第52話 クラスメイトへの謝罪

 クラスメイト達の絶叫がやむと、ざわめきが広がっていく。


 栞の正体は大きな驚きとともに認識されたけれど、まだそれだけだ。根本的な問題は何も解決していない。


 俺と栞が問題としているのは、これまでクラスメイト達から逃げ、拒絶してきたことだ。今までの態度を反省して、これからの俺達を受け入れてもらう必要がある。


 俺も高校入学の時に考えていたように、普通の人と同じように過ごしたいし、栞のトラウマも完全に取り除いてあげたい。そのためには、栞以外にも人との関わりが必要だと俺は考えていた。


 俺だって、別にクラス全員と仲良くできるなんて思ってはいない。人間なんだし、合う合わないがあるだろうから。でも、今までの俺達の行動はクラスの雰囲気を悪くしていたのは間違いなくて、まずはそこに対する謝罪が必要だと思う。


 未だやまないざわめきに、弱気になりそうになる。でも、これからはそれじゃだめなんだ。


 それに今は栞も隣りにいてくれるから。俺と初めて友達になってくれて、今は恋人にまで。栞とここまでになれた俺なら大丈夫だって信じられる。栞の彼氏として恥ずかしくない自分でありたい。


 栞は皆に叫ばれたことで小さくなってしまっているし、まずは俺から動くべきだろう。


「あ、あのさ!」


 覚悟を決めて声を上げた。できる限り大きな声で、ざわめきにかき消されないように。俺が教室でこんな大声を出すのは初めてのことで、それだけで水を打ったように静まり返って、視線が俺に集まる。


 こんなにも注目されるのなんて生まれて初めてのことだ。鼓動が早くなり、膝が震えそうになる。喉がカラカラに乾いて張り付きそうで。でも、望む未来のためには自分から手を伸ばさなくてはならない。それも栞との仲を深めていく中で学んだことだ。


「……皆に聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな?」


 誰からも返事はない。ただ皆黙って、俺を見つめている。騒ぎ出したりしないのを肯定と受け取り続けることにする。


「今まで、ごめんなさい」


 俺は深く頭を下げた。はたから見たらみっともないのかもしれない。でも、これくらいしなければ誠意が伝わらない気がしたから。


「俺、これまで自分に自信がなくて、人と関わるのが怖くて、皆のこと避けてきた。でも、このままじゃ良くないって、変わりたいって思ってるんだ。いきなりこんなこと言って戸惑うかもしれないけど……、このクラスの一員として、やり直すチャンスをください!」


 我ながら青臭くて恥ずかしいことを言った自覚はある。それでも伝えたかったことはすべて言葉にできたと思う。これでいいんだ。笑われるかもしれないし、バカにされるかも。けど遥や楓さんみたいに受け入れてくれる人もいるはずだから。


 ゆっくりと頭を上げて周りを見渡すと、皆は呆気にとられた顔をしていて不安になる。でも、最後に目が合った栞だけは優しく微笑んでくれて、その目はまるで『格好良かったよ』そう言ってくれてる気がした。



 ◆黒羽栞◆



 やっぱり涼はすごいな。格好良いよ。


 時間をかけて少しずつ受け入れられていくってこともできたはずなのに。今の状況をチャンスにして、一気に変えてしまおうとした。皆に注目されながら話をすることは、涼の苦手とするところだって私は知っている。それなのに逃げたりせずに自分の思いを口にする姿は私の心を動かした。


 必死で頭を下げる姿は、他の人からしたら情けなく見えるかもしれないけど、私はそうは思わない。それどころか、また一段と惚れ直したくらいだもの。


 こんなにも真っ直ぐで、不器用だけど優しい。


 だって涼は私に道を示してくれた。皆の驚きの声に圧倒されて、どうしていいのかわからなくなっていた私に。いつだって涼は私の一歩先から手を差し伸べてくれるんだ。


 なら、私のやるべきことは決まった。涼に置いていかれたくないから。どんどん成長していく涼の彼女として、俯かずに顔を上げて隣に立つために。まだ涼に手を引いてもらわなければダメダメな私だけど、それでも……。


