第78話 お騒がせな二人
「はい、涼。あ〜ん」
「ちょ、ちょっと待って」
栞は当然のように俺の皿からオムライスをすくって差し出してくる。いや、嬉しいよ。嬉しいんだけどね。
でかでかと描かれたハートも、さっきの栞の言葉通りなら俺への気持ちを大きさで表現してくれてるってことで。それに応えて俺も栞の分に可能な限り大きくハートを描いた。
でもちょっと待ってほしい。今は二人きりではないのだ。
それに──。
チラリと遥と楓さんの様子を盗み見る。ぶすっとした顔で遥を見つめながらオムライス(?)を頬張る楓さんと、その視線から逃れるように顔を背ける遥。
大丈夫なのか、これ?
つい今しがた二人の関係に安心したばかりの俺だが、さすがにこの状況は心配になる。原因は遥の失言なのは明らかなんだけど。
「ねぇ、涼? 食べてくれないの……?」
視線を栞に戻すとちょっぴり寂し気な顔になっていた。こっちはこっちで、このままだと遥達と同じことになってしまいそうな気がする。それはよくないし、なにより栞にこんな顔をさせたままではいられないので観念した。
「ごめんね。食べるよ」
「じゃあ、あ〜ん」
「あ〜ん……」
俺が栞の手ずからのオムライスを頬張ると、栞はニッコリと笑ってくれる。これで俺達の方はとりあえず大丈夫だろう。
「ちょっと手抜きしちゃったけど、どうかな?」
しっかりと味わってから飲み込む。
栞は本当に料理上手だ。チキンライスの味のバランスは完璧だと思うし、綺麗な黄色に焼き上がった玉子は内側がやや半熟で、チキンライスに絡んで一体感を演出している。思わず頬が緩んでしまう程に美味しい。これで手を抜いたと言うのだから、ちゃんと作ったらどれほどになるのか。
「うん、美味しいよ」
「よかったぁ」
俺が素直に褒めると栞はホっとしたようで、自分も食べ始めた。こんなに美味しいものを作ってくれる栞だけど、あまり料理の腕に自信はないと言っていたので不安だったのだろう。
楓さんの作ったものと見比べれば、栞はもっと自信を持ってもいいと思うのだけど、今余計なことを言うと楓さんの怒りに油を注ぎそうなので黙っておく。
栞は最初の『あ〜ん』で満足したらしいので、俺も自分で食べ始めた。
やっぱり美味しい。けどどうしても二人の様子が気になってチラチラと見てしまう。
「涼、ちょっとこっち向いて?」
ふいに栞に呼ばれて顔を向けると、すぐそこに栞の顔があった。突然栞は俺の顔に口を寄せると、俺の口の横をペロリと舐め上げた。
「なっ……?!」
いきなり何を──。
「ケチャップついてたよ。もうっ、余所見してるからだよ?」
「うっ……」
だからって二人の前で直接舐め取らなくても……。指摘してくれたら自分で拭くし、そうじゃなくても前みたいに拭ってくれたらよかったのに。
「気になるのはわかるけどね、涼のために作ったんだから、ちゃんと味わってほしいなぁ。私としては、そっちのほうが大問題なんだからね?」
「そう、だね。ごめん」
栞の言うことももっともだ。楓さんの宿題を手伝うことになって時間があまり取れなかったのはずなのに、隙間の時間でこうして作ってくれたのだ。あまり他に気を取られていたら申し訳ない。それは栞の気持ちをないがしろにするということだから。
「ん。じゃあ余所見してたお詫びとしてもう一回ね。ほら、あ〜ん」
「あ〜ん」
恥ずかしいけれど、栞の笑顔には代えられない。その後はあまり遥達を見ないようにして、たまに『あ〜ん』をしたりされたりしながら完食した。
思ったようにイチャつけて満足したのか、栞は終始ニコニコしていた。
でも、こんなことをしていれば同然食べるのは遅くなるわけで、俺達が食べ終わる頃には遥達はとっくに完食していた。そして、空気は依然として重たい。
「あー、彩……。その、悪かったよ」
遥もさすがにこの空気に耐えかねたのか謝罪を口にした。
「バカ遥……、遅いよっ。しょうがないから許してあげるけど、罰として全員分の皿洗いね!」
「わーったよ……」
遥は立ち上がると、皿を全て集めてキッチンへと向かっていった。
