第51話 クラスメイトの反応

 だいたい予想はしていたけれど、クラスメイトの反応は皆同じようなものだった。


 数人からは普通に挨拶が返ってきたりしたけれど、そういった人達は俺達に視線も向けていない。その他はどれもこれも挨拶の途中で止まってしまう。彼らは半ば条件反射のように挨拶を口にしながら振り返り、俺達を視界におさめると、俺を見てポカンとした後、栞の顔を見て『誰これ?』という表情を浮かべる。


 その様子は見ていて少しだけ面白い。


 俺達が入っていくまでは割とザワザワしていた教室内がやけに静かになり、ヒソヒソとした話し声に変わっていく。


 ──あれって、高原君、だよね……?

 ──前と全然雰囲気違うけど、何があったん?

 ──高原が自分から挨拶するなんて……

 ──何? 夏休みデビュー?


 俺に関してはこんなところか。それよりも多く聞こえてくるのは栞についてだ。


 ──それよりも、もう一人だって。誰なの……?

 ──あんな子、うちのクラスにいたっけ?

 ──いやぁ? もしかして転校生、とか?

 ──こんな日に転校生なんてないでしょ。

 ──そんなことより、めっちゃ可愛くない? かなりタイプなんだけど。

 ──私、来る途中であの子と高原君が腕組んでるの見たけど……、どういうこと?


 栞の正体がわからなさすぎて、転校生なんてワードまで聞こえてきたり。


 栞のことがタイプだと言ったやつもいるけど、残念ながら栞はすでに俺の彼女なのだ。誰にも渡すつもりはないし、そこだけは絶対に譲れない。腕に抱きつかれていたのを見られたのは、恥ずかしかったけどいい牽制になったのかも。


 教室に入る時に挨拶をする以外はノープラン、その後のことは出たとこ勝負ということだったので、俺と栞はなるべく何事もなかったかのように平然と自分達の席へ移動する。


 席は期末試験の時から変わっていない。俺が窓際後ろから二番目、その右斜め前が栞の席だ。


 お互いに机の横に鞄をかけてから視線を交わして、ひとまずミッションをクリアしたことに頷き合った。


 一学期の間はこんなに近くにいるのに話もできなくてもどかしかったが、今日はこの近さがありがたい。栞との距離が遠いと俺もどうしても不安になるし、栞のことが心配になってしまうから。


 更にありがたいことがもう一つ。席についた俺達に近付いてくる二人の人物がいた。


「おっはよー、しおりん!」


「おっす、ご両人。ちゃんと来たんだな。もしかしたら来ないかもってちょっと心配だったんだぞ」


 現在、教室内の異物となりかけていた俺達に、遥と楓さんが声をかけてくれたのだ。元々異物みたいだったのは否めないけれど。


 あの時、この二人に出会えて、事情を知ってもらえたのは本当に幸運だったと思う。でなければ、また俺達はこのクラスの中で小さくなって過ごすことになっただろうし、たぶん栞ともまた放課後だけの関係になっていただろう。その状況を変えたいと思ったのも、やはりあの時なのだ。


 それに打算的な考えなのは否定できないけど、この二人と仲良さそうにしていれば、他の皆からも受け入れられやすくなると思う。


「おはよう、二人とも。さすがに俺達もサボったりはしないよ」


「お、おはよ」


 一度会話したことがあったおかげか、俺は自分でも驚くほど落ち着いていられる。栞の方はまだ少し硬いけれど。頬を少し赤くして、ちんまりしている姿は、小動物を連想させて可愛らしい。


 それに対して楓さんはさすがというべきか、遠慮がなさすぎるというか。


「あーん、やっぱりしおりん可愛いー!!」


「えっ? えっ? なになにっ?!」


 楓さんの距離の詰め方はやっぱり尋常ではなく、栞が挨拶を返すと同時に抱きついていた。もちろん栞は困惑しているわけだが。


「ちょっと涼……、たすけ……」


 楓さんにガッチリと抱きしめられて、狼狽えながら俺に助けを求める栞。


「えっと、遥。楓さんを止めて……」


 俺に縋るように伸ばされた栞の手を取ってはみたものの、助けようにも無理矢理に楓さんを引き剥がすことなんてできなくて、遥を頼った。だが、楓さんの彼氏の遥なら、と思った俺の希望はあっさりと砕かれることになる。


「いやぁ、こうなったらもう無理だわ。こいつ可愛いものに目がないからなぁ。友達になるのを承諾したのが運の尽きだ。ごめんな、黒羽さん。諦めてくれ、これがこいつなりのスキンシップだからさ」


「そんなぁ……」


 遥の無慈悲な言葉に栞の表情はしょんぼりしたものに変わる。でもまだ楓さんのスキンシップは序の口だったらしい。


「ん〜! しおりん、お肌スベスベだし柔らか〜い! おまけにいい匂いもするっ!」


「ちょ、ちょっと彩香、どこ触って……!」


 楓さんの過剰なスキンシップはとどまるところを知らない。どんどんエスカレートして、このまま見ていて大丈夫なのか不安になる光景が目の前で繰り広げられている。


「女の子同士なんだからいいじゃ〜ん! ほれほれ〜! おぉ……、これはなかなか……!!」


 うんうん、わかるよ、楓さん。すごいよね、栞は。直接触ったことはないけど、俺も最近はしょっちゅう押し付けられてるから……。


 でも、俺でさえしたことのないようなじゃれ合い方に少し──いや、正直かなり嫉妬してしまう。


 栞のためにも何をとは言わないけれど、一方的に弄ばれていて。くすぐったさもあるのか、栞の声には艶っぽいものが混じり始めて、見ているだけの俺もドキドキしてしまう。


「あっ、やめっ……。そんなとこっ、涼に、だって触ってもらったことないの、にっ……。んっ……、もうっ、だめだってば!」


 俺にも触ってもらったことがないって言い方をするってことは……、触ってほしいのかな……?