「私からも、いいかな?」


 涼の謝罪を受けて、まだ皆戸惑った顔をしているけど、ちらほらと頷いてくれてる人もいる。


「入学早々、クラスの雰囲気を悪くして、皆のことを拒絶してごめんなさい。私、中学の時に色々あって、人間不信みたいになっちゃってて……。他人が怖かったの。でも、りょ──、た、高原君と話をするようになってから少しずつ平気になって──」


「ねぇ、しおりん? もうそこはいつも通り『涼』でいいんじゃないの?」


「っっ……!!」


 真面目に話していたのに、彩香からの指摘で一気に顔が熱くなって言葉に詰まる。だってこんなタイミングでそんなこと言われるなんて思ってもなかったんだもん。


 まだ涼と付き合っていることは彩香と柊木君にしか教えてないわけで。呼び方だって『涼』って言いそうだったのをギリギリのところで『高原君』に変えたのに。


「彩、お前なぁ……。余計な茶々入れずに最後まで言わせてやれよ」


 そう思うならもう少し手綱をしっかり握っていてほしかったよ、柊木君。


「え〜! だって二人とも真面目すぎるしさー! 堅苦しいじゃん? もっと肩の力抜いて気楽にやろうよ」


「にしてもだよ。もうちっと空気読めよ、アホ彩」


「なによ、バカ遥! せっかく和ませようと思ったのにぃ!」


「それが余計だってんだよ!」


 このやり取りで、私達を取り囲んでいた皆から、一人二人と笑いが漏れて、それはしだいに全体に広がっていく。


 さっき胸を揉まれた時は友達になったことを本気で後悔したけど、今の様子を見るにそれも彩香なりの気遣いだったのかも。涼には遠く及ばないけど、彩香との繋がりが持てたのは、きっと私にとって幸運だったんだろう。


「ったく、せっかく二人とも頑張ってたのに、これじゃ締まらねぇじゃん。ごめんな、黒羽さん」


「え、いや……、うん。大丈夫、だよ」


 正直に言えば全然大丈夫じゃない。せっかく涼のおかげで振り絞れた勇気は、すっかり引っ込んでしまった。


「まぁ、彩のあんぽんたんは放っておいてさ、皆はどうよ? この二人もこう言ってることだし、今までのことは水に流してやらないか?」


 柊木君が皆を見渡しながら、私達に代わってそう言ってくれた。


 ──いいんじゃない? 別に嫌ってたわけじゃないしさ。

 ──そうだよね、接し方がわかんなかっただけだし?

 ──ここまでされたらなぁ……。


 柊木君のお陰なのかもしれないけど、肯定的な言葉がたくさん聞こえてくる。世の中こういう人ばかりじゃないのは身に沁みて知っているけれど、うちのクラスは皆いい人ばかりだ。


 それなのに私は……。って過去の事を今になってとやかく言っても仕方がない。今までの事を水に流すと言ってくれているのだ、これからその気持ちに応えていけばいい。


「私はもうしおりんと友達だもーん! ねぇねぇ、こないだ聞きそびれちゃったけど連絡先教えてよ!」


「だから、そういうのは後でやれって!」


 彩香は相変わらずだけど、こういうのも悪くない、かな。美紀と疎遠になる前も人見知りして、交友関係を広げることをしてこなかった私はもったいないことをしていたのかもしれない。


 悪意に晒されたこともあったけど、私を取り巻く世界はそれだけじゃなかった。優しくて、明るくて。それも全部、涼のおかげで知ることができた。


 私はホッと胸を撫で下ろしながら涼に視線を向けた。大好きで、誰よりも頼りになる私の恋人に。


 涼も私の事を見ていてくれて、目が合って。涼の柔らかく細められた目は『頑張ったね』と、そう言ってくれている気がした。


 ──────────◇──────────

【お知らせ】


 近況ノートに栞さんのイメージイラストを用意してみました。気になる方はご覧くださいませ。

 イメージに合わない可能性もありますので、ご自身の判断でお願いします。


 https://kakuyomu.jp/users/resty/news/16817330668236623589

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