第38話 カミングアウトと新たな繋がり
最初の驚愕から多少抜け出したものの、まだ目を白黒させている柊木君と楓さん。二人の受けた衝撃を考えれば無理もない。
「黒羽さんって……、私達が知ってるあの黒羽さん、で合ってるんだよね?」
ちゃんと確認したくなる気持ちは俺にもわかる。最初に栞が髪を切ってきた時は俺だってわからなかったのだから。俺の中では今の栞のスタイルがすっかり定着しているけれど。
「あの、がどの私なのかわからないけど……、同じクラスのってことなら私で合ってるよ」
「本当に本物なんだ……。で、その黒羽さんがなんで高原君と付き合ってるの? いつから? というか、そもそも二人って接点あったっけ? そんな素振りなかったよね? というか黒羽さんって誰も寄せ付けなかったのに? ん〜? 何がどうなってるの??」
楓さんから矢継早に質問が飛んでくる。そのあまりの勢いに栞がたじろいでしまう。打ち明けようとは言ったけど、さすがに押しが強すぎる。
「えっと、それは……」
「彩、ちょっと落ち着けって。俺も気にはなるけど、そんな一気に聞いても答えらんねぇだろが。悪いな二人とも、こいついつも勢い任せだからさ」
俺も流石に止めようかと思ったけど、その前に柊木君が楓さんを制止してくれた。
「いや、大丈夫だよ。栞は……、ちょっと怯えちゃってるけど」
俺の手を握る栞の手にさっきより力が入っているし、身を小さくして俺の腕にしがみついている。
「おぉ……。普通に呼び捨てなんだ。てことはやっぱり付き合ってるのはほんと──あたっ! 何するの、遥!」
再び口を開いた楓さんを止めるように、柊木君が軽く小突いた。暴力はよくないと思うけど、今回は助かった。
「落ち着けって言ったろ、まったく……。で、高原。お前はともかくさ、黒羽さんってなんか訳ありっぽい感じだったけど、俺達が聞いても平気な話なのか?」
もう一度、栞を確認すると小さくだけど頷いてくれた。
「うん、それは大丈夫。俺達、学校じゃあんなだったからさ、できれば聞いてほしいかなって。ちょっと長くなるかもしれないけど」
「ならこんなところで立ち話もなんだし、どっか座れるところにでも行くか?」
「でもいいの? そっちもデート中なんじゃ?」
俺達、というか俺にとっては話を聞いてもらって、できることなら味方になってもらいたいという思いがある。いきなり俺達が教室で会話し始めれば騒ぎにもなるだろうし、下手をすれば反感を買うこともあるかもしれない。そうならないためにも事情を知ってる人間というのは必要だろうから。
そう考えれば、さっきは神様か運命かに意地が悪いなんて思ったけど、今日この二人に出会えたのはむしろ幸運だったのかもしれない。
ただ、それだけのためにこの二人の時間を邪魔してしまうのことになるのは少し申し訳なかった。
「いいって。というかここで聞くのやめたら、気になりすぎてそれどころじゃないしな」
「そっか、わかったよ。ありがとう。栞もそれでいいかな?」
「うん……。時間取らせて申し訳ないけど……」
「いいっていいって! むしろ邪魔しちゃったのは私達の方だしね」
楓さんも賛同してくれたところで、場所を移すことに。
二人に案内されて、モール内のカフェへ向かった。
席について注文した飲み物が届くと、楓さんはもう待ち切れないといった様子だった。
「それじゃ、話を聞かせてもらいましょうか!」
「せっかちなやつだな……。二人とも話せることだけでいいぞ。言いたくないことは無理に聞かねぇからさ」
栞が俺の方をチラッと見てきたので、テーブルの下で繋いでいた手に力を込める。大丈夫だよって。言葉にはしなかったけど、たぶん伝わったと思う。栞の表情が少しだけ柔らかくなったから。
深呼吸を一つしてから栞は口を開いた。
「まずは、ごめんなさい。皆のこと拒絶するようなこと言って。ちょっと人間不信になるようなことがあって……」
そこから栞は、花火の日に俺に聞かせてくれた話を柊木君と楓さんにも語った。中学時代のこと、顔を隠してた理由と自己紹介の言葉の理由まで。
二人とも栞の話に静かに耳を傾けてくれていた。楓さんは感情移入しやすいのか、その目にうっすらと涙まで浮かべて。
「いじめと親友の裏切り、か……。そりゃ人間不信にもなるわな……」
栞が話を一区切りさせると柊木君はそう呟いた。
「でもさ、それなら高原君は? 付き合ってるってことは、高原君のことは信用してるんだよね?」
「それは……、うん。涼は特別だから。自分から一人ぼっちになったくせに、私、寂しくなっちゃって。でも、やっぱり他人って怖くて、人付き合いのない涼ならまだ大丈夫かなって思って話しかけたの。それからちょっとずつ仲良くなって、ね」
「でも教室では話したりしてなかったでしょ? いつの間に?」
「私達、放課後の図書室で会ってたから。私あんな事言っちゃったから、教室で堂々とは話できなくてね。でも、涼は私を友達にしてくれて、夏休みになっても二人で会ってて……」
「そしたら好きになっちゃったんだ?」
「それはっ……、まぁそうなんだけど……。思ってた以上に涼が優しくて頼りになるからっ……。親友だった子との問題も涼がいてくれたからなんとかなったようなものだし……」
視線が俺に集まる。栞からは信頼の眼差し。柊木君と楓さんからは疑問と好奇が混じった視線が。
「俺としては大したことしたつもりはないんだけどね……。栞は、人と話すのが苦手だった俺が普通に話ができた最初の人だったんだ。栞が俺に自信をくれて、だから大切にしなきゃって思って必死だったから……」
「んで、高原の方も好きになってた、と」
「うっ……。まぁ、そうだよ……」
最終的に話がここに行き着くことはなんとなく予想していたけれど、俺達の馴れ初め話を暴露するみたいになって、恥ずかしさが込み上げてくる。栞も顔を赤くしているし、きっと俺と同じなんだろう。
「ねぇ、遥?」
「なんだ?」
「これって惚気かな?」
「ん〜、まぁ惚気だな」
なんという言われよう……。俺達は至って真面目に話してたというのに。
「気になるって言うから話したのにっ!」
俺の心の声は栞が代弁してくれて。栞は真っ赤な顔で唇を尖らせる。
「ごめんね? でも、黒羽さんも普通の女の子なんだなって思ったらさ、なんかおかしくって」
楓さんからクスクスと笑いが溢れる。
「私……、普通、かな……?」
先程、栞は自分が普通の子だったならと言っていた。それを楓さんに否定されて首を傾げる。
「うん。そりゃ辛いことがあって塞ぎ込んでたのはあるのかもしれないけどさ、一人が寂しくて、頼りになる男の子を好きになったりして。それって普通のことじゃない?」
「そうなの、かな?」
「そうだよ。私、黒羽さんってもっと気難しいって思ってたもん。だからさ、これからはあんまり気にしないで皆と同じようにしたらいいんじゃない?」
「でもっ……。私、あんなこと言って……。きっと気に食わないって人だっていると思うし……」
「そんなのはほっとけばいいって。なんならさっきみたいに謝っちゃえばいいしさ。わかってくれる人もいると思うんだけどなぁ……。少なくとも私はしょうがなかったんだなって思ったよ。まぁでも、なんかあったら黒羽さんには高原君がいるんでしょ? さっき頼りになるって言ってたじゃん」
「それはそうだけど……」
「それでも心配なら私達だっているしさ」
「え……?」
「だって、あんな話聞いちゃったらほっとけないし。それにさ」
「それに……?」
「黒羽さんめっちゃ可愛いんだもん! 高原君だけ独り占めしてずるいじゃん! 私も黒羽さんと仲良くなりたい!」
「「はぁ?」」
予想外の楓さんの言葉に俺と栞の口から間抜けな声が漏れた。
「ねぇねぇ! だからさ、二人とも私達と友達になろうよ」
「ええっと……」
栞が俺の方を戸惑った顔で見てくる。俺もちょっと戸惑っていた。願ってもない話だとは思う。この二人と友達になれるなら、クラス内での問題もほとんど無くなる気がする。
ただ、展開が早すぎるというか、楓さんの勢いが凄いというか。
「せっかく同じクラスなんだしさ、仲良くなれるならなりたいじゃん? そのほうが楽しいしさ。それに人間不信って言ってたけど、もうなおったんでしょ?」
「いや、まだ完全には……」
「あれ? そうなの?」
「彩はこういうやつなんだよ。まぁ、良くも悪くも裏表はないから、そういう意味では心配しなくていいぞ」
柊木君がため息混じりにそう言う。楓さんについては、見ていてなんとなくわかる。ストレートというか、思ったことをすぐ口にするタイプというか。裏でコソコソ陰口を言ったりするくらいなら、本人に直接不満をぶつけそうだ。
「でも二人ともって言ったよね? 俺も、いいの?」
「私が黒羽さん独り占めしてもいいって言うなら、無理にとは言わないけど? ねぇ、遥?」
「そこで俺に振るなよ……。でも、いいんじゃね? 俺も高原のことちょっと見直したし」
「見直したって……?」
俺がした自分の話は恥を晒しただけの気がする。人が苦手だったって。見直される要素なんて……。
「あの黒羽さんをここまで変えたのはお前だろ? 俺は普通にすげぇって思うけどな」
「本当だよね! それになんかちょっと格好良くなった気もするし!」
褒められ慣れてない俺はこれだけで背中が痒くなるような気分になる。けど言われてからようやく気付いた。
確かに、大したことはしていないと言った俺だけど、聡さんからも言われて、栞を立ち直らせたのが自分だということは多少ではあるけど認めているわけで。もちろん栞が頑張ったのが大きいけど。
でも、楓さんが言う格好良くなった、というのは自分ではさっぱりわからない。鏡を見ても冴えない男が映るだけだと思ってるし。
でも栞はそうは思ってなかったらしい。
「涼は最初からかっこい──あっ……」
栞が言いかけてやめて、でも言わんとすることはばっちりわかってしまって。目の前の二人からニヤニヤした視線を向けられる。
恥ずかしさはあるけれど、栞から言われるのは、なんかこう……、すごく嬉しい。
「ふふっ、そういう感じでいいんだよ? で、どうなの?」
「うん、まぁ、俺は異論はないよ。むしろこっちからお願いしたいくらいだし。栞はどうかな?」
「涼がいいなら……。それじゃあえっと……よろしくお願いします?」
栞は頭をペコリと下げた。まだ不安は残ってそうな顔ではあるけど。
「やった! じゃあ、これからよろしくね、しおりん?」
こうして偶然の出会いによって、俺達は新たな繋がりを手に入れた。それもたぶん考えうる中で一番心強い。
とは思うけど、思うんだけどさ……。
しおりんって……。
ほら、栞もポカンとした顔してるし。
「お前はまた安直なあだ名を……」
よくあることなのか、柊木君は呆れ顔だ。
「いいじゃん、しおりんって可愛いじゃん! それにさ、二人とも友達になったっていうのにガチガチなんだもん。もっと力抜いてさ、気楽にやろうよ。ねぇ、涼君?」
俺までいきなりの名前呼び。本当にこの人は距離を詰めるのが早い。戸惑うし、栞以外の女の子に名前を呼ばれるのにすごく違和感を感じてしまう。
「その呼び方はイヤっ!」
俺が戸惑っていると栞が今日一番の大きい声を出した。語気も少し荒げて。俺はもちろん驚いたし、柊木君達もそれは同じで。近くの席の他のお客さんも何事かとこちらに注目していて。
「えっと……、しおりん?」
「ごめんなさい、大きな声を出して。私のことは好きに呼んでくれていいけど……、涼はダメ……。涼を名前で呼んでいいのは私だけがいいの。これは私が涼から勝ち取ったものだもん。涼が叶えてくれた、最初の私のお願いなんだもん。そんな簡単に取ったらイヤ……」
栞は少しだけ涙を浮かべながら俺の腕にしがみついて。その姿は、俺を誰にも渡すまいとしているようだった。
「栞……」
俺達が名前で呼び合うようになった時のことはもちろん鮮明に覚えている。恥ずかしくて、でも嬉しくて。簡単じゃない俺達がより仲良くなれたのはこの影響が大きい。栞が勇気を出してくれたから。そう考えれば確かにとても大事なものだ。おいそれと他の女の子に許していいものじゃない気がする。それがたとえ柊木君という恋人がいる楓さんだとしても。
「ごめん、楓さん。できれば俺のことは名字で呼んでくれるかな?」
「わ、わかったけど……。どういうこと?」
「それだけ呼び方は俺達にとって大切なことなんだよ。申し訳ないけど」
「そっか……。なんかごめんね、無神経だったみたいで……」
「ううん。私こそごめんなさい。でもこれは譲れなかったの。あと、涼も他の女の子の名前、軽々しく呼んだらイヤだからね?」
こんなに大事に想われてるのがたまらなく嬉しくて、髪をそっと撫でた。
「わかってる。栞の嫌がることは絶対にしないよ」
「うん、ありがとう、涼」
さっきとは違って、今度は俺の肩に頭を擦り付けてくる。栞はやっぱり甘えん坊で可愛くて、さらさらの髪の感触は手に心地良くて。どうしようもなく栞が愛おしくなる。このままいつまでも撫でていたいくらいに。
「えっと……、戻ってきてもらってもいいか、お二人さん?」
柊木君の声で呼び戻された。なんかさっきもこんなことがあったような……。
たぶん栞が可愛いからいけないんだ。つい夢中になってしまう。柊木君達を置き去りにしかけたのは反省しなければならないけど。
俺と栞は揃って頭を下げた。
「「ごめんなさい……」」
「いや、付き合いだしたばっかりだろうから仕方ないとは思うけどな……。いきすぎてるとは思うけど……。ってそうじゃなくてだな。黒羽さん、俺も高原の名前呼ぶのはダメか?」
俺達を呼び戻したのはこのためだったらしい。栞は少しだけ考えて答えを出した。
「男の子同士なら、いい、かなぁ?」
「おっ! なら俺は遠慮なく涼って呼ばせてもらうわ。涼も遥でいいぞ?」
男の子同士ならいいということは、俺が呼ぶのも問題ないってことだろう。
「なんか上から目線なのが気になるけど、わかったよ、遥。これからよろしく。楓さんは、ごめん。このまま楓さんって呼ぶね」
「ちぇっ、しょうがないかぁ。いきなりしおりんに嫌われたくないしね。まぁ、これからは学校でもよろしくってことで!」
「うん、こちらこそよろしく、彩香、でいいかな?」
「おー! 初めて名前呼んでくれた! そうそう、その調子だよ!」
今日はこの楓さんの明るさにたくさん助けられた気がする。栞も少し前向きになれたと思うし。こうやっていけば少しずつ栞の恐怖心も薄れてなくなっていくのだろう。
話はひとまずこれで終わりということで、ここで解散することに。今日が俺達が付き合い始めて初のデートだと告げるとものすごく謝られたけど、結果は悪くない。むしろ最良と言える。
別れ際に「二人の甘い時間を邪魔してごめんね」と言われて、また恥ずかしくなって。そして二人は「また登校日にねー!」と言い残して去っていった。どっと疲れはしたけど得るものの多い時間になったわけだが。
登校日なんてものがあるの、すっかり忘れてたわ……。
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