八章 お盆期間
第58話 お盆の予定
家に帰ると、母さんは待ちくたびれていた。
「おっそーい! 昼過ぎには帰るって言ってたじゃない」
「いや、色々あったんだよ……」
「色々って何よ?」
「色々は色々だよ」
もう説明するのも億劫で、俺が投げやりに言うと、母さんは説明を求めるように栞に視線を向けた。
「ははは……」
栞は栞で乾いた笑いをするばかり。さっきは楽しかったと言っていたけれど、いざ説明するとなるとまた恥ずかしい思いをするはめになってしまうからだろう。衆人環視の中で抱き合ってたなんて伝えたら、なんて言われるかわかったものじゃない。
俺と栞がそろって口をつぐんでいると、母さんは諦めてくれた。
「う〜ん、まぁいいわ。それよりも、お腹すいたでしょ?」
母さんがそう言うと、まるでタイミングを見計らったかのように栞のお腹が「くぅ」と鳴いた。俺もそうだけど、空腹を我慢していたのかもしれない。普段ならとっくに昼食を済ませて、うちに来ている時間だし。
それに今日はかなりエネルギーを使ったはずだ。あのバカ騒ぎの渦中にずっといたから。
ただ当の本人は相当に恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にしてお腹をおさえている。
「聞こえた……?」
「うん。可愛い音がしたね」
栞のものだと、こういうのすら可愛く思える。こうやってわざと言葉にしたのは帰り道で可愛いと言われた意趣返しでもある。
「う〜、ばかぁ。恥ずかしいよぉ……、お願い忘れてぇ……」
「別にいいじゃん。お腹の音くらい。今日頑張った証だよ」
それに栞のことならなんでも覚えておきたいのだ。
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのっ!」
ポコポコと俺の胸を叩く栞。拗ねた顔をしているが、叩く力は弱く痛みはまるでない。恥ずかしさをどうにかしたいのに、俺に痛い思いはさせたくないという気持ちが垣間見えるようだ。
そんな栞も可愛くて、しばらくされるがままになっていると、母さんは呆れた顔をしていた。
「はいはい、イチャついてないで涼は早く着替えてらっしゃい。栞ちゃんはご飯の準備手伝ってくれる?」
「う〜……、はい……」
この程度でイチャついてるつもりはないけれど、栞の攻撃がやんだので、聞いてしまったお詫びに頭を撫でておいた。
「涼……? 頭撫でとけば私の機嫌が直ると思ってない?」
そう言う栞だが、その顔は必死でむくれてる感を出そうとしているものの、頬が少し緩んでいる。
栞は感情が割と顔に出る方なので、わかりやすくてとても助かる。
「実際直ってるでしょ? 顔見たらわかるよ」
「うっ……。ま、まだ直ってないもん……。涼に撫でられると勝手にこうなっちゃうだけで……」
そんな顔をしてる時点で直ってると思うんだけど。
「じゃあどうしたら直るの?」
「さっきの約束、倍増で……」
ということは、とことん栞を甘やかせということだろうか。やりすぎると自分がまた照れて恥ずかしくなるのをわかって言っているのか疑問だ。
それにそんなことをすればお互いにダメージが大きいわけで。俺は俺で理性との戦いになるし。
まぁ、栞に甘い自覚のある俺は受け入れてしまうのだが。
「わかったよ。栞は本当に甘えん坊だよね」
「誰のせいだと思ってるの?」
栞はまた俺の胸をポスンと叩いて、その勢いで飛び込んできた。反射的に受け止めてキュッと抱きしめてしまった。
「ほらね、涼がこんなだから私どんどんひどくなって止められなくなるんだからね?」
もう必死に甘えん坊を否定はしないらしい。でも、それは全部俺のせいだ、と。
それについては俺にも言い分がある。
「いや、身体が勝手に……」
「無意識なの?」
「うん……」
そりゃ可愛い彼女が胸に飛び込んできたら抱きしめもするだろう。こうするのが当たり前みたいに、気付いた時には抱きしめていた。まるで昔からの習慣みたいに動きが身体に染み付いてるような感じで。
俺がこうなってしまったのも、いつも栞が甘えてくるせいなのだけど。
「そっか……。んふふ〜」
栞は俺の答えがお気に召したのか、頭をグリグリと押し付けてくる。今度は力の加減ができていないらしく少し痛い。
そんな栞の顔は恥ずかしがっていたのも、拗ねていたのも忘れてしまったかのように、ふにゃふにゃに緩んでいた。
結局は二人のせいなのだ。栞が甘えてくるから、俺は栞を甘やかす。そうすると更に栞が甘えるようになって、最後には周りが見えなくなってしまう。
「二人ともー? まだやってるの?」
母さんに言われてハッとした。
「ご、ごめん、栞。俺着替えてくる!」
栞を腕から開放してリビングを飛び出した。
自室に戻ると、恥ずかしさが込み上げてきた。
またやってしまった。二人きりならまだしも、母さんの前で。栞と付き合い始めてから、まだ一週間も経っていない。それなのにこれなのだ。
この先も栞のことをもっと好きになっていくだろう。そしたらいったいどうなってしまうのか。
コントロールできるようになるのが先か、我に返った時の恥ずかしさを感じなくなるのが先か。俺の予想だけど、後者な気がする。
クラスでは今日だけですっかりバカップルとして認識されてしまったのだし。
気をつけるつもりでも、栞に言った通り無意識なんだからどうしようもない。開き直った方が良いのかも。
着替えを済ませて、少し気持ちを落ち着けてからリビングに戻ると、栞が母さんにからかわれていた。
「栞ちゃんは本当に涼のことが好きよねぇ」
「えっと、はい……」
「もしかしてさっきの色々って、学校でも似たようなことやっちゃったのかしら?」
栞はビクっと身体を跳ねさせた。そんなのもう正解だと言っているようなものだ。
せっかく気持ちを落ち着けてきたはずの俺もまた恥ずかしさが戻ってきた。開き直るのも簡単ではないということだ。
「仲良しなのは結構なことだけど、ほどほどにね? もちろん二人だけの時なら好きにしたらいいけど」
「「はい……」」
俺も栞の隣に並んで頷いておいた。やっぱり反省くらいはした方がいいかもしれない。
その後、昼食を済ませると、ようやく母さんは本題を切り出した。
「朝言ってた話なんだけどね、話というか相談かな」
「相談?」
栞をつれてきてまでする相談とはなんなのだろうか。
「いつもお盆にお父さんの実家に帰省してるじゃない?」
その話は栞にもしたことがあった。あれは夏休みの予定を決めようとかって話していた時だったか。毎年二泊か三泊する予定になっていたはずだ。
その間は栞に会えないので寂しいなと思っていたところだ。たかが数日だけど、夏休みに入ってからほとんどの時間を栞と過ごしている俺にはとても長く感じられる。
「今年も行くんでしょ?」
毎年のことなので、当然のようにそう思っていたのだが。
「そうなんだけどね。でも、今年は涼に留守番しててもらおうかと思ってるのよ」
母さんは何か悪だくみをしているかのようにニヤリと笑いながらそう言ったのだ。
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