第21話 花火大会2
「な、なんで……? なんで
栞が一歩後退る。俺が手を握っているおかげでそれ以上は下がれないけど、明らかに様子がおかしい。顔は真っ青だし、ガタガタ震えてる。こんなふうになる栞は初めてだった。
でも思い当たることもある。栞のことを色々考えていたから。過去に何かあったんじゃないかって予想してたから。
全然平気じゃないじゃないか。こんなになるほどの何かをまだ抱えてる。それなのに……。
俺はなんてバカなんだ。何も問題は解決してないのに、呑気に告白しようなんて。
とにかく今は栞のことだ。きっと会いたくない人なんだろう。ひとまず俺の後ろにでも隠して──
「栞、大丈夫。俺が──」
「ごめん、涼……」
俺が口を開いた瞬間、栞は俺の手を振りほどいた。そのまま振り返り、下駄で歩きにくいと言っていたのが嘘のような速さで走っていった。
「栞! 待って!」
慌てて追いかけようとしたけど、何者かが俺の腕を掴んで引き止める。
誰だよ! 邪魔するな!
忌々しげに視線を向けると、先程栞に美紀と呼ばれた少女が俺の腕にしがみついていた。
「お願いっ! 待って!」
「あの、離してください!」
「ごめんなさい……。でも私、栞と話がしたくて……」
そうこうしている間に栞は見えなくなってしまった。
「離してくれ! 栞を追いかけられない!」
「今を逃したらきっと二度と……。だから話を聞いて!」
周りの人達は痴話喧嘩でも見るような視線を向けてくる。そんな中で女の子を力ずくで引き剥がすこともできなくて。離してもらうためにも、ここはひとまず話を聞いたほうが良い気がする。
「はぁ……。手短にお願いします……」
「ありがとう、ございます……」
「先に確認しておきますが、あなたですよね? 栞が顔を隠したり、誰とも関わろうとしなかった原因って」
俺にとってはここが重要なポイントだ。栞の問題を解決するにはこれを知っておく必要がある、そう判断した。
「……そうです。私だと思います。ずっと後悔してて、謝りたくて。あなたなら栞に伝えられますよね?」
答えを聞いた瞬間、怒りで頭に血が上りそうになったけど、努めて冷静に話をする。俺が今ここで怒鳴りつけても何も解決はしないはずだから。
「……たぶん。で、俺はどうしたらいいんです?」
色々聞きたい気もするけど、栞の知らないところでというのは気が引けた。それに早く栞を追いかけたい。さっさと話を切り上げるためにも俺は結論を急いだ。
「あの、私の連絡先教えます。栞が私と話をしていいと言ったら連絡をください」
彼女が差し出したスマホに表示された連絡先を写真に撮った。入力する時間さえも今は惜しい。
「一応伝えますけど、栞が了承するかはわかりませんからね? それじゃ、俺は栞を探しに行くので」
栞が走り去った方へ足を向けて、駆け出す。
「ごめんなさい、よろしくお願いします……」
そんな言葉を背に受けて。
走りながらまずは電話をかけた。出ない。
もう一度かける。やっぱり出ない。
メッセージを飛ばす。
『どこにいるんだ?』
既読はつく。でも返事はない。
こうなると取れる手段は限られている。俺は周りを見渡して、人の良さそうな家族連れに目を付けた。苦手とか言ってる場合じゃない……。
「あのっ、すいません。こっちに浴衣を着た女の子が走ってきませんでしたか?」
「え、あぁ……。さっきすごい勢いで走っていった子のことかな?」
良かった。最初で当たりだ。
「どっちに行ったかわかりますか?」
「えっと、あっちの方に──」
優しそうな旦那さんが指を差したのは公園の外、港の方だ。
「ありがとうございます!」
お礼を言って、また走る。
港の方と聞いて、内心焦る。
栞、まさか変なこと考えてないよな……。
港と一言で言っても結構広い。海辺を人影を見つけるたびに確認しながらひたすら走った。
それからも何人かに栞らしき人を見なかったか尋ねた。
花火はとっくに始まってしまったけど、そんなのを見ている余裕はない。それに一緒に見るって約束したんだ。
探し始めて20分くらい経った頃だろうか、栞は見つかった。電話の折り返しも、メッセージの返信もなかったけど見つけられた。後ろ姿だけど、間違いない。浴衣は母さんのものだし、髪型も綺麗に結い上げられたままだ。
ポツンと一人で俯いて立つ栞の姿を見つけた時は心の底から安心した。栞に何かあったら、俺は手を離してしまった俺を許せないだろうから。
「栞、やっと見つけた」
俺が呼びかけると、栞が振り向く。
「涼……。どうしてここが……」
「人に聞いたんだ。走ってった女の子見なかったかって」
俺は栞に近付いて……、思い切り抱き締めた。
こんなに心配させて……。
でも見つかって良かった……。
栞を捕まえたことで安堵して、涙が溢れて止まらなかった。
◆黒羽栞◆
なんでこう、うまくいかないんだろう?