「あっ、俺も手伝うよ」
さすがに遥一人に任せるのは可哀想だと思い、追いかけようと思ったのだが。
「ダメだよっ! 高原君は座ってていいから」
楓さんに止められてしまった。
「涼、それで彩香の気が済むならそうしてあげて?」
栞にまでこう言われてはどうしようもないので、浮かせかけていた腰を元に戻すことに。
「はぁ〜……。しおりんはいいなぁ、高原君優しそうで」
休憩開始直後のように突っ伏してぼやく楓さん。遥に謝罪されてひとまず怒りはおさめたようだが、それでも思うところはあるようだ。
「涼はダメだからね?!」
栞は自分のものだと言わんばかりに俺に抱きついてくる。そんなことしなくても俺は栞から離れたりしないのに。
「わかってるよー……! しおりんから高原君を取ったりしないってば。でもさー、遥ってたまに意地悪なんだもん。ちょっと羨ましいよー」
「でも彩香の作ったの、ちょっとひどかったよ? あれ、何がしたかったの?」
栞が呆れ顔で楓さんに尋ねた。俺も言葉にはしなかったけど、あの出来には驚いた。栞みたいに上手く包めないまでも、薄焼き玉子をチキンライスにのせるくらいなら俺でもできる気がする。それならあそこまで不様にはならなかったろうに。
「あれはねぇ……──」
聞けば、ふわとろな感じのオムレツを作ってのせたかったのだそうだ。そして遥はそういうオムライスが好きだということも。失敗したのは認めているけど、ちっとも喜んでもらえなかったばかりか、否定された気がして怒ってしまったらしい。
俺なら栞が作ってくれたのであれば、あんな出来でも感謝して食べると思う。まぁでも、遥の気持ちも楓さんの気持ちもわからなくはない。
「あのね、彩香。涼が優しいのは確かだけどね、私だって努力くらいしてるんだよ?」
言い聞かせるような栞の言葉に楓さんは首を傾げる。
「どういうこと?」
「涼の前でこれを言うのは恥ずかしいんだけどね、オムライスだってうちで練習してきたんだから。私も自分のできる範囲で涼に喜んでもらおうって頑張ってるんだよ」
驚いた。まさか今日のためにそんなことをしてくれていたとは。でも、それは俺も同じかもしれない。栞に喜んでほしくて、できることを増やそうと思っているのだから。料理の手伝いなんかはその一環だ。
「うー……。なんか私が悪者みたいじゃーん……。でも、そっか。私、遥に甘えすぎてたのかなぁ……。じゃあ、私も遥に謝らなきゃ!」
楓さんはパッと立ち上がると遥のもとへと行ってしまった。こうやってすぐ行動できるのは楓さんの良いところなんだろう。
しばらくするとキッチンから二人の笑い声が聞こえてきた。無事に仲直りできたようで何よりだ。
「良かったね?」
あまり気にしている様子のなかった栞も、実は心配していたらしい。二人の姿を見て微笑んでいる。
「そうだね」
まったく俺達よりもずっと付き合いが長いくせにヒヤヒヤさせるんだから、困ったものだ。
「あのね、涼」
「ん? なに?」
「涼は今の優しい涼のままでいてね?」
「ん、努力するよ」
栞も俺のために色々と頑張ってくれているのがわかったし、俺だって栞にずっと好きでいてもらえるように頑張るつもりだ。
「うんっ。へへ、涼大好き」
「俺もだよ」
すっかり仲良しに戻った遥達にあてられてしまって、気持ちが抑えられずに栞とキスをした。
こっそりとしたつもりだったんだけど……。
「あー! しおりん達、今ちゅーしてたでしょー?!」
あっさりと楓さんにバレた。バレないつもりだったので、顔から火が出るかと思った。
「遥ー! 私達もー!」
「ダーメっ! ほら、お昼休憩終わりっ! 彩香はまず宿題終わらせてから!」
遥に飛び付こうとしていた楓さんの首根っこを、栞が引っ張って止める。
「うぇー……。しおりんの鬼ー!」
「ふふ……。お望みならさらに厳しくしてあげる!」
「いやあぁぁぁぁぁ……!!」
こうして、騒がしくも楓さんの宿題を片付ける会の午後の部が幕を開けた。
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