第61話 いっぱい仲良くしようね?
日課となった寝る前の栞との電話。今日も寝る支度を全て整えて、そろそろ電話しようかななんて思っていると、俺のスマホが着信を告げた。
相手は言うまでもないことだが、栞からだ。
今のところ俺に電話をかけてくるのは栞と両親くらい。両親は家にいるとなればその相手は一人に限定される。
今日の学校での騒動の後、遥や漣と連絡先を交換したものの、今日の今日ではまだそれは使われたことはない。
俺が強引に約束した手前、なんとなく俺からかけることが暗黙の了解になっていたのに、今日は栞からかけてきた。
たぶん、今日の母さんからの相談を文乃さんに伝えて、その結果を聞かせてくれるんじゃ──。
『涼! どうしよう?!』
俺が電話に出るやいなや、栞が叫んだ。声が大きすぎて、若干音割れを起こしていた。
「もしかして、文乃さんにダメって言われた?」
片耳がキーンとなっているのでスマホをあてる耳を変えて尋ねた。
『ううん、違うの』
それ以外で栞がここまで慌てることがあるだろうか。
「なら、どうしたの?」
『あのね、水希さん達が出かけてる間ね……、えっとね……』
栞の歯切れが悪い。なにか良くないことでもあったのか。急に家族で出かける予定が入ったとか。
「うん……?」
『涼の家に泊まってきなさいって』
「へ……?」
あまりに予想外の言葉に俺の頭は理解を放棄した。えっと、栞は今なんて言った……?
「ごめん、栞。もう一回言ってくれる……?」
『だからね……、遅くなるくらいなら、いっそ涼の家に泊まってきなさいって』
栞が泊まる?
どこに?
うちに?
まじで?
「なんでそんな話になったの?!」
うちでご飯を作ってくれる話が、どうしたら泊まっていくことに……?
『私を送った帰り、涼一人じゃ危ないからって。泊まってくるのが許可する条件だってお母さんが……』
何を考えているんだ、文乃さん……。
大事な一人娘を、彼氏とは言え男一人になる家に泊めようなんて。
いやまぁ、俺としては断じてイヤなわけじゃない。むしろ栞と一緒の時間が増えるのは嬉しいので歓迎と言ってもいい。
問題は俺の理性だ。
栞は可愛い。今日のクラスの男子共の様子を見れば、俺だけがそう思っているわけじゃないことは明白で。まぁ、俺が誰よりも栞のことを可愛いと思ってるだろうけど。
更に栞は甘えん坊だ。二人きりでいる時は常に身体のどこかがくっついているくらいに。それは付き合い出した日を境に、日に日に過剰になっていっている。
そんな栞は俺のことを大好きと言ってはばからない。俺は俺で栞のことが大好きだ。
俺も健康な男なわけで……、まぁつまりはそういうことだ。可愛くて、俺のことが大好きで、べったりくっついてくる彼女に対して何も思わないほうがおかしい。
普段なら母さんが家にいることでどうにかこうにか保っている理性だが、今回は完全に家に二人きりになる。
そんなの──。
『涼……? ダメかなぁ……?』
「お、俺はダメじゃないけど、栞はそれでもいいの? えっと、俺と二人きりで二日間すごすことになるんだけど」
『そんなのドキドキするに決まってるじゃん! 今日のあれだってギリギリだったんだからね?』
「じゃあ……」
『で、でもね、涼とならいいかなって。それに、お母さんに言われたの』
「なんて……?」
『数日でも一緒に生活したら、今まで見えてなかった部分も見えるって。私ね、もっと涼のこと知りたいの。いいところも、悪いところも全部受け止めて、もっともっと涼のこと好きになりたい』
あまりに真っ直ぐすぎる栞の言葉に俺は自分が恥ずかしくなった。こんなに真剣に俺のことを想ってくれているのに、俺は……。理性がどうの、なんて言ってる場合じゃないじゃないか。
「そう、だね。俺ももっと栞のことを知りたいよ」
