第83話 親バレからの連行

 俺の両親が帰ってきたのは16時頃だった。


 家の外から聞き慣れたエンジン音がしているので間違いない。ついでに栞のスマホにも先程文乃さんから『今から迎えに行くね』と連絡が入っていたので、そちらも間もなくだろう。


 二人きりの時間もこれで終わりかと思うと名残惜しい。正直とても寂しい。それは栞も同じなようで、残念そうな表情を浮かべて俺に寄り添っている。


「あーあ、終わっちゃうねぇ」


「うん……。でも、楽しかったよ。ありがとね、栞」


「もう、お礼なんて言わないでよ。なんかお別れみたいじゃん」


「いや、そんなつもりはないんだけどさ」


 ただ、この期間で更に栞のことが好きになったし、栞の気持ちもより知ることができた。そう思ったら、つい自然と出てきてしまったのだ。こんな素敵な時間を過ごせたのは栞のおかげだから。


「明日からも会いに来るんだからね、ちゃんと待っててよ?」


「うん、それはもちろん」


 名残惜しさはあるけれど、明日からも栞に会えるんだと思えば少しは気持ちも楽になる。今回が特別で、またそれ以前の日常が戻ってくるのだ。その中に栞がいるのはもはや当たり前になっている。


「さ、しょうがないからお出迎えしよっか。むしろこんな機会を作ってくれた水希さんにお礼言わなくっちゃ」


「それは母さんと言うより文乃さんじゃない?」


「いいのっ。水希さんが涼を残していってくれたからなんだし。ほら、いこっ?」


 栞は俺の手をとって立ち上がり、そのまま二人で手を繋いで玄関へと向かう。


「おかえり」「おかえりなさい」


「ただいまー」


 ちょうど母さんが玄関を開けて入ってくるところだった。そして、その後ろには父さん、ではなく文乃さんの姿がある。


「栞、お迎えに来たよ」


 車がとまった気配がしてから随分と時間がかかっていると思ったら、タイミングを同じくして文乃さんも来ていたらしい。きっと立ち話でもしていたのだろう。


「お母さん、もう来たんだ……?」


「さっき連絡入れておいたじゃない」


「そうだけど、こんな早いと思わなかったんだもん……」


 栞はそう言うと、離れたくないというように俺の腕にしがみついた。母さんと文乃さんはそんな俺達の姿をそれぞれ見た後、ニヤリと笑った。


「仲良くやってたみたいね、栞?」


「そりゃね。私が涼と喧嘩なんかするわけないし」


「それはなにより。でもね、栞」


「ん?」


 文乃さんは栞をじっと見て、自分の首を指さした。


「家に帰る前にそれ、隠しておきなさいよ?」


「それ……?」


 文乃さんの視線を追い栞の首筋に目を向けると、そこには俺が朝に付けたキスマークがくっきりと。


「あっ……」


 そう声を上げた俺だが、時すでに遅し。当然母さんにもしっかりとそれを見られていて。


「へ〜……。余計なお世話、なんて言ってたくせに涼ったら……」


「うっ……」


 母さんからじとっとした目を向けられてしまう。途中から夢中になっていて、どこに付けたのかなんてまったく覚えていなかったのだ。それにさっきまでずっとくっついていて、栞の顔ばかり見ていたので見える所に残っているなんて気付いてすらいなかった。


「ヘタレだと思ってたけど、涼もやる時はやるじゃない。見直したわ」


「う、うるさいな……」


 バレても知らないなんて言っておきながら、バレる原因を俺が作っていたとは。開き直っているように見えた栞も、なんのことか気付いたのか、さすがに顔を赤くしている。


「ふふ、よかったわね、栞?」


「それはまぁそうなんだけど……。って、どうせお母さんだってこうなるってわかってたんでしょ?」


「まぁね。涼君が何もしなくても、栞の方からいくだろうなとは思ってたし」


 さすが文乃さん、娘のことをよく知っている。あまり胸を張って言えることではないのだろうけど、どちらかと言えば栞の方が積極的だったのだから。


「なら……」


「私はとやかく言うつもりはないわよ? でもね、お父さんには内緒よ? あの人、そんなの見たらひっくりかえっちゃうかもしれないから」


「う、うん、わかった」


 深く追求されたり小言をもらうことがなかったのは良かったのだが、母さんと文乃さんは大いに盛り上がり始めた。やれ『子供の成長は早い』だの『二人の将来は安泰』だの『孫の顔が早く見たい』だの、気が早すぎるし、聞いている俺達が恥ずかしくなるようなことをキャイキャイと騒がしく話していた。更には結婚とか同棲なんて言葉まで聞こえてくる始末。


「そ、そうだ、お母さん」


 さすがにいたたまれなくなったのか、栞が話題を変えようと口を挟んだ。


「なぁに?」


「涼がね、お父さんに話があるんだって。それでね、お父さん今休みでしょ? 時間って作れるかな?」


 俺がお願いしていた話を栞が口にした途端、母さんも文乃さんも目を光らせた。


「話って……、もかしてそういうこと?」


「きっとそうですよね、文乃さん。なら私達もご挨拶に伺ったほうがいいのかしら?」


「そうですね! 早いほうがいいですよね。じゃあこのまま皆さんでうちに来ますか?」


「ご迷惑でなければ是非!」


 ……なにか話がおかしな方向に進んでいるような?


 と思ったのもつかの間、テンションの上がった母さんと文乃さんは止まらない。あっという間に連れ出されてしまった。荷物をまとめてきた栞も、もう少し俺と一緒にいられるとわかって嬉しいのか、俺の腕を掴んで離してくれない。


 俺が口を挟む隙もなく、気付いた時には黒羽家の車に乗せられていた。母さんも、荷物を下ろしていて事情のよくわかっていない父さんをせっつき、車に押し込んで、二台の車が連なって我が家の前から発進した。


 車内では栞がファンデーションを使って、俺が付けた首筋のキスマークを上手く誤魔化していた。これで聡さんにバレる心配はなくなったと思うが、俺は状況についていけず、そんなことを気にしている余裕は全くなかった。



 そして現在。


 黒羽家のリビングで両家勢揃い、向かい合って座っている。


 どうなってるの、これ……?


 そう思わずにはいられなかった。ただ聡さんにお礼と付き合っている報告をしたかっただけなのに。

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