 って、そんなバカなことを考えている場合じゃない。


 流石にそろそろこれ以上は……。

 栞を助けないと。でもどうしたら……?


 と俺が思ったところで、我慢の限界に達したのか、栞が強引に片腕の自由を取り戻して、楓さんの頭をポカリと叩いた。


「あうっ……!」


 叩かれた衝撃で楓さんの拘束が緩んだ隙に、その腕から抜け出した栞は俺の後ろに退避して、楓さんを威嚇するような声を上げる。


「うぅ〜……」


 チラリと栞の顔を見れば、若干涙目になっている。可哀想に、あんなに身体を弄られて……、って楓さんを止められなかった俺が言えることじゃないけど。それどころか見入ってしまっていた自分に恥ずかしくなる。


 それなのに栞が俺の背中にピッタリくっついてくるものだから、楓さんがなかなかと評したものがふわりと押し当てられて、俺の意識はついついそちらに向いてしまったりして。


「えっと……、しおりん?」


「次やったら、二度と口聞かないからっ!」


 栞は俺の背後から涙目のまま怒りを露にする。その姿はまるで猫が尻尾を逆立ててシャーシャー言ってるようだった。


「それは困るよっ! せっかく仲良くなれたのに!」


 友達になったとは言ってもここから仲を深めていくというのが俺達の感覚なのだが、楓さん的にはもうすでに仲良しらしい。この辺りが楓さんの陽キャたる所以なのかもしれない。楓さんの中には人の区別が『他人』『知り合い』『仲良し』の三段階しかないのではなかろうかと思ってしまうほどだ。


「じゃあ、今みたいなのはもうやめて!」


「はい……、ごめんなさい」


 楓さんがシュンと肩を落として謝ったところで、栞も怒りを収め、表情をいつものものに戻して一件落着。せっかくできた栞の女友達が失われるかとハラハラしていた俺も胸を撫で下ろす。


「まったくもう……、私に触っていいのは涼だけなのにぃ……」


 栞が小さく呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。栞はすぐこういうことを言うから困る。こんなこと言われたら抱きしめたくなるし、もっと触れたくなってしまうのに。それにずっと押し当てられているもののせいでドキドキしっぱなしなのだ。


 と、そこで俺はハッとした。栞と楓さんがワチャワチャしていたせいで気付くのが遅れたけれど、俺達はいつの間にかクラスメイトに囲まれていた。


「ね、ねぇ、彩ちゃん?」


 その中の一人の女子がおずおずと声をあげた。


「あっ! さっちん、おはよっ!」


 楓さんに『さっちん』と呼ばれた女子──名前は確か、橘紗月たちばなさつきさんだったか。楓さんとよく一緒に行動していた気がする。


「あっ、うん、おはよ。ってそんなことより、聞きたいんだけど……、その子って……?」


「えっ、しおりんのこと? 皆も知ってるでしょ? 黒羽栞さんだよっ」


 楓さんは事もなげにそう言うと、栞を俺の後から引っ張り出して皆の方へと向けた。皆の注目が栞に集まっていき、栞はどんどん小さくなっていく。


「ほらほら、しおりん? チャンスじゃない?」


 考えなしで行動しているように見えた楓さんだが、俺達の初デートの時の話を覚えていてくれて、さりげなく、はないけどサポートしてくれるらしい。


「あ、そっか……。うん、えっと……、黒羽、です?」


 栞は覚悟を決めたような顔でそう言った。動揺しているせいかなぜか語尾が疑問形になってしまっているけれど。


 栞が名乗った途端、教室内がしんと静まり返る。俺達を取り囲んでいたクラスメイト達は一様に目をパチクリとさせて。


 俺は来たるべき衝撃に備えて耳を塞いだ。遥と楓さんの時と違って、今回は人数が人数なのだ。


「「「「えぇぇぇ〜〜〜!!!」」」」


 何人分なのかわからない叫びが教室内に響き渡るのだった。


 あまりの音量に、窓ガラスが割れるんじゃないかって思った。耳をふさいでいた俺でもクラクラした。俺が言うのもおかしいな話かもしれないが、皆驚きすぎじゃないだろうか。


 それも仕方ないことか。これまで自ら孤立していた栞が、見た目をすっかり変えて、クラスの中心ともいえる楓さんとじゃれあっていたのだから。ただ、この後の諸々の説明のことを考えると、少々大変かもなんて思ってしまった。


 まぁ、栞も正体を明かしたことだし、次は俺の番かな。栞との平穏な学校生活のために。二学期になればイベント事も多いことだし、できることなら栞と楽しい思い出だって作りたい。そのためにはクラスで浮いてる現状を変える必要がある。


 というわけで……、俺も腹を括りますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る