったしさ、もうはよ結婚しろってもんよね! っていうか私、結婚式挙げてないのよねぇ。ちょっと羨ましいかも……」


 そんなことを言っていた。旦那さんとの惚気話で授業を中断したこともある連城先生が、まさか結婚式を挙げていないというのは意外である。


 と、そんなことはどうでもよくて、俺は内心穏やかではいられなかった。


 そりゃそうだろう、いくら婚約したからと言って文化祭で結婚式なんて……。


 もちろん栞との結婚がイヤというわけではない。将来そうなれたらと思っているのは紛れもない事実。でもそれはあくまで将来の話。形だけ式を挙げたところで、結局それは形だけだ。


 それに結婚式なんて何度もやるものじゃないだろうに。今回やってしまったら、本番が再婚みたいにならないか?


 栞をチラリと見ればまだアワアワしているし、きっと俺と同じ考えだろう。なら、ここは俺がなんとしてでも阻止しなければならないところだ。


 未だに皆の前で発言するということには慣れてはいないが、そうも言っていられない。控えめに手を挙げながら、


「ちょ、ちょっと遥……?」


「なんだ、涼? 他に何か案でも思い付いたか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……。でも、結婚式なんてさ、さすがに文化祭でやるにはテーマが個人的すぎない……?」


 まずはこの線から攻めてみることに。仮に俺と栞の結婚式をするとしても、俺達を知らない人間からしたらなんでこんなことをやってるのかさっぱりになるだろうし。


「んー、まぁ確かに一理あるわな」


「でしょ? だからさ──」


「ってことは、個人的にならなきゃいいわけだ?」


「へ……?」


 一理あると言われて安堵したのもつかの間、まだ遥には何か考えがあるらしい。


「例えばだけど、全校から希望者を募ってさ、その人達相手にうちのクラスでウェディングプランナーとかコーディネーターみたいなのをやるってのはどうだ? それなら個人的にならねぇだろ?」


「うっ……、それは……、そうかも?」


 せっかく思い付いた逃げ道があっさり塞がれてしまった。でもまだ諦めるわけには……。


「よ、予算的には……? ほら、衣装とか装飾とかかなりかかりそうな気がするけど……?」


 実際の結婚式にどれくらいの費用がかかるのか俺には知る由もないが、文化祭の予算内でおさめられる額ではないように思う。一クラス当たりいくらの予算が割り当てられるのかも知らないけど。


「おっ、もうそこまで考えてるとはさすがだな! 確かにそこも問題だよな。装飾はどうにかなるとしても、衣装がなぁ……。自作か、それともレンタルか。自作っても作れるやつなんてそうそういないだろうし。そうなるとやっぱりレンタルか? 誰がそういうツテとかねぇかな?」


 止めようとしているはずなのに、なぜか褒められてしまった。どんどん泥沼にハマっていっている気もする。皆も他の案を考えるのをやめて、この問題をどうするのかを考えている様子だし。


「あ、あの……」


「ほいっ、しおりん! 」


 そこでおずおずと手を上げたのは、まさかの栞だった。楓さんに指名されるのを待ってから口を開いた。


「えっとね……、もしかしたらだけど、私ツテ、あるかも……?」


「おー! しおりん本当?!」


「マジか、黒羽さん?!」


「う、うん。継実さん……、お母さんの親友が美容室やっててね、私も小さい頃からお世話になってるの。それで仕事柄そういう付き合いもあると思うし」


 さらにまさかで、栞の口から出てきたのは俺も知っている人物だった。カラっとした笑顔の継実さんが脳裏に浮かんできた。


「え、継実さん?!」


「え、なになに? 高原君も知り合いなの?」


「一応……? こないだ栞に連れられてって、俺も髪切ってもらったし」


 気の良い人なんだけど、栞を泣かせたら一生髪が生えなくしてやる、と言われたことを思い出してブルッと身震いした。実際つい先日泣かせてしまったし……。


「おー! それなら話は早いじゃん!」


 美容師ならそういうツテがあっても不思議なことじゃないのかもしれない。でも、今俺達が解決すべき問題はそこじゃなくて。


「でも、えっと、栞……?」


 この案が決まりそうな方向に働く話はしなくてもいいんだよ、という思いを込めて見つめてみる。アワアワしてたのは反対してたから、なんだよね……?


「へへ、涼が色々考えてるみたいだから、私もなんか考えなきゃって思って、ね?」


 ちょっぴり得意気で、照れを含んだ笑みが返ってきた。


 この表情を見て、俺の中に一つの疑念が芽生えた。


 もしかして、栞は乗り気なのかも……?


 って。これは早急に確かめる必要がある。


「栞は、結婚式、でいいの……?」


「あ、あれ? ダメなの?」


「いや、ダメってことは……。でもこの流れだと俺達のは確定ってことになるよ?」


「そんなことわかってるよ? してくれるっていうならいいんじゃないかな? 本番の予行練習ってことでさ」


 ここまで聞いて、俺は諦めることにした。どうやら阻止しようとしていたのは俺だけで、栞は乗り気みたいなんだもの。栞が望むなら叶えてあげたいって思ってしまうのだもの。


 それに──。


 頭をよぎるのは栞がウェディングドレスを身にまとった姿。絶対に可愛いと断言できる。もしくは綺麗、かな? そんなの、見てみたいに決まってる。


 今の栞と未来の栞で二度もその姿を見られるのはもしかしたら美味しいんじゃないか?


 そう思った途端、心の中の天秤が逆方向に傾き始めた。傾き始めたら最後、勢いのついたそれを止めることはできない。


「……わかった。今度継実さんに相談、しに行こっか?」


「うんっ! というかね、継実さんの旦那さんって、フォトスタジオやってた気がするんだよねぇ。そこにヘアメイクで行ってて、その縁で結婚したって前に聞いたことがあるし」


「そ、そうなんだ」


 あまりにうまくいきすぎてる、そう思わずにはいられなかったけど、それ以降はもう全く止めようという気は起きなくなった。


 だって栞が幸せそうに、期待に満ちた顔で笑ってる。それだけで考えが180度変わってしまうほど、相変わらず栞に対してはチョロ甘な俺。


 そうと決まれば、俺は栞の笑顔を曇らせないように最善を尽くすのみだ。


「んじゃ、そのへんは涼と黒羽さんに確認してきてもらうとして。他に意見がないならこれを第一候補にしちまうけど、皆良かったか?」


 遥が教室を見渡してそう問いかけると、全員が『おぉーーっ!!』っと雄叫びとともに手を上げて満場一致。


 そういえば、朝に俺達を見て悔しがっていたやつらはそれでいいんだろうか……。反対意見がないところを見るといいんだろうけど。


 兎にも角にも、『結婚式』で無事に可決される運びとなった。もしも却下された時に備えて、第二候補にお化け屋敷という投げやりな案を添えて。

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