第50話 登校 二つ目の約束
電車を降りれば、学校までは歩いて五分ほど。駅からは同じ制服を着た人が次々に吐き出されていく。俺達も向かう先は同じなので、その流れに乗ることになる。
電車を降りても俺達の手が離されることはなく、学校が近付くにつれ密着度が上がっていくような気がする。なぜなら、栞がどんどん俺に寄り添ってくるから。
そしてある瞬間、栞がハッとした顔をしたかと思うと、デートの後半でしていたのと同じように、俺の腕をギュッと胸に抱きしめた。
ちょっと待って、栞さん……?! さすがにやりすぎでは? 俺、そろそろ恥ずかしくなってきたんだけど?!
二人きりの空間でならともかく、人目のある場所で平然とイチャつけるほど、俺はまだ大胆にはなりきれていないのだ。
そんなことをしているくせに、栞の視線はなぜか俺ではなく周囲に向けられている。その視線は鋭く周りを見渡していて、今まで俺には見せたことのない顔だ。
俺達に向けられる視線を牽制しているのだろうか。そこまで見られるのが恥ずかしいのなら、もう少し離れればいいのに、と俺は思うわけだが。
「むぅ、なんか周りの女の子がすごく涼のこと見てる気がする……」
栞がポツリと呟いた言葉で、俺は全てを理解した。これは栞の独占欲だ、と。牽制していたのは俺への視線というわけだ。過剰にくっついてきたのもそのためか。
気付いた途端少し呆れてしまった。独占欲自体は素直に嬉しい。だってそれだけ俺のことを想ってくれてるってことだから。でも、俺をそんな目で見てくれるのは栞くらいなものだろうに、栞には違って見えるらしい。
俺も視線は感じているけれど、それは男女両方からのものだ。そりゃあ、朝っぱらからこんな暑苦しいことをしていれば好奇の視線に晒されるのは当然であって。手を繋いでいた時でも視線を感じていたのに、栞に抱きつかれてからそれは更に増えた気がする。
カップルらしく手を繋いでいる男女は他にもチラホラ見受けられるけど、こんなにベッタリなのは俺達くらいなのだから。
「俺は俺達がセットで見られてる気がするんだけど、ね?」
「へ……?」
俺が指摘すると、栞からは間の抜けた声が返ってきた。
「いや、だってさ……、周りに俺達以外こんなくっついて歩いてる人いないわけだし……」
「っっ……!!」
栞は声にならない悲鳴のようなものをあげて、俺の腕を離した。手だけは意地でも離さないようだが。
「なんか栞、挙動不審になってたよ?」
「だってだって……、しょうがないじゃん。さっき『あの人格好良くない?』って、どっかから聞こえた気がしたんだもん……」
なるほど。あの時ハッとした顔をしていたのはそのせいか。そう言われたのが俺なはずないと思うんだけど。俺も以前に比べればマシになったとはいえ、自分にはそこまで顔立ちとかが整っているようには見えない。栞が俺のことを格好良いと言うのは、きっと彼女としての欲目が働いているせいだろう。
「あっ! なんか納得してないって顔してる! 涼はもうちょっと自分の格好良さを自覚したほうがいいと思う」
「はいはい、俺は栞にだけそう思われてればいいから、ね?」
「もうっ、やっぱりわかってない。ダメだからね? 他の子に言い寄られて、ついていったりしちゃ」
それこそまさかだ。こんな俺なんかに言い寄ってくる女の子が他にいるはずがないだろうに。それに俺が好きなのは栞なんだ。もうすでに他の人なんかに余所見をする余裕がないほどに栞に染められてしまっている。
俺からしたらむしろ……。
「そこは俺の方が心配だよ。栞は可愛いからさ」
「ふぇ?! か、可愛いって……。ふ、不意打ちはダメなんだよ?!」
「いや、栞だって言ったじゃん……」
俺には格好良いだの言っておいて、いざ自分が言われるとこのざまである。家を出る前に言った時はここまで反応しなかったのに。聞かれて答えるのは良くて、いきなり言うのはダメってことなのか。この辺りの加減はまだよくわからない。