まだまだ俺の知らない栞の魅力に気付けるかもしれないし。
『なんかそう言われると恥ずかしいね』
「先に言ったのは栞でしょ? それにさ、良い予行練習にもなる、かも」
『予行練習って?』
「栞が今日言ったんじゃないか。ずっと一緒って約束のこと」
『うん?』
わかってて聞き返してるのか、本当にわかってないのか……。
「その、同棲、とか……」
『とか……?』
「け、結婚、とか……」
栞が息を呑んだのが電話越しに伝わってきた。
『そ、それってもしかして……、プロポーズ?!』
「それはまだ早い!」
気が早いのもそうだし、こんな情けないプロポーズがあってたまるか。そういうのは諸々の準備を全て整えて、面と向かってするもんだ。
また考えが古くさいとか言われるかもしれないけど、栞に対してはちゃんとしたいって思っているんだ。
「でも、気持ち的にはそう思ってるよ。あの約束の行き着く場所はそこしかないでしょ……?」
『そ、そうだよね。へ〜、そっかそっかぁ。涼はもうそこまで考えてくれてるんだねぇ』
からかいを含みながらも、嬉しそうな栞の声。俺は恥ずかしくなりながらも、好きになったのが栞で良かったと思った。
だいぶ気が早いのは承知だけども、できることならどちらかが死ぬまでそばにいたいって本気で思えるから。そんな相手に出会えた俺は本当に幸運なのだろう。
『ねぇ、涼?』
くすぐるような栞の声が耳に心地良い。栞が俺の名前を呼ぶ時は少しトーンが上がる。こびている感じではなくて、甘えるような、全幅の信頼を寄せているようなそんな感じ。
俺はこうやって栞に呼ばれるのが好きなのだ。
「うん、なに?」
『あのね』
「うん」
『二人きりの間、いっぱい仲良くしようね?』
「う、うん。わかった」
前言撤回。やっぱり俺の理性には全力で仕事をしてもらうことになりそうだ。
栞がわざわざこう宣言するということは、今まで以上にべったりになりそうな気がする。
でもその前に、もう一つやることが残っている。文乃さんと聡さんが許可してくれたけど、我が家のはまだだ。
「一応母さんにも話を通しとかないとね。明日一緒に説明してくれる? 俺が言うより栞が言ったほうが聞いてくれそうだしさ」
複雑な気持ちではあるが、母さんからの信頼度で言えば、きっと俺よりも栞の方が上。俺だけで話をしたところで『なにバカなこと言ってるの』と言われるのが目に見えている。
『うんっ、もちろんだよ』
*
「──ってことなんだけど……」
「水希さん、私からもお願いします!」
翌日、俺と栞は母さんに事情を説明した。母さんの前で、二人して正座までして。昨夜、あれからダメと言われた時の対策も二人で考えたりもした。
けど──。
「栞ちゃんの家の人がいいって言うなら、うちは全然オッケーよ」
拍子抜けするほどあっさりと許可がもらえてしまった。あっさりしすぎていて、ずっこけそうだった。
「でもね、二人とも。これは泊まりにならなくても言うつもりだったんだけど……」
いつになく真剣な母さんに俺も栞も姿勢を正した。
母さんは俺達を交互に見比べてから、ゆっくりと口を開いた。
「ちゃんと避妊はするのよ?」
今度こそ本当にずっこけた。
いや、大事だろうさ!
大事なことなんだろうけど、今言うことじゃないだろう! いや……、今だから言うことなのか……?
よくわからないけど、とにかくそういうことは自分達で考えるから余計なお節介を焼かないでほしい。
栞は真っ赤になってワタワタしてるし、俺は手近にあった新聞を母さんの顔めがけて投げつけた。
母さんのことだから、全くこりてはいないだろう。だって顔面に新聞の直撃を食らっても尚ニヤニヤしてるんだから。
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