第55話 見守る会発足
◆黒羽栞◆
私達いったい何やってるんだろうね……? 皆の前で抱き合ったりしてさ。
最初はただ涼に格好良いって言う女の子を見るのがイヤだったの。そりゃね、涼が皆に認められるのは嬉しいよ? 自慢の彼氏だしね。でも不安で心がザワザワした。
だって、誰にも涼をとられたくないから。これは私の自信のなさだ。私を好きだと言ってくれる涼のことは信じているけど、こういうのは理屈じゃないんだよ。
もし涼が私から離れていったら、たぶん私はおかしくなっちゃうと思う。今の私の心を支えてるのは涼の存在だから。失ったらきっとすぐ倒れちゃう。そして二度と立てなくなる気がする。
それほど涼の存在は私の中で大きいものなんだ。
だからね、涼が皆に向かって私のことが大好きだって言ってくれた時は本当に嬉しかった。嬉しくて嬉しくて涼のことしか考えられなくなっちゃった。気付いた時には涼に抱きついてて、涼も私を抱きしめてくれていた。
でもこれは失敗だった。あんなの格好のネタにしかならないじゃない。
全校集会のために体育館へ移動する途中、さっそくクラスの女の子達に捕まってしまった。涼と一緒にいたいのに。って、またベタベタしてると色々言われそうだけどさ。でもどうしようもないんだよ。だって、もうすっかり涼の隣が私の定位置で、一番落ち着ける場所になってるんだから。
涼を探して視線を向けると柊木君と一緒にいるのが見えた。涼もちらっとこっちを見てくれて、目が合うとちょっと疲れ気味な顔だけど微笑んでくれた気がする。
疲れ気味なのは私も同じ。まさか先生があんなに興奮するとは思ってなかったし。
……。
皆さ、他人の恋愛に興味津々すぎない?
──ねぇねぇ、黒羽さんって高原君のどこが好きなの?
先生もそうだったけど、さっきからこんな質問ばっかりなんだもん。
そんなの聞くまでもないと思うんだけどね。
「全部、だよ? 顔も声も髪も手も匂いも全部好き。一番は涼の性格だけどね。優しくて、不器用で、でも真っ直ぐで。それに、私のことすごく大事にしてくれるの」
──本当に高原君のことが好きなんだねぇ……。
誰かがしみじみとした声で言う。でもね、私の気持ちはそんなんじゃおさまらないんだよ。
「違うよ、大好きなの……」
気付いたらそう溢していた。
あぁ、なんか顔が熱くなってきちゃった。さらには頬が緩んでニヤけてしまう。だってね、涼のことを素直に大好きだって言えることが嬉しくて幸せなんだもん。
私の言葉に、また皆はキャイキャイと盛り上がってる。
そこまで盛り上がることかな? なんか悶えてる人もいるけど大丈夫?
「あかん! しおりんが可愛すぎる。嫁にほしい……」
彩香もその一人で、また後から抱きしめられた。歩きにくいからやめてほしいんだけど……。
でも、そんなにイヤな気がしないのはなんでだろう。もちろん変なところに触れない時に限るけど。
「彩香には柊木君がいるでしょ……?」
彩香の嫁にはならないよ? 愛想を尽かされない限り、私の相手は固定なんだもん。私は涼のものだからね? そもそも私の恋愛の対象は涼、じゃなかった……、男の子だし。
「遥はいいの! それにね、こう思ってるの、私だけじゃないからね?」
「へ?」
「いや、ほら、見てみなよ」
彩香の視線を辿るといまだに悶えてる人達が。
──あぁダメ……。黒羽さん、かわいっ……!
──私、あの二人推しカプにする……。
──黒羽さん、持って帰って愛でたい……。
……? なにこれ?
「ね?」
ね? じゃないよ!
「どうなってるの?!」
「皆、しおりんの可愛さにやられちゃってるんでしょ? あんな幸せそうな顔しちゃってさぁ。ねぇ、ちょっと私にも大好きって言ってみてよ?」
「え、やだけど?」
ちょっと鬱陶しくなってきて冷たく言ってみた。
「はうっ、そういうドライなとこも好きっ!」
どうしたらいいの……?
あんなだった私を受け入れてくれるのは嬉しいけど、なんかどんどんおかしな方向に進んでる気がする。こんなの思ってたのと違いすぎる。
「あ、いいこと思いついたっ!」
彩香はニヤリと私を見て笑った。全然いいことじゃない気がする。
「はいはーい! 皆ちゅうもーく! ここに『高原黒羽カップルを見守る会』を結成しようと思いまーす! 加入者は後で名簿作るから私のところに来てね!」
ほら、やっぱりろくなことじゃなかった!
なに勝手に変な会作ろうとしてるの?! そんなの誰も入りたがらないよ?!
「ちょっとやめ──」
──はーい! 私入りまーす!
──私も、私もっ!
──名簿なんていらないでしょ。クラス全員加入でいいじゃん!
なんでー?!
……。
いや、もう好きにして……。私疲れちゃった……。
「ね、ねぇ、黒羽さん?」
これはもう帰ったら涼に癒やしてもらうしかない、なんて考えていたら声をかけられた。えっと、橘さん、だったっけ?
「お、さっちんも加入する?」
「え、うん。それはもちろん。ってそうじゃなくてね、黒羽さんと高原君ってどっちから告白したのかなぁって気になって」
そんな会入らなくていいから、とは思ったけど、橘さんはモジモジしながらも目は真剣で。涼からもらった言葉は私だけのものだから教えないけど、経緯くらいなら話してもいいかなって気がしてきて。
「えっと……、一応私から、かな? でも、その時は私恥ずかしくなって逃げちゃって、その次の日に話があるって言われて、涼からも好きって言ってもらったの」
……なんだろう、すっごく恥ずかしい。
なんであの時逃げちゃったんだろうとか、想いを伝え合った時のこととか思い出したりして。
「黒羽さんからなんだ……。すごいなぁ……」
なんなんだろう? 彩香なら知ってるかな?
なおも私を抱きしめてる彩香を見ると得意げな顔をしていて。
「さっちんはね、かづちんのことが──むぐぅっ!」
橘さんは必死の形相で彩香の口を塞いだ。でも時すでに遅し。肝心な部分は聞こえてしまった。でも私には『かづちん』がいったい誰なのかはわからない。
にしても彩香のあだ名のセンスがひどい……。
「彩ちゃん、余計なこと言わないで!」
あぁ、そういうことか……。
「ぷはっ! まったく、好きなら好きって言えばいいのに!」
橘さんの手から逃れた彩香が言う。
「それができたら苦労しないの!」
そうだよね、難しいよね。私も散々悩んだから。彩香は思いついたら即行動っぽいからわからないんだろうね。
「それにさ、どうせなら向こうから言ってほしいというか……」
それもわからなくはない。ロマンチックに告白とかされたら気分も盛り上がるもんね。
「確かにね、理想的だよね。でもさ……」
言葉を区切った私を橘さんがじっと見つめる。
「でも……?」
「本当に手に入れたいならさ、自分から行動したほうがいいこともあると思うよ」
涼に引っ張ってもらいっぱなしだけど、初めて声をかけたのは私で、先に好きって言ったのも私だ。それだけは私にもできたことだ。
待つこともできたとは思うよ。涼も私のことをだいぶ前から好きって思ってくれてたみたいだから。でも涼は私を心配して待っててくれていた。私から言わなかったら、まだ涼からは告白してもらえてなかったかもしれない。そう考えれば私から伝えたのは間違いじゃなかったはず。
私はとっくに我慢できなくなってたから。ずっと隣にいてほしいって本気で思っちゃったから。
「橘さんの気持ちがどれくらいなのかは私は知らないけどね、どうしてもって思うならさ、なりふりかまってられないと思うんだよね。少なくとも私はそうだったよ」
私がそう言うと、橘さんはハッと目を見開いて、そして私の手をガシッと掴んだ。
おかげで後からは彩香に抱きつかれて、前からは橘さんという奇妙な構図に。
「黒羽さん……、いや、先生と呼ばせてください!」
「ふぇ?! なんで? 橘さん……?」
「私のことは紗月とお呼びください!」
なんなのこれ?!
「えっと、じゃあ、紗月?」
「はい、先生!」
「まずは先生って呼ぶの、やめようか……?」
「え……、なら、師匠?」
橘さんってこんな変な子だったっけ……? そもそもそんなによく知らなかったけど……。とにかくおかしな呼び方はやめてほしい。
「それも却下で。もう、普通に呼んでよ……」
「え〜……。じゃあ、栞、ちゃん?」
不安そうな顔で名前を呼ばれて、不覚にもドキッとした。涼に読んでもらうのとはまた違う感覚で。
「まぁ、それなら……」
じっと見つめてくる紗月からなぜか目が離せなくて、お互い無言で見つめ合って……。
だってなんか紗月が可愛いんだもん。不安そうだったのに私が許可したらはにかむように笑ってさ。
あ、彩香が私に言ってたのはこういうことなのかな?
「って、なーにを見つめ合っとるかー! 私も混ぜろー!」
そこに彩香まで乱入してきて、もうめちゃくちゃ。
彩香と紗月に両側から抱きつかれたり、それを引っ剥がしてやりかえしてワチャワチャして。今まで怖いと思ってたことが全然イヤな感じじゃなくて、それどころかちょっと楽しくなってる自分がいた。気付くと自然に笑ってたりもして。
これまで学校なんて授業を受けるだけの退屈な場所だったのに、この先が少し楽しみになったり。これも全部涼との関係が運んできたものだって気がして、大事にしなきゃな、と思った。
それでもあの変な会だけは絶対に受け入れられないけど!
なんで皆そっとしておいてくれないのかな……。
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