第79話 遊ぶ約束
昼食をとったことで、午前中よりも眠気に襲われている様子の楓さん。ちょくちょく栞にお仕置きをされている。
「うぅ……。眠いよぉ……」
「ほーら、寝ようとしない!」
「いたたっ! しおりん痛いって!」
楓さんがテーブルに突っ伏そうとすると、すかさず栞の手が伸びて楓さんの頬を摘んで引っ張る。このやりとりも何度目になるかわからない。それだけ楓さんが睡魔に襲われているということなのだが。
眠気覚ましのためにそれなりの力で引っ張っているようで、何度もされている楓さんの左頬は少々赤くなってきている。栞もなかなか容赦がない。
「彩香のためにやってるんだからね? 二学期早々居残りなんてしたくないでしょ?」
「それはそうだけどー……。あっ、そうだ! ──あいたっ!」
楓さんは何か思いついたのか、勢いよく顔を上げた。頬を摘まれたままだったので、その拍子に頬が更に伸ばされて、その後ペチンと音がして栞の手が離れた。
「あぁもう、急に動くから……。大丈夫……?」
そこまでするつもりのなかった栞は心配そうな顔で楓さんを覗き込み、楓さんも自分の頬を痛そうにさする。
「うー……。今のは本気で痛かった……。でも大丈夫っ! ねぇ、しおりん!」
「は、はい?」
楓さんの急な復活に栞がたじろぐ。さすが楓さん、切り替えが早い。
「宿題ちゃんと終わったらさ、この四人でどっか遊びに行こうよ!」
「え、うん、それはいいけど。ちゃんと終わるの?」
「そこはなんとかするよ! ほら、目標があった方が頑張れるし、しおりんとも遊びたいじゃん!」
「お、いいな。今日の礼もしたいところだしな」
「そういうことっ! じゃー、けってーい! よーし、頑張るぞー!」
遥が賛同したことで完全に決まってしまった模様。俺はまだいいと言ってないはずなのに。でも栞が行くなら必然的に俺もついていくことになるだろうし、この先の予定なんて何もないから特に問題はないか。
うちに来る道中でもそんな話をしてたいたので、余程栞と遊びたかったのだろう。目標ができたことで楓さんのやる気が目に見えて上がったのがわかる。
「すまんな、涼。こう言っとけばあいつもやる気になるしさ、悪いけど付き合ってやってくれ」
遥がこっそりと耳打ちをしてきた。
「うん、それでちゃんと終わるなら構わないよ」
「でもこうなるとあいつ、きっちり終わらせてくるからな。たぶんとことん引っ張り回されることになるだろうから覚悟しとけよ」
「わ、わかった」
パワフルな楓さんと遊ぶとなると、本気で覚悟が必要そうだ。まずどこに連れて行かれるのかがわからないけど、あのテンションで連れ回されたらきっとクタクタになることだろう。
まぁでも、それはそれで楽しみでもある。大人数での勉強会同様、そうやって遊ぶのだって俺には初めてのことになるのだから。
*
その後の楓さんの集中力は目を見張る物があった。途中で一度だけ30分程の休憩を取った以外はテキストに齧り付いて、怒涛の勢いで宿題を片付けていく。
この集中力があれば確かにうちの高校に入れたのも間違いではなさそうだ。きっと遥と離れたくなかったんだなと思うとニヤニヤしてしまいそうだったが今は勉強中、顔には出さないように我慢した。
とは言え、学力自体が上がったわけではないので、栞の助けは必要不可欠だ。楓さんが真剣なので栞もしっかりそれに付き合っている。午前中のようにテーブルの下でちょっかいをかけてくることはなくなった。
少々寂しさを感じてしまうが、俺も遥の手伝いに集中することにする。遥の方はたまに口出しする程度なので楽なものだ。
*
そろそろ日が沈み始めようかという頃、ピタリと遥のペンが止まった。
「終わった……。終わったぞ、涼!」
楓さんに引っ張られるように集中していたので、遥は残っていた宿題全てに無事とどめを刺せたようだ。元々かなり自分で進めていたようだが、それでもよく頑張ったと思う。今日進めた量としては、俺達がやっていた時の一日分をはるかに超えていた。
「お疲れ様、遥。よかったじゃん」
「いや、これもお前らのおかげだって。つまずいてたところ全部教えてもらったしさ。今日で終わるとも思ってなかったし、まじサンキューな」
「ならこれくらいにしよっか。彩香の方も思ってたより進んだしね」
「えっ、終わり? じゃあもう遊んでもいい?」
栞が終了を告げた途端にこの変わりよう。さっきまでの集中力が嘘のようだ。
「ダーメっ! ちゃんと全部終わらせてから!」
「ぶー! しおりんのケチー! でも、うん、ありがとねっ! 残りは自分で頑張るよ。終わったら連絡するからさ、あんまり予定入れちゃダメだからね?」