それにしても栞の方こそ自分が可愛いという自覚が足りてないんじゃないだろうか。そのせいでいじめの対象になったと言っていたくせに。それはつまり妬まれるほど顔立ちが整っているということで。それを鼻にかけているよりかは全然いいけど、自覚がなさすぎるのも考えものだ。
他の男に口説かれて、サラッと俺を捨てるほど栞の俺への想いは弱くないと信じているけれど、心配なものは心配なのだ。
「う〜、それはそうだけど……。でも私はいいのっ。涼のことしか考えてないんだからっ」
「それは俺も同じだからさ、そんな険しい顔しないでよ。俺は栞の笑った顔が好きだなぁ?」
栞の魅力が最大に発揮されるのは笑っていたり、穏やかな顔をしている時だ。あまり他の人に笑顔を振りまかれると嫉妬してしまいそうだけど、俺の隣にいる時くらいは笑っていてほしいと思う。
「あぅ、そんな事言われたら……。うん、わかったよ、もうやめるね。でも……、やっぱりもう少しこれでいくからね?」
栞はそう言うと、再度俺の腕に抱きついた。
「栞?! これはこれで恥ずかしいんだけど?!」
「ふ〜んだっ。あんな嬉しいこと言う涼が悪いんだからっ」
「えぇっ、俺のせいなの?!」
「他にいないでしょ〜? 涼のおバカさんっ♪」
栞は今日一番のとびきりの笑顔を見せてくれて、栞の笑顔に弱い俺はもう言い返すことすらできなくなってしまう。結局、校門をくぐり、昇降口に着くまで俺の腕が開放されることはなかった。
相変わらず注目を集めることになってしまって、その中にクラスメイトも数人混じっていたりして、いたたまれない。
まったく、栞には困ったものだ。とか思いつつも、決して悪い気分ではない俺なのだった。
ただ、今後は外で軽はずみに栞を喜ばせるようなことを言うのは控えようと密かに心に決めた。そういうのは二人きりの時だけにしよう、と。こうして愛情表現をしてくれるのはとても嬉しいけど、栞の一番の笑顔は俺だけに見せてほしいし、何よりそれ以上に恥ずかしい思いをすることになるから。
まぁそれでも、またついぽろっと言ってしまいそうな予感がする。栞を前にすると、ついつい色々緩んでしまうから。だってこんなに可愛くて甘えん坊な彼女、甘やかしたくなっちゃうだろ?
下駄箱の前で靴を脱ぎ、校内用のスリッパに履き替える。このスリッパは学年で色分けがされていて、俺達の学年は緑色。今の三年生が赤色で二年生が青色と、見た目で判別できるようになっている。余談だが、体育で使うジャージも同じ色分けだ。更に付け加えるならば、うちの学年のものが一番ダサい、と皆が口々に言っている。これに関しては俺も同感だ。
靴を履き替えたら自分達の教室へと向かう。
うちの高校は校舎が三棟で構成されていて、一棟に特別教室が集約されている。残りの二棟に教室があり、それぞれの一階と二階が二・三年生の教室、そして三階が一年生の教室だ。
我らが1−5の教室は昇降口からそのまま三階に上がってすぐの場所にある。階段を上って教室が近付いてくると、どうしても少しずつ緊張してしまう。それは栞も同じようで強く俺の手を握りしめる。
この後すぐ、栞と交わした約束の二つ目が待っている。このクラスになってから、俺も栞も一度もしたことのないことをする。他の人にとってはなんてことないことだろうけども。
「栞、大丈夫だよ」
栞を落ち着かせるように、自分の緊張を無理矢理押し殺して、できるかぎり穏やかな声で言う。
「うん、頑張る……」
栞もまだ少し表情は硬いけど笑ってくれる。
うん、これならなんとかなりそうだ。栞との平穏な学校生活を手に入れるためにもここからが肝心なのだから。
階段を上りきったところで繋いでいた手を離して、一呼吸。もう一度栞と目を見合わせて頷き合って、教室の入口に立つ。
「「おはよう」」
俺達は声を揃えて、教室へと足を踏み入れた。
これが二つ目の約束。これから先、このクラスの中でうまく立ち回っていくための第一歩だ。
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