なんでよりによって、今日ここで出会ってしまったんだろう?
私は美紀の姿を見て逃げ出した。
美紀から、過去のトラウマから、そして涼から……。
綺麗な思い出で終わらせようという予定はこれで全部狂ってしまった。こんなの全然綺麗じゃない。
涼から着信があった。どうしたらいいのかわからなくて、出ることができなかった。
『どこにいるんだ?』
メッセージが届いた。返信することができなかった。
だって、合わせる顔がない。
どうしてこうなっちゃったんだろう? 途中まではうまくいってたのに。仲良く手を繋いで、食べ物を食べさせ合って。まるで幸せなデートのように。
でもそれも花火が始まる前に終わってしまった。
どうしてこんな場所で遭遇しちゃったのかな? 愚かなことを考えていた私に罰が下ったのかな?
こんなんじゃ涼のこと諦められないじゃない……。
美紀に、過去のトラウマに出会ってしまったのに、私の頭の中は涼でいっぱいだった。走るのに疲れてトボトボと歩いていると花火があがる音が聞こえ始めた。
本当は涼と見るはずだったのに……。
そう思うと一人で見ることもできずに俯くしかなかった。
「私……本当にバカみたい……」
このまま消えてしまいたい。すぐそこは海だ。飛び込んだら楽になれるかな? そんなことをする勇気もないくせに、そう思ってしまった。
それに、浴衣も返さなきゃ。結局涼の家に行かなければならない。私はこれからどうしたらいいんだろ……。
そんなことを考えていた時だった。
「栞、やっと見つけた」
背後から涼の声がした。ずっと走っていたかのような、乱れた呼吸で。私は反射的に振り返った。
「涼……。どうしてここが……」
闇雲に逃げてきたのに、涼からの連絡を全部無視してしまったのに。
涼は肩で息をして、汗だくになっていた。
なんで……? どうやって……?
「人に聞いたんだ。走ってった女の子見なかったかって」
人と話すのが苦手な涼がそこまでしてくれたなんて。私を見つける、それだけのために。
涼はゆっくりと私に近付いてくる。
きっと怒られる。さすがにあれはないって自分でも思うから。
怖くなって目を瞑った。
でも、私を待っていたのは罵声ではなかった。私はギュッと包みこまれていた。涼が私を抱き締めたんだ。力強くて、それでいて優しく。恐る恐る目を開けると、涼は静かに涙を流していた。心の底から安堵するような顔で。
ここまでされてようやく気付いた。まるで頭を思い切り殴られたような気分だった。
こんな私を涼は見つけてくれた。心配させたはずなのに責めることもせず、抱き締めてくれる。涙まで流してくれている。
私は本当にバカだ。形は違うけど、私がされたようなことを涼にするところだった。私から声をかけておいて、友達にしてもらって、こんなにも甘えておいて手の平を返すなんて、裏切り以外の何物でもないじゃない。
私を探して走り回ってくれたせいだろうか、涼の身体が熱い。その熱が私の中に染みていき、ゆっくりと涼に対して抱いていた恐怖心を溶かしていく。
愚かなことをする前で良かったかもしれない。今ならまだ間に合うはずだから。私はもうとっくに涼から離れられなくなってたんだ。
涼以外のことなんて考えられなくなっていく。
トラウマ? そんなもの、もうどうだっていい。
この人さえいたらきっと何もかも平気だから
気付けば私も涙を流していた。抑えてた色んな感情が吹き出して、涼の胸に顔を押し付けて子供みたいにワンワン泣いた。
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