「わかったわかった。どうせ涼とのんびりするくらいしか今のところ予定はないから、それは大丈夫だよ。それより本当に一人でやれる? そっちの方が心配なんだけど」
「残りは俺が面倒見るからさ。黒羽さんもありがとな、助かったよ」
「どういたしまして。まぁ、たまにはこういうのもいいかもね。ね、涼?」
「うん、そうだね」
話が来た時は拗ねていた栞だけど、結果的にこうして笑ってくれているのだから。俺と栞の二人きりの時間はもちろん特別なのだけど、他の人との時間もきっと大切なんだと思う。せっかくこうして仲良くなったことだし、大事にしていきたい。
「じゃあそろそろ帰るか」
「えー、もう?」
「お前ね、時間見てから言えよ? これ以上邪魔したら悪いだろが」
「むー、しょうがないなぁ……」
帰る二人を玄関で見送ることに。駅まで送ろうかと言ったのだが、道はわかるからと断られた。
「じゃあ、またな」「まったねー!」
二人が去っていき玄関のドアが閉まると家の中が急に静かになる。
「なんか嵐みたいだったね」
「うん、楓さんはいつも元気だから」
「本当にね。ねぇ、涼? 私、ちょっと疲れちゃったなぁ。いっぱい頑張ったから褒めて?」
「ん、偉かったね」
二人きりに戻った途端甘えてくる栞が可愛くて、頭を撫でると嬉しそうな顔をしてくれる。楓さんの相手は大変そうだったので、本当に頑張ったと思う。
このまま労いを兼ねて栞を甘やかしたいところだが、まずは二人で片付けと夕飯の支度を手分けして済ませることに。夕飯の支度は昨日一緒に作ったカレーがまだ残っているので、米の用意だけ。あっという間に終わった。
落ち着いて、二人でソファに腰を下ろすと、栞はコテンと頭を預けてくる。
「なんだかんだで結構楽しかったけど、やっぱり私はこうしてる時が一番好きだなぁ」
「うん、俺も」
友達も大事だけれど、やっぱり一番大事なのは栞だから。栞がいてくれたおかげで遥達とも仲良くなれた。全てが栞との関係から始まっているのだ。
「ねっ、涼。膝枕して? 涼は柊木君の相手、楽そうだったしいいでしょ?」
「ん、いいよ。おいで」
「へへ〜」
栞は嬉しそうにコロンと横になった。昨日は俺がしてもらったので、そのお返しだ。頭を撫でれば気持ちよさそうな顔をしてくれる。
「なんかこうして見ると、涼がいつもより大きく見えるね」
栞は下から俺を見上げながらそう言う。
「そう?」
「うん。ま、私にとって涼は元々大きな存在だけどね?」
大真面目な顔で、しかも急にそんなことを言うので、照れくさくなって栞の顔から視線を逸らしてしまう。
「そんなこと言ったら栞だって大き──」
「涼はどこを見て言ってるのかなー?」
栞から抗議の視線を感じる。これは本当にたまたまなのだが、俺が視線をそらした先には栞の胸があった。特別大きいというわけではないが、それでもしっかり存在を主張してくる程度には大きい。
「……えっち」
「いやっ、これは……」
じとっとした目で見つめられると言葉が出てこなくて、ただただ視線を彷徨わせることしかできない。
「ふふっ、冗談だよー。別に涼にならいくら見られても構わないんだから。なんなら触ってもいいんだよ?」
こう言う栞だけど、からかっているだけなのはわかる。いたずらっ子な顔になってるから。
まったく、俺がちょっと動揺するとこういう事言うんだから。
「じゃあ遠慮なく」
やられっぱなしが悔しくてそう言いながら手を伸ばすと、今度は栞が動揺する番だ。まさか俺がこんな返しをするとは思ってなかったんだろう。
「えっ、本当に? いや、別にイヤじゃないんだけど……」
「冗談だよ」
俺が笑うと栞は悔しそうな顔をする。
「もうっ、涼のバカっ……!」
「栞が先にからかうからっ」
「それでも悔しいじゃん。なんか余裕そうでさー。はぁ……、昨日は触るのにビクビクしてて可愛かったのになぁ」
今それを言う?! 栞が触っていいなんて言うから昨夜の事思い出しそうで我慢してたというのに。
「そんなこと言うと本当に触るよ?」
「だっ、ダメっ! その、今はまだ……。えっと、ね。そういうのは、また寝る前に、ね……?」
意趣返しのつもりで言ったのに、栞は恥ずかしそうに頬を染めて。そんな顔をされたら俺も……。
「いや、えっと……」
いやいや、昨日の今日で栞に無理をさせるわけにはいかないだろ。
「ふふ、やっぱり涼は可愛いなぁ」
……またからかわれた。やっぱり栞にはかないそうにない。
もう何も言えない俺だけど、やっぱり悔しくて、ちょっと乱暴に栞の髪を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます