第53話 バカップル認定

「それにしても、驚いたぞ。涼もなかなか大胆なことするじゃん」


 皆の様子に安堵していた俺に、そう声をかけてきたのは遥だ。


「あぁ、うん。なんかこうした方が良いかなって思ってさ。でも、こんなにうまくいったのは遥と楓さんのおかげだよ」


 皆から肯定的な言葉を引き出せたのは、遥と楓さんが俺達の側にいてくれたことが大きいと思う。


「いや、そこはお前らがちゃんと誠意を見せたからだろ。じゃなきゃ俺もここまではしなかったしな。それに、俺と彩は一足先に事情を知っちまったしさ、ちょっとだけお節介したくなったんだよ」


 本当に遥と楓さんには感謝してもしきれない。最初に事情を知ったのがこの二人で本当に良かった。


「それでも助かったよ。ありがとう」


「いいってことよ。それよりも大変なのはここからだぞ?」


 遥は俺の顔を見ながらニヤリと笑った。


「え? 大変って、なにが?」


 俺はよく意味がわからなくて聞き返した。


「可愛い彼女を持つと大変だってことだよ。ほれ」


 そう言う遥の視線を辿ると、その先には栞がいて……。



 ──ねぇ、黒羽さん。俺と友達になろうよ。

 ──おまっ、抜け駆けかよ。黒羽さん、俺とも友達に。

 ──いや、友達とかいいんで、俺と付き合ってください!



 ……。ちょっと待って!! いつの間にこんなことに?!


 俺の心配した通りと言うか、栞は男子に囲まれて言い寄られている。当の栞が、困惑を通り越して迷惑そうな顔をしているのが救いだろうか。


「あのっ……、私──」


 栞が声を上げようとしても、それは群がる男共の声にかき消されてしまう。栞に言い寄っているのに、栞を無視してなぜ男同士で牽制しあってるのか謎なのだが。


「あーあー、皆節操がないねぇ。あの流れならしおりんと高原君が付き合ってるって、普通は気付くと思うんだけどね?」


 楓さんも遥の隣にやってきて、呑気な声で言う。俺としては気が気じゃないんだけど。


「いや、あれ、どうしたらいいんだろ……?」


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ。ここまできたら黒羽さんとの関係もカミングアウトしちまえばいいだろ?」


 遥に呆れた声で言われた。


 それが簡単にできたらどれだけ楽だろうか。だって、今しがた謝罪した直後に実は俺と栞が付き合ってます、なんて伝えるのはどうかという心配もあったりして……。


「まぁ、大変なのはお前ら二人ともみたいだし、頑張れ」


「は? それってどういう──」


 遥はそれには応えずに、俺の肩をポンポンと叩いた。


 まぁ、その意味を俺はすぐに知ることになるのだが。というのも、栞とは逆に今度は俺が女子達に囲まれていたのだ。



 ──ねー! 高原君格好良くなったよねー?

 ──うんうん、今までずっと俯いてたからわかんなかったよ!

 ──髪もすっきりして爽やかになったしね!



 ……は?


 なんだこの状況は。


 栞がこうなるのはまだわかる。デートの時も、すれ違う男が振り返ったりしてたし。


 けど、なんで俺なんかが……。


 ふと、栞が登校時に言っていたことを思い出した。


『涼はもうちょっと自分の格好良さを自覚したほうがいいと思う』


 栞が言っていたのはこういうことか。まさか栞以外にも俺をそういうふうに見る人がいるとは思ってもみなかった。


 ただ、どれだけ他の女の子に格好良いと言われても、俺の心は動かなかった。栞から言われると、恥ずかしくて、でも嬉しくてドキドキするのに、今はそのどれもわいてこない。それどころかただただ困惑するだけで。



 ──ねぇねぇ、今日終わったら私達と遊びに行かない?



 誰かがそう言った時だった。


「だめえぇぇーーー!!」


 栞が叫びながら飛び付いてきた。群がる男共をかき分けて。


「栞?!」


「もう、涼のバカっ! だから私言ったのにぃ……」


「いや、それはお互い様というか……」


「そうだけど……。でもイヤなものはイヤだったの……!」


 確かに、俺も栞が俺以外の男に言い寄られてるのを見るのは面白くなかった。それなのに俺はまたウジウジと考えて、動くのを躊躇ってしまった。


「うん……、俺も。すぐに止めにいけなくてごめん」


「ダメ……。許してあげない」


 栞は頬を膨らませる。その顔は可愛らしいけど、本気で拗ねているのはわかる。


「えぇ……。どうしたら許してくれるの……?」


「ギュッてして、私が涼のだってちゃんと皆に言って。じゃなきゃ許してあげないから……」


 また難易度の高いことを……。


 と思ったけれど、周りを見ればまたしても俺達に視線が集まってるわけで、そんな状況にも関わらず栞は俺にしがみついていて。


 今更誤魔化しようもないことは容易に想像できた。それにこれからまた同じことがあってもイヤだし……。


「まったくもう……、わかったよ」


 俺は観念して、しがみついてる栞の背中に腕を回して抱き寄せた。栞も嬉しそうに俺の胸に頬を擦り付けてくる。


 この子、皆の前だってこと忘れてるんじゃないかね……?


