十二章 文化祭の企画
第107話 文化祭の出し物決め
──ようやく始めるわよ! 文化祭の出し物決めをね!
連城先生のその言葉を受けて、教室内は大いに沸き立つ。そんな中、俺は取り残されたようにポカンとしていた。
二学期に入ってからは調子の悪かった栞のことで頭がいっぱいで、そんなものがあることすら忘れていたのだ。
中学でももちろん文化祭という行事は存在していたが、その時のことは苦い思い出として記憶に刻まれている。当時の俺はお察しの通りボッチだったので、準備期間は割り当てられた仕事を教室の隅で黙々とこなして、当日は一人でブラブラして時間を潰していた。
我ながら寂しいことこの上ない。
「涼、文化祭だって! 楽しみだね?」
一人で感傷に浸っていると、斜め前の栞が振り返りキラキラした顔でこちらを見ていた。
「うん、そうだね」
そうだ、今年は、今年からはこれまでとは違う。俺の隣には恋人である栞がいて、他にもたくさんの友達ができた。去年までのような思いをしなくてもいいんだ、そう思うとワクワクした気持ちが抑えられなくなってくる。
「とりあえず、皆は一年生で初めてだから、最初に私からざっくり説明するわね」
まずは先生から大まかな話を聞かされることに。
我が校では文化祭と体育祭を合わせて学校祭としているらしい。
たしか年間の行事予定によれば十月の半ばから下旬に開催されることになっていたはず。全体で四日間、文化祭が三日間で体育祭が一日という日程。
文化祭は初日が文化公演、二日目が校内公開で三日目が一般公開となっているとのこと。文化公演では学校近くのホールを借り切って文化部、吹奏楽部や軽音部、箏曲部(そんな部があったなんて知らなかった)の演奏があったり、ダンス部がパフォーマンスを披露したりするらしい。
ここからの日程としては、九月の下旬から中間試験の試験週間が始まって、十月上旬に試験本番。それが終わるとようやく本格的に文化祭、体育祭の準備が始まる、という流れだ。
元々は九月の中旬に開催されていたそうだが、年々気温が上がり、そんな中で体育祭を開催するのはいかがなものかということになり、時期がずれていったという経緯も余談として聞かされた。
「本当は先週末に最初の話し合いをやる予定だったんだけど、欠員がいたからね。せっかくの一大イベントなんだから、どうせなら全員揃ってがいいじゃない?」
そう言われて栞が少しシュンとしていた。俺も僅かに罪悪感がある。俺がもっと早く栞の異変に気付いていたら予定通り進められたかもしれないのだから。
「じゃあ、ここからは実行委員の二人にお任せするわ。柊木君と楓さん、後はよろしくっ!」
「はーいっ!」「はいよ」
先生に呼ばれた遥と楓さんが立ち上がり、教壇へ上がる。
実行委員はこの二人らしい。一学期の最初の方で委員決めをしたのは覚えているのだけど、その時はやりたくない一心で、立候補がいたことに安堵していた記憶しかない。誰がというのは忘れていたけれど、今となって思えば、楓さんはこういうイベントが好きそうだし、遥は楓さんの面倒を見るために立候補したのだと納得できる。
「よーしっ! んーじゃ、案がある人からどんどん上げてってもらおっか!」
進行は楓さんの役目らしい。なんというかノリノリだ。やっぱり祭り事が好きな様子。楓さんがそう言うと、皆好き勝手にやりたいことを出し始めた。
案を黒板に記入するのは遥が担当。ただ皆が次々に言うものだから、それもままならない。遥はチョークを片手に固まっていた。
「待て待て、いっぺんに言われてもわかんねぇって! 挙手して順番に言ってけ!」
挙手した人を順番に楓さんが指名して、出た案を遥が黒板に並べていくスタイルというわけだ。なんだか授業っぽい。
──はーい! 喫茶店なんてどうですかー?!
最初に楓さんから指された女子から出てきた案は定番中の定番というものだった。
遥が黒板に『喫茶店』と記す。
その後に男子が二人続いて、その結果黒板には、
『喫茶店』『メイド喫茶』『コスプレ喫茶』
と書かれることになった。見事に喫茶店ばかりだ。しかもこう、なんというか後半二つは下心が透けて見えてなんとも言えない気分に。
女子達も微妙な顔をしているし、思うところは同じなのだろう。
気持ちはわからなくはないんだけどね。非日常感というか、そういうのを味わいたいって。
俺だって、栞が普段と違う格好をしているところは見てみたいとは思う。栞がメイド服なんて着たら、そりゃもう似合うに決まっているし。
でも、それは俺しか見ている人がいなければの話で、俺以外には見せたくないという気持ちのほうが大きい。
できれば違うものがいいと思うが、代わりの案があるのかと聞かれれば困ってしまうわけなのだが。
ただ、そこには違う形で救いの手が差し伸べられることになる。
「あー、最初に言っておくべきだったんだがな……」
チョークを置いた遥が言いにくそうに口を開く。
「飲食店系は3年生が優先なんだと。一応案としては持っていくけど、望みは薄い、というかほぼゼロだな」
始業式の日に委員会の集まりがあったそうで、それに参加して概要を聞いてきたという遥の話によると、こういうことのようだ。
飲食系は毎年希望が多く、調理室のスペースの兼ね合いと、保健所への届け出などの問題から枠があらかじめ決められている。
ここで優先されるのが3年生というわけだ。この理由も高校生活最後の文化祭だからという至極真っ当なもの。
万が一3年生でその枠が埋まらなければ下級生にもチャンスが回ってくるそうだが、これまでの前例はゼロ。つまり今年においても望みはない、ということになる。
「ってなわけでさ、飲食店以外の案もほしいんだ」
この一言で皆のテンションが一段階下がったのがはっきりとわかった。遥もこうなることはなんとなく予想していたらしく、
「しょうがねぇなぁ。んじゃ、俺から一つ出すか。とっておきのやつをな」
遥は再びチョークを手に取ると黒板に向き直り、
『結婚式』
そう書き記した。
この時点ですごくイヤな予感はしてたんだ。
「あ、あのさ、遥」
「ん〜? どうした、涼?」
ニヤリと笑う遥。もう確認するまでもない気がしたけど、念の為だ。
「それって、一体誰の……?」
「そんなの決まってるだろ。涼と黒羽さんのだよ。婚約、したんだろ?」
「なあぁぁぁぁぁっ?!」「ふえぇぇぇぇっ?!」
俺と栞の驚きの叫びが重なった。
いや、婚約したよ? 今朝、栞が暴露してくれちゃったよ?
でもでも、そんな個人的なこと文化祭のクラスの出し物にしてどうするんだよ?!
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