「えっと、俺達付き合ってるんだ。だから、さっきみたいなのは……、その、やめてもらえると助かる、というか……」


 言ってる途中でだんだん恥ずかしくなってきて、尻すぼみになってしまった。『俺の栞に手を出すな』くらい言えれば男らしいんだろうけど、やっぱり俺にまだ厳しいらしい。


「涼……、さっきはすっごく格好良かったのに……」


 頑張ったつもりだったけれど、栞としては不服のようだ。俺を見る目がジトッとしたものに変わる。


「いや、だってさ……」


「だってじゃないのっ! もう、しょうがないなぁ……」


 栞はそう言うと俺の腕から抜け出して、俺と腕を組んだ状態で隣に立つ。


「謝った直後にこんな事言うのはあれなんですけど……、涼は私のなんです! 誰にも渡しませんから!」


 栞は皆に向かって堂々と声高に宣言した。


 しんと静まり返る教室内。


 一拍おいて──。


「「「「キャーーーー!!」」」」(女子)

「「「「なあああぁぁ!!」」」」(男子)


 綺麗に男女で分かれた叫びが響き渡った。


 なんだろう、ここまでくると、もうそういう芸風に見えてしまう。ついでに皆の喉が心配になる。さすがに叫びすぎだ。


 その場で崩れ落ちる男子が多数。もちろん全員ではないが。



 ──なぜ高原なんだ〜〜?!

 ──羨ましいぞ、この野郎!!

 ──高原、そこ代われー!!



 俺に対しては男子からの怨嗟の声が飛んでくる。


 反対に栞には、その後もキャーキャーと騒ぎ続ける女子達。こちらはほぼ全員だ。



 ──いやぁ、いいもの見せてもらったよ。

 ──ごめんねー、黒羽さん。ちょっとからかっただけだから。

 ──大丈夫だよ、本気で高原君を取ったりしないからさ。

 ──これで今までのことはチャラってことで、ね?

 ──というか、男子達、この二人見たらすぐわかるのに、鈍すぎ!



 男子と違って女子はわかってやっていたらしい。他人の色恋に興味津々なだけなのか、意地の悪いことだ。ということは、俺が格好良い云々は本気ではなかったということで、まともに受け取らなくて良かっ──。



 ──でも、高原君? 黒羽さんに飽きたらいつでも言ってね?

 ──あっ、ずるい! 私も私も!

 ──ちょっと、私だって……!



 ……いったいどっちなんだよ?!


「だからダメだってばぁ!!」


 また栞は俺に抱きついてきて、でもその顔は今にも泣き出しそうで。そんな顔をされて放っておける訳もない俺は、


「ごめん、栞……」


「え、涼……?」


 勘違いした栞がさらに不安そうな顔をする。でも、まだ続きがあるので許してほしい。


「俺、栞とずっと一緒だって約束したので、他の人は考えられません! 栞のことが大好きなんで!」


 あーあ……、言っちゃったよ……。


 これで受け入れられかけていのは振り出しかもしれない。でも……。


 栞は一瞬驚いた顔をしたものの、その後心底幸せそうに微笑んでくれて。俺も嬉しくなって、素直に栞を抱きしめた。


 これでいいのかもしれない。栞が笑ってくれてるから。


「へへ、やっとちゃんと言ってくれた。嬉しいよ、涼」


「これで許してくれる?」


「もちろんっ! お釣りが来るくらいだよ」


 そう言って、更にギュウッと抱きついてくる栞がただただ愛おしくて、他のことなんてどうでもよくなってくる。未だに外野はうるさいけれど、こうして栞の温もりを感じているとそれも遠ざかっていくようだ。


「あらら〜、しおりんも高原君もすっかり二人の世界じゃん。ねぇねぇ、遥?」


「ん? なんだ?」


「夏休み終わったらさ、毎日これを見させられるのかな?」


「かもな……。でもいいんじゃね? こういうのも。これから面白くなりそうじゃん? なんだかんだで俺、涼のこと気に入ったしさ」


「う〜ん、そっか。そうだよね。私もしおりんのことは好きだしねー」


 この日をもって、めでたく俺と栞はクラスの全員にバカップルとして認識されることになるのだった。


 *


「皆、おっはよー! 元気にしてた? って、何この状況……?」


 相変わらずのハイテンションで教室にやってきた我らが担任の連城先生は、崩れ落ちた男子と、ずっと「キャーキャー」と騒ぐ女子の姿、更にその中心で抱き合う俺と栞を見て唖然とした顔を浮かべていましたとさ。


「ちょっとー?! 誰か説明してー?!」

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